2024年4月新要件適用の「裁量労働制」。メリット・デメリット、適用するべき企業は?
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こんにちは。社会保険労務士の宮原です。
2024年4月に裁量労働制に関する改正省令、改正告示が施行されます。
裁量労働制と聞くと、過去に労働時間等に係る厚生労働省の統計データの不備が指摘され、働き方改革関連法案から削除された出来事を思い出されるかもしれません。
また「裁量労働制=働かせ放題の制度」というイメージも強く、制度を疑問視する声だけでなく、実際に制度を適用する企業割合も低く推移しています。
今回は、裁量労働制のメリットをあらためて考察し、企業がどのように対応するべきかをご紹介します。
裁量労働制のおさらい
労働基準法では、労働時間を1日8時間、1週40時間(休憩時間を除く)と定めていますが、業務の性質に照らして、「みなし労働時間制」という労働時間算定の例外となる制度も設けられています。
労働時間規制の体系
(出典)裁量労働制の現行制度の概要及び経緯等について(資料3) - 厚生労働省(p.15)
裁量労働制の概要
対象 | 労働時間 | 手続 | 定める・決議するべき事項 | |
---|---|---|---|---|
専門業務型 裁量労働制 [法38条の3] | 業務の性質上、業務遂行の手段や時間配分等を大幅に労働者の裁量に委ねる業務として、厚生労働省及び大臣告示で定められた専門的な業務に従事する労働者 | 労使協定で定めた時間を労働したものとみなす。(※注1) | 労使協定において、右記の事項を定め、労基署へ届出。 |
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企画業務型 裁量労働制 [法38条の4] | 事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、業務の性質上、これを適切に遂行するために、業務遂行の手段や時間配分等を大幅に労働者に委ねる業務に従事する労働者 | 労使委員会の決議で定めた時間を労働したものをみなす。(※注1) | 労使委員会(※注2)において、右記の事項を決議(4/5以上の多数決)し、労基署へ届出。 |
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※注1:法的労働時間を超過するみなし労働時間を設定する場合、通常の労働時間制の場合と同様、「36協定の締結及び届け出が必要」かつ「時間外割増賃金の支払いが必要」となる。
※注2:賃金、労働時間等の労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に意見を述べることを目的とする委員会。使用者及び労働者を代表とする者で構成され、労働者代表委員は半数を占めていなければならない。
(出典)第177回労働条件分科会 労働時間制度の概要等について - 厚生労働省(p.11)
裁量労働制は、みなし労働時間制の一種であり、「働いた時間の長さ」ではなく「働いたことによる成果」に対して報酬を支払う点が大きな特徴です。そのため、実際の労働時間ではなく、労使で定めた時間を働いたものとみなすことになっています。
ただし、休憩や時間外労働、法定休日・深夜労働に関する規制は、通常の労働時間制と同様に適用されます。つまり「法定労働時間を超えるみなし労働時間を設定した場合」や「法定休日や深夜に労働した場合」には割増賃金が必要です。
裁量労働制の種類
裁量労働制は「専門業務型裁量労働制(以下、専門業務型)」と「企画業務型裁量労働制(以下、企画業務型)」に分けられます。
- 専門業務型:専門性の高い業務に従事する場合に適用される。限定された職種にのみ適用できる。
- 企画業務型:事業の運営に関する業務についての企画、立案、調査及び分析の業務に従事する場合に適用される。適切な適用範囲を慎重に定める必要があると考えられており、厳格なルールが定められている。
専門業務型の適用職種
専門業務型を適用できる業務は、以下の19業務に限定されています。
【省令で定める業務】
- 新商品、新技術の研究開発または人文科学・自然科学の研究の業務
- 情報処理システムの分析、設計の業務
- 新聞・出版の事業における記事の取材・編集の業務、放送番組の制作のための取材・編集の業務
- デザイナーの業務
- 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー、ディレクターの業務
【厚生労働大臣の指定する業務】
- コピーライターの業務
- システムコンサルタントの業務
- インテリアコーディネーターの業務
- ゲーム用ソフトウェアの制作の業務
- 証券アナリストの業務
- 金融工学等の知識を用いる金融商品の開発の業務
- 大学での教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る)
- 公認会計士の業務
- 弁護士の業務
- 一級建築士、二級建築士および木造建築士の業務
- 不動産鑑定士の業務
- 弁理士の業務
- 税理士の業務
- 中小企業診断士の業務
(出典)専門業務型裁量労働制 - 厚生労働省
(出典)裁量労働制実態調査の概要 - 厚生労働省(p.11)
企画業務型の適用職種
企画業務型の対象となるのは、「企業の企画部門で経営環境を調査分析し経営計画を策定する労働者」や、「企業の財務部門で財務状態などを調査分析し、財務計画を策定する労働者」などです。つまり、対象業務を適切に遂行するための知識、経験などを有していることが要件となります。また、原則的に対象業務に常態として従事していることが必要です。
裁量労働制の現状
厚生労働省「令和4年就労条件総合調査」によると裁量労働制を導入している企業の割合は「専門業務型」が2.2%、「企画業務型」が0.6%となっており、前述のとおり制度導入は進んでいません。
裁量労働制が導入されていない理由は、企業によって異なりますが、「制度のメリットが感じられないこと」や「制度そのものの認知度が低い」ことも要因のひとつとなっています。
(出典)裁量労働制実態調査の概要 - 厚生労働省(p.47)
裁量労働制は、効率的な働き方によって生産性が向上し、柔軟で多様な働き方の実現も期待できます。その一方で、不適切な運用によって長時間労働や過労死を助長しかねないとも考えられています。
また、裁量労働制を適用していながらも、十分な裁量を与えられていない労働者も存在していると考えられ、制度の周知と正しい運用が求められるところです。
2024年4月の改正点
さまざまな改正のポイントがありますが、ここでは主な内容についてご説明します。
裁量労働制を導入するすべての事業場で必要となる手続き
改正点(1):専門業務型の要件に「労働者の同意・同意の撤回」を適用
これまで企画業務型のみ要件として定められていた「労働者の同意」「同意の撤回」に関する手続きが専門業務型にも適用されました。
労働者の同意に関しては、労働者が制度を正しく理解し、労働者の自由意志に基づいて同意していることがポイントです。
改正点(2):評価・賃金制度の変更時に労使委員会への説明
企画業務型において対象労働者に適用される評価制度と賃金制度を変更する場合に、使用者が労使委員会に変更内容について説明することとされました。
その他、企画業務型の導入に設置が必須となる労使委員会の実効性を向上させることなど、労働者を保護しながらも労使にとって有用となる制度を目指していることがわかります。
その他の手続きに関する改正項目については、以下のリーフレットをご参照ください。
(出典)裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です - 厚生労働省
専門業務型の対象業務の追加
専門業務型の適用業務に「銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務」が新たに追加されます。
(出典)労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の 一部を改正する省令等の公布等について - 厚生労働省(p.7)
「裁量労働制」導入のメリット
裁量労働制の導入には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
メリット1:労働者の柔軟な働き方の後押し
育児や家族介護、病気治療といったさまざまな背景を抱える労働者が、働くことを諦めずに能力を発揮できるのは、労働力不足が叫ばれる昨今においてとても重要なことです。新型コロナウイルス感染症拡大によって定着したテレワークは、裁量労働制と組み合わせることで、勤務時間の選択の自由度がさらに高まるでしょう。
(出典)裁量労働制実態調査の概要 - 厚生労働省(p.19)
メリット2:生産性の向上
内閣府の調査にもあるように、労働者のワークライフバランスの向上は労働者自身のためだけでなく、企業にも大きな恩恵をもたらします。
裁量労働制の導入により、ワークライフバランスの確保が期待できます。そして、心身ともに万全の状態で業務に携わることで生産性も向上し、ひいては企業の発展につながります。
メリット3:優秀な人材の確保と定着
裁量労働制を適用することは、労働者に裁量を委ねることになります。
職務に対するモチベーションと自主性が高く、労働時間ではなく成果への評価を求める労働者にとっては、裁量労働制は非常に魅力的な制度です。
また柔軟な働き方が可能となる点も相まって、優秀な人材が集まりやすく、人材の定着によって企業発展が期待できます。
「裁量労働制」導入の注意点
注意点1:裁量労働制の適用可否
専門業務型裁量労働制は、対象業務であればすべて裁量労働になるわけではありません。「業務遂行の手段」や「時間配分」が労働者の裁量に委ねられていることが必要です。
過去には、「対象業務に従事していても下請け業務で短納期であり、業務遂行の裁量性がなかった」として裁量労働制の適用が否定された裁判例があります。
(出典)損害賠償請求、時間外手当等反訴請求、損害賠償等請求控訴事件(エーディーディー事件) - 公益社団法人全国労働基準関係団体連合会
注意点2:労働者の健康確保
働き方の裁量を労働者に委ねることで、知らず知らずのうちに長時間労働に陥ってしまうことがあるため、健康確保措置は重要です。今回の改正においても、より手厚い健康確保措置が求められることとなりました。
また、労働者自身が自らの健康を管理できるような仕組みづくりも大切です。
(出典)裁量労働制実態調査の概要 - 厚生労働省(p.27)
注意点3:労働時間の把握
裁量労働制は、あらかじめ決められた時間労働したとみなす制度ですが、労働時間の把握義務がまったくないわけではありません。
前出の健康確保の視点からも、パソコンのログや業務報告などによる勤務状況の把握が必要です。
また、実労働時間と、みなし労働時間にあまりに大きな乖離が起きている場合は、裁量労働制の有効性を問われる可能性があります。
注意点4:裁量の確保
業務遂行に関する裁量が労働者に委ねられていたとしても、そもそも業務量が過重であるような場合は、裁量が確保されているとはいえません。
裁量の確保に関しては、始業・終業時刻、その他の時間配分の決定が労働者に委ねられていることが明確になっている必要があります。
また、効率的に業務遂行したことで追加の業務遂行を求められることがあると、生産性向上の意義が失われてしまいます。担当する業務の明確化や業務量をコントロールする必要があります。
注意点5:不適切な運用による未払い賃金の発生
裁量労働制を適用する企業のなかには、割増賃金の支払いを逃れる目的で制度を導入する例も見受けられます。
しかし、求められる要件から外れて運用していた場合には、当然裁量労働制の適用が否定されることがあります。その際には、割増賃金の支払いが必要となる場合もあります。
「裁量労働制を適用する際の処遇の確保については対象労働者に適用される評価制度及びこれに対応する賃金制度を考慮して適切な水準とし、相応の処遇を確保する必要がある」とされており、適切な評価と業務に見合った賃金設定が必要です。
(出典)裁量労働制実態調査の概要 - 厚生労働省(p.25)
裁量労働制の導入検討が有効な企業
裁量労働制の導入企業は非常に少ないのが現状です。しかし、以下のように考えている企業は導入を検討してもよいでしょう。
- 労働者に裁量をもたせ、労働時間ではなく成果によって評価したい労働者の自己管理能力を把握し、安心して裁量を与えられる
- 労働者のワークライフバランスを重視し、多様な働き方を推進したい
- 要件に適した裁量の与え方や制度設計が可能である
裁量労働制の成功の鍵は労使の信頼関係
裁量労働制は法的にさまざまな制約が設けられていますが、制度を適正に運用する体制を整備すれば、労働者にとっても企業にとっても大きな意義があります。
制度導入の際には、企業は労働者へ丁寧に説明し、健康確保や苦情相談などにもきちんと対応する仕組みを構築しましょう。強制ではなく、労働者の意思によって制度を導入することで、労働者は前向きに能力を発揮できることでしょう。
制度の導入や改正の対応には時間を要します。新たに制度導入を検討する企業だけでなく、継続して制度を利用する企業も早めの準備開始が大切です。
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