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「教えてほしい」素直な声がチームの風に。問いと場づくりのリーダーシップ

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目次

関西電力グループで初の女性支社長を経験、執行役員を経て、現在は執行役常務を務める野地小百合さん。

男性比率の高い伝統あるインフラ企業に大卒女性採用の3期生として入社後、一貫してキャリアを築いてきた野地さんが見出したリーダーという役割の面白さ、問いかけから周囲の力をまとめるリーダー像とは——。

女性リーダーの先駆者として“けもの道”を拓いてきた野地さんに、リーダーとしての原点からお話を伺いました。

野地 小百合さん


関西電力株式会社 執行役常務 原子力事業本部長代理

1992年 関西電力株式会社入社。営業部門、地域共生・広報部門を経験し、その後、営業所係長、課長、本店マネージャー等を経て、新設された地域エネルギー部門マネージャーに。その後かんでんCSフォーラム社長、地域エネルギー部長等を経て、2021年7月より関西電力送配電株式会社大阪支社長就任。2023年7月より 執行役員 組織風土改革室長 経営企画室 グループ事業担当室長として、組織風土改革というミッションに挑む。 2025年4月より現職。

※本インタビューは2025年3月、野地さんが「執行役員 組織風土改革室長 経営企画室 グループ事業担当室長」を務められている時期に実施しました。

チームが明るくなった。初の役職で知ったリーダーの面白さ

野地さんが初めてチームを率いる立場に就いたのは、いつでしたか?

野地さん

入社8年目の2001年に営業所の係長に就任したのが初めてです。チーム全体を見渡してメンバー同士の連携を考える役割に面白さを感じ、「役職って悪くないんじゃない?」と思えました。

具体的に面白さを感じた理由を伺えますか?

野地さん

当時、チームには8名ほど部下がいて、それぞれが自分の業務に精通している一方、互いの業務内容や進捗は把握できていない状況でした。業務のつながりや全体像を把握できているのは、全員から報告を受ける立場の私だけだったのです。もっとお互いの業務を理解し合えば、スムーズに回るのではと感じるようになりました。

そこで始めたのが「自分の仕事プレゼン」です。隔週でチーム全員が集まるミーティングを設定し、各メンバーに自分の担当業務を共有する場を設けました。

また、他のメンバーの業務を“副担当”としてサポートし合う仕組みも導入し、担当者が休んだときなど、お互いにフォローしやすい体制を整えました。

お話をする野地さんの様子

メンバーの皆さんからどのような反応が?

野地さん

「なんで業務のプレゼンが必要なん?」とか「隔週のミーティングは多すぎる」といった声もありました。

でも、続けていくうちに「あの人そろそろ忙しいんちゃう」「次の工程に向けて準備しておこうか」といった会話が自然とチームで交わされ始めました。互いの業務を理解したことで、連携してより効率的に業務を進められるようになったのです。

「野地さんが係長になって、以前よりもチームの雰囲気が明るくなったね」と他の部署の人から言われたときに、リーダーという仕事の面白さを感じました。

役職に就き視点が変わり、新たな仕事の面白さを発見されたのですね。

野地さん

課長になったときも、また違う面白さに気がつきました。

当初は「現場から離れて会議ばかりの課長よりも、プレイヤー業務もある係長の方が面白いだろう」と思っていたのですが、実際に就いてみると得られる情報の量や速度が増し、それまでとは異なる視点から仕事を眺められるようになりました。

役職が上がれば、得られる情報量が増えて仕事の視野が広がり、より遠くの将来まで見越した打ち手を発想できるようになる。これもまた私が感じるリーダーの面白さの1つです。

本流ではない少人数チームだからこそできた「挑戦」

野地さんは、女性リーダーとして先駆的な役割を果たされてきました。キャリア形成において印象に残っている経験はありますか?

野地さん

振り返ると、私は少人数のチームで「小さくチャレンジできる」環境に身を置く機会が多かったです。自分でなんでもやらないといけない環境が、リーダーとして成長する機会を与えてくれたと感じます。

たとえば、関西電力本店で営業を担う部署に在籍していたときも、私は比較的少人数の独立したグループのマネージャーだったので、Web広告施策など新しい施策にも取り組めました。「この領域での試験的な取り組みです」と説明すれば、割と自由に挑戦させてもらえる環境でした。

さらに、かんでんCSフォーラムで社長を務めたときも、子会社ならではのフットワークの軽さやトライする社風に後押しされました。社内保育所の誘致や管轄区域外へのコールセンター設置など、難しい意思決定をスピード感をもって実行できました。

小回りが利き、試行錯誤しやすい環境が多かったのですね。

野地さん

そうですね。小さく試しながら学べる、今でいうアジャイルな環境は、私の視野やキャリアの幅を確実に広げてくれました

一方で、大企業には、本流とされているキャリアパスがあり、そこから外れることを恐れる空気もあると感じます。実際、私自身も思いがけない異動に「会社から期待されていないのでは」と不安を感じた瞬間もありました。

でも、振り返ってみると異なる経験の積み重ねがあったからこそ今があると感じます。個人的に会社のジョブローテーションにはとても感謝しているんです。

リーダーだからこそできる「場づくり」心理的安全性とD&I推進

女性初の子会社社長の後、関西電力送配電という、関西電力から分社化してできた会社で女性初の支社長も務められます。大阪支社長時代はどのような経験を?

野地さん

関西電力送配電は技術系の従業員が大半を占め、なんとなくヒエラルキーの意識が強く、上司の言うことに部下が逆らいにくいような環境でした。

そこで注力したのはD&I推進と心理的安全性の醸成です。多様な意見による健全な衝突を生み出すには、なんでも気兼ねなく話し合える組織風土づくりが必要だと感じたんです。

また、女性社員も少ないことから、女性交流会や、技術系女性社員との懇談会も行いました。その懇談会をきっかけに、訓練所に女性専用トイレを新たに設置したり、女性の手のサイズにあわせて工具を改善したり、現場の声をもとに変化が生まれました。

お話をする野地さんの様子

支社長という立場から現場の声をもとに変化を起こす後押しができたのですね。

野地さん

おっしゃるとおりです。いち担当の声だけでは意見を通すのに時間がかかる場合も、「支社長が言っているなら」と素早く組織が動いてくれる場合もある。変化のための場をつくるのはリーダーの役割だと実感しました。

その後、組織風土改革室長として、これまでの経験が集約されたような役割を担われますね。

野地さん

はい、組織風土改革室長と、経営企画室のグループ事業担当室長を兼務しています。後者は約90社あるグループ会社の全体を総括する役割です。

組織風土改革は、まさにD&I推進や心理的安全性の醸成の経験が活きますし、グループ事業は子会社出向時代から課題意識をもっていましたから。「よくぞこの組み合わせで!」と思いました。

また、執行役員として経営層に近づくと、会社の方針や戦略をより深く知る機会が増え、物事をより俯瞰的に見るようになりました。同時に、当然ですが責任もプレッシャーも大きい。周囲への影響力や実行力が問われているなと感じています。

「教えてほしい」と言える強さ。本音で相談できるリーダー像

キャリアのなかで「辞めたい」と思ったことはありますか?

野地さん

実は一度もありません。就職活動のときから「結婚しても、子供が生まれても、絶対に会社は辞めないで定年まで勤め上げよう」と決めていて面接でも会社に伝えていました。

続けてこられたのは仕事が好きだったこと以上に一緒に働く人たちに恵まれていたからです。直属の上司と反りが合わなくても、その上の方が支えてくれる。人間関係の“組み合わせの妙”でやってこられたと思っています。

役職の上がるプレッシャーは、どのように乗り越えられてきたのでしょうか

野地さん

「本当にしんどい」と感じるレベルまでは無理しないこと。もともと無理できない性分でもあります(笑)

また、先ほども述べたとおり常に周囲のメンバーに恵まれているんです。今でも優秀な部下が私のつぶやきを受け止めて形にしてくれて、日々「すごいな」と感心するばかりです。

先日も、経営企画室のメンバーと議論するなかで「『グループ全体の価値の最大化』という言葉が出てくるけれど、みんなのイメージは合ってるのかな?もう少し具体的にイメージしてみたら、一人ひとり違うかもしれないよ。ありたい姿を議論してみたら?」と問いかけたら、メンバーが全4回のワークショップを通して具体性と実効性のある施策案に昇華してくれました。

周囲の協力を得るために、野地さんが適切な問いを投げかけているのかなと感じました。

野地さん

どちらかと言えば、私のなかに答えがないから自問自答しているという認識ですね。

変化の多い時代、天才的なリーダーでもないかぎり自分の知識だけで勝負し続けるのは難しいです。現場で業務に携わっている人の方がリアルな勘所がわかっているはず。かつて上司だった現社長の森(関西電力株式会社 取締役代表執行役社長 森 望氏)も「実務は担当している者が一番詳しいから、その人に聞くのが一番早い」とよく言っていました。

ただ、あまりぽろぽろ問いを口に出してしまうと、拾ってくれる部下の仕事を増やしすぎるので気をつけなきゃとは思っています。

「知らない」「教えてほしい」と言うのが難しいリーダーも多そうです。


野地さん

大阪支社長時代の心理的安全性の研修では、男性管理職から「『知らない』と言った方が、部下が意見を言いやすくなるとは思いもよらなかった」「これまで、『知らない』なんて口が裂けても言えないと思い1人で抱え込んできたが、言ってもいいとわかり気持ちが楽になった」という反応もありました。みんなしんどかったんだなと思いましたね。

お話をする野地さんの様子

今回のインタビューには、野地さんの部下として1年間仕事を共にしてきた、組織風土改革室 組織風土改革グループ  チーフマネージャーの川戸洞英次さんも同席されています。野地さんのリーダーシップを間近で見てきた川戸洞さんに、上司としての野地さんの魅力について伺いました。

川戸洞さんにとって、野地さんのリーダーとしての特徴は?

川戸洞さん

「素直で裏表のない」ところですね。特に「わからない」「教えてほしい」と素直に言ってくれる姿勢が、部下にとって大きな心理的安全性につながっています。役員でありながらも弱みを開示できる方はとても希少。だからこそ部下は一丸となって助けたくなるのだと思います。

チームとしての一体感が生まれるのですね。

川戸洞さん

上司から「ちょっと相談なんだけど」と言われたけど、実はすでに答えが決まった単なる業務指示なケースってあると思うんです。

でも、野地さんの「相談させて!」は本物の相談なんです。一緒に議論して答えを模索し、部下の意見を尊重してくれます。部下も頼られていると感じられるので、モチベーションも高まります。

よく覚えているのは役員会議で提案が通らなかったときのことです。会議を終えて開口一番、野地さんはこう言いました。

ごめん、みんなの思いをうまく伝えられなかった。今日のプレゼン、何が悪かったかフィードバックして!

チームと議論を重ねて納得して役員会議に臨むからこそ「チームの案が悪かった」ではなく、「伝えられなかった私のせい」と考えてくれるのです。そんな姿勢に接したらメンバーも「我らが野地さんに同じ思いをさせてなるものか!」と結束し、チームの熱量が高まります

お話をする野地さん、川戸洞の様子

(編集者撮影)取材前後もお二人が朗らかにお話しする様子が印象的でした

多様な「やりたい」をチームの力に変えるマネジメント

チームの力を引き出すために、日ごろマネジメントにおいて心がけていることは何ですか?

野地さん

マネジメントとは、メンバーが能力を最大限に発揮できるような環境を整えることに尽きると捉えています。

苦手を直すばかりでは、時間がかかる割になかなか成果が出づらいものです。もちろん苦手でもやらねばならない仕事はありますが、メンバーにはやりがいをもって取り組んでほしいと考えています。できるだけその人がやりたいと思っている仕事をアサインできると理想ですよね。

メンバーの「やりたい」を知るために、どのような工夫を?

野地さん

組織風土改革室では自分語りを通して、互いの背景を知る取り組みをしてきました。

たとえば、丸1日かけて生まれてから今までのモチベーショングラフを書いて発表したり、カードゲームを使って価値観を探り合ったりしました。大切にしている価値観と、その背景にある経験も含めて、相手を理解できるようになります

あとは日常的なコミュニケーションも大切にしています。いわゆる「飲みニュケーション」も割と好きで、多いときは週に4日くらい飲みに行っていた時代もありました。

もちろん飲み会でなくてもいいのですが、人の話を聞くことはコミュニケーションの基本だと思っています。誰でも聞いてほしい話題を1つや2つはもっています。話を聞いてあげると距離が縮まりますし、仕事で何かお願いごとをする際も頼みやすくなります。

お話をする野地さんの様子

野地さんは問いによって周囲の力を引き出す、関西電力の新しいリーダー像を体現されていると感じました。

野地さん

私自身、「リーダーはこうあるべき」といった先入観にとらわれすぎなくてよいと思っていて、自分なりのリーダーシップを模索してきました。

自分らしいリーダーシップを模索、発揮できているのは、多様性を認めようとする組織風土が育ってきたからこそだと思っています。関西電力のD&I推進のスローガン「ちがいは、ちから。」には、属性はもちろん、意見の多様性も大切だという思いが込められていますし、自分自身も共感しています。

また、これまでチャンスを与えてくれた人たちにも感謝したいですね。女性が一皮むける経験を積む機会は、意識的に用意しないとなかなか巡ってこないという声は社内外でもよく聞きます。

昨年、関西電力では人事部長から「これまでの社会や会社組織では、男性こそが下駄を履いてきた」といったメッセージが全社に発信されていました。当事者である女性以外から構造的な不公平や多様性尊重を発信してくれたのは心強かったです。

ブルドーザーのように“けもの道”を拓く。後輩に託す思い

係長時代から今まで、野地さんは常に組織のなかで点と点をつないでいると感じます。

野地さん

たしかに人と人を結びつけて化学反応を起こすような動きが好きかもしれません。昔の知り合いから聞いた話がふと今の仕事につながることも多いんです。自分の培ってきたネットワークが少しでも誰かのチャンスになったら嬉しいですね。

取材場所の関電ビルディングからの景色

次世代の女性リーダーへの思いを伺えますか。

野地さん

私の役割は、例えるなら“けもの道”を切り拓くブルドーザーだと思っています。

私たちの世代だと女性が就く役職と言えば周辺的な役割が多かった。今は主要ポジションに就く女性も増えてきました。性別関係なく実力で選んでも「この人だ」と思える優秀な女性が着実に育ってきています

ただ、そういった優秀な女性たちであっても、会社にはハンディキャップが存在しています。だから、私が先にけもの道を切り拓いておけば、後輩たちが通りやすくなる。少しは背中を押せるんじゃないかと思うんです。

会社から「けもの道をつくっていい」と期待されている以上、この役割を果たし続けたい。そして耕した道を高性能なスポーツカーのように後輩たちが颯爽と走り抜けていく——。近い将来、そんな姿が見られそうで心から楽しみです。

多忙な現場を変える、対話とキャリアを育む新たな挑戦

2025年の4月からは、執行役常務として新たな部署(原子力事業本部)での挑戦が始まります。今後の展望を伺えますか?

野地さん

まずは、「忙しすぎて考える余裕がない」状況の改善です。すでに業務効率化の施策が進められているので、生まれた時間を使い、上司が部下と対話し、キャリアを共に考えられるようにしたいです。

D&I推進の観点では、原子力の現場は女性従業員が少なく、社内にロールモデルもほとんどいません。ですが「働きたい」という意欲をもった女性従業員もいます。会社の枠を超えてグループ会社や他の電力会社、関連メーカーなども巻き込んだネットワークをつくれないかと勝手に思案しています(笑)。

(文/藤森ユウワ、取材・編集協力/高柳真希、写真/其田有輝也)

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