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「人的資本経営」のはじめの一歩【SmartHR Agenda#2 レポート】

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目次

働き続けたい組織となるために、企業はHRテックをどのように活用しているのか。企業の担当者から直接事例をうかがい、視聴者とともに考えるオンラインイベント「SmartHR Agenda #2 〜HRテック活用事例に学ぶ働き続けたい組織〜」。

事例講演Ⅱでは、People Trees合同会社 Co-Founder & COO 最高執行責任者・中谷真紀子さんを迎え、「働き続けたい組織に共通する分析 エンゲージメント向上の取り組み」をテーマに単独講演を行っていただきました。

スピーカー中谷 真紀子 氏

People Trees合同会社 Co-Founder & COO 最高執行責任者

一橋大学卒業後、リクルート入社。人事部門において採用・育成・人事企画・組織開発領域に従事し、ワークス研究所を兼任。江崎グリコに転じ、人事および経営企画にて採用、人材開発、エンゲージメント向上、DE&I、CSR、働き方改革などを推進。二度の産休を取得。リクルートHDに戻り、Employee Experienceを起点とした企業理念の浸透やエンゲージメント向上に従事。在職中にPeople Trees合同会社を共同創業。

その後、大手製薬メーカーにてグローバルのタレントマネジメント責任者を務めた後、2021年4月より独立。人的資本経営の実現に向けた人事体制の構築、経営理念の浸透、タレントマネジメント・人材育成・DE&I推進など、経営と従業員を繋ぐ仕組みづくりが強み。 ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー

「人的資本経営」のはじめの一歩

人的資本経営とは?

皆さまもご承知のとおり、人や企業文化、ブランドといった企業価値に占める「無形資産」の割合が年々高まっているといわれています。まずはその背景から見てみましょう。

人的資本経営が注目される背景

これはアメリカのデータですが、日本でもこの傾向が非常に高まっているといわれています。人や組織に対する世の中の関心、あるいは投資家の関心が高まってきているというのが、ひとつの大きな潮流となっています。

資本、つまり企業が投資をして増やしていくものにも、下の図のようにさまざまな種類があるといわれるようになってきました。

企業が所有する6つの資本

とくに人的資本、「人」に関しては、投資をすることによって、どんどん価値が高まっていく。また人は気持ちや、それぞれの経験・知識をもっているので、それを会社がどのように活用するかでアウトプットがまったく変わってくる特性をもっています。

人的資本への注目によって企業の価値が高まっていくため、「よりこの部分を明確にして説明してほしい」という経営者や市場の要求の高まりが背景にあるといわれています。

人的資本に関する課題

その一方で、コロナ禍やDX化の加速、脱炭素社会に向けた事業の再構築、メタバースを活かした事業展開など、日本のなかでも多くの変化が起こり、いろいろな課題が出てきています。経済産業省が2022年5月13日に公表した「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本に関する上記のような課題を指摘しています。

たとえば、デジタル化が急速に進んでいくと、人に求められる能力やスキルも変わっていく。これは企業にとっても、個人にとっても大きな変化だと思います。

あるいは、「脱炭素社会に向かった事業をつくっていかなくてはいけない」「メタバースのような新技術を使った新しいサービスを活用していく必要がある」となった場合、「自社の誰がそれをやるのだろう?」「どういう体制であれば事業にできるのだろうか?」という課題が出てきます。

スピーカー

人事の領域としては、新しい事業や戦略に応じて柔軟に人の配置を考えていくことが、事業を形にできるかの大きなカギを握るようになってきました。

また、コロナ禍や世代交代によって働く人の意識もどんどん変化していくなかで、「新しい人材マネジメントや企業風土のあり方をつくっていくこと」と、「従業員側の視点どのように会社をつくっていくか」が、同時に求められてきていると思います。

「人的資本経営」に取り組むメリット

企業が「人的資本経営」に取り組むメリットとして、人的資本の価値を高める人材戦略を立案し、社内外のステークホルダーに情報を開示する。自社にとって適切な数値を把握し、それに向けたPDCAを回すことで継続的な企業成長につながる。このようにいわれるようになったことが、現在の流れの大事なポイントだと思います。

情報開示の仕方に関しても、「コーポレートガバナンスコードのなかで、こういうことを書いてくださいね」という上場企業に対する要請が規定されはじめたり、ISO30414をはじめとする、企業規模に寄らない国際基準のガイドラインがリリースされたりするなど、グローバルな基準が示されはじめています。

こうした流れは日本だけではありません。「人的資本に注目した動きを増やすことで企業価値を上げていこう」とか「よりサステナブルに成長できる企業を見極めていこう」という動きがグローバルでも高まってきています。

人的資本経営のはじめ方

このような流れを踏まえて「企業としては何をやっていけばよいのか?」を、私なりに整理したものをご紹介します。

人的資本戦略のつくり方

人的資本戦略のつくり方は、大きく「(1)あるべき姿を具体的に描く」「(2)自社の強みと現状を把握する」「(3)強みを活用してあるべき姿を実現」の3つのステップが大事かなと思います。

人事戦略、戦略人事が重要といわれて久しいですが、まずはどのような会社になることを目指しているのか、あるべき姿を具体的に描いていくことが出発点です。

次に、あるべき姿に即して、自社の強みと現状を把握する。目指している姿と現状のギャップをきちんと自覚できれば、「何を足せば、あるべき姿に向かっていくのか」が見えてきます。

そのうえで、今ある強みを活かして、あるべき姿を実現する。具体的な計画に落とす。

この3ステップを追いながら、実際に何をすればよいのか、「人的資本戦略」のつくり方について、細かく説明していきたいと思います。

(1)あるべき姿を具体的に描く

まずは「あるべき姿を具体的に描く」についてですが、「経営戦略と人事戦略を結びつける」ことは、先の伊藤レポートにもありましたし、反対する人はいないと思います。では「具体的に何をすればよいのか」をイメージできるように、下記のフレームワークを用意しました。

あるべき姿を具体的に描く

これはEmployee Value Proposition(エンプロイー・バリュー・プロポジション)という、おもに採用場面で人事が整理するときに使うフレームワークですが、人的資本戦略のつくり方にも応用できます。

このフレームワークは「どのような会社になると理想的なんだろう」「従業員の方にどのような状態を約束できるんだろう」などを示すものです。

中央に「社会への提供価値・行動指針・社員が得られる価値・報酬」などの項目があり、それにひもづく形で、「人・キャリア・風土文化・職場環境」のあるべき姿を示していくものです。

まずは、こうした項目から議論をスタートするのはいかがでしょうか。あるべき人の姿やキャリア、風土文化、職場環境というのは、なかなか日常では話す機会がありません。当たり前すぎて言葉にしたことがなかったりすると思いますが、非財務の価値は目に見えないからこそ言語化していくプロセスが大事です。

たとえば、経営と人事でディスカッションしてみる、従業員の方がどう感じているのか話を聞いてみる。あるべき姿を描いて、具体的に言葉にしていく。このようなところからはじめてみてはいかがでしょうか。

(2)自社の強みと現状を把握する

人的資本の開示項目には、いろいろな指標がありますが、今回は参考資料としてISO30414の事例を用意しました。ISO30414には、全体で11の項目があります。

人的資本の開示項目例

ISO30414の規格は、「人事のさまざまな機能や状態を測るために、このような指標を使うのはどうですか?」という分類になっています。たとえば、「経営戦略との接続」を見るときは、「コストはどうなっていますか?」「生産性はどうなっていますか?」「どのような労働力の調達をしていますか?」などの項目がピックアップされています。

必ずしもISOの規格に合わせる必要はありませんが、会社の何をチェックするべきなのかを網羅的にグローバルな基準で示してくれていますので、参考にしてみてはいかがでしょうか。

さらに「これらの項目をどのように使っていくか」の具体例をあげるために、マトリクスをつくってきました。

自社の強みと現状を把握する

このマトリクスは、縦軸に「自社に競争力優位につながる/つながらない」、横軸に自社がそれを「できている/できていない」で分類して、ISOの全11項目をプロットしています。

今回は、People Treesという会社の強みと現状を可視化するとどうなるのかをつくってみましたが、ご自分の会社でも考えてみていただけるとよいと思います。

整理してみると、自社の強みやユニークな魅力があらためて浮かび上がってきます。このような形で、ぜひ自社の強みや現状を棚卸ししてみてください。

(3)強みを活用してあるべき姿を実現

最後のステップですが、人事の立場で多角的にデータを把握して、組織や人の強み、課題を把握した後は、それらをどのように高めていくのか、あるべき姿と現状にギャップがあるのなら、軌道修正していくことが大切になってきます。

強みを活用してあるべき姿を実現

そこで必要になってくるのは、人事の立ち位置を変えること。これまでの人事は、経営と従業員の間をつないでいく役割とされてきました。私自身もその間を走り回りながら人事の仕事をやってきましたが、それだけでは現在の流れには対応できなくなっていると感じています。

時代の流れは大きく変化しています。たとえば、「脱炭素社会に向けた事業を再構築したい」「メタバースを活かした事業を展開したい」となったら、「こういう人材が欲しい」とか「こういう経験が必要」となります。

そうなると、人事だけではなく、経営戦略をつくっている部署との連携が必要になってきます。人的資本の情報開示をするのであればIRの部署、数字を出すためにファイナンスのデータが必要なら、経理の方と一緒に話を進めていく必要があります。これからの人事は、関連部署のハブになっていく必要性があると思います。

人事が中心となって、いろいろな部署の方々とやりとりをしたり、コミュニケーションを図りながら人事戦略を経営に上げていく。もしくは、経営目線で人的資本を活かした戦略の提案していく。

人事が経営や各部門とのつなぎ役をしたり、ファシリテーションをしながら、経営と従業員、双方に働きかけていく。今後、人事はこのような機能を求められていくと思います。

スピーカー

一歩を踏み出すヒント

最後に「一歩踏み出すヒント」として、人事がまずやるべきことについてご提案いたします。人的資本や情報開示、自社の強みと現状など、いろいろなものを可視化していくなかで、会社の中にあるデータを活用していくことが、いちばん簡単にできる一歩かなと思います。

一歩を踏み出すヒント

この表は、SmartHRで可視化できる数値例です。SmartHRを導入して企業が、ISOの項目と指標を確認できる要素に丸をつけています。

今あるデータや情報のなかで、「まず何を可視化できるのか」「何が自社の強みなのか」「どのような現状なのか」などのポイントをチェックしていくことが、人的資本経営の「はじめの一歩」になると思います。

まずはここからはじめていただいて、大きなゴールに向けて一緒に歩いていけたらよいのではないか。私も人事の一員として、そのように考えております。

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