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守りをAIに預けたら、バックオフィスは何をする?管理の再設計とリーダー論

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企業の基盤を支えるバックオフィスは、「管理」から「戦略的価値創造」へと、その重要な役割を大きく変えつつあります。AIやデジタル化の発展により、組織や働き方そのものが問われる今、この変化をどう進めれば、企業の成長にいっそう貢献できるのか。経営学者の入山章栄さんに、これからのバックオフィスのあり方とリーダーに求められる視点についてうかがいました。

入山 章栄

早稲田大学ビジネススクール教授

慶應義塾大学卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年より教授。

バックオフィス業務の転換期

AIの進化や業務支援システムの発展に伴って、バックオフィスの役割も変化していくと考えられます。入山さんは、バックオフィス領域におけるデジタル化や業務の変化をどう感じていらっしゃいますか?

入山さん

これまで、日本企業におけるバックオフィスは、勤怠管理や給与計算など「知の深化」側の役割が強かったと思います。会社の攻守で言えば、「守り」の部分を担っていた。ですが、これから先、「守り」はデジタルやAIがすべてやってくれるようになるでしょう。そうなると、バックオフィス領域においても企業の「攻め」の仕事、つまり「知の探索」側の業務が増えていくと思います。

入山 章栄氏

「知の深化」「知の探索」は、入山さんが著書『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)で紹介されている概念ですね。あらためて、簡単に解説していただけますか。

入山さん

「知の深化」とは、すでに持っている知識や技術を活用したり、それを徹底的に深掘りして、成果を上げる営みのことです。ご存じの活用ですから、見通しが立てやすく、短期的に収益性を高められます。

一方、「知の探索」とは、自分の認知範囲の外に出て新しい知を追求し、それをすでに持っている知と組み合わせること。新しい知・新しいアイデアを生み出すことは、次なるイノベーションの原点になります。

入山 章栄氏

企業は、どうしても成果が出やすい「深化」に偏りがちです。なぜなら、「探索」は、お金も人的コストも時間もかかる上に、結果も不確かだから。ですが、「探索」がおろそかになれば、中長期的なイノベーションは枯れていく。そうなると、組織は持続的な成長ができなくなります。

したがって、短期で安定した収益を支える「深化」と、中長期的な成長につながる「探索」の両方を、バランス良く同時に進める経営が重要になります。海外の経営学ではこれを専門用語でAmbidexterityというのですが、私は、それを「両利きの経営」と呼んでいます。

企業は両利きの経営を目指すべきだ、と。先ほどバックオフィス業務も「探索」にシフトしていくとおっしゃいましたが、バックオフィスにおける「探索」とは具体的にどんな仕事なのでしょうか。

入山さん

基本的には「本当の人間にしかできない仕事」になると思います。

まず1つめは、個人レベルでの「知の探索」です。たとえば、異業種の仕事のやり方を学んだり、まったく異なる分野の教養に触れてみたり。そうやって新たな知を探し、今ある自分の知と組み合わせていく仕事ですね。

2つめは、「現場のリアルな仕事」です。これまでのバックオフィス人材は、自社のなかで、自分のデスクに向かい、自分の業務に黙々と取り組んでいたと思います。でもこれからは「現場」、つまり開発・工場などの生産ラインや、直接顧客とやりとりする部署に自ら足を運ぶことが大切になってくる。そこで、定量的なデータにはのぼらないような情報を見聞きしたり、現場の空気感を肌で感じ取ったり、人と人とのリアルな関係を築いていくことが求められるのです。

あるいは、他社や関連会社に出向いて、業務のやり方を学んだり、そこで働く従業員の雰囲気を自分なりに捉えることも「現場のリアルな仕事」と言えるでしょう。

入山 章栄氏

3つめは「感情労働」。従業員の感情的な部分に向き合う仕事です。

たとえば、「人事の強さ」が象徴的な会社としてサイバーエージェントを例に挙げると、同社の人事のトップに曽山哲人さんという方がいます。曽山さんは、「落ち込んでいる社員に、声をかけるのが自分の仕事だ」とおっしゃっていました。

同社では、常に数多くの新規事業に取り組んでいますが、新規事業なんてたいていが失敗するもの。そのとき、曽山さんが現場に降りていって「元気出せ、良いチャレンジをしたじゃないか」「次は何をやりたいの?」と社員たちに声をかけていくそうです。

人事のトップが、自分のところに来て言葉をかけてくれる。しかも「次」の話を振ってくれる。それってすごく勇気が湧くと思いませんか。

これこそ、AIにはできない感情労働です。そして、これからのバックオフィスにおいて欠かせない役割の1つになると思います。

リーダーの「人柄」が経営を握る時代へ

たしかに、どれもデジタルには担えない重要な仕事ですね。そんなふうにバックオフィス業務が転換していくとすれば、CHROやバックオフィスリーダーに求められる資質も変わってきそうです。

入山さん

そうですね。私は、これからの人事のトップには、むしろ人事の経験がない人でもいいんじゃないかと思っていたりもします。なぜなら、人事経験がある人は、どうしても既存の人事的な考え方に縛られてしまいやすいからです。

バックオフィスの役割そのものが根本的に変わっていけば、たとえば「今まで財務でがんばっていたこの人は、本当に今後も財務に適任なのか?」という疑問が生まれたり、「実は営業でバリバリやっていたあの人のほうが、これからの人事にはぴったりなのかもしれない」といった、新しい可能性も見えてくるでしょう。

その流れで、従来の考え方に縛られずに、フラットな視点でこれからの業務を見つめ、そのうえで適任者を見極められる。そんなCHROやバックオフィスリーダーが必要だと思うんです。

入山 章栄氏

もちろんこれは、トップリーダーにも必要な素質です。というのも、トップにその視点と目利きがなければ、そもそも人事経験を持たない適任者が、人事のトップに抜擢されることもありませんから。

最終的な「人の目利き」こそ、究極的にAIでは代替できない重大な仕事であり、リーダーにもっとも求められる力と言えるかもしれません。

そうした「人を見る目」は、どうすれば養えるのでしょうか。

入山さん

日本企業が抱える根本的な問題として、終身雇用を前提とした「メンバーシップ型雇用」が挙げられます。この雇用形態では、社内の人材に対して「あの人は何が得意で、どのジャンルでどんな成果を出してきたんだっけ?」という情報が、共有されていなかったりする。だから、人の能力や特性を見極めるのがかなり難しいんです。

ですから、まずは「ジョブ型雇用」へと移行していく必要がある。これは、目利きをする経営者だけでなく、働く本人にとっても必要な変革です。雇用が流動化していくこれからの時代、自分の価値をしっかり理解し、アピールしていく力が求められますから。

スタートアップ界隈では、すでに雇用の流動化が進んでいますし、ジョブディスクリプション(職務記述書)があるのも当たり前になってきています。ですから、おそらくあと15年もすれば、日本の労働市場全体も完全にジョブ型雇用へ移行していくでしょう。ただし、その変化を受動的に待っているだけでは、良い人材はみんな他社に奪われてしまうと思いますね。

入山 章栄氏

では、ジョブ型に移行したとして、どうやって人の能力を見抜くのかと言えば、最後は「経験と勘」なんです。人も仕事も複雑なものですから、スキルや知識、実績など、たくさんのデータを揃えれば、確実に判断できるというものではありません。

とはいえ、その「経験と勘」の精度を高めていくには、前提となる人材データの蓄積や可視化がとても重要です。ところが日本企業は、この“人を見極めるための情報”がまだ十分に整っていない。そのため、どうしても感覚頼みの判断が多くなり、見誤りのリスクも高まってしまう。

経営学では、「CEOの個性や特性が、企業の戦略や業績に多大な影響を与える」とする「アッパー・エシュロン理論」があります。CEO選抜における世界トップのコンサルティングファームである、エゴンゼンダーの岩田健一さんにお話をうかがったところ、すでに欧米のトップ企業では、CEO選抜において個人の「価値観」や「人柄」を重視する傾向が以前に増して強くなっているそうです。テクノロジーや社会環境の変化が激しくなっている今、「過去のデータに頼る」だけでは通用しない状況が増えています。さらに、AIの進化によってさまざまな経営の「知識」や「スキル」は今後ますますコモディティ化していくでしょう。そんな時代背景を鑑みれば、CEOの個性や持っている価値観が、経営の成否を左右するキーファクターになるのは、必然的な流れだと思います。

人にはそれぞれの個性があり、それは業務のやり方や成果に影響する。ということは、当然経営者が社内の人材を目利きするときも、言語化できない感覚や相性のようなものが重要になるでしょう。その感覚や目利きの力を養うには、「知の探索」的に多様でたくさんの人と出会い、交流して、場数を踏んでいくしかないと思います。

日本企業の「両利き」化を阻む2つの壁

「両利きの経営」を目指すうえでは、バックオフィス領域に限らず、組織全体に及ぶ抜本的な変革が必要な企業も多いと思います。日本企業において、雇用形態以外で課題だと感じる点はありますか?

入山さん

大きく言えば「組織文化」と「評価制度」に課題があると思っています。

まず、組織文化について。日本企業では、組織文化ってなんとなく適当に“出てくる”ものだと思われがちですよね。企業独自の手法や暗黙の了解を、「うちの会社のノリ」と言ったりするのもそんな認識の表れだと思います。

でも、組織文化は本来、戦略的に“つくる”ものなんです。

たとえば、組織に失敗を受け入れる文化がなければ、人は挑戦を避けるようになり、イノベーションにたどり着く前に「知の探索」をやめてしまうでしょう。だから、どんどん「深化」に偏っていく。「両利きの経営」を目指すのならば、すくなくとも失敗を受け入れる文化を狙ってつくる必要があります。

入山 章栄氏

そして、組織文化をつくるのは行動です。社員のふるまいや日々の意思決定の積み重ねによって立ち現れるもの。だから、まずはじめに行動規範が必要なんですね。「うちの会社はこれを絶対に守ります」という指針を、ちゃんと言葉にして明文化しなくてはなりません。

次に、それを絶対に守ること。当然ながら、CEO、経営層から徹底して遵守していく。そうすることで、次第に社員の行動も変化し、目指す組織文化が育まれていくのです。もちろん、ものすごく時間のかかる大変な道のりですが。

行動規範の明文化について、重要性は理解しながらも、なかなかうまくできないと悩む人も多いかもしれません。言語化のポイントを教えてください。

入山さん

たしかに、言語化は簡単ではないですよね。ポイントは2つあります。

まずは「社員から話を聞くこと」。その行動規範に従って毎日働くのは、現場にいる社員たちですから、彼らに「うちの会社に必要な行動ってなんだと思う?」と聞いてみることが大事なんです。トップダウンで社員に押しつけるのではなく、会社全体で一緒に考えていくことが、納得感や浸透につながると思います。

入山 章栄氏

2つ目のポイントは、数を絞ること。多すぎると覚えられないし、守れませんから。理想は10個以下です。

とにかく社長も社員も、みんなが「これがうちの会社らしい行動だよね」と腑に落ちるものだけを厳選することが重要だと思いますね。

もう1つ、「評価制度」の課題とはどういったことでしょうか?

入山さん

今の評価制度って、成功か失敗か、短期的な成果だけで紋切り型に判断されるケースが多いと思うんです。なんとかして失敗を受け入れる文化をつくろうとしても、失敗するたびに評価が下がるようでは、その文化が根づくことはありません。

ですから、短期的な視点だけでなく、中長期的な目標を置いて評価する必要がある。月並みですが、例としてはOKR(目標設定のフレームワーク)やノーレイティング(年に1〜2回の評価ではなく、より頻繁なフィードバックと目標設定を通じて従業員を評価する手法)といった制度を導入することなどが考えられます。

入山 章栄氏

ただ、言うのは簡単でも、実際に評価制度を変えるのはすごく大変だと思います。評価する側、つまり管理職のあり方が大きく変わらないといけませんから。

たとえば、紋切り型の評価を脱しようとすると、1on1が増えるんですよね。でも、部下の仕事の進捗を確認して指導する従来型の1on1じゃ意味がない。これからの時代、そういった「管理」の部分は、AIやデジタルツールが担ってくれますから、もう必要ないんです。そうではなく、部下の悩みや目標を聞き出して、コーチングで導いていく1on1が必要になる。そこで部下の働きぶりを総合的に評価しなければなりません。

評価制度については、そうした管理職の仕事のあり方や意識改革も含めて考えていかなければならない難しい課題だと思います。

なるほど。そうした組織文化や評価制度の課題を変革できた企業が、「両利きの経営」に近づいていける、と。

入山さん

そうですね。そのうえで、やはりもっとも重要なのはリーダー、経営者です。「両利きの経営」を行なうためには、経営者自身が“知の探索”の感覚を持っているかが、ほぼすべてと言っても過言ではありません。組織文化をつくるにも、評価制度を変えていくにも、トップが起点にならなければはじまらない。

加えて言えば、そうした経営者を長期的にサポートできる「ガバナンス体制」も必要です。たとえリーダーが、知の探索の感覚を持った素晴らしい人物でも、任期が2〜3年で終わってしまえば、何もできませんから。

入山 章栄氏

知の探索も、組織の改革も、人の育成も10年単位で時間がかかるものです。下手すると20年、30年の時間がかかる可能性だってある。つまり経営者は、そうした長期的な視点のもと、未来に対して責任を持って変革を進めていかなければならないのです。そして、そんなリーダーが力を存分に発揮するためには、リーダーの考えを理解し、監督しながらも「10年でも20年でも旗を振って、会社を変えてくれ」と支え続けるガバナンス体制が不可欠です。

知の探索の感覚を持ち、未来に責任を持てるリーダーと、その人をサポートしてともに変革を進めるガバナンスがある。それが、これからの企業にとっての“理想的なあり方”だと思います。

入山 章栄氏

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取材・執筆:水沢環
撮影:持田薫
編集:野路学(株式会社ツドイ)

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