施行から約3年。「同一労働・同一賃金」のこれまでとこれからを元・労働基準監督官が解説
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こんにちは。アヴァンテ社会保険労務士事務所の小菅です。厚生労働省は、非正規雇用労働者の待遇改善に向けて、都道府県労働局と労働基準監督署(以下、労基署)の連携強化を2022年12月に発表しました。
労基署が定期監督などを利用して非正規雇用労働者の基本給や諸手当などの処遇について事実確認を実施するなど、労働局の雇用環境均等部(室)と連携することにより、制度の実効性が強化されると予想されます。
パート・有期雇用労働法の施行から約3年。「同一労働・同一賃金」は今回の連携強化によって、どのように変化するのかを元・労働基準監督官が考察します。
「同一労働・同一賃金」とは?
同一労働・同一賃金は、雇用形態に関わらない公正な待遇の確保を目指すものであり、同一企業内における正社員と非正規社員間の不合理な待遇差をなくし、雇用形態に関わらず、それぞれが多様で柔軟な働き方を選べるようにするためのものです。
同一労働・同一賃金は、同じ仕事をしていれば同じ賃金を支払わなければいけない、という制度ではありません。働き方の違いに応じて支払われる賃金の差が出ることは許容しており、働き方に応じて労働条件の均衡待遇・均等待遇を図るものです。
強化ポイント1:不合理な待遇差の改善
不合理な労働条件の禁止(均衡待遇)については、労働契約法第20条とパートタイム労働法第8条が、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(短時間・有期雇用労働法)」に統合されました。また、差別待遇の禁止(均等待遇)については、パートタイム労働法第9条の内容を短時間・有期雇用労働法のなかで、有期雇用者にも適用範囲を広げました。
強化ポイント2:待遇に関する説明の義務化
短時間・有期雇用労働法第14条第2項では、事業主は雇い入れたあとに、雇用する短時間労働者から求めがあったときは、所定の事項について当該短時間労働者に説明しなければいけないとしています。
事業主は、短時間労働者の説明要求を理由として、この短時間労働者に対して不利益な取り扱いをしてはいけません。また事業主は、不利益な取り扱いを受けると思われかねない言動もするべきではありません。
強化ポイント3:行政による紛争解決援助制度の利用が可能に
パートタイム労働者・有期雇用労働者と事業主との間に不合理な待遇の禁止(均衡待遇)、あるいは差別的取り扱い(均等待遇)に関して紛争が生じた場合、裁判以外に行政による裁判外紛争解決手続(行政ADR)を利用して解決を図れます。具体的には、調停会議による調停手続きを行います。調停が行われる場合の流れは以下のとおりです。
- 調停申請書を労働局雇用環境均等部室へ提出
- 調停申請書の受理
- 調停開始の決定
- 調停会議の開催(非公開)
- 解決または打ち切り
調停会議の概要
- 関係当事者からの事情聴取
- 関係労使を代表する者からの事情聴取
- 関係当事者からの申し立てにもとづき、必要があると認めるとき
- 同一事業場に雇用される労働者や、その他の参考人からの意見聴取(必要があると認めるとき)
- 双方の話を踏まえて調停案を作成
- 調停案の受諾勧告
- ※補佐人の同行、代理人の意見陳述を希望する場合は、事前に許可申請が必要
打ち切りになる場合
- 本人の死亡、法人の消滅などがあった場合
- 当事者間で和解が成立した場合
- 申請が取り下げられた場合
- 他の関係当事者が調停に非協力で度重なる説得にもかかわらず出席しない場合
- 対立が著しく強く、歩み寄りが困難である場合
- 調停案を受諾しない場合 など
「同一労働・同一賃金」適用の背景
賃金構造基本統計調査の結果も踏まえて考察すると、非正規雇用労働者の賃金水準は正規労働者の6割程度にとどまっています。
また賞与や退職金については、厚生労働省の「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」によると、正規雇用労働者は7割を超える人が対象となっているのに対し、非正規雇用労働者は半分にも満たない状況です。賃金のみならず、教育研修の機会についても、正規雇用労働者と比べて差が生じています。
このことから、正規雇用への転換や経済的に自立ができるような労働条件の確保、性別や企業規模などによる賃金格差も課題となっています。
また、不合理な待遇差をめぐる裁判も起きており、業務内容および当該業務にともなう責任の程度、当該職務の内容や配置変更の範囲、その他の事情を考慮したうえで、待遇差が適切とはいえないとされる事例も出ています。こうした背景もあり、パートタイム労働法が改正されました。
法改正で「同一労働・同一賃金」は是正された?
同一労働・同一賃金制度はすでに全面施行されていますが、同制度は浸透しているといえるのでしょうか。株式会社マイナビが2022年6月に発表した「非正規雇用の給与・待遇に関する企業調査(2022年)」によると、アルバイトの賃金を引き上げた理由で多かったのは、人材確保と社員のモチベーション向上であり、不合理な待遇差をなくすという理由の優先順位は5位にとどまっています。
労働局と労基署の連携強化で何が変わる?
厚生労働省は、非正規雇用労働者の待遇改善に向け、パート・有期雇用労働法にもとづく報告徴収を実施する都道府県労働局の雇用環境・均等部門と、労基署の連携を強化します。
新たに、労基署が定期監督などを利用して非正規雇用労働者の基本給や諸手当などの処遇について事実確認を実施し、労働局における報告徴収の対象企業の選定に活かしていくとしています。
(出典)同一賃金 労基署が事実関係確認へ 指導の実効性高める 厚労省 – 労働新聞社
これは、同法にもとづく是正指導の実効性の強化が目的です。同一労働・同一賃金の遵守に向けた取り組みを徹底するため、労働基準監督官を全国計で52人増員する方針です。労働基準監督官は、労働条件に関する定期監督などの実施時に、同法の対象になるパートや有期雇用労働者の有無のほか、基本給、通勤手当を含む諸手当、賞与などの待遇差の有無も確認します。あわせて、雇用改善に向けてアドバイスする「働き方改革推進支援センター」の利用意向を聞き取るとしています。
事実確認によって労働基準監督官が把握した情報は、労働局の雇用環境・均等部門と共有し、報告徴収の対象企業選定や、同センターの利用促進につなげていきます。労基署が事前に事実関係を確認することで、違反の恐れがある企業をある程度特定したうえで報告徴収を実施できるようになるため、違反している企業の割合は高まる可能性があります。
是正指導の実効性の強化とは?
労働基準監督官は、パート・有期雇用労働法にもとづく監督指導権限はないため、労働基準監督官が担当するのは、あくまでも対象者の把握と待遇差の有無です。厚生労働本省で作成した調査票をもとに監督時に調査するのではないかと予想されます。
労働基準監督官が実施する臨検監督自体は今後も変わりはありませんが、同一労働・同一賃金制度が遵守されているかを把握できる情報量が増えることは間違いありません。そのため、短時間・有期雇用労働者の雇用管理の改善を図るため必要があるとして、労働局から報告、または助言・指導、勧告をするケースが増える可能性はあります。
人事・労務担当者が注意すること
支払われる賃金の趣旨や性格から考えることもポイントです。契約社員だから、アルバイトだからという理由で手当に差をつけている場合は、違反になる可能性があります。そのため、「どのような違いがあるのでこれくらいの差がある」と説明できるようにしておくことが大切です。
そのため、役職や役割、その人に期待する成果などの責任や人材活用の仕組みの差異を設けることが望ましいでしょう。雇用形態が異なっても、同じようにあてはまる労働条件もあります。このような場合は均等待遇としての取り扱いが妥当と考えておくとよいかと思います。