【運送・物流業界編】2024年問題も見据えた「攻め」と「守り」の離職防止策セミナーレポート
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2023年1月24日、株式会社ナルキュウ 代表取締役社長 酒井 誠さんをお招きし、運送・物流業界の離職防止策についてのオンラインセミナーを開催しました。
「2024年問題」と呼ばれる、自動車運転業務従事者の時間外労働に上限規制が適用されるまであと1年。これからの時代を生き抜き、選ばれる企業になるために、現場ではどのようなアクションが取られているのでしょうか。
本稿では「攻め」の離職防止策として、酒井さんの講演をご紹介します。(モデレーター:SmartHR 増田 紗彩)
株式会社ナルキュウ、鳴海急送株式会社、株式会社ナルキュウ西部 代表取締役/一般社団法人日本トラックドライバー育成機構 代表理事
28歳で従業員6名、年商6千万円の鳴海急送3代目に、非同族社長として就任。企業価値を高める経営で、全国6拠点従業員100名の物流企業グループに育て上げる。2011年、全国トラックドライバー・コンテストに初出場。大手が上位を独占する中、8位の成績を収める選手を輩出した。「小さな一流企業を目指して、社会に貢献できる人づくり(NALQマン)、会社づくり」を目指している。
「小さな一流企業」を目指すナルキュウが直面した課題
株式会社ナルキュウ他2社で代表を務めている酒井と申します。ナルキュウは「小さな一流企業を目指して、社会に貢献できる人づくり(NALQマン)・会社づくり」を社是としています。
私が社業を引き継いだ30年前は6名程度の小さな会社でしたが、今では社員135名にまで成長しました。茨城、神奈川、静岡、愛知、三重、岡山の6拠点で、自動車部品を中心とした輸送業務を行なっています。
2017年、私は危機感を覚えました。なぜなら、「ドライバーが定着しない」あるいは「辞めるドライバーが多い」ことに気づいたからです。そこで、私たちは採用を強化すべくドライバー採用部を設立。その結果、2017年に47名だったドライバーは、現在57名まで増えました。
酒井さん:私たちの目標は、2025年までに社員を160名へ、ドライバーをその半数の80名へ伸ばすことです。目標に向けてまだ道半ばではありますが、ドライバーの離職は減少傾向になってきたように思います。そこで本日は、ドライバーが離職する理由とその解決策について私の考えと当社での実証結果をご紹介します。
ドライバー離職の真の理由と、辞めさせない仕組みづくり
離職の原因の1つは、管理職にあるのではないか
酒井さん:ドライバーが増えない理由は2つあると考えています。1つ目は、ドライバー職への応募自体がないこと。2つ目は、ドライバーが入ってきても辞める数が上回ってしまうことです。
ではなぜそのようなことが起こるのでしょうか。まずドライバー職への応募がないのは、会社の魅力不足だと考えています。この現実は真摯に受け止め、魅力をアップさせていくしかありません。
2つ目の理由である「辞める人が多い」ことに対しては、辞めさせないための取り組みが不十分なのではないかと考えました。ドライバー本人に辞める理由を聞いたところで、なかなか本心は語られません。実際、理由をごまかして辞めたドライバーもいます。
営業所別の離職率を調べてみると、離職率にばらつきがあることが判明しました。この状況から導き出した仮説は、「管理職の力量や色(個性)がドライバーの離職率に大きく関係しているのではないか」というものです。
ドライバーが辞める理由を調査し改善すること、合わせて管理職のマネジメント力強化が重要だと考えました。
取り組み(1):従業員の不満がある「事故のペナルティ制度」を見直した
当社では従来より、事故を起こしたドライバーに対しペナルティを課しています。それは、お客さまの製品を破損してしまった場合の賠償金の一部をドライバーに負担させるというものです。事故の過失度合いにもよりますが、最大で賠償金額の40%を支払ってもらいます。
支払いが難しいドライバーも当然いますので、積み立て型の社内保険制度を設け、ペナルティに補填できるような仕組みも用意しました。しかし、辞めたドライバーの同僚に話を聞いたところ、事故でペナルティを課されたことが退職の本当の理由だとわかったのです。
そこで私たちはまず、このペナルティ制度を改善しました。社内で独自に設けている安全ルールを守った事故については、ノーペナルティとしたのです。あわせて、事故報告書のフォーマットも改良しました。従来の事故報告書は、ドライバーの過失が100%という前提となっていたため、環境要因や管理職要因も考慮した報告書へ変更。
たとえばフォークリフトで運んでいた荷物を転倒させてしまった場合、路面の状況が悪かったことが原因だったとしたら環境要因が30%。それを知っていて早急に手を打たなかった管理職にも責任があると考えれば管理職要因が30%、などとなるわけです。
このように、ドライバーの負担感を減らしたところ、事故のペナルティ制度を理由とした退職は減っていきました。
取り組み(2):現場もマネジメントもわかる管理職の育成
つぎに、管理職自体のレベルアップを図りました。私はそもそも「組織が経営資源(ヒト・モノ・カネ)を効率的に活用するなかで、リスクをうまく回避して、よい感じを維持すること」がマネジメントだと考えています。
そのため、マネジメントを専門としてきた人材であればよい管理職になれるのではないかと思い、他業種からマネジメント経験者を採用することにしました。
ところが、他業種から来たマネジメント専門の人材はなかなか定着せず、ドライバーから管理職になった方は継続して勤務していました。
この現象を分析したところ、「マネジメント専門の管理職は現場のことを教わる機会がなく、現場の知識が不足し、ドライバーとうまくコミュニケーションが取れないこと」が原因ではないかと考えました。
マネジメント専門で入社した管理職が現場の知識を得るためには、ドライバー出身の管理職や現場のドライバーとのコミュニケーションしやすい雰囲気づくりが必要です。
そこで私たちはまず、『ナルキュウカップ』というスキルを競う社内大会を通じて全社のスキルを底上げするとともに、管理職育成を図りました。この大会に向けた練習のために、現場を知らないマネジメント専門の管理職も、ドライバー出身の管理職から知識を吸収し、ドライバーにアドバイスするようになりました。こうして、ナルキュウカップの準備が管理職とドライバーのコミュニケーションツールとなり、垣根がなくなっていったのです。
また、全日本トラック協会と陸上貨物運送事業労働災害防止協会の主催する両コンテストも活用しながら、ドライバー育成における基準を明確化しました。全社において正しい指導ができるドライバーの育成に努めています。
取り組み(3):無事故手当金の手渡しで「よい雰囲気」を醸成
ここまでの取り組みで管理職が育ち、ドライバーの離職も減り、あと一歩だというところで降りかかったのがコロナ禍です。採用が進まないなか、今いるドライバーに辞められては事業計画の達成も難しい。そこで考えたのが、管理職からドライバーに直接「ありがとう」を伝える機会をつくることでした。
30年前はまだ給与を現金で手渡ししており、「ご苦労さま」「ありがとう」と伝えたときの社員の笑顔は今でも印象に残っています。そこで構築された人間関係は貴重だったと思うんです。とはいえ、今になって現金給付に戻すことはできません。
その代わり、1か月間無事故だったドライバーに、無事故手当金として封筒に入れた1,000円を手渡してはどうだろうと考えました。必ず管理職から「ありがとう」を伝え手渡しすることが条件です。いざ実践してみると、受け取るドライバーからも「ありがとう」の言葉が出てきて、お互いが笑顔に。その瞬間が気持ちよかったと聞いています。
結果としてよい雰囲気づくりにつながったため、今後も継続する予定です。
2024年問題に向けて取り組むべきこと
メンバーの長所を見つけ、伸ばせる管理職を目指す
ドライバーの定着に関して私が検証した結果、「定着率の高い営業所の上長は、メンバーの長所をすぐ言える」ことがわかりました。私が営業所の様子を聞くと、「よく喋ってくれる面白い子ですよ」などといい点が真っ先に出てくるんです。逆に定着率の悪い営業所の上長は、最初にメンバーの欠点が出てきてしまう。
両者はまったく別のタイプの人なのかというと、そうではありません。同じ人でも、長所がすぐ出てくることもあれば、欠点がすぐに浮かんでしまうこともあるんです。これは、所長本人の精神状態が影響しています。
たとえば事故が続いたり、お客さまや経営陣から叱責されたりといったことが重なると、心が疲弊してメンバーの悪いところばかり目につくようになる。この悪循環に陥ると、ドライバーの定着率も自然と落ちていきます。
中間管理職のケアは経営陣の腕の見せどころですが、私たちも苦労しているのが実情です。しかし、ドライバーの定着率には中間管理職の影響が大きいです。メンバーの長所を見つけ、伸ばせる中間管理職を育てていかなければなりません。
ドライバー離職対策は、組織・文化づくりの中短期的取り組みから
ドライバーの離職は中間管理職の良し悪しで決まると考えているため、重点的に中間管理職の育成に取り組んでいます。さきほどお話ししたことのほか、外部の勉強会でマネジメントを学んだり、テレビ会議を使って全拠点をつなぎ、マネジメントに関する書籍で徹底的に勉強したりすることもありました。また、定期的に管理職も現場に出向いてもらい、現場の状況を把握する機会を設けています。
そしてもうひとつ大事なのが、ドライバーの笑顔を引き出す文化づくりです。手法はさまざまですが、私たちの場合は無事故手当金を継続していこうと考えています。以前は手書きのバースデーカードを全員に渡していたこともありますし、企業によっては社員に向けて感謝の手紙を書くといった取り組みもあるでしょう。毎月渡している無事故手当金も、なんとなく継続するのではなく、金額を上げたり渡し方を工夫したりとアレンジが必要だと思っています。
ナルキュウでは、9年前に一般社団法人日本トラックドライバー育成機構を発足しました。せっかく人材育成をしているので、それを活かした事業をしてはどうかとの提案を受けて始めたことです。そこでは、他社のドライバーも含めた認定講座を開催しています。他社の人材が入ることで、教える側も受講する側も緊張感をもって取り組めています。
その結果、「今までいろいろな運送会社に勤めていたが、ここまで教育してくれる会社はなかったので満足している」「この教育がなかったら早々に辞めていたかもしれない」と言ってくれるドライバーも出てきました。
「教育を受けた結果を現場で実践しているのだから、管理職にも現場に出てもらって褒めてもらいたい。そこまでやって教育が完結するのだと思う」と新人ドライバーに言われて衝撃を受けたこともあります。私たちにとっても学びの多い取り組みです。
このようなドライバーが辞めない組織・文化づくりは、非常に時間がかかることだと思います。私も失敗の連続でした。10個試したら8個は失敗する。そして成功した2個は愚直に継続しています。
それでも2024年問題は待ったなしです。長期的な取り組みはもう間に合いません。とにかくどんな小さなことでもいいので、中短期で今すぐできることに取り組んでほしいと思います。
私はナルキュウを100年企業にするべく、20代・30代の人たちを育てていこうと真剣に取り組んでいる最中です。非常に厳しい世の中ではありますが、今後も「小さな一流企業」を目指して頑張っていきたいと思います。