マネージャーが成長実感を得やすい仕組みをつくる。管理職育成のための評価の模索
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この記事でわかること
- SmartHRでは管理職育成の取り組みとして、人事評価へのマネジメント指標の組み込み、マネジメント育成の枠組みの作成・導入を進めてきた
- マネジメントスキルも専門性の1つと解釈し、マネージャーでもメンバーでも高い報酬・等級を目指せる評価制度を構築しようと考えた
- SmartHRのマネジメントの6要件、マネジメントの教科書、マネジメントアセスメント、研修から成る枠組みを作成・導入。マネージャーが成長実感とやりがいを得られる環境づくりを目指している
管理職育成は企業の持続的成長において重要な取り組みです。なかでも成長のために適切な機会を提供するには、管理職に求められる資質やスキルを正しく定義・評価する仕組みが欠かせません。
SmartHRでは管理職育成の取り組みの一環として、人事評価へのマネジメント指標の組み込み、マネジメント育成の枠組みの作成・導入を進めてきました。
今回は、各取り組みを推進する株式会社SmartHRの斉藤と鈴木に、背景にある課題や具体的な進め方、大切にしている考え方を聞きます。
「マネージャーが成長実感を得られ、やりがいを感じられる状態」をめざす二人の現在進行系の取り組みが、近しい課題をもつ担当者様にとってヒントになれば幸いです。
- 斎藤 優衣
株式会社SmartHR 人事管理本部 人事制度部 マネージャー
ECサイトを運営する企業で運営ディレクターを中心に幅広い職種を経験し、2019年にSmartHR入社。採用やオンボーディングなど幅広く人事業務を経験し、2024年1月より現職。
- 鈴木 睦央
株式会社SmartHR 人事統括本部/人材開発本部/マネジメント育成部
2社でのエンジニア経験を経て、2018年にSmartHRへ入社。2021年よりSmartHRの労務プロダクトの開発を統括するマネージャーに就任。2023年10月に人事統括本部へ異動、現職。
管理職育成を再現性高く実行する必要性
はじめに、SmartHRにおいて管理職育成に注力している理由を教えてください。
斎藤
大前提として、SmartHRでは経営方針に「育成文化の醸成、将来の経営人材を増やす」を掲げています。
ここでいう育成は全メンバーが対象ですが、とくに管理職育成に注力した理由は、組織に与えるインパクトの大きさです。マネジメント力が底上げされると、育成されるメンバーの能力も底上げされる。そのメンバーから将来のマネージャーが生まれ……といったループを回していきたいと考えています。
鈴木
2024年度までSmartHRの採用は即戦力の中途社員が中心。再現性をもってマネージャーを育てられる枠組みがなく、各々が自発的に学んでいる状態でした。組織が急拡大し、マネージャーの需要も増すなか、着実に育成できる仕組みが必要だったのです。
評価指標の策定は「マネージャーはえらいのか?」から議論
人事評価へのマネジメント指標の組み込みに着手した背景は?
斎藤
先ほどの経営方針が2023年の全社キックオフで発表され、人事制度ユニット(2024年1月より人事制度部)では人事制度改定プロジェクトが動き始めていました。
そのなかで「育成文化の醸成、将来の経営人材を増やす」に評価制度で貢献するには、経営人材候補やマネージャーに求められる資質や能力を定義し、評価できる仕組みが必要だと考えました。
同時期にマネジメント育成に取り組むユニットが立ち上がったのもあり、マネジメントにかかわる評価指標を組み込み、運用できる状態を構築しようと考えました。
評価制度に組み込むかは議論しましたが、ゆるやかでも紐づけたほうがマネジメント力向上の動機づけとして機能すると判断したのです。
(参考記事)人事制度改定全体について詳しい内容は以下の記事をご参照ください
人事制度は組織のOS。経営課題に紐づく制度変革を─SmartHR人事制度改定プロジェクトの全容
具体的にどのようにマネジメントにかかわる評価指標を組み込んだのでしょうか?
斎藤
SmartHRの評価指標には「ミッション達成度」と「行動評価」があります。
「ミッション達成度」は成果評価に近い概念で、期初に立てた目標の達成度合いを測る指標。
「行動評価」はミッションを達成していく過程でどのような行動が発揮できたかを測る指標です。当社で働くメンバーに共通で求めたいコーポレートバリュー7つと、「チームで働く技術/HRT」を評価項目としています。
今回ミッション達成度評価と行動評価それぞれに、マネジメントにかかわる項目を追加しました。
まずミッション達成度評価において、業績目標とは別にマネジメント(ピープルマネジメント、組織づくりなど)の目標を設定するよう変更しました。
たとえば「採用/配置/組織体制づくり」や「成果創出に向けた仕組みづくり」「理念浸透/風土醸成」「目標達成に向けたフォロー」などに関わる目標です。
「〜をする、〜に取り組む」といった“do目標”ではなく、「〜を〜の状態にするなど、どのような成果を目指すのかがわかるような“be目標”を設定するよう求めています。
斎藤
行動目標については、従来の8つの行動指針に対してマネージャー版の行動例を併記し、行動評価を実施するよう改定しました。
たとえば「早いほうがカッコイイ」であれば、メンバーの行動例は「とりあえず着手」「完璧な成果物よりも、早いフィードバック」などです。
ここに「管掌組織の戦略や方針、その他マネジメント対象にとって必要な情報をタイムリーに伝えている」「管掌組織の問題が起きたときは、放置せずに直ちに必要な対応をしている」など、マネージャー向けの行動例を追記、評価時に参照してもらっています。
どのように検討・議論を進めたのですか?
斎藤
進め方の案は3つありました。
1つ目は「既存項目を入れ替える」。とくに後者の「行動評価」の項目をメンバーとは別にする案です。
2つ目は「既存項目にマネージャーの行動評価・ミッション評価項目を追加する」。マネージャーのみミッション評価項目と行動評価項目を増やす案です。
3つ目が「既存項目をマネジメント指標に翻訳する、読み替える代える」。既存の行動評価の項目を「マネージャーとして発揮するならこのような行動である」と定義して評価に用いる案です。
検討にあたっては、弊社におけるマネージャーの位置づけから議論しました。マネージャーを役職と捉えるか、1つの専門性と捉えるかによって、報酬や等級に反映すべきかの考え方が変わるからです。
議論の末、弊社では「マネージャーは専門性の1つ」と位置づけました。マネージャーはメンバーよりえらいのだろうか?と考えてみるとそういう訳ではなく、マネジメントスキルも専門性の1つと解釈できます。マネージャーでもメンバーでも高い報酬・等級を目指せる仕組みを構築しようと決めました。
「専門性の1つであり、優劣はない」と位置づけたとき、「既存の項目を入れ替える」や「項目を追加する」はメンバーと明確に区別するようで違和感がありました。また、項目自体を追加すると、ミッション設定や評価の負担が増えてしまうという意見もありました。
それらを踏まえ、負担も抑えられ、私達の考えにも沿う3案に至りました。
ほかに検討において、大事にした考え方はありますか?
斎藤
ルールで縛る部分と余地を残す部分のバランスです。使いにくい制度にはならないよう、縛るのではなく柔軟に運用できるルールにしたいと意識していました。
また、人事制度の変更は会社の方針を伝える良い機会になります。今回、いくつかの重要な変更の1つに、マネジメント指標の組み込みが置かれています。変更自体によって「会社としてマネージャーの育成に注力していく」というメッセージを伝えられたらと考えていました。
実際に少しずつですが手応えもあります。人事制度改定の説明後のアンケートにて「マネジメントスキルを成長させるための取り組みは今までなかった」という声がありました。もちろん道半ばですので、運用しながら評価の仕組みを磨き続けていきたいです。
マネージャーが“現在地”を測り、学習サイクルを回す土台
マネージャーの資質やスキルを評価する別の仕組みとして、マネジメントアセスメントの構築・運用に取り組んでいると伺いました。どういったものでしょうか?
鈴木
アセスメントの前に、まずはマネジメント育成の枠組み全体の説明をしますね。今回、SmartHRでは以下4要素から成る枠組みを設計しました。
・SmartHRのマネジメントの6要件
・マネジメントの教科書
・マネジメントアセスメント
・研修
SmartHRのマネジメントの6要件は、SmartHRのマネージャーに求められる要件をまとめたもの。そこに書かれた要件を身につけるための学習ツールがマネジメントの教科書。要件を満たすために必要な力を向上させる場・機会として研修があります。
そしてマネジメントアセスメントは、マネージャーに求められる要件をどの程度身につけ、実践できているかを測るテストのようなものです。
組織づくりや組織成果、組織間連携、人材育成など、複数のカテゴリごとに設問が設定されています。現在は55の設問で構成されていますが、中身は随時アップデートしています。
現状は人事評価とは紐づけておらず、自主的に活用してもらっています。自身の現状把握のために利用する人もいれば、設問の表を制作して配布して活用する人もいます。
マネジメントアセスメントを含むマネジメント育成の枠組みは、どういった背景で作成されたのですか?
鈴木
管理職が成長するには、まず自分の現在地を知らないと、どこから何に取り組めばよいかわかりません。ですので、現在地を把握するための物差しを用意しようと、前任者が「マネジメントアセスメント」の基礎を制作しました。主に一般的なマネジメントに求められる項目をもとに自社で議論し、作成しました。
そこからマネジメントアセスメントで現在地を知るだけでなく、どの力を伸ばすかを把握できるよう、マネジメントの教科書を豊田さん(現在は人事統括本部/人材開発本部 Director)が制作しました。
2024年からは上記を私が引き継ぎ、中身のブラッシュアップと、運用の検討を進めています。
マネージャーが学習サイクルを回す仕組みづくりに取り組まれているのですね。
鈴木
そうですね。僕自身もSmartHRに中途入社し、マネージャーを経験しました。その際、運良く当時アジャイルコーチを務めていた豊田さんから、マネジメントの枠組みや構造を学ぶ機会があったんです。なので「自分がどれくらいできているか」と悩むことがありませんでした。ですが、当時は誰もがそういった機会を得られる環境ではなかったと捉えています。
全体像や現在地が見えないと、マネジメントのアンチパターンを踏みやすくなりますし、やりがいや成長を感じづらい。結果的に「マネジメントは嫌だ」という気持ちにつながってしまうのは、もったいないと考えています。
今後どのように運用を進めていく予定ですか?
鈴木
現状、アセスメントや教科書、6要件はそろっていて、研修の中身をブラッシュアップしている段階です。これらの枠組みを活用する部分は、それぞれのマネージャーの自主性にお任せしてきました。
今後は自主性だけに頼るのではなく、枠組みに沿って学んでいけば、自然とマネージャーとして成長できる状態を目指したい。そのために人事として、必要なコンテンツを拡充し、フィードバックを得ながら磨き込んでいきたいです。枠組みをいかにチューニングして日ごろの業務に組み込んでもらうのかをわかりやすく表現して、共有できればと思っています。
マネージャーが成長実感とやりがいを得られるように
管理職育成において、今後の展望を教えてください。
斎藤
マネジメントは、やることがいっぱいで、コントロールできる部分が少ないから大変と言われがちです。けれど、やりがいや楽しさもあると、ポジティブに取り組めるようになるとよいなと思っています。
管理職育成のための評価について、めざすのはマネジメントとしての自覚をもってミッションを設定し、パフォーマンスを発揮できている状態。当たり前にできている状態になれば、ルールや制度はなくてもよいくらいだと思っています。
鈴木
マネジメントに興味や手応えをもちづらいゆえに、その人の可能性が閉じてしまうのは避けたいと思っています。マネジメントだけが専門性の発揮ではありませんが、選択肢のひとつと捉える人が増えたら嬉しいですね。
そのために、まずは負の部分を取り除いていきたい。アセスメントをはじめとする枠組みの整理は「成長してるか、していないかわからない」という1つの負を取り除く試みとも捉えられると思います。
スモールステップで成長実感を得られる仕組みを構築し、マネジメントに挑戦する人が「楽しい」「やりがいがある」と実感でき、結果として事業成長につながる状態を整えていきたいです。