【Next2021】「人事制度改革から始める、働きやすくサスティナブルな組織づくり」
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目次
2021年6月22日〜24日、株式会社SmartHR主催イベント「SmartHR Next 2021 〜人材マネジメントが創る VUCA時代の経営〜」を開催しました。
本記事は、「人事制度改革から始める、働きやすくサスティナブルな組織づくり」と題して行われたセッションについてお届けします。
- パネラー三木 芳夫
株式会社土屋鞄製造所 執行役員 / 人事本部⻑ 兼 コミュニケーション本部⻑
- モデレーター副島 智子
株式会社SmartHR 執行役員 / SmartHR 人事労務 研究所 所長
登壇者自己紹介
副島
皆さまこんにちは。このセッションは「人事制度改革から始める、働きやすくサスティナブルな組織づくり」と題しまして、創業56年の老舗企業である土屋鞄製造所の人事制度改革を紐解くことで、企業の成長に繋げていくためのヒントをお届けできたらと思っています。
では早速ですが、パネラーをご紹介いたします。株式会社土屋鞄製造所の三木さんです。
三木さん
土屋鞄製造所の三木と申します。2019年に同社に参画し、人事制度や採用まわりの管掌をしています。また、販売とアフターサービスなどを担当するコミュニケーション本部の本部長をやっています。本日はよろしくお願いします。
副島
よろしくお願いいたします。そしてモデレーターを務めます、私SmartHRの副島智子と申します。2016年にSmartHRに入社。クラウドソフト「SmartHR」の開発に携わっておりました。現在は人事労務研究所を立ち上げ、人事業務の効率化や人事情報の活用についてのヒントを皆さんにお届けする活動をしています。どうぞよろしくお願いいたします。
では早速本題に入っていきたいと思います。「事業や市場に対して、人事としてどう貢献していくか」、「社会的な課題、法改正や政府から企業への要請に対して企業がどう向き合っていくのか」これらの難しい課題に対して、土屋鞄さんという老舗企業がどう取り組んでいるのかを紐解いていければと思います。
まずは土屋鞄さんがどんな会社なのか、三木さんからご紹介をいただけますでしょうか。
三木さん
ありがとうございます。弊社は土屋鞄製造所と申しまして、1965年にランドセルの皮革製造業として足立区の工房からスタートしました。
土屋鞄というとランドセルのイメージがあるかもしれませんが、一般の鞄を展開するブランドもあり、全国各地に店舗を構えながら事業活動しています。
現在は570名強の従業員がいます。人員構成としては職人さんや販売スタッフをはじめ、インハウスデザイナーや企画、バックオフィスなどの職種があります。
副島
かなり多種多様な職種の方がいらっしゃいますね。
三木さん
はい。また、幅広い年代の方が在籍するという点も特徴的です。60歳以上の職人さんが10名強いる一方、高校を卒業したばかりの職人さんもおり、50〜60歳の年齢差があります。
創業56年の土屋鞄が人事制度改革に至ったワケ
副島
人事制度改革を進めていくにあたって、どのような課題感があったのでしょうか。
三木さん
2019年に経営陣に、組織や人に対するWantsやNeedsを聞き取ってまとめました。「安定を良しとしない」「自分で考えて動く」「オーナーシップあふれる組織を作りたい」というような課題がありました。
また、土屋鞄は元々ファミリーカンパニーでスタートした会社で、はじめは現社長のビジョンを従業員で共有できていました。しかし、従業員数が急増し、どのようなことに注力すべきか、より具体的な方針が必要なフェーズになってきたと感じたんです。
副島
ビジョンだけでは引っ張りきれなくなってきたということですね。
三木さん
そうですね。未来だけではなく、自分たちの仕事が具体的に何に繋がっているのかを一人ひとりが認識する必要がありました。その認識によって、課題にある「自走する人材を増やしたい」にも繋がると思い、きちんとしたミッションを立てようというところがスタートだったように思います。
副島
なるほど、ありがとうございます。では、土屋鞄さんが取り組まれた3つの制度について具体的に伺いたいと思います。
三木さん
前提として、ライフステージに合わせて仕事をマルチに選ぶような世の中になっていることや、予測が不可能な事態がどんどん起こり得る状況の中で、人事制度をどのように考え、構築すべきかを考える必要があります。その中で、3つの制度改革についてお話しいたします。
point1.コロナ前に導入したリモートワーク
副島
まず1つ目のリモートワークはコロナ前から導入されていたとのことですが、その背景を伺えますか?
三木さん
多種多様な人材を招き入れるには、多様な働き方が重要になると考えました。具体的には副業や、場所や時間を選ばずに働けることです。そのためにリモートワークを導入しました。
副島
ありがとうございます。製造業かつ店舗も展開されていらっしゃる企業でのリモートワーク推進はとても興味深いですね。どのように制度を導入されたのでしょうか?
三木さん
多様な職種があるため、リモートワークをフルに活用できる職域とそうではない職域があります。リモートワーク制度導入の裏側で、どの職種に対してもメリットのある制度を展開していくことを意識して進めました。
例えば、職人の皆さんは工場で働く必要があります。そのような方には、「副業をしたいけどできない」ような意見があれば、解決する方法を提案しました。じゃんけんでいうと、「あいこ」になることを意識し、100人いれば100人に合うような制度設計が会社運営の中で重要ではないかと思います。
副島
なるほど。「あいこ」の考え方、いいですね。実際にどのように推進されたのでしょうか。
三木さん
まずは人事部からスモールスタートしました。その整備を進める中で新型コロナウイルスが流行し始めたため、情報システムのメンバーと協力しながら一気にインフラを整え、自宅で仕事をできる環境を整えました。
副島
リモートワークを推進するためにどんなことを工夫されましたか?
三木さん
できる限りオフィスワークとパフォーマンスが変わらないようにできる取り組みを考えました。コミュニケーションを活発にするために、オンライン上に休憩室を常に設けておいたり、直接コミュニケーションを取るために定期的に全員が顔を合わせるような機会を設けたり。体を動かす機会を作る啓蒙などもしましたね。
私どものような業種でこのような取り組みをしている会社は少ないかもしれません。ですが、社会のトレンドや情勢を捉えながら制度を導入するのは重要だと思っています。
point2.不安を払拭するための「定年再雇用制度」
副島
ありがとうございます。では2つ目の定年の雇用の制度について教えてください。
三木さん
土屋鞄では60歳から70歳までは嘱託契約を選択できる制度を導入しています。また希望があれば70歳以上の方はパート契約でお仕事をしていただく形になります。
副島
ご本人から「退職します」という申し出がなければ、ずっと働ける環境があるのでしょうか?
三木さん
そうですね。令和元年に高年齢者雇用安定法の改正について厚生労働省からアナウンスがあったんですよね。このタイミングで何かできないかと考えた時、弊社以外の会社で働く地方の職人さんたちが55歳くらいで定年になるという話を聞いたんです。定年を迎える前に「これからどうなるんだろう……」と不安に思われるのではないかと思い、このような制度を考えました。
また、弊社は東京と長野に工房があるため、特に長野の採用に効果があるのではないかと思いました。
副島
なるほど。そのような環境があると従業員は安心できますね。
三木さん
先のことが不安なまま仕事をするのは非常に心理的な負担があるので、できる限り取り除きたいですね。弊社の62歳の労務課長からもこの話があって導入を進めたんです。
副島
製造業でこういった取り組みをやっていく中で工夫されたことはありますか?
三木さん
強制をしないところがポイントかもしれません。「絶対70歳まで働いてください」というのではなく、柔軟に選べるようにするのが重要です。
副島
自分で選択できるのは凄く嬉しいですね。「70歳まで、それ以上も働けますよ、どうします?」って言ってもらえるとすごく安心感があります。
三木さん
60歳以上で勤務されている方が11名おり、こういった取り組みが寄与しているのではないかと思います。
現在会長である社長の父親も、工房にきちんと足を運んでくださるので、従業員にとってもよい事例になっているんじゃないかと思いますね。
point3.採用活動の大幅見直し
副島
ありがとうございます。次に3つめの採用活動の見直しです。これはどのような活動でしょうか。
三木さん
新卒採用へのシフトです。弊社はもともとインハウスでスペシャリティを持った人材を採用しており、新卒の方を多数採用するスタイルではなかったんです。
ですが、今後の事業拡大や、若い感性を取り入れたブランドの構築を考えた際に、採用の見直しが必要だろうと舵を切りました。
副島
具体的にどのような見直しをされたのでしょうか?
三木さん
まずは会社説明の機会を再設計しました。これまではデザイナー採用のために美術系の大学に情報発信していましたが、ビジネスに興味がある学生さんに集まっていただくために他のチャネルを開拓していきました。SNS上で認知を広めることも進めています。
副島
具体的な効果があれば教えてください。
三木さん
各職種ごとに「パワーのある人材が入ってきた」とポジティブな意見をもらっています。
また、今回入社した新卒スタッフがSNS運用について先輩たちにアドバイスし、より新しい表現やブランドのコミュニケーションをしていく形にシフトしたところ、お客様からご好評をいただきました。私たち世代に馴染みのないツールも、彼らが企画してお客様とコミュニケーションを取り始めており、非常に意味のある取り組みができているのではと思います。
副島
若い世代の人たちは御社のような老舗企業をどのように知ったのでしょうか?
三木さん
「共感性の高いブランドを作っていきたいという想い」をいかに発信するかが認知につながっているのではないかと思います。
特に採用活動に関しては「あの会社面白い」と思われる仕掛けを作っています。単に歴史ある製造業だよ、というのではなく、アメリカや中国のキャリアフォーラムに出展し、今後は世界中にブランド展開したいという想いを伝えていますね。
難しく考えず、経営陣や従業員の声に耳を傾ける
副島
ここからは制度改革の意義や人事のあり方についてお話ししたいと思います。経営課題の整理はどのように進められているのでしょうか。
三木さん
まずは経営陣の思考を把握することから始めました。
56年続けてきた会社をよりグローバルに、多くの方に認知していただくには、様々な人材の活躍や、新規事業の立ち上げが必要です。それらに対して人事がきちんと細かくコミュニケーションを取らなければなりません。
経営陣の声から課題を抽出し、小さくヒットを打っていく。例えば定年雇用制度やリモートワークについては、世の中のトレンドや情勢から可能性やリスクを伝え、意識的に週2回程度の粒度で役員陣とコミュニケーションを取っていました。
副島
なるほど。やはり経営陣の声を聞くことが重要ですよね。
三木さん
人事のプロフェッショナルとして、経営陣に何を伝えなければならないのか、法律に基づくことや採用のトレンドをインプットすることも非常に重要です。
副島
経営陣との関係で悩まれている人事の方へ、メッセージをお願いします。
三木さん
まずは、難しいと思わないことですね。経営陣が分からないこと、質問してくれたことに対して、きちんと答えれば良いと思います。
一方で、経営陣がやりたいことに対してできる限り寄り添いつつ、会社全体や現場の人たちが望んでいることを経営陣に伝えられると、良い関係性が作れるのではないでしょうか。
副島
「難しく考えない」というのはいいですね。では、従業員や一緒に働く人事のメンバーに対して気を付けていることはありますか?
三木さん
従業員の皆さんに対しては、きちんと声を吸い上げる仕組みを作ることですね。
一緒に働くメンバーに対しては、寄り添うことを意識しています。テキストでもそれ以外でもいつでも対話できる状況を意識して作っています。どんな組織にしていきたいのか、権限委譲や情報開示の方法、スタッフへの褒賞をどうするかなどのポリシーを決めていくことが重要だと考えているので、そのポリシーを皆さんが賛同しながら進めていけるようにコミュニケーションを取っています。
副島
ありがとうございます。長く在籍している方が多くいる中で制度変更を進めていく上でのポイントは何でしょうか。
三木さん
やはり理路整然としたロジックが必要ではないでしょうか。これまでの歴史を生かしつつより良くするために、エビデンスを持った上で制度のブラッシュアップやグレードアップの提案を心がけています。
副島
土屋鞄さんでは具体的にどのように従業員さんの声を吸い上げているのでしょうか。
三木さん
全従業員に対して、細かく毎月1度アンケートを実施しているのと、入社時に適性検査を実施しています。労務のメンバーに対しても気軽にコミュニケーションがとれるよう、SmartHRを活用しています。
重要なのは自社のスタッフに興味を持って活動していくこと
副島
ありがとうございます。制度改革を進めてきた上で従業員さんからはどんな声が上がっていらっしゃいますか。
三木さん
制度も導入したばかりで改革途中でありながらも、ポジティブな意見をいただいています。リモートワークで気持ちの面で不安が軽減され、フレックスタイムによって時間の制約に縛られずに自分の責任で業務を管理できるなどの声をもらっています。副業制度も積極的に申請があり、ポジティブに進んでいるのではないかと思います。
一方でまだまだやりきれていない部分もあるため、皆さんの希望に添えるよう一つひとつ展開していかなければなりません。
副島
これから解決したい課題として1つ挙げるとしたら、どんなことがありますか。
三木さん
56年の歴史がある中で、ミッションビジョンバリューを初めて制定しました。このミッションを従業員一人ひとりが自分の言葉で語れるようにすることが今年の大きなテーマです。
副島
ありがとうございます。最後に一言お願いします。
三木さん
人事がどう事業に貢献していくのか、従業員に対してどのように企画提案していくのかが求められる中で、難しく考えずに色々なことに興味を持って、自社のスタッフに興味を持って活動していくことが一番重要だと思います。
副島
ありがとうございます。人事制度の推進を担う皆さんにヒントになればと思います。ではこのセッション以上となります。三木さんありがとうございました。
三木さん
ありがとうございました。
【執筆:宮川 典子】