労働安全衛生法とは?概要から人数ごとの義務までわかりやすく解説
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従業員を雇いはじめると、さまざまな法律の確認が必要になる場面が増えるかと思います。社内に知見のある人がいればよいですが、はじめて起業する方や、周りの人に聞ける環境にない事業者にとっては、耳慣れない言葉も多く苦労されるのではないでしょうか?
今回は、企業にとっての重要な法律の一つである「労働安全衛生法」の概要から人数ごとの義務まで、わかりやすく解説していきます。
労働安全衛生法とは
労働安全衛生法とは、「安全と健康を確保して、職場環境を快適にする」という内容です。
1972年に制定された12章122条の条文から成る法律で、労働の安全衛生について
(1)職場における労働者の安全と健康を確保
(2)快適な職場環境を形成
の2点に関する内容が定められています。
この労働安全衛生法がつくられた目的は、下記のようになります。
労働安全衛生法の目的
- 労働者の安全と健康を確保
- 快適な職場環境の形成を促進する
そして、上記の目的達成に必要な手段が下記3点です。
労働安全衛生法の手段
- 労働災害の防止のための危害防止基準の確立
- 責任体制の明確化
- 自主的活動の促進
など、総合的計画的な安全衛生対策を促進
労働安全衛生法の概要
労働安全衛生法は、12章122条と省令を含めると膨大な情報量になります。
その概要は大きくわけて下記の3点です。
(1)事業場における安全衛生管理体制の確立
(2)事業場における労働災害防止のための具体的措置
(3)国による労働災害防止計画の策定
この3点のうち、(1)「事業場における安全衛生管理体制の確立」と(2)「事業場における労働災害防止のための具体的措置」の2点が事業者の義務となります。
この2点の内容を、簡単に説明します。
(1)「事業場における安全衛生管理体制の確立」
事業規模に合わせて、管理者などの選任や委員会を設置する必要があるという内容です。「管理者」の中には、安全管理者や産業医なども含まれます。
(2)「事業場における労働災害防止のための具体的措置」
危険防止や健康障害の防止などについて政令・省令で個別具体的に定められた措置をすることに加え、作業の危険性や有害性を調査し、措置を実施すること(リスクアセスメント)を努力義務としている内容になります。
具体的措置内容は以下のとおりです。
(1)危害防止基準:機械、作業、環境等による危険に対する措置の実施
(2)安全衛生教育:雇入れ時、危険有害業務就業時に実施
(3)就業制限 :クレーンの運転等特定の危険業務は有資格者の配置が必要
(4)作業環境測定:有害業務を行う屋内作業場等において実施
(5)健康診断 :一般健康診断、有害業務従事者に対する特殊健康診断等を定期的に実施
(参考)労働安全衛生法 - 法令検索
労働安全衛生法が設立された背景
労働安全衛生法ができた背景は「労働災害が多く社会問題になったから」です。
もともと労働安全衛生については、1947年に制定された労働基準法の第五章で定められていました。
しかし、高度経済成長期により労働環境が変化したことによって1960年頃には毎年労働災害による死亡者数が6,000人を超えるようになりました。
この過酷な労働環境が社会問題になり、従来の労働基準法だけでは安全な労働環境のための法令としては不十分ということで、1969年には労働省や専門家が中心となって労働安全衛生に関する法令の整備をおこない1972年に可決成立したのが、「労働安全衛生法」です。
この法律の施行により10年ほどで事故件数が半分以下まで減少しました。
労働安全衛生法を遵守するメリット5つ
労働安全衛生法を厳守することにより、職場環境を快適に整え、労働者の安全と健康を保持することで、企業は様々なメリットを得ることができます。
主なメリットとして、下記5点が挙げられます。
(1)生産性の向上
(2)労働者のモチベーション向上
(3)コスト削減
(4)人手不足の解消
(5)事故防止
この5点のメリットについて、具体的内容は後ほど詳しくご紹介します。
また、この他にも厚生労働省が行う「安全衛生表彰」や「安全衛生優良企業認定」を受けることで、健康・安全・働きやすい優良企業であることを求職者、取引先企業、消費者など多方面へPRすることが可能になります。結果として、企業のイメージ向上や社会的信用の増大につなげられます。
生産性の向上
労働安全衛生法の遵守により安全性と生産性が上がる理由を2つ挙げます。
(1)ロスが発生しにくい環境が作られるから
作業環境の改善や整備を行い、安全に作業がしやすくなることで効率が上がります。又、労働災害などの事故防止や、身体的・精神的疾患の予防・早期発見により、労働者の安全と健康を保持できる効果もあります。ロスが発生しにくい環境が作られ、仕事の質の向上に繋がります。
(2)正しい作業手順によって効率が上がるから
労働安全衛生法では、従業員が従事する業務に関して安全や衛生のための教育を行う必要があるとしています。必然的に従業員が正しい知識をもとに業務を遂行することになるため効率が上がります。
また、上記2点の他にも、次に述べる労働者のモチベーションの向上によって生産性がさらに上がると考えられます。
労働者のモチベーション向上
労働安全衛生法を遵守することで労働者のモチベーションが向上する理由を2つ挙げます。
(1)労働者のストレスが軽減されるから
労働安全衛生法を遵守することにより、作業ミスや事故など様々なリスクが取り除かれます。労働者の「働きにくさ」が少なくなるため、労働で受けるストレス軽減につながります。
(2)職場内でポジティブなコミュニケーションが生まれるきっかけになるから
安全衛生管理を徹底するためには、現場の労働者の意見を取り入れることが重要です。そのためには労働者との話し合いや意見交換などのコミュニケーションをとることが必要不可欠です。
その中で事業者側は会社や仕事について労働者へ伝えることができたり、労働者は職場環境について自分の意見を取り入れてもらえます。
つまり、ポジティブなコミュニケーションが生まれるきっかけになり、将来的にはモチベーションの向上につながります。
また、従業員が50人以上の事業場はストレスチェックが義務化されますが、ストレスチェックをきっかけにモチベーションや生産性が向上する場合もあります。
ストレスチェックの結果を分析することで、個人・職場の問題が明確化されます。産業医や保健師がその問題に働きかけることによって、疾病の早期発見や教育を行い、よい影響を及ぼします。
5つのコスト削減効果
労働安全衛生法の遵守により、ミスや事故による下記5つのコストが軽減されます。
(1)材料や機械故障、時間などのロスによるコスト
作業ミスが発生すると材料が無駄になったり、機械の故障に繋がります。ミスの軌道修正のために時間がかかり、材料費や修理費、人件費が無駄に発生することもあります。
(2)プレゼンティズムやストレス状態による生産性低下によるコスト
プレゼンティズムとは、心身の健康上の問題が理由で、通常よりも生産性が落ちる状態のことを言います。
労働者のストレスが少ないほどパフォーマンスが上がるため、仕事効率が上がります。そのため、長時間労働などの経費の削減にもつながるのです。
(3)人的ロスによるコスト
怪我人や病人などが発生した場合、負傷した労働者の労働能力低下に伴い人的ロスが発生します。
(4)労働災害にかかるコスト
労災にかかるコストは労災保険で国や事業者が被災者へ直接支払う休業補償や治療費、障害補償や遺族補償などの金額とは別に、その4倍が間接的なコスト(慰謝、作業を停止した他の従業員の休業手当、機械や材料などの損害など)としてかかると言われています。
(5)労災保険料の削減
労災保険にはメリット制や特例メリット制というものがあり、適用された事業者は労災保険収支率等に応じて保険料が最大40%(特例の場合は45%)減額されます。
人手不足解消
労働安全衛生法を遵守することで人手不足の解消につながる理由は、2つあります。
(1)退職抑止に繋がる
労働安全衛生法遵守の取り組みを実施する中で、下記2点が生じます。
1.従業員のモチベーションを向上させる
- 労働者の安全・健康が保持されている
- 人間関係が良く、助け合うことができる良好な職場環境である
- 個人のストレス対処能力が高い
上記3点の項目が多いほど、モチベーションが上がりやすくなります。労働安全衛生法遵守の取り組みを実施することで、モチベーション向上に繋がりやすくなると言えます。
2.仕事中の様子を観察でき、従業員の変化などに対応しやすくなる
リモートワーク等の新しい働き方を通して、以前よりも急な離職・休職に悩むことも多いのではないでしょうか。労働安全衛生法の取り組みである「労働時間の把握」や「従業員の意見聴取」を通じて、変化に気付きやすくなるメリットがあります。
変化に気づくことで、適正な労働時間に調整したり、面談を通してより詳細な様子を把握するといった次の行動を取ることができるようになります。
これらの点は、労働者の就業環境の満足度が上がり退職を抑止することにつながります。
(2)採用市場で有利になる
昨今の採用市場では、「ブラック企業」は求職者に懸念されがちですね。好まれるのはやはり「ホワイト企業」です。労働安全衛生法の遵守を打ち出すことで求職者には「ホワイト企業」ということがわかりやすく伝わります。
そのため、求職者の応募増加や質の高い人材が集まりやすくなると考えられます。
労働安全衛生法に違反した場合
労働安全衛生法には罰則規定が定められています。
もし違反した場合には、行政から作業の停止命令等や罰則を受けることになります。以下、罰則の内容です。
- 10年以下の懲役、または300万円以下の罰金
労働者の意思に反する強制労働
- 6ヶ月以下の懲役、または50万円以下の罰金
安全衛生教育実施違反、病者の就業禁止違反、健康診断等に関する秘密漏洩、労働安全衛生法違反の申告をした労働者の不利益取扱い禁止規定の違反
- 50万円以下の罰金
総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医等の未選任、労働災害防止措置違反、安全衛生教育実施違反、健康診断の実施違反、健康診断結果の未記録、健康診断結果の非通知、法令の非周知、書類保存実施違反、書類の未保存、虚偽の記載
事業所規模別の労働安全衛生法遵守に必要な諸取組
労働安全衛生法で事業者に義務付けられている内容は、事業所の規模別に範囲が異なります。基準になる事業所規模は、常時使用する労働者の人数で決まります。
正社員だけでなく一年以上雇用の見込みがある短時間労働のパートやアルバイト、事業所に派遣されている派遣社員も含めた人数で事業所規模が決まります。
義務を怠った場合は罰則の対象となる場合がありますので、必ず事業所の規模に合わせて取り組みを実施しましょう。
10人未満の事業所における義務
(1)安全配慮義務
安全配慮義務とは使用者(事業者)に課せられた「従業員の安全・健康について合理的に配慮する義務」のことです。
使用者は、従業員が生命・身体の安全を確保しつつ労働ができるよう常に配慮することが義務とされています。
(2)安全衛生教育の実施(就業に必要な措置)
事業者は、雇い入れた従業員全員に必ず安全衛生教育を行う必要があります。日雇や短時間労働のパート・アルバイトにも必須です。また、作業内容が変わった時も教育を行う必要があります。
(3)労働者の健康保持や健康増進のための措置
労働者の健康保持や健康増進のための措置について義務とされているのは下記2点です。
1.健康診断
- 1年に1回健康診断を行い、結果を記録して保存する
- 受診した従業員へ通知する
ことが義務とされています。
月に4回以上午後10時から午前5時まで働く従業員については、半年に一回健康診断を受診する必要があります。尚、健康診断で異常の所見があった従業員については医師の意見を聞くことが義務付けられています。
2.労働時間の把握
労働時間の把握については、労働安全衛生法が改正され新たに義務付けられました。下記2点のような客観的な方法で労働時間を把握し、記録は3年間保存します。
- タイムカードによる記録
- パーソナルコンピューター等の電子計算機の使用時間の記録
(4)従業員の意見聴取
事業者は安全や衛生について従業員の意見を聞く義務があります。
作業環境の改善や点検の方法や、健康診断後の措置など、従業員の健康の保持・増進に関わる事について意見を聴取しましょう。
10人以上の事業所における義務
会社の従業員数が10人以上になると「安全衛生推進者」を選任し、他の従業員へも周知することが義務付けられています。
安全衛生推進者の主な職務内容は下記4点です。
(1) 労働者の危険または健康障害を防止するための措置に関すること。
(2) 労働者の安全または衛生のための教育の実施に関すること。
(3)健康診断の実施その他の健康の保持増進のための措置に関すること。
(4)労働災害防止の原因の調査及び再発防止対策に関すること。
「安全衛生推進者」の選任は都道府県労働局長の登録を受けた者が行う講習を終了した人、又は上記の職務を担当するために必要な能力を有すると認められた人から選任しなければなりません。
50人未満の事業所における努力義務
50人未満の事業所で努力義務とされていることは3点あります。
(1)受動喫煙防止措置
労働者の受動喫煙を防止するためにタバコ室を作るなどの措置をとることです。分煙にかかる費用については「受動喫煙防止対策助成金」の活用も可能です。
(2)産業医に労働者の健康管理
産業医との契約は費用がかかり後回しになりがちですが、「小規模事業場産業医活動助成金」の活用も可能です。
(3)ストレスチェック
ストレスチェックとは医師、保健師などが従業員の心理的な負担の程度を把握するための検査です。こちらも実施にあたり費用がかかりますが「ストレスチェック助成金」の活用も可能です。
50人以上の事業所における5つの義務
従業員数が50人以上になると義務付けられることは5つあります。
(1)衛生委員会を設置し、14日以内に所轄労働基準監督署長に届け出る
衛生委員会のメンバーは最低でも下記の3人が必要です。
- 統括安全衛生管理者:一人(事業の統括管理している人、特に資格は特に必要なし)
- ※業種によって事業場の規模が異なるため、一概に50人以上とは言えません。50人以上の事業場では「安全管理者」を配置します。自社の業種では何人以上が義務になるのか、あらかじめ確認しておくことが必要です。
- 衛生管理者:一人以上(衛生管理者や労働衛生コンサルタントなどの免許が必要)
- 産業医:一人以上(医師免許を持っており厚生労働省で定める要件を備えている必要がある)
上記のメンバーを揃えたら、所轄労働基準局へ選任報告書を提出します。
また、衛生委員会は毎月一回以上開催し、議事録を作成・周知し3年間保存することが義務付けられています。
(2)リスクアセスメント(有害化学物質を取り扱う事業場のみ)
リスクアセスメントとは、作業の危険性や有害性を調査し措置を実施することです。50人以上の事業場すべてに該当するわけではなく、有害化学物質を取り扱う事業場で義務となっています。
事業場にある危険性や有害性の特定、リスクの見積り、優先度の設定、リスク低減措置の決定の一連の手順を「リスクアセスメント」といいます。事業者は、リスクアセスメントの結果に基づき、適切な労働災害防止対策を講じる必要があります。
(3)ストレスチェックの実施
ストレスチェックについては、医師・保健師などが従業員の心理的な負担の程度を把握するため、一年に一回検査を実施することが義務付けられています。
ストレスチェックを行う際はチェックを受ける労働者の解雇や昇進、異動に関する権限を持つ管理者的立場のものが検査の実施事務に従事してはいけません。
(4)定期健康診断結果報告書の提出
健康診断の実施は事業所規模に関係なく行わなければならない義務ですが、常時使用する労働者が50人を超えると、さらに健康診断結果の報告書を所轄労働基準監督署に提出することが義務となります。
(5)産業医の選任
産業医は50名未満では努力義務ですが、50名以上では義務に変わります。
「選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任すること」とされており、違反した場合は50万円以下の罰金に処されます。50名の人数が近づいてきた段階で、あらかじめ準備をしておくのがおすすめです。
規模 | 義務 |
---|---|
50人未満 | 努力義務 |
50〜999人 | 嘱託可 |
1,000〜3,000人 | 1名以上専属 |
3,001人以上 | 2名以上専属 |
有害業務に500人以上の労働者を従事 | 専属 |
産業医については、下記の記事で業務内容や活用方法、メリットを詳しく説明しています。
まとめ
労働安全衛生法を遵守することは、事業者と労働者の信頼関係を作ることにつながり双方にメリットをもたらします。
従業員のモチベーション・生産性向上に悩んだ時は、先ず、労働安全衛生法に基づいた職場環境の見直しや改善のアクションを取ってみることをお勧めしたいと思います。
労働安全衛生法を守ることは事業者にとっての義務となります。労働安全衛生法を学び、自社の状況に合う義務を遂行し、有効活用していきましょう。
【この記事を監修した人】
bon
産業保健師として働く人たちの健康を支えながら、職場環境を良くするために日々奮闘中。
これまでは病棟看護師や健診センター保健師として約10年間の経験を積んできました。産業保健師になってから、心理カウンセラーとメンタルヘルスの資格を取得。好きな言葉は、縁の下の力持ちです。