1. 経営・組織
  2. 経営

これからの企業成長を支える鍵。“信頼”を組織に組み込むためには【WORKandFES2022 レポート】

公開日
目次

2022年12月21日、“働く”の未来を考える「WORK and FES」が開催されました。3回目となる2022年のテーマは「TRUST(信頼)」。パーパスからD&I、リスキリング、チームビルディング、サスティナビリティまで、昨今の“働く”を象徴するさまざまなテーマを通して、企業や人をめぐる“信頼”の在り方をあらためて考えます。

昨今、少子高齢化や人口減少を背景に、人手不足の深刻化が危惧されています。そのなかで活発化しているのが、従業員が働き続けたいと思える環境を企業がいかに設計するかという議論です。本記事では、企業の長期的成長のために築くべき従業員や社会とのパートナーシップの在り方、そして信頼を組織に組み込む方法についてのカンファレンスをご紹介します。

スピーカー西村 賢 氏

株式会社Coral Capital Partner & Chief Editor

大学在学中からPC・ネット情報誌で連載を持つなどITジャーナリストとして国内外を幅広く取材。2013年から米スタートアップメディアTechCrunchの日本版編集長に。2018年にGoogleに移籍してスタートアップ支援や投資関連業務に従事後、2019年に独立系VCのCoral Capitalにジョイン。情報発信を続けながら投資業務に従事。早稲田大学理工学部物理学科卒。上智大学非常勤講師。Rubyエンジニアでもある。

スピーカー芹澤 雅人

株式会社SmartHR 代表取締役CEO

2016年2月、SmartHR入社。2017年7月にVPoE就任、開発業務のほか、エンジニアチームのビルディングとマネジメントを担当する。2019年1月以降、CTOとしてプロダクト開発・運用に関わるチーム全体の最適化やビジネスサイドとの要望調整も担う。2020年11月取締役に就任、その後、D&I推進管掌役員を兼任し、ポリシーの制定や委員会組成、研修などを通じSmartHR社におけるD&Iの推進に尽力する。2022年1月より現職。

モデレーター荒木 彰

株式会社SmartHR マーケティンググループ マネージャー

ポータルサイト、ウェブメディアなど複数のウェブ系企業でマーケティングを経験した後、2016年に株式会社SmartHRに入社。以来マスマーケティング領域のPJを先導し、2021年にブランドマーケティングおよび広報チームのマネージャーに就任。趣味は読書とギターとフリスビーとけん玉とワイン。

企業における信頼構築の必要性

荒木

まず、「なぜ信頼の重要性が高まっているのか」というテーマから展開します。日本型の雇用システムでは、企業が従業員の生活を長期で保証する代わりに、職務内容において働く時間や場所を指示し、従業員もそれに従うという強固な関係性を生み出していました。

しかし、ジョブ型にはそれがないという特徴があり、企業と従業員、従業員と従業員の結び付き、信頼関係が弱まっているといわれています。

人手不足も大きな問題です。少子高齢化が進むなかで、今後は労働力不足がますます進行し、働き手を確保する難易度が上がり続けるといわれています。これらの変化に対応するため、企業は意識して従業員と信頼関係を結び、働き続けたい組織になることを目指す必要があります。

信頼関係の構築は、優秀な人材の離職防止、採用競争力の向上、さらには生産性の向上につながるといったデータもあります。信頼関係のある組織は従業員のパフォーマンスが高いですし、採用が流動的になるなかで、つなぎ留める役割や採用競争力を生むメリットもあります。しかし、企業における信頼については語られつつあるものの、実行は難しい。芹澤さんはどのようにお考えでしょうか。

芹澤

信頼という言葉は、「信じる」と「頼る」がセットになっています。人が集まったときに「信じて頼る行動」をしない限り、企業はスケールしません。

「あの人のタスクは大丈夫なのか」「この人のアウトプットは大丈夫なのか」などと心配して一つひとつチェックしているようでは、人を信じていないのです。そうではなく「人に任せて自分の仕事に集中しよう」という状況になってこそ、初めて組織のなかでチームワークが発揮できて、成果が出せるようになると思います。

「信頼されている」という安心がモチベーションを高める

荒木

西村さんは、信頼についてどのように考えていますか。

西村

私が勤務していたGoogle Japanで、大事にされていた概念です。Googleはさまざまなデータにもとづいて人事制度を設計しているのですが、思ってもみなかった効果が認められたのが「心理的安全性」でした。どんなチームがパフォーマンスがよいのか、いろいろな要素を数値化して検証したんですね。

これは、組織のなかで自分の考えや気持ちを、誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。Googleでは、会社全体がそれにコミットしていました。最近は日本の社会でも、心理的安全性の必要性が認められはじめたことは望ましいことだと思います。

西村さんの写真

(西村さん)

荒木

ほかにも、Googleで働かれていたときの心理的安全性や、信頼についてのエピソードはありますか。

西村

Googleではコーポレートカードの利用限度額が高めで、性善説に基づいてるんですね。「あなたを信用しているのでカードを渡している」という会社のスタンスを示されると、むしろ襟を正す人が大多数なんですね。

芹澤

オープンでフラットに付与されているのでしょうか。

西村

カードの上限やレベルなどはチームの予算感などで決まっていますが、「何かあったら対処する」という事後の考え方で付与されています。その理由は、事前に規制を設けるとコストがかかりますし、それによって「疑われている」と考える人も出てくるなど、雰囲気が壊れるといった問題もあるんだと思います。

芹澤

疑われていると気分を害しますね。

西村

そのほか、Googleには「gThanks」という制度があります。たとえば、あるとき人事部から「今度新卒者のオリエンテーションがあるのでスタートアップのことを話してください」と言われることがありました。本来は私の仕事ではないのですが、それを担当することで人事担当者からピアボーナスが贈られてきたりします。

私が在籍した頃にgThanksに変化がありました。もともとは1回のピアボーナスは5万円だったのが、3万円になり、そのうち金額をあえて隠すようになりました。Google社内のgThanksのページには論文にリンクが貼ってあり、お金を支払わなくても同じ効果があることがわかってきたというんですね。gThanksで「ありがとう」と言われた人は、2倍の確率で次の依頼に対して応えることも研究で示されている、ということが書いてあって納得感がありました。

gThanksで感謝の気持ちを表わす場合は、たくさんの人をCCに入れようと書いてあるんですね。相手にありがとうといって褒めるのだから、たくさんの人の前で褒めるほうが褒められたほうはうれしいですよね。この辺の制度設計のことはGoogleの人事制度やカルチャーついて書かれた『Work Rules!』という書籍に書いてあるんですが、面白いのはgThanksの導入を考えたとき、悪用する人が発生する懸念もあったものの、性善説で実施してみたというんですね。そうしたら実際に悪用する人は全体の1〜2%程度だったそうです。その程度であれば規制を作るほうがコストもかかりますし、そうしたルールを作ることで雰囲気が崩れますよね。

芹澤

いい気分にはならないですよね。一連の意思決定を上手に扱っている会社だと思いました。

信頼は社員間のコミュニケーションから生まれる

荒木

SmartHRでも、性善説運用のような言葉が飛び交っていますね。

芹澤

昔から性善説運用のようなところはありましたが、規模が大きくなると「どこまで性善説でできるのか」という話は出てきています。ルールで縛りすぎてもSmartHRらしさが失われるという葛藤があり、どうしたら社員を信頼して、すべてを任せられるかを現在進行形で議論しています。

荒木

現在、「OXYTOCIN(オキシトシン)」と呼ばれる「組織内の信頼関係を築く8つの要素」の研究が進んでいます。一般的に幸せホルモンとして知られる「OXYTOCIN」の頭文字からくる8つの要素は、「達成できると企業内に信頼感が生まれる」といわれています。

組織内の信頼関係を築く8つの要素(OXYTOCIN)。喝采、期待、委任、委譲、オープン化、思いやり、投資、自然体。

芹澤

「オープンでフラット」は、今でも当社で大切にしている価値観です。これがないと心理的安全性は成り立たないと思っていますので、最後まで貫きたい要素です。

西村

ブログなどで情報発信もされていますね。外側の情報発信と内側の透明性は連続しているのですか。

芹澤

入社後、しばらくしてから社員に入社前とのギャップをヒアリングしています。ほとんどの人が「ギャップはなかった」と回答しており、今後も高めていきたいと思います。

西村

情報の透明性が必要ですね。

荒木

芹澤さんが組織運営するうえで、信頼に結び付くことや空気感はありますか。

芹澤

ユーモアが重要だと思います。ギャグを言い合える雰囲気が、チームにあるかどうか。これは、当社において心理的安全性を保つためのバロメーターになっています。

荒木

たしかに「こういうこと言っていいんだ」というのは、心理的安全性とか信頼になりますね。

信頼を組織に組み込むための方法

荒木

次は、「信頼をどうやって組織に組み込むか」というテーマに移ります。

芹澤

前半は「経営者の言動や行動が組織のミッション、ビジョン、バリューなどと一致しているか」や「心理的安全性が保たれている組織なのか」など、組織に対する信頼の話が多かったと思います。

組織に対する信頼を組み込むためには、それらをきちんと実行すればいい。また、組織を運営していくうえで従業員同士の信頼も重要です。それは、人と人の対話でしか達成できないと思います。

芹澤さんの写真

(芹澤さん)

荒木

コミュニケーションの機会を作るために、取り組まれていることはありますか。

芹澤

SmartHRでは、昔から飲みニケーションを重要視しています。全員で一緒にランチを食べる文化もありました。

当社はインターネットのコミュニティで知り合った人たちが立ち上げた会社ですが、私はまったく関係がないところから入社しました。入社直後はアウェイな感じでしたが、会食のおかげで一週間もすると馴染んでいました。今も、こうした取り組みを制度に組み込むようにしています。

荒木

西村さんは、企業内の信頼関係を作る仕組みで感銘を受けたことはありますか。

西村

これはシリコンバレーのテック企業で一般的だと思いますが「オフサイト」が盛んです。Googleではマネージャーにオフサイトの予算や権限が委ねられています。たとえば平日の3日間を使って、半日仕事して、半日はみんなでスキーなどを楽しむというチームもあったりします。みんなで遊ぶことでチームもまとまる。それも一つの投資ですよね。昨今の厳しい市況で同じことができているかはわからないですが。

私はグローバルチームにいましたが、国籍が違っても、みんなが集まってリアル脱出ゲームなどをすると仕事がスムーズになると感じました。サンフランシスコで小屋に閉じ込められて、6人で協力して謎解きをしながら手錠を外したりして脱出を目指すんですが、「ああ、この人はこういう感じなんだ。すごくチームプレイヤーじゃん」と、わかるんですね。一度そうやって物理的に一緒に何かをやると、そのあとはメールでも仕事がスムーズというかストレスが少ないんですね。また、Googleのカフェはとても運営コストがかかっていますが、そこに社員が集まって仕事やプライベートの話をすることで、チームが円滑になるという目的があります。離職率や採用コストも下がる。カフェに投資しても、すぐにペイする仕組みは素晴らしいと思います。

荒木

ジョブ型が広がって流動性が高まるという話もありつつ、企業は従業員に辞めてほしいわけではありませんし、働いている方もすぐに転職したいわけではありません。できれば働きたいし、優秀な人に残ってほしいと思っています。そのためにみんなでオフサイトすることも、信頼関係を作るうえで有効だと思いました。

芹澤

2020年からリモートが多くなり、信頼関係の構築、特にコロナ前からいた人とコロナよりあとに入社した人の違いを感じます。最初は「この違和感は会社の規模が大きくなったからなのか」と思っていましたが、原因を突き詰めると、対面のコミュニケーションができないことに要因があるのではないかと気づきました。

西村

Slackとかチャットツールなどだと、微妙な行き違いでなんとなく不安になることがありますよね。しかし、今はリモートから出社する回数が増えていて、「やっぱり対面はいいな」と感じています。

心理的安全性が高く信頼できる環境を作るためのポイント

西村さん、芹澤さんの対談の風景。

荒木

最後に、現場の従業員にとって心理的安全性が高く、周囲の人を信頼できる環境を作るためのヒントがあれば教えていただけますか。

芹澤

心理的安全性はGoogleの提唱するHRT(ハート)、謙虚、尊敬、信頼によって保たれると思います。それを前提知識として、チームメンバーで共有することは大切ですし、それによって仕事が進めやすくなると思います。

荒木

組織間で同じ認識をもつ、同じコミュニケーションの認識をもつといったところでしょうか。西村さんはいかがですか。

西村

相互に信頼して協力するカルチャーを組織内に醸成するのは大事ですよね。チームより自己のアジェンダを優先しているメンバーがいなくて、少なくとも誰もがバランスを取っていると全員が思える状態が理想ですよね。でも、これはそれほど自明なことではなくて、組織のミッションよりも自分のキャリアや実績を優先するような人たちが現れてくると、そこから信頼の輪が切れて組織がガタッと揺らぐこともあると思います。

荒木

早い段階からミッションを作って、同じ目標を目指すことに通じる話だと思います。ありがとうございました。

人気の記事