1. SmartHR ガイド
  2. イベントレポート

「人材で勝つ!」人的資本経営で実現する持続的企業価値創造とは【SmartHR Connect レポート】

公開日

この記事でわかること

  • 人的資本経営が必要な理由
  • 人的資本経営の実践に必要なこと
  • 人的資本経営・人的資本情報開示の進め方
目次

“人事・労務DXをリアルの場で加速させる”をテーマに6月13日(火)に実施されたオフラインイベント「SmartHR Connect」。
人材版伊藤レポートで著名な一橋大学 CFO教育研究センター長の伊藤邦雄さんを迎え、「『人材で勝つ!』人的資本経営で実現する持続的企業価値創造とは」と題して講演いただきました。

登壇する伊藤 邦雄 氏
登壇者伊藤 邦雄 氏

一橋大学 CFO教育研究センター長

一橋大学商学部卒業。一橋大学教授、同大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任。一橋大学名誉教授。2014年に座長として「伊藤レポート」(経済産業省)をまとめ、国内外から大きな反響を呼んだ。経済産業省「持続的成長のための長期投資(ESG・無形資産投資)研究会」(「伊藤レポート2.0」)座長、同「SX研究会」(「伊藤レポート3.0」)座長、同「企業価値の向上と人的資本の研究会」(「人材版伊藤レポート」)座長、同「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」座長、経済産業省・東京証券取引所「DX銘柄」選定委委員長、経済産業省「GXフィナンス研究会」座長、内閣府「非財務情報可視化研究会」座長、「TCFD(気候変動財務情報開示タスクフォース)コンソーシアム」会長、「人的資本経営コンソーシアム」会長などを務める。日本を代表する企業の社外取締役を務める。

本講演以外にも「SmartHR Connect」のイベントレポートを公開中。マネジメント・エンゲージメント向上などのお悩みの解決にぜひお役立てください。

人材で勝てない国から、勝てる国へ

企業経営はさまざまな命題に直面しています。とくに大きな命題は、人的資本経営を実践して「人材で勝つ」会社への変革です。

日本企業は従業員のエンゲージメントについて、過度に楽観的でした。「会社は従業員を大事にしているから、従業員も一生懸命働いてくれるはず。自社の企業文化は自由闊達だ」と、経営層は思い込んでいたわけです。さらにいえば、人は弱いから環境次第で悪事を働いてしまうという「性弱説」にもとづいた人事もありました。企業はこの考えを切り替えなければなりません。根拠のない楽観を捨て、性善説に則った行動計画を経営に実装し、進捗状況をきちんとマネジメントする。人的資本経営のエッセンスはこれに尽きます。

なぜいま、このような話をするのか。それは、いつの間にか日本が人材で勝てない国になっていたからです。言い換えれば、人材競争で国際的に劣ってしまったのです。米国ギャラップ社の調査(2017年発表)では、日本企業の従業員エンゲージメント、熱意あふれる社員の割合は世界139か国中132位。2022年の同調査でも129か国中128位と長らく下位です。調査結果を知った当初は目を疑いましたが、複数の調査と比較すると必然に思えてきます。

アジア太平洋地域の各国を対象としたパーソル総合研究所の調査「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」によれば、「現在の勤続先で継続勤務を希望する人」の割合は52.4%と最低でした。では、転職を希望しているのかというとそれも違います。「転職意向のある人」の割合は25.1%とこちらも最低。一方で「社外学習・自己啓発をしていない人」の割合は日本がもっとも高い。これが、国内労働者の平均像です。

欧米だとエンゲージメントが低い従業員は退職や転職を選ぶため、熱意の高い人間だけが会社に残ります。ところが、日本はエンゲージメントが高くない人も会社に残り続けるわけです。

現在の勤務先で勤続を希望する人の割合と転職意向のある人の割合

現在の勤務先で勤続を希望する人の割合と転職意向のある人の割合。経済産業省 産業構造審議会・新機軸部会、中間整理 2022年6月より。

また、日本企業は人材投資の面でも世界に遅れをとっています。「企業の人材投資(OJT除く)の国際投資(対GDP比)」では、欧米諸国と比べても日本が一番低く、直近では下がり続けています。もちろん、人材投資に力を入れている国内企業もありますが、大多数は投資が伴っていない。私たちはこの現実を直視しなくてはなりません。

企業の人材投資(OJT除く)の国際比較(対GDP比)

企業の人材投資(OJT除く)の国際比較(対GDP比)。厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様性に応じた人材育成の在り方について」をもとに作成。

日本型人事システムの限界

近年では日本型人事システムの限界も見えています。メンバーシップ型雇用は社員を企業のメンバーとみなします。「メンバーなら長く勤めてくれるだろう」と、離職に対する経営者の危機感が希薄化するのです。また、仕事が人を育てるOJTの発想には私も好感をもっていますが、OJTだけでは人材を十分に育てられません。経営者のなかには、人材に対しておおらかに捉えるべきと考える人もいます。聖域として触れたがらず、人材価値の発想がそもそも薄いのです。

明らかになりつつある限界はほかにもあります。

「日本企業は従業員に優しい」とする風潮がありますが、はたして本当にそうでしょうか。いろいろな企業を見てきたなかで、それは都市伝説だったのではないかと思うようになりました。たしかに、米国企業のような冷たい人員削減はなかったものの、社員のやりがいやウェルビーイングに向き合ってきたとは言い切れません

その結果、社員の自律性と自立性が削がれてしまったのではないか。限界を迎える日本型雇用システムを抜本的に再検討するために、人材版伊藤レポートを公表するに至ったわけです。

人材で勝つためにすべきこと

では、人材で勝つためにはなにをすればいいのか。まずは、人の見方を変えるべきです。

先ほどの性悪説や性弱説に立つとどうしても効率重視の見方になってしまいます。多くの企業では、期初の4月1日に社員一斉で物事に取り組むのが典型です。そういった見方をやめて性善説に立ち、人材の価値に着目するのが大切です。

人的資本の発想では、人材の価値は伸び縮みします。適切な環境を提供すれば限りなく伸びますし、劣悪な環境で放置すれば縮んでしまう。資本ゆえにしっかり投資する必要があるわけです。

人的資本の側面:自発的価値創造性

人的資本にはいくつかの側面があります。一つは自らの意思で価値を高めようとする「自発的価値創造性」です。これを活かすためには、従業員一人ひとりの主体的意思を尊重する風土をつくらなくてはいけません。

人的資本の側面:共感価値創造性

次に、パーパスへの共感でより力を発揮する「共感価値創造性」。皆さまの会社にもパーパスがあると思いますが、従業員もそれぞれのパーパスをもっているはずです。にもかかわらず、企業のパーパスを押しつけるのは同調圧力になってしまいます。双方を擦り合わせるのが大事です。

人的資本の側面:互助価値創造性

互いに学び合い、教え合って価値を高めようとする「互助価値創造性」は日本企業にマッチしていますね。政府もリスキリングを推奨していますが、独学では限界があります。従業員同士が相互に学び、教え合える環境が集団的リスキリングを実現するのです。

人的資本の側面:誘因価値創造性

それから「誘因価値創造性」。適切なインセンティブが提示されると、自分の価値を高めようとする本質ですが、日本企業はインセンティブで動機づけするのは弱いと思います。「Pay for Job」、「Pay for Performance」にもとづいたインセンティブ設計が必要です。

人的資本の側面:貢献価値創造性

「貢献価値創造性」は社会に役立ちたい、課題を解決したいから価値を高めようとする本質。

人的資本の側面:戦略価値創造性

「戦略価値創造性」は、自らの能力や専門性が経営戦略と同期化すると、自身や戦略の価値が高まる本質です。同期については、後半で詳しく説明します。

人的資本の側面:称賛・承認価値創造性

最後に「称賛・承認価値創造性」。ご自身の会社には、従業員を賞賛する文化が根付いているでしょうか? 当たり前ですが、褒められると人はやる気になります。しかし、日本企業は褒め合う文化が薄い。これらを変えていかなければなりません。

企業文化を変えようとする会社も数多く出てきて、成功事例も増えてきました。人的資本の価値を高め、企業価値の向上も持続させる。楽観的になってはいけませんが、これにより日本の潮目は変わると思います。

バイブルは人材版伊藤レポート

では具体的にどうすればいいかをまとめたのが、人材版伊藤レポートです。ここからはその内容を簡単に紹介します。

変革の方向性を示したスライド

上記のスライドは、左がこれまでのパラダイム、右がこれから目指すべきパラダイムを示しています。人材マネジメントの目的を人的資源の管理ではなく、人的資本による価値創造と捉える。人事のイニシアチブを人事部だけがもつのではなく、経営会議や取締役も関与する。積極的に対話するといった変化を起こさなくてはなりません。

人材版伊藤レポートでは人材戦略に求められる3つのPerspectibe(視点)と5つのFactors(要素)についても触れています。

人材戦略に求められる3つのPerspectibe(視点)

経営戦略と人材戦略が連動しているか。もし連動していないなら、問題となるギャップを把握(見える化)できているか。そして、人材戦略のなかで企業文化も刷新できているか。これが3つの視点です。

次に必要な5つの要素ですが、とくに触れておきたいものが2つあります。

人材戦略に求められる5つのFactors(要素)

1つ目は「動的な人材ポートフォリオ」の構築です。目指すべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、最適で多様な人材が活躍する人材ポートフォリオを柔軟に構築できているかが重要となります。

2つ目に「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」。ジェンダーや国政のダイバーシティもよく問われますが、私自身がレポートで力を入れたのは、知・経験は個々人で多様であるという主張です。日本人は同質的と言われがちですが、本当にそうでしょうか。もっている知識も経験も違いますよね。にもかかわらず、同質的だと括ってしまったのは悲しい歴史だったと思います。誰もが違うのだという見方を頭に入れておいてほしいです。

向き合うべき課題

従来、人事・人材のテーマは人事マターでしたが、直近1年で経営マターになりました。こうした背景のもとで向かうべき課題についてもお話しておきましょう。

進む二極化

まず、人的資本経営に真剣に向き合う会社と現状維持を続ける会社の二極化が進みます。人材が大事だと主張していても、行動をとらなければメッキが剥がれてしまう。スタートに遅れれば、競争力は劣化します。

追いつかない人的資本とジョブ型雇用への理解

人的資本やジョブ型の理解が進んでいない面もあります。これらの認知は広がっているものの、本質的な意味合いをわかっていない人も多いのではないでしょうか。たとえばジョブディスクリプションの作成。本来は職位ごとの職務内容を記す書類ですが、日本企業では個人のスキルにあわせてつくろうとするため膨大な数になっている。これはジョブ型の本質とは異なりますから、自社の経営戦略に必要な社員のスキルを形式知化する必要があります。

自律的キャリア形成の実践

自律的キャリア形成の実践も追いついていません。よく若手は3年で退社してしまうとされています。これは3年ほど勤務していると、いまの勤め先で自律的なキャリア形成ができるか、なんとなく見えてくるからです。もし、自分でキャリアを選ぶのが難しいと感じると、従業員は転職などの行動をとってしまいます。それを防ぐには副業や兼業など、キャリア選択のためのトライアル推奨や用意が求められます。

リスキリング

リスキリングへのインセンティブ設計も遅れています。リスキリングは、休日や平日の夜を使って学習を進めるわけです。だからこそ、成果を出した場合は会社が認めて賞賛し、キャリア形成につなげるといった制度をつくる必要があります。

スキルの見える化

また、スキルの見える化と共有も進んでいない。人事部門にあるデータの民主化がなかなかできないので、個人の能力を人事部門は把握しているが、事業部門が知らないというケースも少なくありません。これは非常にもったいないですから、可視化対象の取捨選択など継続的な工夫が大切です。

さらに、今年は人的資本情報開示元年ですが、人的資本の情報開示はいまだ手探り感が強いです。なにをどう公開していくべきかについては、次に詳しくお伝えします。

情報開示のキーワードは「ストーリー性」

日本の人的資本経営と人的資本の情報開示のフレームワークを示したスライド

上記のスライドは日本の人的資本経営と人的資本の情報開示のフレームワークです。

人的資本経営は「人材版伊藤レポート」や「人材版伊藤レポート2.0」を、人的資本の情報開示は内閣府の「人的資本可視化指針」をもとにそれぞれ進める。はっきりいって、人的資本経営の追求はこれだけでいいんです。

開示情報は女性役員管理職の比率や男性育休の取得率など、比較可能な情報が推奨されます。では、具体的にどう情報開示を進めていくのか。キーワードは「ストーリー性」です。ストーリー性がない情報を開示されても、場合によっては企業に対して失望するかもしれません。

大切なのは情報の自己満足的な羅列を避ける、企業文化と経営戦略、人材戦略がつながっているといった要素です。また、パーパスや理念との一貫した開示の仕方でもストーリー性はつくりだせます。

ストーリー性を生み出す具体的な指標

情報開示がミッシング・リンクを埋める

最後に、講演タイトルでもある人的資本経営と持続的な企業価値のつながりについてお話しします。

これまでの企業価値評価の流れは、あるパーツが欠けているミッシング・リンクでした。投資家やアナリストは経営戦略やビジネスモデル、財務パフォーマンスをインプットして、企業価値を評価してきました。しかし、それだけで本当に企業価値評価ができるのでしょうか。

企業価値評価に欠けている要素。それは戦略実行力です。実現性を評価するための情報が足りなかったのです。

いくら立派な経営戦略を掲げていても、実現できなければ意味がありません。戦略を実行するのは人、人的資本です。これからは人的資本の情報開示が進むため、ミッシングリンクは解消されるはずです。

ミッシング・リンクを表すスライド

これから企業価値評価の地平は変わっていきます。評価が上がる企業、落ちる企業が出てくるでしょう。戦略が絵に描いた餅とならないためにも、実行力や実現力を高めなくてはなりません。ダイキン工業の井上会長の言葉を借りますが、企業に必要なのは「一流の戦略と二流の実行力よりも、二流の戦略と一流の実行力」なのです。

まとめとはなりますが、人的資本経営は全社が同期して競争力を高める経営モデルです。

同期するための具体的な行動を示すスライド

企業のパーパスと従業員一人ひとりのパーパス、本社と事業部門、経営企画部と人事部門を含む本社全体、財務と人事の責任者、従業員同士。これらを密なコミュニケーションやリスキリング、多様な知・経験の認め合いを通じて同期する。そういう意味でのさまざまな同期を促していくのが人的資本経営なのです。

お役立ち資料

Q&Aですぐわかる!人的資本開示完全ガイド

人気の記事