若手人材の退職メカニズムとリテンションマネジメント|青山学院大学・山本寛教授インタビュー #2
- 公開日
目次
少子高齢化が進む現在、2030年問題といわれる生産年齢人口の減少に対して、人材確保のために、優秀な人材に長く活躍してもらうための「リテンションマネジメント」に注目が集まっています。
青山学院大学経営学部・山本 寛 教授に「リテンションマネジメント」についてお話しいただいたインタビュー連載企画の第2弾は、「若手人材の退職メカニズムとリテンションマネジメント」についてご紹介します。
青山学院大学経営学部教授
働く人のキャリアと組織のマネジメントが専門。著作は『連鎖退職』、『なぜ、御社は若手が辞めるのか』、『「中だるみ社員」の罠』(以上、日経BP社)、『自分のキャリアを磨く方法』(創成社)、『人材定着のマネジメント』(中央経済社)など。2023年2月に『働く人の専門性と専門性意識』(創成社)を出版。研究室ホームページ/http://yamamoto-lab.jp/
退職理由の「本音」と「建前」から見るリテンション手法
優秀な若手人材の確保が2030年問題を乗り切るカギになると考えられています。若手人材のリテンションは今後の重点ポイントになるのではないでしょうか?
山本教授
まずは、若手層を34歳までとして、その退職理由を見てみましょう。1番は「労働時間、休日、休暇の条件がよくなかった」です。2番が「人間関係がよくなかった」なのは、若手の特徴ですね。また、「会社に将来性がない」という理由は12%となっています。仕事自体をまだ掌握していない人が多いからかもしれませんが、「ノルマや責任が重い」「仕事が自分に合わない」もあげられます。
他のデータも見てみましょう。独立行政法人労働政策研究・研修機構が2017年に発表した「若年者の離職状況と離職後のキャリア形成(若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)」によると、もっとも多い理由は「肉体的・精神的に健康を損ねた」でした。だからこそメンタルヘルスケアは重要で、ストレスチェックは形骸化してはいけないと感じます。2番目に多かったのが「労働時間・休日・休暇」で、3番目が「人間関係」という結果でした。また「結婚・出産」で辞める方は圧倒的に女性が多く、女性特有の理由となっています。
次は、若手人材を対象にした「転職コンサルタントに聞いた転職理由の本音と建て前」に関する調査です。上司から聞かれたときに伝えた建前と本音がいかに違うかがわかります。
建前の理由で圧倒的に多いのは、「仕事の領域を広げたい」「専門スキルや知識を発揮したい」。すなわち「広げる」と「深める」ですが、本音ではない。本音で圧倒的に多いのは、「報酬を上げたい」「人間関係が合わない」「評価に納得できない」「上司と合わない」「会社のビジョンや方向性への疑問」があげられます。
ポジティブな退職理由は建前で、ネガティブな理由が本音として多いと、一見してわかりますね。
山本教授
私が若手の方にインタビューをしているなかで、近年本音として急速に上がってきたキーワードは「成長」です。
若手のリテンションに必要な3つの「働きがい」
若手人材が求めている環境を整備することが、リテンションに必要になりそうですね。
山本教授
データから、若手のリテンションに重要な3つの項目が見えてきます。
(1)成長実感
1つ目の「成長実感」は、入社後に自分が成長したと感じられることです。成長実感に関する誤解は、想像以上に頻繁に実感できるかが大切です。半年に1度や1年に1回ではなく、1~2か月に1度や月に2~3回ないと成長実感といえません。短期間で大きな飛躍は望めないので、本当に細かいことでも構いません。
(2)成長予感
「成長実感」だけでは足りなくて、「成長予感」が必要だと思います。自分自身の成長は振り返りのなかで感じられますが、振り返りだけでモチベーションは上がりません。先を見たときのモチベーションになる「成長予感」が必要になります。
「成長予感」は、入社年次が2~3年上の先輩が自分よりも充実した仕事をしているか、自分ができないような仕事をしているかで感じられます。最悪なのは、入社年次が2~3年上の先輩が、自分と同じ仕事をしている状態です。「2~3年後も今と変わらないのか……」となると、この会社は自分のキャリアに役に立たないと思ってしまいます。
(3)貢献実感
3つ目に必要なのが「貢献実感」です。前の2つだけだと自分視点だけになってしまうので、少し足りないんですね。従業員エンゲージメントは、会社や組織、上司との関係性などで形成されます。入社して半年程度では難しいかもしれませんが、1年、2年と経って「あなたが頑張ってくれたおかげで、これだけ業績につながったよ」「このような新しいことがわかって、本当に役立ったよ」と上司から伝えるのが一番よいでしょう。
「成長実感」を感じられて、目標とする先輩もいて、今後長く業務に携わっていけば先輩みたいなキャリアを歩めるという「成長予感」をもてる。仕事ができるようになって一人前になったことにプラスして、自分の働きが会社から認められて「貢献実感」をもてる。
今は働き方改革で、「残業はできるだけ少なくする」「転勤は極力本人の意思に任せる」など、「働きやすさ」が進んでいます。しかし先ほどあげた3項目は「働きがい」の部分です。多くの若手人材は、この3つの「働きがい」が重なることで退職を予防できる場合が多いのではないでしょうか。
若手が辞めない企業の条件とは?
若手人材のリテンションには、働きがいのある企業になるといえそうですね。
山本教授
もちろん、個々の施策もあると思いますが、組織風土や社風が大事になります。“雰囲気”というものは恐ろしいものです。私が若手のインタビュー時に生で聞こえてくる言葉で多いのは「人を大切にする」「透明性が高い」「若手を大切にしてくれる」「ボトムアップ」です。
なかでも一番代表的な言葉は「人を大切にする」だと思いますが、これは3つに分けられます。
(1)隠し事がない
1つ目は、隠し事がないこと。若手であっても、上層部が何を考えているか把握でき、若手の意見も聞いてくれる組織ですね。
(2)長期スパンでの成果を重視する
2つ目は、短期の成果だけではなく、長期の成果を重視する組織です。若手も成果の重要性は理解していますが、業務への姿勢などを評価してほしいと思っています。
さまざまな企業にインタビューすると「当社は成果主義だが、プロセスを重視する」と必ずおっしゃいます。でも若手からすると、頑張りを評価してくれないように感じているようです。とくに近年ではテレワークが増えていることもあり、このすり合わせは難しいところです。
(3)多様な価値観が受容されている
3つ目は、多様な価値観が受容されることです。とくに上司や管理職が「自分と同じような働き方がよい」と断じてはいけません。さまざまな働き方があって、多様な人がいることを理解していないと、若手人材は多様な価値観を認めてくれたとは思いにくいですね。
リテンションの第一歩はコミュニケーションの活性化から
「隠し事がない」「長期スパンでの成果を重視する」「多様な価値観が受容されている」の3項目は、「コミュニケーションの活性化」に関係しています。これが社風として、期待どおりに従業員へ伝わっているかが重要で、一人ひとりの従業員が理解して行動につながります。その結果、若手人材のリテンションにつながるのです。
取り組んだ組織開発や組織風土開発が若手社員レベルまで伝わって、「うちの会社は変わったな」とわかると、大きな成功につながるのだと思います。
退職理由の「本音」を聞き出すことがポイントになると思うのですが、その方法はあるのでしょうか?
山本教授
エンゲージメントサーベイは、コミュニケーションの活性化を全体的な数値として把握できるでしょう。そのためにやる重要なことの1つは、1on1ミーティングですね。1on1ミーティングで、いかに上司が若手の話を聞けるかがカギとなります。
1on1といわなくても、定期面談をやると決めたのであれば、まずは上司が1on1ミーティングの研修を受講するべきでしょう。「傾聴はわかるけど、沈黙に耐えられない」という上司も少なくありません。
1対1で定期的に30分間実施するとして、沈黙が長く続くと「何か言わなければいけない」と思う上司もいるでしょう。しかし上司が言うことは、仕事の進捗状況の確認など、若手にとって話したくない内容になってしまいがちです。相手のプライバシーに触れてはいけないという意識があまりに強いと、話の内容は仕事に絞られますよね。
たとえば、仕事でテレワークが多いと、出てくる数字や目標、頼んだ内容や仕事の話になってしまい、「一週間前に頼んだ仕事はどう?」「今期の目標は達成できそう?」など、一番聞かれたくない内容になってしまいます。
必要なコミュニケーションではなく、業務報告になってしまいますね。
山本教授
若手は「またそれを言うのか……」と思っても、言い返しにくいので、その後は沈黙してしまいます。「この人は話せそうだ」「たまには自分のキャリアの今後について話したい」と思っていても、「この人とは話せそうもない」と諦めてしまうため、時間を適当に浪費するだけになると思います。
斜めのコミュニケーションで相談先を増やす
難しいシチュエーションですが、ほかにポイントはあるのでしょうか?
山本教授
部署内でサポート役をつくるのがポイントになるでしょう。課や部の責任者になると、若手社員とは10~20歳ほど年齢が離れるケースもあります。ニコニコしながら話しても、ジェネレーションギャップは埋まらないこともあります。できるだけ年齢が近いサポート役に日ごろから若手人材とコミュニケーションをとってもらい、サポート役から間接的に若手の情報を得るルートが必要でしょう。
今年の新入社員については理解できなくても、少し自分に年が近い数年前に入社した社員のほうが会社のこともよくわかっているし、話がしやすい。自分と違って、彼らの悩みがわかることもあると思います。
ほかに効果的なのが、「斜めのコミュニケーション」ではないでしょうか。斜めというのは、他の部署の先輩などですね。
上司とのコミュニケーションが苦手な人も多いですし、同期が少なければ、横のコミュニケーションも少なくなります。コミュニケーションの方向は、できるだけ全方位的にしたほうがよいでしょう。
具体的にはどのような方法があるのでしょうか?
山本教授
2つの方法を紹介しましょう。1つ目は、OJTのリーダーが新入社員を指導するときに、あえて「他の先輩に聞いてきてごらん」と行かせることです。知らない人に尋ねさせることで、コミュニケーションのルートを増やせます。その際には、事前に「私が世話役をしている若手が行くからよろしくね」と話しておくとよいでしょう。
もう1つは、同期会や社内の部活動です。横と縦の不満を言うのには、斜めが効果的です。斜めは、自分の上司や先輩をよく知っている場合があるので、第三者評価を聞けます。「あなたの上司は少し厳しいけれど、本当は優しいから大丈夫だよ」などと聞くだけで、気持ちが楽になります。ほかには、ピアボーナスのようなシステムを導入してもよいでしょう。
システム導入が難しい場合は、出社時に若手のところへ行って話をするしかないでしょう。小規模な企業であれば、「また社長が、うちの課に来て話しているよ」と思われるくらいに若手に話しかけることが大事だと思います。