1,000人規模の全社研修、実現のポイントとは?「伝え合う」文化醸成への道のり
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従業員のスキル向上や組織文化の醸成に向けて、全社研修の実施を検討する企業は少なくありません。しかし、大規模な研修の企画から実施までは、多くの課題と向き合う必要があります。
株式会社SmartHRでは2024年、約1,000人の全従業員を対象にした「フィードバック研修」を初めて実施しました。組織全体に新たな価値観をもたらすこの取り組みについて、企画から実施まで担当した人事部の鈴木さんに、その裏側にある工夫や課題をうかがいました。
事業目標達成に向けて──成長を加速させる全社研修のねらい
研修のテーマ「フィードバック」はどのように設定したのでしょうか。
鈴木さん
ここでいうフィードバックとは、お互いの強みや課題を伝え合う、成長のための重要なコミュニケーションを指します。SmartHRではミッションの実現に向けて3つのバリューを掲げています。その1つである「象」は人材育成をベースとした行動指針で、「ためらう時こそ口にしよう」とし、建設的なフィードバックを推進しています。フィードバックは人材育成における重要スキルであり、事業目標を達成できるかは「人」次第です。
2024年7月にアップデートされたSmartHRのバリュー「SmartHRの新しいバリューを公開します。」より
鈴木さん
人事戦略策定にあたって経営層にヒアリングした結果から、SmartHRのフィードバックには偏りがあることがわかりました。相手のよい部分を伝える「ポジティブフィードバック」はかなり定着が進んでおり、SmartHRの強みでもある一方、改善点を指摘する「ギャップフィードバック」が不十分だったのです。事業目標を達成するためには人の成長が不可欠であり、フィードバックのバランスの適正化は重要だと考え、全社研修に踏み切りました。
一般的に上長から被評価者にフィードバックされることが多そうですが、なぜ全社員を対象としたのでしょうか。
鈴木さん
フィードバックは上長から被評価者だけでなく、メンバーから上長へ、さらには同役職同士でも当たり前になってほしいと考えています。「誰もがフィードバックする側であり、される側である」といったマインドセットを全社的に根付かせるため、CxOからメンバーまで同じ研修を受けてもらいました。
全社研修となると上層部の合意形成も大変だと思いますが、どのように進められましたか?
鈴木さん
全社研修は従業員全員の時間と複数の講師育成も必要となるため、多くのリソースを割くことになります。こうしたリソースを割いた結果として、長期的な組織の成長というリターンが見込めるかどうかの最終判断は経営層が下します。そのため、研修の目的や期待される効果を経営層に明確に示す必要がありました。
フィードバックはSmartHRの事業目標達成に不可欠な要素として、経営層にも課題認識があったため、人事統括本部長を通じた合意形成はスムーズに進みました。
研修を通じて、どのような変化を期待していましたか。
鈴木さん
たとえば週に1つのギャップフィードバックを受けとった場合、年間で50以上の改善点があげられ、成長の機会がそれだけ増えることになります。フィードバックを通してお互いを高め合える環境をつくることで、みなさんの働きがいにつながると考えました。
少人数クラスやフィードバック体現など、研修の質を高める工夫
クラス編成ではどのような工夫をされましたか。
鈴木さん
研修は当時の従業員約1,000名に対し、1回で全従業員に受講してもらうのではなく、1クラス20〜30名の少人数制を採用しました。受講者の集中力を保ち、実践的な学びを得られるよう配慮したためです。クラスの構成は以下のとおりです。
クラス分けは完全なランダム制を採用しています。部署ごとの開催も検討しましたが、普段関わりが少ない人同士のロールプレイングから得られる学びがあると考えました。
- 経営層(CxO):1クラス
- ダイレクター・マネージャー:5クラス
- チーフ・メンバー:40クラス
クラスは46クラスとかなり多く感じますが、どのように講師の体制を組んだのでしょうか?
鈴木さん
これだけの規模となると1人で全クラスの講師を務めるのは難しく、また研修後の文化定着を考えると、人事部門だけでなく各事業部にもフィードバックを実践的に指導できる人材が必要でした。
講師選定においては強制的なアサインを避け、研修の意義を理解してもらったうえで講師の立候補を募りました。先行して経営層クラス、ダイレクター・マネージャークラスの順で研修を実施し、そのなかから講師を募集したところ、ありがたいことに10数名の手が挙がったのです。最終的に応募者のなかから8名、人事のマネージャー・ダイレクター数名が講師を務めることになりました。事業部をまたいだ講師構成にすることで、研修後もフィードバックを促進する伝道師的な存在を各事業部に配置できることになります。
研修の質を確保するために、工夫されたことはありますか?
鈴木さん
まず、講師育成においては、各講師の初回クラスには私が必ず同席し、講義に対するフィードバックを実施しました。
また、研修内容においては人事部内のフィードバックや受講者アンケートをもとに、継続的な改善を重ねています。改善例としては、研修内のロールプレイングの設定が複雑という意見があったため、口頭説明にスライドを加えたり、実際にありそうな例を追加することでより理解が深まる形にしました。
受講者のモチベーション醸成に向けて、どのような取り組みをされましたか?
鈴木さん
Slackで何度か周知したうえで、全社集会で2〜3回アナウンスし、各部署でも統括本部長から研修の目的やフィードバックの重要性を説明してもらいました。このように丁寧に研修の告知をしましたが、事前のモチベーション醸成においてはやや不十分だったと感じています。なかなか難しいですね。
研修では、各クラスのイントロに厚みをつけることで、受講者のモチベーションを醸成しています。具体的には「全員フィードバックする側であり、される側である」というメッセージを軸に、フィードバックスキルの価値を伝えました。「フィードバックをすれば自分の成長につながる」というメリットが感じられれば自分ごと化され、フィードバック文化の定着につながると考えています。

研修冒頭ではフィードバック文化がどのように自己成長と事業成長に貢献するかを示している
点から線へ、線から面へ。研修後の文化醸成への道のり
研修の手応えはいかがでしたか。
鈴木さん
1,059人の受講者の満足度は5点満点中平均が4.4点という高評価を得られました。うれしかったのは、「重ためのフィードバックが必要な場面で、研修の内容が役立った」と感謝を直接伝えてくれた人が複数名いたことです。この方は自然と私に対するポジティブフィードバックを実践してくださったこともあわせて、研修の効果を実感できた瞬間でしたね。
ただし、真価が問われるのはこれからだと考えています。今後、各部署での実践を通じて、フィードバックの質がどう変化していくのか、定量的な調査も計画しています。
フィードバック文化を定着させていくにあたって、講師を務めた方々にどのような役割を期待していますか?
鈴木さん
各部署にフィードバックの「伝道師」を配置することは、研修の設計段階から重要な要素でした。講師の方々には、フィードバックの実践者としてのロールモデルとなり、部署内での相談役となってもらいたいと考えています。
今回の研修の後続施策として、ポジティブフィードバックやギャップフィードバックの実施状況を定量的に調査する予定です。講師が在籍する部署で特徴的な変化が見られれば、研修設計の有効性を裏付けることにもなりますし、そこで得られた示唆を活かして次のアクションにつなげられると考えています。
今後の全社研修についてはどのようにお考えでしょうか。
鈴木さん
考えられるテーマはいくつかあるのですが、慎重に検討している段階です。全社研修は大規模なリソースを必要とするうえに、実施後の継続的なフォローも重要だからです。
今回のフィードバック研修では、これから入社される方々への継続的な研修提供も必要になります。社内全体で同じ理解をもち続けることが、文化として定着するために不可欠だからです。そのため、新しい全社研修を始める際は、既存の取り組みとあわせて継続的に運用できる体制を整える必要があります。費用対効果を最大化しつつ、社内への負担を最小限におさえる方法を模索している段階です。
最後に、今回の全社研修を振り返って、とくに重要だと感じた点を教えてください。
鈴木さん
全社研修は多くのリソースを要するため、気軽にはできない施策です。そのため、目的や期待される効果など、説明責任を果たせるかどうかで、実施判断できるとよいでしょう。
また、「点」で終わらせないことが非常に重要ですね。研修内容を各自が現場に持ち帰り、組織文化として定着させ、「線」でつながなければいけません。そのためには、まずは研修から実践、定着までのストーリーをしっかりと組み立てることが大前提です。そのうえで細かく振り返りをして、二の矢三の矢と新しい施策につなげていくべきだと、今回の研修で改めて思いました。
今回はSmartHRで初めての全社研修だったのもあり、これが今後の研修に対する印象を左右するというプレッシャーも感じていました。全社研修はさまざまな立場や経験をもつ方が参加されるため、反応は実に多様です。そこで出た意見はフィードバックとしてしっかり受け止めることが大切ですが、すべての意見をそのまま取り入れてしまうと軸がぶれてしまう懸念もあります。
これから全社研修を担当される方には、周囲の意見を柔軟に取り入れつつ、自分の信念を強くもってもらいたいと思います。組織全体を巻き込む施策だからこそ、ぶれない軸をもつことが大切だと実感しました。
フィードバック研修についてより詳しく知りたい方は、noteでも詳細な記事を公開しています。研修設計者の鈴木さんをはじめ、研修講師を務めた坂本さん、受講者のにしはらさんによる座談会形式でお届けしています。フィードバック文化醸成の背景や研修の特徴、実際の効果などをより深く掘り下げていますので、ぜひご覧ください。

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