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障害当事者の“働きづらさ”に、組織はどう耳を傾ければいいのか

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既存の働き方やオフィス環境の多くは、マジョリティにとっての“働きやすさ”が追求されているといっても過言ではないでしょう。しかし、その状況が障害のある方にとっての“働きづらさ”を生んでしまう要因になっているとしたら?私たちは考えをあらためなければいけないのかもしれません。障害のある方にとってもそうでない方にとっても、よりアクセシブルな働く場を実現させるために、企業はどのようなことに取り組めばよいのでしょうか。学校という現場で障害のある先生たちへのインタビューを長くされてきた、文化人類学者の照山絢子さんにヒントを伺いました。

照山絢子(てるやま・じゅんこ)

文化人類学者。2014年ミシガン大学博士課程修了。博士(人類学)。同年より筑波大学図書館情報メディア系助教、2022年より同准教授。共著に『「ひきこもり」に何を見るか──グローバル化する世界と孤立する個人』(青土社)、「障害のある先生たち「障害」と「教員」が交錯する場所で」(生活書院)がある

照山先生は、障害のある先生たちが教育現場でどのように働いているかの研究をはじめ、障害当事者とその周囲の環境に関する研究を続けられています。さまざまな障害特性を持つ人がひとつの組織に集まることで、その現場には具体的にどのような変化が生まれるのでしょうか。

照山

学校現場にかぎっていえば、先生たちは優秀で勉強ができ、似通ったバックグラウンドを持っていることが多いですから、ある種均質な人たちが揃いやすい環境です。そのため、生徒という非常に多様な集団を前にしたときに、子供たちそれぞれがどういった考えや背景を持ってその場にいるのか、想像力が及ぶ範囲が限定されてしまうケースがあるんですね。

しかし、障害のある先生たちのなかには学校教育に困難を感じられたり、挫折経験をお持ちだったりする方も多くいらっしゃるので、そういう先生たちが自身の困難や気づきを現場の先生たちに共有していくことで、職場に多様性が生まれ、教育の質自体も上がるといった影響があるように思います。

障害のある先生たちから指導を受ける子供たちも、その変化を感じることは多いのでしょうか。

照山

生徒の方にはインタビューを行なっていないのですが、先生たち経由でそういった話を伺うことは多かったですね。たとえば、ある視覚障害の先生は、受け持った生徒が卒業後に学校を訪ねてきて、「進学の際に挫折を経験して心が折れそうになったけど、先生が学校で頑張って授業をしていた姿を思い出して自分も頑張っている」と話してくれたのがとても嬉しかった、とおっしゃっていました。

板書が難しいこともあり、授業準備の際には念入りにプレゼン資料を用意したり、生徒の声をすぐに聞き分けられるように全員分の声を録音して何回も聞いて覚えたりと努力をされていたので、生徒から見てもその姿が非常に印象に残ったのではないかと思います。

インタビューに答える照山絢子さん

照山絢子さん

学校現場において、職場環境に働きやすさを感じている先生とそうでない先生がいらっしゃるのではないかと思います。では、障害のある先生たちが働きやすいと感じる職場には、どういった共通点があるのでしょうか?

照山

特別支援学校に勤めている先生は、学校自体が障害児対応を日常的にしていることもあり、環境が整備されていて働きやすいと聞きます。それ以外のケースだと、管理職が障害について理解し、積極的に動いてくれる職場は働きやすいようです。

たとえば、先生たち同士で障害について話す機会を設けてくれたり、障害への具体的な対応を継続して行うための仕組みづくりをしてくれたり。そういった配慮が自然に行われている職場は、総じて働きやすいのではないでしょうか。

合理的配慮を求めやすい環境をつくるために

障害のある方と同じ組織で働いたり共同作業をしたりするときに、既存の環境ではサポートが不十分なケースもあるように思います。一緒に働くメンバーは、そういった困難にどうすれば気づくことができるのでしょうか。

照山

職場における合理的配慮という意味では、何に困難を感じていて、どういった配慮が必要かを障害当事者の方から細やかに話していただくことが大切だと思います。ただ一方で、マイノリティばかりが常に声を上げ続けないといけないことになりますから、組織側が積極的に聞く姿勢を持つことが望ましいですよね。

インタビュイーの話を聞く照山さん

照山

さらに言えば、障害者雇用枠で入社した人たちだけでなく、たとえば体調の問題で朝早く起きることが難しい人のように病名が必ずしもつかないものであっても、現状の働き方に困難を感じているメンバーはおそらくいるはずです。

“働きづらさ”は障害名や診断名の有無、障害者雇用枠で雇用されているか否かにかぎらず、多くの人たちがさまざまな度合いで持っているものだと思いますので、要望をヒアリングしたり、意見を交換できる場をつくったりする工夫が必要なのではないかと思います。

合理的配慮に関しては、同じ障害のある人たちであっても、個人によって必要とする範囲、求める範囲が変わってくることもありそうです。どこまで個別対応をすべきか、管理職側は特に悩まれているのではないかと思います。

照山

そうですね。たとえば「学習障害」という診断名がついている方のなかでも、文章が正確に認識できないので印刷物はすべて拡大コピーしてほしいという方もいれば、音声化してほしいという方もいます。同じ診断名だから同じ配慮を必要としている、とは必ずしも言えないんですよね。

私が働く大学では「障害学生支援室」という部門が授業を運営する教員と学生との間に立ってくれるので、比較的コミュニケーションがスムーズに進むのですが、企業ではジョブコーチなどが間に入っていないことも多いはず。そうなると、配慮を求める個人と配慮を求められる組織をうまく繋ぐのが難しいケースも出てくるだろうなと思います。

個人の能力やスキルに応じて評価が定まる企業文化のなかにいると、必要な配慮を要請すること自体に難しさや恥ずかしさを感じてしまう人もいるかもしれません。

照山

人事的な評価に関しては、個人の能力やスキルのうち、「何を評価しようとしているのか」と「どこに困難を感じていてサポートが必要か」を評価者側がうまく切り分けて理解・認識し、その切り分けを評価対象者にもきちんと伝えていくことが重要だと思います。

ただ、弱さについての自己開示が組織内でしづらいという風潮は、特定の企業にかぎらず社会全体の課題になっているのではないでしょうか。学校の現場でも、「みんなは普通で、自分だけが普通じゃない」という幻想を子供たちが抱いてしまうケースがあるんですね。発達障害の子供は「発達障害があるのは自分だけだ」と思い混んでしまうし、シングルマザーの家庭の子供は「両親が揃っていないのは自分だけだ」と思い込んでしまう。そういう傾向があるのを感じるんです。

インタビューに答える照山さん

照山

でも、人は本来、少しずつ違った問題を抱えているはずなんです。それなのに「自分だけが……」という幻想が生まれてしまうのは、自分の弱みは他者に極力見せないほうがいいという態度が社会のなかで慣習化していることが大きな要因になっているように思います。より多くの人たちが弱さを開示できるようになってくると、いろいろな現場に変化が生まれてくる可能性はありますよね。

障害者を過度に美化したイメージを社会のなかに流通させない

障害者雇用の多様化が進むと、これまであまり出会ったことのない障害種別の人と関わることが増えていくかもしれません。その場合、何に配慮すべきかわからなかったり、意図せず差別的な行動を取ってしまわないかと不安に感じたりする瞬間があると思うのですが、どんなことに意識を向けるとよいのでしょうか。

照山

同じ組織や現場で一緒に仕事をしていくなかで学んだことを少しずつ積み重ねていく、という姿勢こそが大切なのではないかと感じます。障害のある先生についてチームで調査をした際には、聴覚障害を専門にしている研究者と、肢体不自由や視覚障害を専門にしている研究者と、お互いに知識を補い合ったり障害種別に応じた配慮を学び合ったりしながら研究を進めていました。

これまでに出会ったことのない障害種別の方への対応や配慮が難しいのは当然のことで、知っていて当たり前では決してないと思うんですね。私自身、専門としている領域以外の障害種別に対してはまだまだ学びが必要だなと感じる瞬間があります。

たとえば、視覚障害の方と食事をしたとき、私はメニューを読み上げるだけで満足していたんですね。でも、同席していた視覚障害を専門にしている研究者は、配膳された食事の位置を伝えるために「時計回りに何と何があります」と細かに説明されていて、自身が未熟なことを痛感しました。でも、そうやって学んでいくしかないんだと思います。

椅子に座り、インタビュイーの話を聞く照山さん

個々人が働きやすさを感じられる障害者雇用を今後さらに広げていくためには、組織で働いている人たちがどのような意識を持ち、どのような取り組みをしていくことが必要でしょうか。

照山

これまでの話のなかにも出てきたように、まずは障害のある方が求めている合理的配慮にできるだけ細やかに耳を傾けていくことが大切です。そういった配慮がチーム内や部署内でなあなあにならず徹底されているかどうか、定期的にフォローアップしていく仕組みづくりもできればよりよいと思います。

それから、これはそういった細かな対応以前の問題ですが、学校教育のなかで障害のある子供と机を並べて勉強する経験をしてきていない、ある世代以上の人たちにとっては、障害当事者が身近なところにいるというイメージを持ちにくいのではないかと思うんです。

外国籍の方やLGBTの当事者などに関しても同じことが言えますよね。カテゴリーやラベルだけで属性を見定めるのではなく、当事者は自分のごく身近なところにもいるという想像力を持ってほしいなと。

そのためには、障害者という存在を過度に美化したり、「助けるべき存在」と印象づけたりするようなイメージを社会に流通させないことも大切ではないかと思います。そういった実態のないイメージが、逆に個々の人たちの姿を見えづらくしてしまう可能性があるので。

照山さん

取材・文:生湯葉シホ
撮影:小池大介

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