キャリア形成を支援するためのかかわり方|Smart相談室のスーパーバイザーと動画で振り返る労務担当者の対応例#2
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5月31日に開催された「Smart相談室のスーパーバイザーと動画で振り返る労務担当者の対応例#2 キャリア形成を支援するためのかかわり方」では、キャリア相談を受けた労務担当者がとるべき対応について、動画をもとに考えるケーススタディが行われました。
ストレスやコロナ禍の影響で精神的なダメージを抱える労働者は年々増加しています。セミナーでは、労務担当者も多く受講されている産業カウンセラーの養成に長く携わり、企業でのカウンセリング経験も豊富なSmart相談室スーパーバイザーの鵜飼先生とともに、適切な対応方法について考えました。この記事では当日の内容を動画とともにお届けします。
オフィスファーロ 代表
2005年より大阪にて若年者就労支援施設、大阪府立高等学校、専門学校、大学学生相談室等で若年者に対するキャリアコンサルティング及び教員及び保護者へのキャリア教育の啓発、教材開発に携わるほか、企業領域において勤労者を対象としたメンタルヘルスとキャリア開発支援のカウンセリングを行う。2016年より都内にキャリアコンサルティングオフィスを開設。キャリア(生き方・働き方)の支援を行うほか、国家資格キャリアコンサルタント及び産業カウンセラー等資格保有者の養成および育成にも携わる。一般社団法人キャリアコンサルタント支援協会理事。一級キャリアコンサルティング技能士。2021年よりSmart相談室スーパーバイザーとして活動中。
相談の事例動画から対応策を学ぶ
前回のセミナーに引き続き、労務担当者の方が面談をしているイメージ動画をご用意しました。演じているのはSmart相談室の関係者です。カウンセラー同士がフィードバックをする際に使う、応答を書き起こした逐語記録を使って振り返っていきたいと思います。
とくに、「相談者さんはどのような状況や気持ちを語っているのか」「労務担当者さんが相談者さんの発言に則した応答をしているか」「面談全体の流れや相談者さんが問題を一人で解決できずに長引いている真の問題は何か」を検討していきましょう。
本日の登場人物の設定です。
- 労務担当者:ロウムさん
- 相談者:世田谷太郎さん
- 44歳・男性
- 広告会社の管理職
- 新卒で入社してから22年間、広告営業を担当
- 現場 、リーダー、マネジャーとキャリアを積んできた
労務担当者さんは優しく世田谷さんのお話を聴いていましたね。世田谷さんは転職を考えているようでした。「辞めずに自社で成長してもらえるよう促す関わり方」と、「受容的な関わり方」という、ふたつの相反する関わり方の間で揺れるようなケースは日常的にあります。
※以後、相談者の発言は「相談者1」、聴き手の発言は「ロウム1」と表記。カッコ内は非言語情報。
曖昧な点を明確にする掘り下げを意識して
「ロウム0」は最初のご挨拶です。「今日はどういった相談や悩みがあってお時間いただきましたか?」とお話を促しています。
「相談者1」です。青字で色付けた部分は、きっかけについて語っています。スキル不足だと言う上司と、世田谷さん自身の認識にギャップがあり悶々としているため相談に来たとおっしゃっていますね。
次はオレンジ字の部分です。「今の会社に22年間いるんですが、他の選択肢も広げようかなと思って」と言っているので、スキル不足を指摘されたことについては気に留めていないようです。自分を過小評価している上司や職場から脱しようとしているのか、他に目を向けていることについて語られています。緑色の部分では、相談相手がいない状況を教えてくださっています。
「ロウム1」では、「相談者1」の内容をまとめて確認しています。
「相談者2」では「やる気がでない」ことを打ち明けています。リーダーやマネージャーをしてこられたなら、それなりの評価をされてきたのでしょう。ご本人としては「この先も順調にやっていけるんだろうなぁと思ってやってきた」にもかかわらず、スキル不足を指摘され戸惑いを抱えていることを、事実として教えてくださっています。
「スキル不足」と指摘した上司から、具体的な話をされなかったのかが気になる部分なので、赤字になっています。
相談者の言葉の曖昧な部分を明確に
「ロウム2」のオレンジ字の部分では、モチベーションが下がっていることに対して「どう上げるか」「今の状態をどう変えたらいいか」という解決策へ話題が移行しています。困っている人に対して、『何とか解決してあげたい』と思うことは自然なことですね。しかし、まずは曖昧な部分を明確にしたいところです。
ここでは、「スキル不足」についての具体的な話がなかったのかを訊いておきたいです。上司の方と世田谷さんの間に認識のギャップがどのくらいあるのか、また、世田谷さん自身が自分のスキルについてどのように自己評価しているかも確認できます。
「相談者3」で話された言葉から考えると、世田谷さんは「スキル不足」の指摘について考えようという姿勢はうかがえず、棚上げしていることがわかります。
「ロウム3」では、世田谷さんが語った希望について否定せず、肯定的に応じています。
「相談者4」をみていきます。「そうですね。もっともっと売り上げを上げて、会社に貢献したいと思っています」とおっしゃっています。リーダーやマネージャーを任されてきたことからも結果を出していて、この発言からやる気があると考えられます。
根本的な問題を捉える聴き方がポイント
客観的に両者の話を聴いていると、上司が指摘したスキル不足とは何のことだったのかが気になりますよね。このことについて考える時間をもち、不足していると指摘された部分を伸ばす方向で考えられると、世田谷さんのキャリア形成が意味のあるものになりそうです。
「ロウム4」では、転職活動の気持ちについて訊き返しています。今まで肯定的な態度で世田谷さんの気持ちに沿っていますが、この態度のまま転職活動についても肯定してしまうと、意に反して転職を後押ししてしまう可能性があります。
「相談者5」を見ていきます。ポジションを用意してくれる会社があることで、下がっていたやる気が少し回復したことを話してくれました。「相談者1」から「相談者5」までの発言から、世田谷さんは「ポジション」や「権限」に関心があることがわかります。
一方で、「22年間いたこの会社で上を目指したい」という発言から、会社への愛着のようなものがあることもうかがい知れます。逆に、この会社で上を目指せないとなると、よいポジションを用意してくれる会社に転職してしまうかもしれません。
「ロウム5」を見ていきます。「転職に踏み切ってみようと思ったものの、今の会社も気になるしなぁという感じなんですね。わかりました」と、転職に踏み切ろうと思ったことすら受容的に聴いています。そして再び、モチベーションを上げる方法を聞いています。モチベーションが上がったからといって、世田谷さんが成長できるとは限りません。根本的な問題を捉えないとキャリア形成の支援にならないからです。
「相談者6」を見ていきます。新規事業や大きいプロジェクトのリーダーなど、責任が伴うポジションだとモチベーションが上がるとおっしゃっています。世田谷さんのモチベーションに対するポジションの影響度合いが一貫して語られていますね。
「ロウム6」では世田谷さんに上昇志向があることを確認しています。また、「相談者7」でも世田谷さんはぶれないポジション志向を語りました。
「ロウム7」では、「おっしゃっていた新規事業の話とか、そういうものにチャレンジしてみたいっていうお話は上長の方にお話しできそうだったりするんですかね?」と訊いています。
上司からの指摘への反応に焦点を当てる
「相談者8」では、気持ちをぶつけたものの、実力不足を指摘されたことについて「よくわからないんですよね」と語っています。「相談者1」でも上がった、上司からスキル不足を指摘されたことの繰り返しになってしまいました。
「ロウム8」を見ていきます。「受け入れてくれないっていう感じなんですかね、頭ごなしに、いや、まだだ、みたいな感じなんでしょうか?」と、ハラスメント要素がある可能性を考えて訊いています。
両者のコミュニケーションについて確認したことはよいことだと思います。しかし上司の言い方に焦点を当てた質問よりも、スキル不足と言われた世田谷さんがどう反応したのか、反応しなかったのかに焦点を当てた質問の方ならさらに良かったと思います。
「相談者9」では「そうですね、古い考えなのか、受け入れてくれない感じですね。過去の成績も私の方が良かったりするので、なんでなんだろうなぁって、不思議に思っています」と語っていることから、世田谷さんはスキルと成績を同じものだと考えていると推察されます。
また、ここまでの会話で上司から指摘された具体的な内容が語られないことから、「スキル不足」を指摘されたことを不思議に思いながらも、わかるためのコミュニケーションを取らずに転職を考えてしまっていると考えられます。
「ロウム9」では、現在の会社に残ることと転職先を天秤にかける質問をしています。今の会社で新しいチャレンジをするには何が必要か、転職先でチャレンジするにはどのようなことができそうなのか、それぞれのチャレンジについて、具体的に比べられる材料やメリット・デメリットを検討する話し合いが必要です。その時間を設けてから考えると、世田谷さんの良き選択につながるでしょう。
相談者が「甘えすぎない」対応が必要
「相談者10」を見ていきます。「上司が折れてくれれば」という言葉に笑いが含まれていました。他力本願であることが照れ臭かったからなのか、あざ笑う気持ちがあったのかはわかりませんが、世田谷さんの笑いの奥にどのような気持ちがあるのかに注目したいところですね。
「ロウム10」です。ロウムさん自ら、上長とコミュニケーションを図ることを提案しています。世田谷さんが昇進したがっていることを上長に再度伝えるのか、スキル不足の具体的な内容を聞いて世田谷さんに通訳するつもりなのか、コミュニケーションの意図がここではわかりません。
いずれにせよ、世田谷さんにこの問題についてロウムさんが動いてくれるという希望をもたせてしまったのではないかと思います。世田谷さんが自身のキャリアを作っていくうえで、ロウムさんに甘える形になってしまった懸念があるのです。
「相談者11」では「ぜひぜひ、お願いします」と期待していますね。そして「ロウム11」で「本日は、ありがとうございました」と終わっています。
ロウムさんの対応を振り返る
相談者に合わせすぎてはいけない
ロウムさんの対応について振り返っていきましょう。終始、世田谷さんを否定せず温かく聴いておられました。相談をもちかける人は、心の壺がいっぱいになっています。しっかりと受け止めることで心の壺に隙間を作ってもらい、自分自身を客観視してもらうための手助けができます。
一方で同調するシーンも多く見られました。「共感的に気持ちを理解する」ことと、「同調・同感」するのは違います。また、そのまま受け入れる「受容」と「親切」も違いますね。全体的に世田谷さんの意向に添う傾向が強いように感じます。
自らを省みることで成長機会を得る
次が今回の肝になる部分です。世田谷さんは22年間のキャリアで多くのスキルを得ました。しかし上司は「もうちょっと頑張ってほしい」と思っているようです。それを乗り越えられれば、今後の成長につながるでしょう。ご自身を振り返る機会をもつことが必要ですが、この面談ではスルーされてしまったところが残念です。
自分の伸びしろを知り、自分にとって痛いことを指摘する人とのコミュニケーションも、本人の成長、キャリア形成のために必要です。「ポジションがほしい」という望みを叶えるために、「相手が折れれば」という他力本願ではなく、自分が何をすればできるのかを考えていく話への展開が面談のなかにあると良かったと思います。
キャリア形成を支援するための関わり方のポイント
ポイント1. 安心して話ができる関係性をつくる
1つ目のポイントは、一緒に考える「道連れ」になれるような、安心して話ができる関係性の構築です。二人で考えることによって、ひとりでは考えられないところまで想いを馳せられます。否定せず、受容的に話を聴く姿勢、親身になって一緒に考える姿勢で関わりましょう。ただし、同調しすぎないように注意する必要があります。
ポイント2. 曖昧な部分を詳細に話してもらう
2つ目のポイントは、曖昧な部分があれば、詳しい内容を話してもらう質問です。
- どのような点がスキル不足だと言われたのですか?
- そのときあなたは上司にお尋ねしたのですか?
という質問をすれば、相談者さんは回答を考えます。それによって自分を客観視できるのでしょう。聴き手側も、曖昧な部分がわかることで相談者さんの世界に近づき、よりよい関係性を構築できます。
さらに、問題につながっている“真の問題”に仮説を立てられます。世田谷さんは結果を残しているので、仕事はできる人なのだと考えられます。しかし、苦手なことを避けたり、痛いことを言う人から逃げたり、違う会社から「ポジションを用意する」と言われるとテンションが上がることから、「自分にとって気持ちのよいコミュニケーションには乗っかるが、苦手なコミュニケーションを避ける傾向があるかもしれない」と仮説を立てられます。これらの情報に加え、曖昧な部分を解消すれば仮説を精査できるのです。
ポイント3. 必要な知識や能力に対する理解を確認する
3つ目のポイントは、役職や職種を全うするために必要な知識や能力に対する理解があるかの確認です。ポジションを得るために必要なことについて質問をすると、ご本人のなかで準備すべき内容が明確になると思います。労務担当者の方であれば、役職になるための評価基準を提示して自分自身と比べてもらうのもよいと思います。
ポイント4. キャリアの価値観を確認する
4つ目のポイントは、キャリアに対する考え方や志向性、職業観が明確になっているかの確認です。ある程度の年数仕事をしたうえで醸成した価値観や軸、譲れないものを「キャリアアンカー」と呼びます。世田谷さんのキャリアアンカーは「経営管理志向」だと考えられます。このことを共有し、世田谷さん自身が管理職やポジションに魅力や価値を感じていると理解すれば、自分はそのために何をすべきか考えやすくなります。これはキャリア理論を踏まえた高度なポイントです。
キャリア形成を支援するためには、この4つのポイントを意識した関わり方が重要です。
質疑応答
Q1. 逐語記録の内容を見るまでは、あまり多くの情報をキャッチできていませんでした。実際に相談にあたる労務担当者さんは、話の機微や流れの理解をどのくらいまで目指すとよいですか。
少なくとも、「今、何が起こっているのか」の概要が掴めていればよいと思います。「世田谷さんはポジションを欲しがっている」「上司はスキル不足だと言っている」という、両者のギャップが埋まっていないまま、転職を考えて動いていることが掴めていれば大丈夫です。
「語られている言葉」を追いかけようとすると、「モチベーションが下がっている」に対して「どうやって上げるか」といった反応になってしまいますので、あらすじを掴みながら「話の内容」を追いかけるとよいでしょう。まずは相談者さんの世界を理解し、そこから相談者さんの問題を解決するためにどうするべきかを考える順番がよいでしょう。
Q2. 例として『スキル不足』が上がっていますが、『相談相手がいない』というところも気になりました。この部分についてはどのような聴き方をするとよいでしょうか。
「相談相手がいない」については、「妻にも相談したいけどプライベートで話せない」と言っていたので、曖昧ではなかったと思います。曖昧な部分を詳細に聴く、というのがポイントです。
Q3. 22年間を振り返って、自分の会社のよいところを語ってもらう必要はありませんか。
語ることで、世田谷さんが自身の愛社心を確認できます。しかし今回は「上司にスキル不足と言われた」ことに納得がいかないという想いをもっていらっしゃるので、この想いを手当てするためには曖昧であった「どのような点がスキル不足と言われたか?」を詳しく聴く方法がよいと思います。
Q4. 仮説を立てることと、思い込みや偏見は違うと思います。これはカウンセラー(聴き手)のレベルによると思いますが、ご意見ありますか。
仮説と偏見・思い込みの違いは、根拠の量だと私は考えています。世田谷さんの真の問題として「コミュニケーションの問題」と仮説を立てられると話しました。1つの場面だけを切り取って「コミュニケーションができない」というのは思い込みになります。
しかし、今回のケースでは「スキル不足だと言われた」という話は何度も出て来るのに、具体的な内容が語られることはありませんでした。そのため、「コミュニケーション不足」が仮説として立てられます。
Q5. 相談者さんに行動を起こさせるような働きかけは、現時点では不要なのでしょうか。
相談者さん自身が「これが足りていないんだ」「こうすればいいんだ」ということを自分のなかに落とし込み、行動したくなるような支援をする働きかけが重要です。
Q6. 今回のような場合、どのように面談を終了すれば、次回へ向けてスムーズな形になりますか。
私なら、「どこがスキル不足なのかがわからないと新しい会社でも同じかもしれないので、上司に具体的なことを聞くか、会社の評価基準を振り返るなどして、世田谷さんの伸びしろを次回一緒に考えませんか」と伝えて終わります。
【執筆:まえかわ ゆうか】