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「リテンションマネジメント」とは? 生産年齢人口減少時代の人的資本経営|青山学院大学・山本寛教授インタビュー #1

公開日

この記事でわかること

少子高齢化が進む現在、2030年問題といわれる生産年齢人口の減少に対して、人材確保のために、優秀な人材に長く活躍してもらうための「リテンションマネジメント」に注目が集まっています。

働く人のキャリアとキャリア意識を研究する青山学院大学経営学部・山本 寛 教授に「リテンションマネジメント」についてお話しいただいたインタビュー連載企画の第1弾は、「生産年齢人口減少時代の人材マネジメント」についてご紹介します。

目次
山本 寛 教授

働く人のキャリアと組織のマネジメントが専門。著作は『連鎖退職』、『なぜ、御社は若手が辞めるのか』、『「中だるみ社員」の罠』(以上、日経BP社)、『自分のキャリアを磨く方法』(創成社)、『人材定着のマネジメント』(中央経済社)など。2023年2月に『働く人の専門性と専門性意識』(創成社)を出版。研究室ホームページ/http://yamamoto-lab.jp/

2030年問題と向き合うヒントは「人的資本経営」

山本教授

まずは、生産年齢人口の推移をみてみましょう。生産年齢人口が一番多かったのは、今から27年前の1995年で8,716万人でした。これが35年後の2030年には6,773万人と2,000万人が減っている状況になります。国立社会保障・人口問題研究所が最終予想地点としている2060年には、生産年齢人口は4,418万人と、およそ半分に減少すると予想されています。問題は、この予想が変わらないだろうと言われていることです。

生産年齢人口の減少が明白な現在、企業の人事の方々は、従業員の方に対してどのような施策を実施していくべきなのでしょうか?

山本教授

2020年に経済産業省が発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(以下、人材版伊藤レポート)には、「経営戦略と人事戦略の連動をしなければならない」と冒頭に記載されています。今までも取り組んではいたものの、やはり欠けている部分があったといえるのではないでしょうか。経営戦略と人事戦略の連動とは、つまり人的資本経営を進めることです。そのポイントによく挙げられるのが「ISO30414」です。

重要なのは「従業員エンゲージメント」「定着率」の指標

人的資本経営のなかで、リテンションマネジメントの観点から5番目の「組織文化(企業文化)」は、比較的重要だといわれており、従業員エンゲージメントと並んで定着率の指標が出てきています。

人的資本経営が注目される前からも、業界単位での離職率は出さなければいけませんでした。多くの企業は、入社3年後の定着率や平均の勤続期間を算出していますが、算出していない企業もあるので、ここはポイントだと思います。

他にはどのようなポイントがあるでしょうか?

山本教授

同じくISO30414に注目して、大手企業がどれだけ指標化しているかを見ていきましょう。下図は、500名以上の企業の経営者・役員および人事・教育担当者を対象に実施した「人的資本に関する調査」(株式会社Works Human Intelligence)の調査レポートで、企業がISO30414のなかでどの項目を指標化しているかを表した図です。

もっとも指標化されているのは「コンプライアンス」で、2番目が「人件費」です。このなかに離職コストも入っています。3番目が「採用・異動・離職」となっているため、指標化自体はかなり進んでいるといえるでしょう。

一方で、「後継者育成計画」や「サクセッションプラン」「リーダーシップ」など、非常に低いものもあります。また、「企業文化」についても低く、「定着率が向上した企業文化をどのように育成するか」は指標化されていないようです。

続いて、取り組み実施状況・検討状況についてのデータを見ていきます。下図も先ほどあげた「人的資本に関する調査」(株式会社Works Human Intelligence)の調査レポートの人的資本価値向上のため実施している施策についてのアンケート結果です。

人的資本に関する情報は、早ければ2023年度から開示しなければならない企業もあります。開示後は、ステークホルダーに比較されることが予想されるので、企業は各項目の数値の向上を目標にするべきでしょう。

具体的に多くの企業が取り組んでいるのは、従業員エンゲージメントサーベイなどの「従業員満足度調査の導入」です。ただ調べてみると、「CHO/CHROの配置」や「HRテクノロジーによる部署間のデータ一元管理率」の取り組み・検討状況は、20%以下とまだ多くありません。2番目の「従業員の自主的な学び、自己啓発に対する支援」も、どのような効果があったのかは不鮮明な企業が多いのではないでしょうか。このあたりはリスキリングというより、その手前の学びなおしのところに近いと感じています。

人的資本情報の開示と親和性が高いリテンションマネジメント

重要性は理解しているものの、「何をどのように取り組めばよいかがわからない」という企業も多いのではないでしょうか?

山本教授

では、イメージがつきやすいように、企業の取り組みについての事例を2つ紹介します。

1つ目は三井化学株式会社の事例です。経営計画に連動した人材戦略の策定を前面に打ち出しており、エンゲージメントやグループグローバル経営強化と並んで、リテンションが人事に関する優先課題の1つになっています。実行すべき方策として、「グループ内キャリア機会の開示」や「育成機会の提供」「競争力のある報酬水準の確保」まで明示されています。リテンションとは、一般的に「保持」「保留」「継続」「引き留め」などを意味します。人事管理では、社員を企業内に引き留めることを意味します。

2つ目は、ドイツに本社を置き、ヨーロッパを代表するソフトウェア会社であるSAPの例です。SAPも同様、経営管理指標を前面に出し、経営戦略と人事戦略の連動を最初から考えています。指標として、女性管理職比率と上位職への内部昇格率と並んで、従業員のリテンション率を設定しているのです。

紹介した2つの企業のように、どちらの企業も「リテンション」を優先課題として取り入れています。リテンションは、明確化して指標化しやすく、多くの組織ですでに導入されています。

どのような立場の人も長く働き続けられる環境整備の指標はリテンションにつながります。働き方改革と連動しやすいことも理由の1つでもあるでしょう。

働き方改革に対応するため、コストや時間をかけてきた企業も多いはずです。人的資本経営を進めるにあたり、取り組むべき項目は指標化しやすいため、ぜひリテンションマネジメントを人的資本に関する情報の開示、個社ごとの価値を上げていく活動と連動して進めていただきたいと思います。

経営戦略と人事戦略を連動させ、人的資本経営を推進するために

人的資源はコストではない

人的資源管理の世界では、以前から「戦略的人的資源管理」という言葉がありました。一般的に「戦略人事」というと、グローバル化を目指して海外に進出するために人材を配置するような、戦略的に必要な人事の話になってしまいがちです。しかし、もともとの「戦略的人的資源管理」は、人事担当をはじめとしたスタッフ部門だけの話なのです。

人事は利益を生み出さないとされてきましたが、そうではありません。つまり、人的資源管理の前には必ず経営戦略があって、経営戦略と人的資源管理を連動させるために、人事部門は重要になっています。人的資源を管理しても、すぐ利益には結びつかないかもしれません。しかし、組織業績への貢献をきちんと測るべきだと、昔から提唱されています。「人的資源はコストだからできるだけ少ないほうがよい」という考え方をしないでほしいというのが、人的資本経営の研究者である我々がとくに伝えたいところですね。

「リテンション」への関心を高める必要性

経営戦略と人事戦略を連動して人的資本経営に興味をもつ企業は増えていますが、具体的に欠けている取り組みとはどのようなものなのでしょうか?

山本教授

2019年に人事課題として将来に取り組みたい項目を調査したところ、「採用」「育成」「定着」の順番でした。問題なのは、経営者のリテンションへの関心がとても低いことです。「残業時間の削減」「長時間労働の是正」になると、ますます経営者の課題意識が低くなっています。

ワークライフバランスについても、経営戦略のなかでは「大事だ」という意識にとどまってしまうので、リテンションや労働時間管理についても、今以上に連動しなければならないと思います。ITツールの導入についても経営陣に導入で得られる価値や意義が届いていないことが、若手の優秀人材が辞める原因の1つになっている可能性もあります。

以前、注目を集めた「ジュニアボード」という制度がありました。「ジュニアボード」は、若手社員や中堅社員で結成したプロジェクトチームで、さまざまな経営上の課題に関して解決策を提言させる仕組みです。

当時は、ミドルマネジメントクラスの人材が、比較的若い発想のもとで戦略を立てて経営層に提言していましたが、最近ではそれが見られなくなっているように感じます。人材育成の課題のひとつは、トップ層の経営戦略の策定能力にあるのではないでしょうか。

その一方で人事担当者の多くは、危機感をもっているように感じています。なぜ経営層に提言してこなかったのでしょうか?

山本教授

理想的なのは、人事出身の執行役員がそのまま経営層に上がり、トップになることですが、まだその事例は少ないですよね。人事は営業技術と並んで、経営層へキャリアアップするときに必要なパスです。しかし従来の観点から、人事には専門的な知識やスキルが必要で、採用や研修の課題などは人事の専門家がやるべきという風潮もあります。

人事をキャリアパスとして経験しても、ゼネラルマネジメントのなかで、本当のところでは重視されていないため、経営層に意見が届けられていない可能性があるのかもしれません。

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