守りの人事から攻めの人事へ。エンゲージメントサーベイからはじめる人事主導の組織変革
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食品物流に強みをもち、サード・パーティー・ロジスティクスなども手がける総合物流企業のギオングループ。
その中核を担う株式会社ギオンは、創業58年目となる2023年4月に社長を創業者から2代目へと交代。大きな節目を迎えるにあたり、創業からの理念・価値観を受け継ぎつつこれからのギオンの“羅針盤”とするため、2024年3月にMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を策定しました。
策定を主導した人事部では現在、MVVを従業員一人ひとりの日々の行動に落とし込む施策や従業員エンゲージメント向上施策を推進中。その実現のためSmartHRの「従業員サーベイ機能」を活用いただいています。
「物流の2024年問題」が業界のみならず、日本の産業全体にも影響する課題として大きく取り沙汰されるなか、どのように組織を変革し、どのように従業員エンゲージメントを高めていくのか。
人事部が果たそうとする役割と施策立案や戦略実行のポイントを、同社執行役員 管理本部副本部長 兼 人事部長の須藤亮平さんと、管理本部 人事部 人事課 課長の岩田一輝さんに伺いました。
- 須藤 亮平さん
株式会社ギオン 執行役員 管理本部副本部長 兼 人事部長
- 岩田 一輝さん
株式会社ギオン 管理本部 人事部 人事課 課長
MVV策定の背景。主体性と人事評価の課題が浮き彫りに
変わる物流業界、求められる提供価値はどう変わったか
人事がMVV策定を主導された背景について教えてください。
須藤さん
新社長のもと、これからの発展のために解決すべき人事課題を洗い出したところ、およそ30ある項目のなかでも「主体性」や「人事評価」に関する課題が見えてきました。
現在、物流は業界全体が大きな変革のうねりのなかにあります。これまで物流業界は非常に労働集約型の産業でした。しかし未来を見すえると、これからは間違いなく機械化が進み装置産業化してしまうでしょう。
人の力で動いていた「物流」を機械が担うようになったとき、我々はどのような価値提供ができるのか真剣に考えていかねばなりません。
これまで物流という事業は「荷主様のご要望にどれだけ応えられるか」がなにより重要でした。AからBという場所へこれを運んでほしい、この日までにいくつ届けてほしい——。言い換えれば、荷主様の手足となって言われたことを正確に実行することこそが価値でした。
しかし、これからの物流事業は、機械と人とを組み合わせて最適な物流をつくるために、専門性を高める必要があります。サプライチェーン全体を俯瞰し、こちらが主体となって荷主様へ提案する「コンサルティング型」へと変化しなければ、価値が提供できなくなってしまう。
そう考えたときに、従業員の一人ひとりがどれだけ主体性をもって業務へ取り組めるかが大きなカギとなります。
MVV策定以前は、当社にはすでに「社是」が存在しており、言葉としては浸透していましたが、定義はあいまいで、人により解釈が異なっていました。
たとえば、VALUEにも引き継いだ「積極果敢」という社是を、「失敗を恐れず新しいことへチャレンジする」と捉える人もいれば、「どんな業務も積極的に取り組もう」という具合に解釈している人もいました。
従業員の日々の行動へ落し込み、同じ方向へと向かうためには誰もがわかりやすい形までかみ砕く必要があると考え、人事課題に対するアクションの1つとしてMVVの策定に着手したのです。
策定されたMVVに照らして、人事はどのような役割を果たすべきとお考えですか?
岩田さん
さまざまな役割があるなかで、揺らいではならない土台は労務だと思います。
毎月の給与がちゃんと支払われる、社会保険等の手続きが滞らずにされる。当たり前が当たり前に実行されてこそ、従業員エンゲージメント向上などの人事施策が成果につながると考えています。
須藤さん
土台としての労務、そして採用や研修などを包含した人事のもっとも大きな役割は、経営と現場をしっかりと結びつけることだと考えています。
これまで、当社では土台の事務的な部分はかなり強化されてきており、そこは人事に求められた役割をしっかり果たしてきたと思います。
一方で、経営と現場を結びつけることは会社から求められてきませんでした。「物流の2024年問題」で人手不足が深刻化するなか、人事ができること・やらねばならないことはまだまだたくさん残っていると考えています。
ベースアップや年休の拡大、そして、労務業務のペーパーレス化は、言うなれば「守りの人事」です。守りはしっかりと固めたうえで、従業員エンゲージメントの向上や人材育成などの「攻めの人事」にもチャレンジしていく必要があります。
岩田さん
すでに実現したこととしては、新社長就任のタイミングでベースアップと、年間休日を10日増やしました。ベースアップについても、人事主導で骨子をつくり、新社長の「従業員への還元を増やしたい」という思いを後押しする形で推進。
年休については人手不足である前提を承知しつつも、休みを増やさなければ休めるようにはならないという考えで、一気に改善に動きました。
業界のマクロ環境が変わったことで、提供すべき価値も変化しているという話は、いつごろから社内でお話しされていましたか?
須藤さん
数年前から当社の社内大学である「ギオン塾」で学びの場を設けてきました。
初回は、管理職の育成をコンセプトに10年前に開講しました。今回のMVV策定と前後して3年前に再開講し、現在は専門知識を学ぶコースと、マネジメントを学ぶコースの2つを実施しています。
今回、専門知識が学べるコースを設置した背景には、先ほど述べた物流事業者の提供価値の変容が関係しています。従来は「荷主様の要望にどれだけ応えられるか」が最優先であったため、専門家としての知識を求められることが少なく、物流会社なのに物流の専門知識をあまりもっていない人が実は多かったのです。
求められる価値が変化していくなかで、言われたことだけやっていてはダメだという危機感と、体系的に専門知識を身に付けるべきだという意識は、ギオン塾を通じて少しずつ醸成されてきているのではないかと思います。
エンゲージメント向上に必要な人事データの一元管理へ、
ペーパーレスからアプローチする
従業員エンゲージメントの向上については、どのような取り組みをされてきましたか?
須藤さん
そこは過去に取り組みが進んでいなかった部分で、今回SmartHRを導入するきっかけの1つでもありました。
大きな要因は、物流事業の特性としてドライバーや倉庫で勤務する従業員が、PCを業務で使用していないことです。そのため、サーベイのような広い労使コミュニケーションが取りづらく、従業員の意見を集約できていなかったのです。
もう1つ、SmartHR導入した理由は、人事データの蓄積と一元管理ができていなかったことです。
情報が社内に点在していて人事に集約できていませんでした。また、先ほど述べたようにPCレスで業務している従業員が多いため、資格情報の管理や人事考課を紙ベースで実施しており、そのデータ化も追いついていませんでした。
そのため、人事としてなにか施策を検討しようにも分析が非常にしづらい状況でしたね。
そのような状況に対して、SmartHR導入の決め手はなんだったのでしょうか?
須藤さん
労務側としてもペーパーレス化による業務効率化は急務でしたので、各種申請や手続きをデジタル化することが人事データの蓄積と一元管理へのアプローチにもなると考えました。
また、人事側としてはリアルタイムに分析でき、将来のタレントマネジメント領域への展開も視野に入れてSmartHRを選びました。
将来を見すえたうえでペーパーレスからのアプローチ、だったのですね。その効果はいかがでしたか?
岩田さん
ペーパーレス化により業務効率化に非常に大きな効果がありました。
まず、年末調整は「発送前の書類の仕分け」だけで3人で1日がかりだったものが、ゼロになりました。また、給与明細の発送も従来はアナログで5,000人分を印刷・封入し全国の拠点へ発送していたものがなくなり、大きく効率化されています。
エンゲージメントサーベイで組織課題を可視化
攻めの人事の第一歩として、従業員サーベイから実施した背景を教えてください。
須藤さん
これまでは、従業員の声を収集したり、各拠点の状況を分析したりする施策は、拠点の責任者からの報告のみでした。
エンゲージメント向上のために必要な要素が何かを把握するために、まずはサーベイの実施を検討したのです。
サーベイ実施はどのような方針で進めたのでしょうか。
須藤さん
全社で実施する前に、テスト的に退職者の多い上位5拠点に対して、いくつかの目的をもってサーベイを実施しました。
目的の一つ目は、ウェブでのアンケート回答率の把握でした。従来、アンケートは紙で実施しており、デジタルに慣れていない従業員も少なくありません。そのため、アンケートをペーパーレス化した際に、回答率が悪化する懸念がありました。どの程度回答率が落ちるのか、回答率を上げる方法を模索しておきたかったからです。
須藤さん
二つ目が、退職理由や拠点ごとの問題点を明らかにすることでした。課題の本質は拠点により異なるため、拠点別に対策を実施すべきと考えました。この課題を抽出するために、岩田が各拠点へ直接訪問してヒアリングしています。
4月からは全社に対してエンゲージメントサーベイを実施しているので、会社全体が抱える課題の傾向も把握できるでしょう。全体傾向と拠点個別の課題の両方を照らし合わせることで、より組織改善のための深い示唆を得られたらと思っています。
ネガティブフィードバックへの対処と人事の役割
個別の課題に対して「現場を動かせるかどうか」は相当難易度が高そうですね。
須藤さん
従業員エンゲージメントは、その従業員が所属するチームやマネジャーにより左右される要素が少なくありません。なかには当然、ネガティブなフィードバックもありますが、「改善してください」と伝えても人は変わりません。現場とどうコミュニケーションするのか工夫する必要があります。
岩田さん
ネガティブなフィードバックを直接は伝えられない。しかし、オブラートに包んだ伝え方では正しく理解してもらえない、というジレンマはあります。また、人事としてはサーベイに書かれていることをうのみにせず、それは本当に事実なのか、公正公平に見定める必要もあります。
これらが、実際に現場側と話をしていて難しさを感じる部分ですね。
須藤さん
拠点全体の課題なのか、個別の部署の課題なのかで当然アプローチの仕方が違います。場合によっては、たとえば定例の改善会議を開催するなど、担当マネジャーのみならず周辺のステークホルダーも適切に巻き込む必要もあります。
そういう意味では、人事が主導して、サーベイも含め、さまざまなツールの導入や施策を実施することが重要です。人事だけの課題にせず、事業部とともに取り組む姿勢が必要だと思います。
サーベイ回収率向上のため、人事主導による地道な取り組み
先ほど課題点として上げていた、サーベイの回収率について、実際はいかがでしたか?
岩田さん
サーベイの開始から1か月半にわたりリマインドを重ね、85%の回収率となりました。
須藤さん
テストアンケートを通じて、現場側のマネジャーに回収進捗を追ってもらうのではなく、人事が主導してアナウンスやリマインドしないと回収率は絶対に上がらないことが判明しました。
今のところは、地道にリマインドを繰り返していく以外に方法はないかと思っています。
新たな価値を提供するため、従業員の役割を適切にシフトする
これからサーベイも含めて、SmartHRをどのように活用されていく予定でしょうか?
須藤さん
SmartHRで人事データを蓄積し、分析・可視化を進めることで、経営判断に役立つ情報を提供していきたいです。
現時点ではまだ、SmartHR上には評価や社内での経歴、資格情報など従業員個人に関するデータがそろっていません。経営陣に現状を理解してもらい、どういう施策を打つべきか提案するために、データを用いて経営と現場をつなげていかねばなりません。
人事情報のデータベースが整備されたのちには、配置シミュレーションなどを活用して人材育成や若手の抜擢を進めていきたいです。
なぜ若手の抜擢が必要だとお考えですか?
須藤さん
物流の新しい価値を提供できるようになるためには、若く新しい力が必要だと考えているからです。
冒頭より述べてきたとおり、従来の物流事業者に求められてきた提供価値は「荷主様の要望にどれだけ応えられるか」というものでした。現在、当社を支えてくれている40代・50代の従業員は、そのような時代の要請に応えて仕事に打ち込み、成果を上げ、マネジャーになっています。
一方で、今の時代に求められているのは、こちらが主体となり荷主様へ提案する「コンサルティング型」の価値提供です。つまり、求められるマネジメントの前提が変容してしまっているのです。
若い人たちが自分の意見をどんどん発信し、新しいチャレンジができる環境を整備するとともに、ベテランがこれまで得てきた経験やノウハウも存分に活用し若手のチャレンジを支えていく。このように役割をシフトさせていくことが重要だと考えています。
そのためにも、人事評価や経歴・経験、資格情報などの人事データベースを整備し、それにもとづいて提案できる体制を整えていく必要があるのです。
執筆:藤森 融和
撮影:矢野 拓実