月平均残業3.6時間で連続売上成長。クラシコムの“無理なく育つ”組織マネジメント
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株式会社クラシコム取締役副社長/北欧、暮らしの道具店 店長
1975年生まれ。実兄である青木と株式会社クラシコム共同創業。「北欧、暮らしの道具店」の店長として商品・コンテンツの統括を行う他、『青葉家のテーブル』などオリジナルドラマではエグゼクティブプロデューサーをつとめる。SNSやパーソナリティをつとめるポッドキャスト「チャポンと行こう!」では、自身の暮らしや身近な話題を発信し、顧客とのコミュニケーションを続けている。
人気ECサイト「北欧、暮らしの道具店」を運営する株式会社クラシコム。同社は、2022年の東証グロース上場後も業績を伸ばし、18期連続売上成長を達成。一方で、月の平均残業時間は3.6時間※1という、驚くべき数字も記録しています。
取締役副社長の佐藤友子さんは「健やかに成長することを一番大事にしている」と語ります。
根底にあるのは、緻密な組織設計です。徹底したリソース管理と人事評価を「調整」と捉える独自の仕組み、産育休者が2割いても円滑に機能する柔軟な組織体制──感覚や精神論ではなく、ロジックと対話の積み重ねがクラシコムの働き方を支えています。
「企業成長」と「無理のない働き方」の両立をどのように実現しているのか。クラシコムの組織づくりやマネジメントの工夫を紐解きます。
※ SmartHRでは、「“働く”を語る水曜日の夜」をコンセプトに、ポッドキャスト番組『WEDNESDAY HOLIDAY(ウェンズデイ・ホリデイ)』を配信しています。本記事は佐藤さんがご出演された回と追加取材をもとに制作しています。質問も含め、内容を再編集しています。
※1:2024年7月期における月間平均残業時間。勤怠システムに基づく集計結果。
「残業のない会社」を創業時から目指して
佐藤さんのお立場について教えてください。
佐藤さん
取締役副社長と「北欧、暮らしの道具店」の“店長”という2つの肩書があります。物販事業の全体統括として、事業予算の進捗や在庫計画といった数値面をみているのと、ブランド全体のクリエイティブ・ディレクション、管掌部門の組織マネジメントを担当しています。

月平均残業時間3.6時間という効率的な働き方は、どのように生まれたのでしょうか?
佐藤さん
創業期に、「残業をしない文化にしていこう」と決めたことからスタートしています。
共同創業者であり、私の実の兄である青木は、私がいつか出産や育児などのライフイベントを迎える可能性を当時から視野にいれていました。こうした姿勢が「残業を前提としない働き方」を選ぶきっかけの一つになり、今のクラシコムのカルチャーへとつながっていきました。

左・代表 青木耕平さん(兄) 右・店長 佐藤友子さん(妹)
出典:「北欧、暮らしの道具店」が生まれるまで──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(1) 2006年〜2010年社史(クラシコム社提供)
また、「誰かの理想に合わせるのではなく、自分たちにとって心地よい状態をつくること」、その価値観がクラシコムの働き方の根底に流れていると思います。
創業から間もなかったころ、商品の買いつけのためスウェーデンに行きました。そこでは、特別な日ではない“日常の食卓”にもごく自然にキャンドルが灯っていて、ヴィンテージの食器や、おばあちゃんから受け継いだという年季の入った家具を普段使いしながら、人々が“自分たちの感覚”で暮らしをつくっていました。「フィットする暮らし、つくろう。」という企業ミッションも、私たちの働き方も、こうした原体験が息づいています。
限られた時間内で成果を出すために、「見積もり力」を育てる
クラシコムは2022年に東証グロース市場へ上場され、その後も売上は右肩上がり。一方で、2024年7月期には1人当たりの月の残業時間が3.6時間と、効率的な働き方を実現しています。こうした数字から「ホワイト企業」と言われることもありますが、働き方の実態はどのようなものでしょうか?
佐藤さん
「のんびり働いている」わけではありません。ある意味で毎日が短距離走のようなもの。無理はしないけれども、まあまあ毎日ストレッチが効いている状態です。

年間売上と従業員数の推移
出典:事業も、商品も、兄妹の関係も。トランスフォームが起きていった、新オフィス1年目のこと──社長×副社長が振り返る、クラシコムの歩み(8)2024年版社史(クラシコム社提供)
限られた時間内で成果を出すために、どのような工夫をしていますか?
佐藤さん
クラシコムでは社員に「見積もり力」を身につけてもらうことを重視し、入社時から丁寧にオンボーディングをしています。見積もり力とは、自分の時間と活動量を把握し管理する力です。属人的なセンスではなく、練習を重ね身につけていくスキルだと私たちは考えています。
仕事が渡されたときには、まず自分でどれくらいの時間でできそうかを見積もります。見積もりした内容をマネージャーと共有し、フィードバックをして......このくり返しです。
“見積もり力”で生産性を上げているのですね。マネジメント層はどのような役割を担っているのでしょうか?
佐藤さん
各部門のマネージャーは、経営から託された目標を実現するために、メンバーの強みや活動量を踏まえ、最適な人員配置をします。また、チームの仕事の進捗を観察し、見積もりどおりに進捗していない部分があればサポートに入ったり、配置を変更したりします。
もし「実行してみた結果、見積もりどおりに進まなさそう」とわかったら、忖度なく経営に話を上げてもらいます。そもそも経営が渡している目標に無理があったとわかれば、目標の下方修正も検討します。
現場は“見積もりと実際とのズレ”を正直に伝え、経営もそれを受け止める。率直なコミュニケーションがリソース管理において重要です。言っても相談に乗ってもらえないと、現場はどんどん保険をとってしまいます。
チームのリソース管理を徹底し、無理のない働き方を模索し続けているからこそ、健やかな成長を遂げているわけですね。
佐藤さん
もちろん事業を成長させたいですけれども、クラシコムは“健やかに成長すること”を一番大切にしているので、適度なストレッチ感の見極めが大事です。
気合だけで「やれます!」と見積もるのも、逆に、やたら保険をかけて「これしかできません」と見積もるのも、どちらも適度なストレッチとは言えません。できる、できないのちょうどよいところ。つまりストレッチが“効いた”ラインはどこなのかを見極める必要があります。

「適度なストレッチ感」をどう見極めるか
「適度なストレッチ感」はどのように見極めているのですか?
佐藤さん
「気持ちで見積もらない」ことを大切に、データにもとづいて決めています。クラシコムでいうデータとは、過去の活動のログ(記録)です。この売上をつくるために何名のメンバーが、何の活動に、どれだけ時間を割いたのか。新規採用は何名で、その教育にどれだけ工数をかけたのか。
こういったログをもとにして「この売上をつくるためにどれくらい活動量が必要か」という係数を決め、計画を立てるときに前期、前々期のログと比較してシミュレーションをします。
「来期はメンバーが○○人増えるから教育にはこれだけの工数がかかる。一方で、売上は○○円まで伸ばしたいけれど、難易度も上がるから前期より活動量は必要そう」「それならば、今期はこれだけ活動量を増やさなきゃね」など。できるだけ丁寧にマネージャーと経営陣との間でコミュニケーションをとり、適度なストレッチの定義をすりあわせておくことが大切です。

佐藤さん
ストレッチの定義を一緒につくる「前工程」と同じくらい大切なのは、実行に入ったあと、実際の状況に合わせてストレッチの定義をチューニングする「後工程」です。
もし、現場が「これは難しい」という声を上げてくれたなら、経営はそれを信じて真正面から受け止め、どうすればいいのかを一緒になって考えます。現場が勇気を持って相談してきたのに、「いや、もっとがんばればできるはず」と跳ね返してしまえば、現場は次第に保険をかけた見積もりしか出せなくなってしまいますから。
「現場の声をちゃんと聞いてもらえる」という経営への信頼感があるからこそ、無理なく、けれどしっかりストレッチの効いた挑戦ができるのだと思います。
率直なコミュニケーションができる関係を築いているのですね。
佐藤さん
そうですね。見積もりが実際とズレていたときは、「経営陣である自分たちの意思決定にも調整が必要だ」と自覚し、それをチームにきちんと伝えるようにしています。
また、信頼しているけれど、報告されたことをそのまま受け止めるだけではありません。「別のやり方を考えられていれば、実際はもっとできたはず」といったギャップを率直にフィードバックしていますね。ここは気をつけています。

商品企画の打ち合わせをする佐藤さん
出典:株式上場という「新たな手段」が可能性を広げる──代表×店長が振り返る、クラシコムの歩み(6)2022年版社史(クラシコム社提供)
はしごを絶対に外さない。新たなリーダーシップを生む産育休中の環境
女性社員が多く活躍されていると伺いました。社員のライフイベントに対して、どのように向き合っていますか。
佐藤さん
この数年は、全社員のおよそ2割が産休・育休を取得しており、マネージャーも同様に産育休を取るケースが多々ありました。マネージャーが産育休に入る際、私たちは、そのポジションを空けて待つという方針をとっています。マネージャーが不在中は、他のメンバーに役割を託し、チームのとりまとめや経営層とのやりとりなど、マネジメント業務の一部を担ってもらう仕組みをつくっています。
経営側にとっても大きな挑戦ではありますが、“はしご”を絶対に外さないよう、経営は全力で代理のメンバーをサポートします。
代理を務める人も、それ以外のメンバーも「あのマネージャーだったらこう判断したかもしれない」といったような戸惑いは当然起こってきます。でも、そういう揺らぎのなかで、新たなリーダーシップが生まれたり、「こんな状況だからこそ支え合おう」というフォロワーシップが育ったりすることもあります。

「役割の調整」という人事評価
人事評価はどのような考え方でされていますか?
佐藤さん
私たちは「評価」という言葉は使わず、「キャリブレーション(=調整)」と呼んでいます。この“調整”は、年に2回2日間をかけて、経営陣とマネージャー全員が集まって「合宿」を行います。クラシコムでは、全社員が担う役割を「ロール」として定義し7種類に分けています。1日目で、事業や組織の変化に応じて、社員にフィードバックする際に使用するロール定義を見直し、2日目には社員1人ずつバイネームで半年間の振り返りをし、「次の半年間でこの人にはどういうことを期待するか」という視点で、役割を調整していきます。

キャリブレーションの流れ
出典:「クラシコム、17期連続売上成長で残業ほぼゼロ・ライフステージの変化を伴いながら事業を拡張させる「健やかな組織開発」を公開」(クラシコム社提供)
佐藤さん
ここでいう“期待”とは、過去の売上実績のような、単に数字に現れる成果だけを評価するものではありません。
クラシコムが大切にしている価値観やスタンスをどれだけ体現してくれているか。変化の多い時代にしなやかに対応できる柔軟性はあるか。まわりとの関係性を丁寧に築くコミュニケーション力はあるか。こうした、数字には表れにくいけれどクラシコムをたしかに支えているんだという部分にも、ちゃんと目を向けていきたいと考えて、設計しています。
また、役割は階段状に上がり続けるものではなく、大きくも小さくも変動します。本人が無理せずに健やかに発揮できるパフォーマンスと期待値を一致させることは、長期的な視点では、社員が安心して仕事に注力できる環境設定の一つだと考えています。
答えは風に吹かれている、それでも挑戦したい
最後に、持続可能な組織づくりについての考えを聞かせてください。
佐藤さん
“健やかな働き方”という言葉が、ただキレイゴトになってしまわないように──私たちはずっと、経営としてどうあるべきか、組織としてどうあるべきかを問い続けてきました。
規模が大きくなるほど難易度が上がるものかもしれません。実際に「100人規模だからできているのでは」と思われることもあるかもしれませんし、自分たちでも、これから先どうなるのだろう、と思う瞬間はあります。自分も年齢を重ねていくし、「これだけエネルギーを使ってコミュニケーションとれるかな」「この範囲をどうやって任せていったらいいかな」と悩む瞬間もあります。悩みながら、そのときできると思うことをしていけたら、「クラシコムらしさ」を保ったり、変えていけるのかもしれません。
答えは風に吹かれていますが、それをすごくやってみたい、無理ではないと証明してみたいです。5年、10年経って「500人でもできるやり方があったよ」と言えたなら、どんなにすてきだろう。そんな希望を抱いて、私はクラシコムの組織づくりと向き合っています。

「無理なく続く、健やかな組織のマネジメント論」全編の再生はこちらから
音声版では、今回の記事で取り上げた内容以外にも「働き方とマネジメント」をめぐるさまざまな話を展開しています。お時間のある時に、こちらもぜひお聴きください。
フリーアナウンサーの堀井 美香さんをパーソナリティに迎え、ビジネス・アカデミック・文化芸能などさまざまな世界で活躍するゲストとともに、個人の働き方や、組織やチームのあり方、仕事を通じた社会との関わり方などをゆるやかに語るトークプログラム。毎週水曜日の夕方5時頃に、最新エピソードを配信しています。配信中のエピソードは、各種音声プラットフォームにて、無料でお聴きいただけます。
執筆:藤森 融和
撮影:曳野 若菜