「労働条件通知書」と「雇用契約書」の違い。法的に必要なのはどちら?
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こんにちは。特定社会保険労務士の榊 裕葵です。
新入社員が入社することが決まったら、法的には、社員と会社の間で雇用契約が成立することになります。その際に「雇用契約書」と「労働条件通知書」をそれぞれ作成し、雇用者は確認を促されることがほとんでしょう。
しかし、「雇用契約書」と「労働条件通知書」の違いを明確に説明できる方は少ないように見受けられます。
今回は、それぞれの書面の違いを確認し、労働契約に関する正しい知識を身につけましょう。
「労働条件通知書」と「雇用契約書」、それぞれの解説
本題に入る前に、「労働条件通知書」と「雇用契約書」、それぞれの書類について簡単に説明します。
「労働条件通知書」とは?
「労働条件通知書」とは、雇用契約を結ぶ際に、事業主側から労働者に書面(2019年4月以降は電磁的方法も含む)で通知する義務のある事項が記載されている書類です。
労働基準法第15条(労働条件の明示)では、労働の契約をする際に会社が労働者に対して明示すべき絶対的明示事項(後述)を定めています。
「雇用契約書」とは?
労働者を雇用する時に、事業主と労働者の間で交わす契約書です。
2部作成し署名・押印したあと、雇用者と労働者がそれぞれ保管するのが一般的です。
雇用契約が成立しても、法的に「雇用契約書」は不要
本題の「雇用契約書」と「労働条件通知書」の違いについて解説していきます。
ここでは、雇用契約を正式に成立させるには、「雇用契約書」という書面の作成が必要なのかということが論点になるのですが、この点、結論から申しあげますと「不要」というのが正解になります。
日本の民法では、契約の成立に書面などの「形式」を必要としない「意思主義」を基本としています。そのため、任意後見契約や割賦販売契約など法律で定められた一部例外を除き、原則として口約束だけで契約は正式に成立します。雇用契約も口約束だけで契約は正式に成立するのです。
「労働条件通知書」が法的に必要な理由
しかしながら、労働基準法では立場の弱い労働者を保護するため、雇用契約が成立したら主要な労働条件を労働者に明示することを使用者に要求しています。この明示のために用いられる書面は、法律用語ではありませんが、伝統的に「労働条件通知書」と呼ばれてきました。
労働条件通知書には、絶対的明示事項として、少なくとも以下を記載しなければならないことになっています。
- 労働契約の期間
- 就業場所
- 業務内容
- 始業/終業時刻
- 休憩時間
- 休日/休暇
- 賃金の計算方法/締日支払日
- 解雇を含む退職に関する事項
労働条件通知書は、上記の項目が網羅されていれば書式は特段決まっておりません。
しかし、厚生労働省の指定した方法により労働者に明示しなければならないことに注意が必要です。この点、厚生労働省は長らく、物理的な「紙」によって作成された労働条件通知書を交付して、労働条件を明示をしなければならないという立場をとってきました。
近年はオフィスのIT化が進み、テレワークの導入なども増えていますので、人事労務部門の効率化のため、PDFの添付ファイルや、メール本文に記載する形で労働条件を通知したいと考えている会社が少なくありませんでした。
このようなニーズに応え、厚生労働省は省令を改定し、2019年4月以降は「紙」に加え、労働者の同意を条件に、上記のような電磁的方法による労働条件通知書の交付も可能とする方針を固めたのです。
労働条件通知書をはじめとした人事・労務関連書類の電子化による「労務業務の効率化」について、「労務の課題を一挙解決!電子化が激変させる労務の世界」にまとめましたので、ぜひご覧ください。
それでも「雇用契約書」を作成したほうが良い理由
ここまで読んで頂いて、「結局、雇用契約書と労働条件通知書は何が違うんだ?」と疑問を持った方もいらっしゃるかもしれません。
この点、端的に言えば、違いは「署名捺印の有無」です。どちらも書面に書かれている内容自体はほとんど同じなのですが、雇用契約書は社員と会社の双方が「この内容に合意しました」と署名や捺印を取り交わすのに対し、労働条件通知書は会社が一方的に社員に渡す書面というイメージです。
そのため、労働条件通知書を渡したり、(2019年4月以降は)メール等の電磁的方法で通知したりすれば、労働基準法の定めはもちろんクリアできています。
しかし、労使間で何らかのトラブルが発生してしまった場合に「そんな書面はもらっていない」とか「本当の契約内容はこうだったのに、労働条件通知書が間違っている」というような形で争いになってしまうことがあります。
そのようなトラブルを防ぐためには、「この内容で契約が成立したのだ」ということの動かぬ証拠となる「雇用契約書」のほうが優れています。
2部作成し、一部ずつ会社と社員が保管する形になります。また、雇用契約書を作成すれば、労働基準法で求められている書面による労働条件の明示も自動的に兼ねていますので、実務上は「労働条件通知書兼雇用契約書」というタイトルで書面を作成することも多いです。
なお、雇用契約書の社員の住所や氏名の欄は、あらかじめ会社がワープロ打ちするのではなく、本人に直筆で記入してもらうほうが良いです。
会社がワープロ打ちしたものに押印だけしてもらう形ですと、裁判になった際などに「会社が勝手に認印を押しただけで、そんな契約書について私は知らない」と言われてしまうリスクがあります。
直筆ならば、いざとなれば筆跡鑑定もできます。住所も直筆で書いてもらったほうが筆跡鑑定をしやすいです。どうしても押印だけで済ませたいならば、本人の印鑑証明を受け取り、印鑑証明と同じ印影で押印してもらうようにしましょう。
あるいは、電磁的方法によって、電子署名をもらう形でも対応できます。例えば、SmartHRなどのクラウドシステムを利用して、雇用契約書に電子署名を取り交わすのが安全で効率的です。2019年4月以降は、規制緩和を受け、「労働条件通知書兼雇用契約書」としてまとめてクラウド締結できるようなサービスが増えるのではないでしょうか。
また、雇用契約書と労働条件通知書の中間的なテクニックとして、労働条件通知書に「本労働条件通知書の内容に同意し、確かに書面を受け取りました。署名押印」という欄を作る方法があります。
労働条件通知書を社員に交付する際に署名押印をもらい、その場でコピーをとって、コピーを会社で保管しておくという方法もあります。
トラブルを避けるためにも「雇用契約書」は作成しておきましょう
法的には雇用契約書の作成は不要ではあります。しかし、トラブルを避けるためにも、必ず作成しておくほうが無難ではあります。
確かに、会社が一方的に交付すれば良い労働条件通知書に比べ、雇用契約書では「2部作成する」「署名押印を取り交わす」といったように、何かと手間が増えます。
しかし、労務管理上のリスクを減らすためにも、雇用契約書は取り交わしておきたいところです。
(了)
※ SmartHR Mag. 編集部:2017年3月10日に公開した記事を、更新・再編集しています。