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間違ったワクワクのない目標管理。共感を呼ばないマネジメントから脱却を

公開日

この記事でわかること

  • サイボウズが実践する目標マネジメント
  • アカツキが取り組む「ジュニア育成」
  • 目標管理と目標マネジメントの違い
目次

人材マネジメントのプロフェッショナル・坪谷邦生さんとの共同企画として、全5回となるセミナー「個と組織がともに勝つための目標管理」を開催。

4回目は「個と組織がともに勝つ『サイボウズ』と『アカツキ』」を開催。「100人100通りの人事制度」を実践するサイボウズ社の山田理さん、「ジュニア研修」で若手リーダーの育成に力を入れるアカツキゲームス社の安納達弥さんをお招きして、企業の取り組みを具体的に学びます。

  • 登壇者安納達弥さん

    株式会社アカツキゲームス HR支援部 部長

    栃木県宇都宮市出身。1973年9月28日生まれ。2010年6月、創業時の株式会社アカツキに参画。11年3月に正式入社。アプリ開発やインフラ運営のエンジニアとして活動し、2015年9月からCAPS(品質管理/お客様対応の役割を担うチームの総称)の職能部長を担当。現在は、株式会社アカツキの子会社である株式会社アカツキゲームスHR支援部に所属し、 全社の人事領域を横断的にサポートする業務を担当。

  • 登壇者山田 理さん

    サイボウズチームワーク総研 風土コンサルタント

    大手銀行で8年勤務後、2000年にサイボウズへ転職。取締役副社長として財務、人事および法務部門を担当。100人100通りという風土を牽引してきた。2014年に米国法人立ち上げのためシリコンバレーに赴任。2021年より副社長を辞任し風土コンサルタントとして米国をベースとしながらサイボウズ流チームワークを世界に広げる挑戦をしている。
    著書に『最軽量のマネジメント』(サイボウズ式ブックス)、『カイシャインの心得』(大和書房)。

  • 進行坪谷邦生さん

    株式会社壺中天 代表取締役 / 壺中人事塾 塾長

    20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。 主な著作『図解 人材マネジメント入門』(2020)、『図解 組織開発入門』(2022)、『図解 目標管理入門』(2023)など。

あるべき姿は目標管理ではなく、目標マネジメント

坪谷さん

鼎談前にそれぞれ単独講演をしていただきました。ご感想はいかがでしょうか?

山田さん

あらためて「目標管理」の意味について考えさせられました。管理されるのって嫌ですけど、目標管理にはほかの人と理想を共有できる利点もある。目標管理はあくまで手段なので、チーム内で共感を広めつつ、人がイキイキ・ワクワクするために取り組めたらよいと思っています。

坪谷さん

MBOの正式名称は「Management by Objectives and Self-control」ですが、日本で広まった際に「目標管理」と呼ばれるようになりました。「管理」と表現すると、「特定の基準に当てはまるかを判断する」意味になるので、組織を使って成果を出すためになんとかする「マネジメント」とはニュアンスが違います。そのため、管理ではなくマネジメントと捉えると、山田さんのおっしゃる本質に近づくかもしれません。安納さんはいかがでしょうか。

鼎談中の様子の写真

(左から順に坪谷さん、山田さん、安納さん)

安納さん

 目標管理で大事なのは、いかに「イキイキ・ワクワクしながら仕事に取り組める状態にできるか」ということではないか?と思います。目標が会社や組織の方向性を意識しながら立てられ、その目標をやらされるのではなく自らモチベーション高く追求していく状況が作れれば、最終的に会社や組織の目標達成につながっていくスパイラルが作れるのではないかと思います。

坪谷さん

今のお話に関連する図をご覧ください。

スパイラルアップの投影資料

坪谷さん

この図では、「主観」と「客観」を横軸に、「個」と「組織」を縦軸にそれぞれ配置し、その真ん中に目標設定を置いています。個の主観とは「夢」と書きましたが、山田さんがおっしゃった「理想」と同じです

  1. 夢や理想を目指していくと、個人に強みができ(左上から右上へ)、さらに個人が強みを発揮していけば組織の業績につながります(右上から右下へ)。

  2. 組織の業績がアップすると、理念やミッションなどの企業の使命が果たされます(右下から左下へ)。

  3. そして、企業の使命が叶えられると、夢や理想がさらに膨らんでいく(左下から左上へ)。

この循環を繰り返す構造を「スパイラルアップ」と言います。そしてスパイラルアップを実現することこそ、目標管理です。

目標は目的を達成するための“目印”でしかない

山田さん

うまく目標管理が機能しない企業は、目標の位置づけに問題がある印象です。目標は目指す方向の指針でしかないのに、目標を達成できたかどうかに過剰に重きが置かれていて、未達成だと「失敗」とみなされてしまう。そのような組織では、わざと目標を低く設定する従業員も出てくるかもしれません。もちろん、理想の体型になるためには体重計に乗る必要があるように、理想の達成には計測が重要です。しかし、本質的には目標の先にあるワクワクできる目的が大切なのに、それ以上に目標の達成が重要視されてしまっているのです

安納さん

理想の体型の例でいうと、まず本人が「こうなりたい」と思う理由があって、それこそが本来の目的です。たとえば「異性から魅力的に見られたい」が本当に叶えたい目的だとします。いざ目標設定すると「マイナス10キロ」といった具体的な数値に落とし込むため、達成・未達成ばかりに目がいきます。しかし、極端な話「魅力的に見られる」という目的が達成されるのであれば、10キロ痩せるかどうかは重要ではありません

坪谷さん

まさに。多くの企業で目標管理がうまくいかないのは、設定した「目標」が「目的」にすり替わるのが原因です。これは、目標達成の可否が給料などの処遇と強く紐づけられ過ぎているからだと考えられます。

鼎談中の様子の写真

安納さん

一緒に目標を立てる上司が、従業員のやる気を引き出すのも重要です。「給与と評価は目標を達成できるかどうかで決まる」としてしまうと、目標の達成が目的にすり替わってしまうでしょう。上司が「あなたが理想を追いかけていくと、チームや組織はこういったメリットが得られます」という考えへ導いてあげれば、目標の先にある本質的な理想を意識した行動につながっていきます。

目標設定の考えを表した投影資料

坪谷さん

「目標とは何か」を構造的に考えていくと、その周囲には「方針・戦略」「価値観」「役割」「理念」などの言葉が配置されています。目標の先には目的がある。つまり目標は目的に向かうための目印でしかない。目標とその周囲の言葉との関連性は、目標設定の際に上司と従業員でしっかりと認識を合わせておくべきでしょう。

MBOは「Management by Objectives and Self-control」なので 、客観(Objective)に該当する「目的」「目標」を見据えてマネジメントしますが、実は個人の「価値感」「役割」に当たる主観(Subjective)が重要です。主観がなければ行動は起きない、いや、そもそも「行動したい」とも思いません。主観とは何を意味し、それをどこに「方向付けて」いくべきかを考えなければなりません。

マネジメント×リーダーシップで主観と客観を結びつける

山田さん

主観(価値観)と客観(目的)を結びつけるお話に、近年若い方が大企業を辞める状況との相互性を感じました。企業理念や社会貢献の姿勢に共感して一生働くつもりで入社したのに(主観)、ワクワクできない目標で管理され、日々の業務と企業理念につながりを感じられず、意欲を失い退職するケースです。

理想マップの投影資料

山田さん

上図の理想マップのように右上の「30年後の達成すべき企業理念」を見据えて、1年目から個人も取り組むべきなのです。

理想マップの投影資料

山田さん

しかし、次の図にあるように10年後、30年後にある目的ではなく、今期目標や中期戦略、長期戦略達成のために日々業務をこなすようになってしまう。そうなると主観が失われ、選択肢をもつ優秀な方ほど、転職していくんだと思います。

理想マップの投影資料

山田さん

一方マネジメント層には、「日々の業務と理想のギャップを埋めること」が求められます。しかし、部署や部下の効率よい成果達成にフォーカスするため、夢や理想を見落としがちです。これでは管理であって、正しい意味でのマネジメントとは言えません。とはいえ、多くの企業では、このマネジメントの形で結果を出した方が昇格していくケースが多々あります。

あえて、「リーダーシップ」という言葉を使うと、創業者や経営者などのリーダーたちは夢や理想を情熱をもって語り、共感を呼ぶんですよね。権限で管理するマネジメントと異なり、リーダーシップには権限はないんです。

坪谷さん

リーダーシップを発揮するリーダーとは理想をつくり、共感によって人の心を動かす人物です。私はマネージャーとリーダーの2つの役割は統合されるべきだと考えています。小規模チームのチームリーダーも夢を語るべきであり、チームメンバーの夢や理想を把握したうえでマネジメントするべきです。私は小規模組織のリーダーを「ソース(源)」と呼ぶんですが、ソースを育てる方法の1つに安納さんがアカツキゲームスで実践している、未来のリーダー候補を育成する「ジュニア研修」のような取り組みがあると思います。

アカツキのジュニア研修投影資料

坪谷さん

安納さんは次世代のリーダーたちに向けて、よく「うまくやるより熱くやる」と話しますが、この言葉が安納さんに教えを受けてきた人たちに連鎖して、社内で広く伝わっています。

山田さん

坪谷さんが仰るように、マネジメントとリーダーシップはどちらも必要なスキルです。一方企業規模が大きくなるにつれ、在籍期間が長くなり理想マップの右側にいくとリーダーシップを発揮しやすくなりますが、在籍期間の短い左側に位置する人はマネジメントの比重が大きくリーダーシップを発揮する機会は多くありません。

理想マップの投影資料

山田さん

理想と現実のギャップを埋める役割を担うべきなのは、中間管理職のマネージャーやリーダーたちです。しかし、最近では「部下が嫌がる」「ハラスメントになる」などの理由で上司が部下を食事に誘うのを遠慮しがちで、上司と部下が夢や理想を語り合うコミュニケーションの場がほとんどありません。アカツキさんの事例は、ジュニア研修で夢を語る場所が確保できていて、しかも共感してくれる人がいる点が素晴らしいと感じます。しかし、従業員数が多い場合、社内のヒエラルキーが何十年も前から存在しており、その制度を変えるのは困難です。

坪谷さん

ギャップを埋めるためには個と組織の統合が必要ですが、何をもって統合するかが重要です。アカツキの例では、安納さんがソースとなって組織の統合に貢献していますが、大企業のように規模が大きく制度が複雑になると統合を進める方法に悩んでしまいますね。

山田さん

今50代ぐらいの大企業の経営者で「若い人が働きやすい会社にしたい」と考えている人は増えていますが、どうすればいいのかわからないケースが多い。目標管理は社内のギャップを埋めて統合を進めるための重要なツールなので、大企業にも正しい目標管理の手法をどんどんインストールして広めていきたいと思っています

小さな火種を大きな炎へと広めていく

坪谷さん

私は小さな成功事例を生み出しながら、徐々にムーブメントを起こしていく方法が効果的だと考えています。大がかりな仕掛けで、急激に大規模な変化を起こすやり方は失敗する可能性が高いのです。

山田さん

市場開拓で用いられるキャズム理論を使用して、目標管理や組織づくりを考えてみました。この理論では、「初期市場」と「メインストリーム」の間にある「溝(キャズム)」を超えるかどうかが、商品が一般に受け入れられるかを左右する重要ポイントです。

キャズム理論の投影資料

山田さん

キャズム理論の前提となるイノベーター理論では、集団を性質や傾向でグループ分けします。まず全体の2.5%にあたる「イノベーター」という新しいものに価値を感じる層が商品に関心を抱くところからはじまり、次に「アーリーアダプター」と呼ばれる全体の13.5%の流行感度の高い人たちがその他の層に先駆けて関心を示します。そこまでが初期市場で、その後「アーリーマジョリティ」と呼ばれる34%の集団が加わるかどうかが商品がメインストリームで流通する鍵を握るのですが、この理論を大企業の組織統合に応用できないかと考えています。まず、イノベーターとなる2.5%の人が起点となって新しいアイデアを出す。そこに賛同する人が13.5%出てきて、その後でキャズムを越えてアーリーマジョリティにあたる人達が加われば、ムーブメントが起きて新しい考えを社内全体に波及させられるかもしれない

鼎談中の様子

安納さん

小さな火種を集めて、それをもっと大きな炎にしていくイメージですね。

山田さん

アカツキさんの事例で、心理的安全性の確保に真剣に取り組む姿勢に感心させられました。大企業の組織を変えるなら、本気で心理的安全性を確保しないと有志を集められないですから。それと、組織を統合するためには共感が重要です。たとえば、いろんな部署に点在するイノベーターやアーリーアダプターから共感を集めるHR特区のような場所をつくれると効果的だと考えています。共感を促すには目標管理が重要なツールとなるでしょう。目標管理を活用すれば、個人がどのような理想をもっているかが共有しやすくなるので、従業員数が多い大企業でも共感を集めやすくなります。

安納さん

 iPhoneもリリース当初は「あんなもの流行らない」って一部では言われてましたけど、一気に広がって世界を変えた。あのような事例にヒントが隠されている気がします。「どうやって共感を集めて広げていくか」と「共感を広めていく人が誰なのか」が、成功を左右する重要な要素になるでしょう

坪谷さん

組織開発には「スモールサクセス」という定石があり、小規模のチームで成功事例をつくり、ノウハウを共有していくと組織全体の成功につながるとされています。初期段階で共感し合えた小規模の人たちで語り合ったり目標を立て合ったりしながら、最初の小さな火種を消さずにじわじわと広めて風土をつくる。その後、全体に公開するとムーブメントを起こしやすい。この定石を、いまの山田さんのキャズムのお話が具体化してくれたように思います。「まずは16%を超える!」そうねらいを定めることで持続的な取り組みができそうです。

鼎談中の様子

安納さん

小さな火種を大きくしてムーブメントを起こしていくためにも、マネージャーやリーダーには火種を増やす努力が求められますね。自分の考えを伝えて、ほかの人達も理想を語って共感し合える場をつくっていけば、キャズムを越えたタイミングで一気にムーブメントを起こせるかもしれません。

坪谷さん

大企業で組織に変化を起こすのは、最初は途方もなく困難な道のりに感じられるでしょう。でも、「ここを越えたら広げられる」というポイントが見えていると、希望がありますね。共感を共有し続ければ成果が出るかもしれないと考えると、あらためて目標管理の意義を感じられました。最後に本日の感想をお願いします。

山田さん

理想や夢って大事なのに、語る場が少ないと考えています。お二人の話を聞いて同じ考えの人がいると実感できたので、組織の中で理想を伝える仕組みを頑張って考えて広めていきたいと思いました。

安納さん

規模の大きな組織で目標管理を機能させるためには、これまで自分が実践してきた方法だと足りない部分がたくさんあり、更に異なるアプローチが必要だと考えさせられました。数十人規模の範囲では今までの実戦経験を活かせる部分があるが、それをうまく使いながら、更に数百人数千人規模の組織のメンバーの想いにどうやって火をつけて、どのようにムーブメントに巻き込んでいくのかについては今後も考えていきたいと思います。

坪谷さん

今日のお話で大企業でも組織の統合をあきらめなくてもよいと希望が湧きました。火種を大きくしていく活動、企業規模に関わらず真剣に取り組んでいきたいですね。ありがとうございました。

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