「管理職」とは誰なのか?読者のお悩みに探る現場の課題
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近年、日本企業における管理職の立場が大きく変化しています。プレイング・マネジャーの増加、賃金の低下、部下育成の複雑化など、管理職を取り巻く環境は厳しさを増す一方です。
今回はSmartHR Mag.編集部では、罰ゲーム修正の鍵となる「健全なえこひいき」について取材するとともに、管理職選抜や育成をテーマにSmartHR Mag.読者やSmartHRのユーザーコミュニティ「PARK」の皆さまから質問を募集。
管理職になりたい職場の特徴、求められる能力の変化、ピンクカラージョブにおける課題、そして人事部門の役割まで。『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』の著者でありパーソル総合研究所の上席主任研究員の小林祐児さんにご回答いただきました。
パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。パーソル総合研究所(https://rc.persol-group.co.jp/)
「管理職候補の早期選抜・育成」についてSmartHR Mag.のメールマガジン読者に実施したアンケート(回答者101名)では、実施している企業が36.36%、実施していない企業が63.64%という結果でした。多くの企業がまだ取り組めていない現状が浮き彫りになっています。
そんな管理職育成における読者のお悩みについて小林さんにお答えいただきました。
Q:管理職になりたい職場にはどのような共通点があると感じますか?
A:前提として、管理職になりたい人がまったくいない職場はほとんどありません。
女性は管理職選抜の時期よりも出産などのライフイベントが先行する場合も多いため、出世したいという希望があっても、そのコースを諦めてしまうケースが少なくありません。一方で管理職を希望していなくても「いずれはならなきゃいけないものだ」と覚悟を決めて、管理職に上がっていく男性がでてくるからです。つまり管理職になりたい人は大抵の職場にいる。けれど、男性でも断る人が出てきたフェーズだと捉えています。
その前提のうえで管理職になりたいと思える職場には、いくつかの特徴があります。
最も重要なのは昇進と登用の早さです。30代までにマネージャーになれる会社では、女性も含めて管理職になりたい人が増えます。人材業など無形財を扱う企業はその典型です。一方で、製造業や金融業では昇進が遅い傾向にあります。
また、成長企業であることも重要です。事業が伸びなくなるとポストが増えなくなりプレーヤーとして滞留する状況が生まれます。管理職になりたいという意欲が湧くかどうかは、ポストがそもそもあるかどうかに左右されます。
さらに、時短社員でも管理職になれる環境があるかどうかが重要です。人材業界では時短での管理職登用事例がありますが、製造業ではほとんどありません。5時に帰れても管理職になれるという環境は、とくに女性にとって重要な要素となります。土日も含めて月60〜70時間の残業が当たり前という会社では、管理職になることをためらう人が多くなります。
Q:一昔前の管理職と今の管理職に求められる能力の違いは?
A:そもそも、業種や職種によって「管理職」の担うジョブは変わります。
営業でもマーケティングでも開発でも、同じ「管理職」と捉えるのは日本企業の大きな特徴ですが、適切ではないと考えます。業種や職種によって必要なスキルは大きく異なるからです。
その前提のうえで共通の変化があるとすれば、他者のキャリアへの関心がより重要になっているといえるでしょう。かつてのカリスマ型や変革型のリーダーシップではなく、メンバーとの協働やコミュニケーション能力が求められています。人を頼る力、つまりメンバーの力を引き出し、活かすスキルが不可欠です。
Q:ピンクカラージョブ(※)の管理職不足について、どのような対策が必要でしょうか?賃金へのアプローチが重要でしょうか?
※ピンクカラージョブとは、看護師、介護職、保育士など、主に女性が多く従事する対人サービス職のこと。
A:ピンクカラージョブの管理職不足には、賃金を含む具体的な制度や仕組みへのアプローチが必要でしょう。
賃金問題は深刻な課題だと思います。そもそも管理職の賃金が低すぎる。残業する一般層よりも手取りが減るケースがある。単純に考えて、昇進したのに手取りが減る状況は異常といえます。この状況は大手企業でも中小企業でも見られます。
また、エキスパート職との賃金バランスも考慮が必要です。隣にエキスパート職として同じような賃金がもらえる選択肢があることで、管理職が「罰ゲーム」に見えてしまう状況も生まれています。
中堅以上の社員には、厳密なマネジメント評価以外の部分で裁量をもたせるなど、柔軟な制度設計を検討する必要があります。ただし、単なる意識改革や働きかけではなく、具体的な制度や仕組みの見直しが重要です。マインドの変革だけでは、実質的な改善にはつながりませんから。
Q:管理職育成の罰ゲーム化にアプローチするうえで人事の果たすべき役割とは?
A:数値で現場の実態を把握する、現場の「声を聴く」ことから始める必要があります。
管理職の罰ゲーム化の問題は、まず労働時間などの実態把握から始める必要があります。現場は目の前の仕事に追われ、状況を客観的に見られない状態に陥りがちです。そこで、人事部門が現場の「目を開く」支援をすることが重要になります。
具体的な仕事内容への直接的な介入は難しいものの、「最近大変そうですが、どのような課題を感じていますか」といった形で、現場の声を丁寧に聞いていくことが有効です。会社として問題解決に取り組む姿勢を示すことが、管理職の孤立防止にもつながると思います。まずはヒアリングから始めてみて、「聞いてくれる感」を醸成していくといいのではないでしょうか。
編集後記
今回「健全なえこひいき」をテーマに小林さんへの取材とQ&Aを実施させていただき、改めて日本企業における「管理職」という役割の曖昧さについて考えさせられました。
一連の取材を通じて特に印象的だったのは、「管理職」という言葉で一括りにされている役割の多様性です。営業、マーケティング、開発など。同じ「管理職」という肩書でも、業種や職種によって求められる能力や責務は大きく異なります。小林さんの提案する「キャリアアプローチ」でも、次世代の経営層候補として選抜される管理職と、特定分野のプロフェッショナルとしてマネジメントを担う管理職という2つの育成ルートの重要性が指摘されています。さらに最近では、マネジメント業務を複数人で分担するような新しい取り組みも広がりつつあります。
こうした状況を踏まえると、「管理職」という枠組みそのものを、より実態に即した形で再定義していく必要があり、実際にその方向に動きつつあると感じます。「全員を同じように扱う」平等主義から脱却し、個々の企業が自社の特性や課題に応じた「管理職」のあり方を模索できるよう、これからもSmartHR Mag.ではさまざまな視点からの情報発信を続けていきたいと思います。