経営環境の変化で求められる「学び直し・人材育成」のあり方【社労士が解説】
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こんにちは。社会保険労務士法人名南経営の大津です。高度経済成長期において、日本の勤勉で良質な労働力は、日本経済成長の大きな原動力となりました。しかし近年、国際社会における日本経済の低迷が叫ばれるなか、日本の人材育成も転換期を迎えています。
今回は、厚生労働省が2022年6月29日に策定した「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を引用しながら、今後求められる「企業における人材育成のあり方」について考えていきます。
環境変化と従来の人材育成の限界
高度経済成長期を中心に、日本経済の強さの源泉は、メンバーシップ型による長期雇用と手厚いOJTによる人材育成にありました。いわゆる「同じ釜の飯を食う」正社員を中心とした同質性の高い組織と、上司や先輩による手厚いOJTによる長期の人材育成は、実務を通じた実践的な学びにつながりました。
さらに継続的な業務改善の成果も加わり、日本企業の高い現場力を生み出すことになったのです。
しかし近年、企業および職場においては、以下の3つの大きな環境変化が起きており、さまざまな分野に影響を与えています。
- デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展
- 労働者の職業人生の長期化
- 新型コロナウイルスの感染拡大による労働の個別化
以下ではこうした環境変化が人材育成に与える影響について見ていきましょう。
(1)デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展
DXによりあらゆるビジネスが電子化され、形を大きく変えています。DXは「改善」ではなく、文字通り、産業革命レベルの激烈な変化であり、従来の知識や経験の積み上げでは、現代の環境変化への対応は難しくなっています。またあまりの変化の大きさから、上司や先輩さえも答えを持っていない時代になっており、自らの知識や経験を教えるのではなく、個々の労働者の問題発見・解決能力を伸ばすような教育が強く求められています。
(2)労働者の職業人生の長期化
雇用統計を見ると、15歳以上の就業者総数に占める高齢就業者の割合は年々増加し、現在13.6%となっています。そのなかでも65歳以上の常用労働者数の増加が顕著であり、70歳以上の常用労働者も毎年10万人程度増加しています。つまり、多くの労働者は20歳前後で就職し、70歳まで50年間にもわたり、働く時代となっているのです。
環境変化が激しい時代を前提に考えれば、若い頃に学んだスキルで一生仕事をやり遂げることはもはや難しく、職業人生のなかで何回か学び直しを行い、キャリアチェンジをすることが不可欠な時代になっています。企業としては、OFF-JTによる従業員のリスキリングを通じて環境変化への対応を進めることが重要です。この点は労働者個人にとっても大きな課題であり、個人の主体的なキャリア形成の軸となるような専門性や経験を積み、能力を高めていくことと、継続的な更新が求められています。
(3)新型コロナウイルスの感染拡大による労働の個別化
リモートワークの普及などにより、従来のようなOJT中心の人材育成には限界が来ています。上司や先輩の仕事を見て、新しい能力やスキルを身に付けるという従来の方法論では、人材が育たない時代となっており、見直しが求められます。
日本の人材投資の現状と課題
このように抜本的に人材育成のあり方の見直しが求められる環境となっていますが、日本の人材投資の状況を見てみると、諸外国と比較して一人負けのような状態となっています。
下記の「対GDP比で見た企業の人材投資(OJT以外)」の図では、2010年~2014年のデータを見ると、アメリカが2.08%であるのに対し、日本は0.10%と1/20の水準となっており、数値は近年、減少傾向にあります。
我が国はOFF-JTよりもOJTを中心とした人材育成を行ってきているため、どうしても相対的にOFF-JTによる人材投資の減少傾向があるのは事実です。しかし、水準の低さが課題であるのは間違いありません。
近年では、人材投資の水準の低さが、諸外国との経済成長の格差の一因と指摘されています。
下記の図は、人的資本投資額/GDP比率と1人当たりGDP成長率の関係性を表したグラフですが、両者の間には緩やかながら正の相関関係が見られます。
GDP成長率の向上要因は人的資本投資以外にもさまざまあることを差し引いたとしても、日本の人的資本投資の少なさが、日本経済苦境の原因の1つとなっていると考えられます。
厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」のポイント
職場における人的資本投資の重要性が高まるなか、2022年6月、厚生労働省は「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を策定しました。
このガイドラインは、職場における人材開発(人への投資)の抜本的な強化を図るための基本的な考え方や、労使が取り組むべき事項、公的な支援策などを体系的に示しています。そして、現場で自律的・主体的な学び・学び直しが円滑に行われるためには、以下のプロセスを踏まえて進められることが望ましいとしています。
- 職務に必要な能力・スキルなどを可能な限り明確化し、学びの目標を関係者で共有すること
- 職務に必要な能力 ・スキルを習得するための効果的な教育訓練プログラムや教育訓練機会の確保
- 労働者の自律的・主体的な学び・学び直しを後押しするための伴走的な支援策の展開
そのうえで、「労使が取り組むべき事項」として13項目を示していますが、効果的な人材育成のためには、まずは企業のパーパスやビジョンを明確にし、期待される人材像を労使で共有することが不可欠です。
企業として活用できる国の支援策
今後、職場における「学び・学び直し」を進めるにあたっては、国などによるさまざまな支援策の活用を検討したいところです。今回のガイドラインには別冊として、こうした公的な支援策の内容と利用方法が紹介されています。
上記の冊子でも紹介している人材開発支援助成金は、計画的な人材育成を行う際には効果的に活用できる助成金制度であり、今後の人材育成計画を立案する際には、ぜひ事前にチェックしておきたいものの1つとなります。
まとめ
日本企業はこれまでも人材育成重視の経営を継続してきており、高度経済成長期を中心に、人材育成が日本の経済発展に寄与してきました。しかし、非連続で環境が変化する時代となり、これまでの成功要因であった仕組みが変化に対応できなくなっています。
今回のテーマである人材育成についても、これまでのOJT一辺倒の進め方では大きな環境変化への対応が困難であることは明白です。自社のパーパスの明確化と浸透、そして経営戦略と人材戦略を一体で考え、人材育成を進めることが重要となっています。
最近、人的資本経営というキーワードを耳にすることが増加しています。2022年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」には、今後の人材育成に関する示唆に富んだ分析と提言が盛り込まれていますので、「実践事例集」と共に確認いただくことをおすすめします。