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リソースがなくても“逆転の発想”で勝負。中小企業の成長促す人材戦略のヒント

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2024年8月27日に開催されるオンラインイベント「SmartHR Agenda #5」。「中小企業が目指す攻めの人材戦略 働き続けたい組織へ」をテーマに、採用・育成、評価、離職防止などに取り組む中小企業のリアルな事例をお届けします。

本稿ではオープニングセッションに登壇するCast a spell合同会社 代表の青田努さんをお招きします。AmazonやLINEでの活躍で知られる青田さんですが、小学生時代から実家の町工場を手伝い、自身も中小規模の企業で働いた経験をお持ちです。

求人広告の制作ディレクター時代には中小企業を中心に200社以上の取材を実施。近年も自身の主催する勉強会を通じて、数百名の中小企業人事担当者の悩みに触れてきました。

大企業と中小企業それぞれの現場のリアルを知る青田さんに、中小企業における人材戦略の必要性、採用や定着に取り組む際のポイントを伺いました。

青田努さん

Cast a spell合同会社 代表

リクルートおよびリクルートメディアコミュニケーションズに通算10年在籍し「リクナビ」の学生向けプロモーション、求人広告の制作ディレクター、自社採用担当を務める。その後、ドリコム、アマゾンジャパン、プライスウォーターハウスクーパースなどで人事マネージャー(主に中途採用領域)を経て、2015年より日本最大のHRネットワーク『日本の人事部』にて、人事・人材業界向け講座、人事の交流会・勉強会組織、HR Techメディアなどを立ち上げる。2017年にLINE入社。人材支援室副室長を務めたほか、マネジメント層の成長支援プロジェクトのリード、採用・タレントマネジメント関連のさまざまなプロジェクトを推進。LINE在籍中の2021年にCast a spell合同会社を設立。

勝てる企業へと飛躍した中小企業の「リアル」を知る6つのセッション

SmartHR Agenda #5では6つのセッションを通じて、人の活躍と企業成長につながる人材戦略のヒントを探ります。

agenda5のセッションテーマをまとめた図(テーマは人材戦略、採用、評価、定着、育成、組織づくり)

オープニングセッションでは青田さんのほか、ダイヤ精機株式会社 代表取締役の諏訪貴子氏や株式会社サイバーエージェント 常務執行役員 CHO曽山哲人氏が登壇します。

「この船、乗ってて大丈夫?」中小企業の社員が去る理由

「SmartHR Agenda#5」のテーマに「中小企業の人材戦略」を掲げています。人材戦略の重要性について青田さんの見解を教えてください。

青田さん

もちろん人材戦略は重要です。ただ、人材戦略といった大げさな言葉で捉えず、それ以前に「うちの社長、何考えてるんだろう?」と社員を不安にさせないことが大事だと思います。

会社や組織の方向性がわからないと「この船、乗ってて大丈夫?」と不安になるものです。大企業であれば行き先が不明でも「簡単には潰れないだろう」と留まる人も一定数いるでしょう。

ですが、中小企業はそうはいきません。先行きの不安が転職のきっかけになる人も多い。経営戦略や人事戦略と呼ぶのかはさておき、まずは経営者がどこに向かっているかを伝えるのが重要だと思います。

伝えるときに注意すべき点はありますか?

青田さん

可能な限り本音で伝えることです。経営者のなかには社員に本音を伝えられていない、あるいは伝えたら逆効果と思って避けている人も多いと思います。

たとえば「あまり無茶をせず、社員が安定して食べていける程度に成長させていければ良い」と考えている経営者でも、社員の前では「もっともっと飛躍を」なんて言ってしまう。実態以上に前向きな話をしなければと思ってしまうんですね。

けれど経営者の本音と社員へのメッセージに乖離があると、いずれ何らかの齟齬が生まれてしまう。社員の不信感にもつながりやすくなってしまうでしょう。なので、まずは率直に何を考えているかを共有するのが重要だと思います。

加えて重要なのは一貫性です。目指すべき事業の姿、組織の姿に沿って、昇進すべき人やリーダー経験を積むべき人に機会を提供する。ギリギリの人的リソースで事業を回すのではなく、一定必要な人材を確保しておく。

目指す方向性と一貫した取り組みがみえると、社員はより安心して今の船でがんばろうと思えるのではないでしょうか。これは当たり前のようですが、実はなかなかできている企業が少ないように感じます。

仮に「経営者がどこに向かいたいか」が不明な場合、人事責任者・担当者はどこから整理を始めるとよいのでしょうか。

青田さん

個別事象によって異なりますが、共通して大事なのは「まず組織図を書くこと」です。

1年後でも、3年後でもよいので、組織図がどうなるかを経営陣・事業リーダーとともに考え、組織図というかたちで可視化する。目指す事業の状態、必要な組織・人材、今いる従業員を照らし合わせると、やるべきことは複数出てくると思います。

たとえば新設されるチームのリーダーが足りないとか、特定の職能の外部採用や社内教育が必要とか。ぼんやりと考えるより、まずは具体的に描いて議論してみるとよいと思います。

インタビューに回答する青田さん

中小企業の採用こそ“ひと工夫”で競合を出し抜け

組織図を描いた結果、採用が必要になる中小企業は多いかと思います。採用におけるポイントを教えてください。

青田さん

採用活動はいわゆる「社格」で、ある程度勝負が決まってしまいます。ネームバリューやリソースが潤沢でない中小企業は何の工夫もしなければ、普通に負けます。ですから中小企業は逆転の発想によって、競合を出し抜く必要があると思います。「ほかの企業がやっていない量や質でやる」か「ほかの会社がやっていないことをやる」かです。

前者は、単純に面接を何度も実施するとか、何人もの社員と会える機会を設けるとか、いい意味で一歩踏み込んだマメなコミュニケーションなどのアイデアが挙げられます。

後者は、ユニークな他社の事例を知るとよいでしょう。たとえば株式会社CRAZYがかつて採用選考で実施していた「ライフプレゼンテーション」。選考の最終フェーズで、自身の生き方や人生観をプレゼンする取り組みです。プレゼン内容は候補者に一人で準備させるのではなく、既存社員が候補者にバディとして伴走して共に作り上げる仕組みです。従来の面接における「選ぶ側」「選ばれる側」といった立場を超えた事例ですね。

また株式会社ゆめみでは月に一度自社の課題をnoteで赤裸々に公開しています。事前に情報を共有するからこそ、入社して「想像と違った」が起こりにくいそうです。

いずれも容易な取り組みではありませんが、中小企業が有名企業に勝つには、大胆な工夫も必要なのではないかと思います。

他社の事例を真似るのではなく、自社らしいアイデアを生み出すには何が必要でしょうか。

青田さん

採用活動における当たり前を一度疑ってみるとよいでしょう。先ほどのゆめみ社の事例も「社内課題が事前に把握できたほうが、入社後のギャップを減らせる」という考えがあるはず。知らず知らずのうちに順応してきたこれまでの採用活動の当たり前を疑い、複数人でアイデアを出してみるとよいと思います。

また、大胆なアイデアはいきなり正式制度として導入するのではなく、一旦「実験」や「キャンペーン」として小さく始めて検証するのもおすすめです。他社でうまくいったからといって、自社でうまくいかないことは多々あります。やってみて様子を見て、自社にフィットしない場合は撤退しやすい立て付けにして試してみると、徐々に合ったやり方がみえてくるのではないでしょうか。

優秀人材の定着には、時には「健全なえこひいき」も必要

採用後の定着や離職防止も中小企業にとって重要な課題です。採用と同様に“逆転の発想”が必要でしょうか。

どうしても、中小企業は給与や報酬で勝負するのが難しいとは思います。ですが本来は「健全なえこひいき」が必要だと考えています。

とくに成長軌道に乗っている企業では、金銭的な報酬がそこまで高くなくても、やりがいや将来性を感じて一生懸命働いてくれる時期がある。いわば「ロマン報酬」で満足してくれる。

けれど、サービスを成長させてきた能力や経験があっても報酬をそのままにしていると、後から入った社員の報酬のほうが高くなり、昔からの功労者が不満を感じ始めた頃に他社から魅力的なオファーが届いて...といったケースも起こり得ます。

なので、前提として辞めてほしくない優秀人材には特例で報酬や待遇を設けるなどして、エースや将来のコア人材としての期待を示す。これをやるかどうかは大きな差になると思います。

待遇や報酬面以外に、定着に効く取り組みはあるのでしょうか?

青田さん

適切な取り組みは企業によってさまざまですが、「職務特性モデル」で捉えるとやるべきことが考えやすいかもしれません。

「職務特性モデル」は、心理学者のJ.リチャード ハックマンと経営学者グレッグ・R・オルダムが提唱しました。業務の満足度やモチベーションを上下させる5つの要素を整理しています。

  1. 技能多様性:単純作業ではなく、さまざまなスキルが必要となる仕事
  2. タスク完結性:一部分だけでなく、仕事の流れ全体を理解しやすい仕事
  3. タスク重要性:やることの重要性や意義をしっかりと感じられる仕事
  4. 自律性:裁量があり、自分で考えて判断して進めていける仕事
  5. フィードバック:自分のがんばりの成果がわかりやすく感じられる仕事

これらはいずれの要素も比較的中小企業のほうが満たしやすいといえます。「技能多様性」や「タスク完結性」は、分業の進んだ大企業よりも中小企業のほうが得やすい。「タスク重要性」も、事業がアーリーフェーズでビジョンやミッションに惹かれている人が多い環境だと実感しやすいでしょう。

伸び盛りの中小企業やスタートアップほど、自分で意思決定する場面が多いので「自律性」も得られます。会社規模が小さいと、仕事で成功した際の全社的なインパクトが大きく「フィードバック」も得やすい。

もちろん特定の専門性を磨きたい方には大企業が向いていますが、複数の業務に取り組めるほうが楽しいと感じる人は一定数います。そういった社員が5つの要素を得やすいよう、仕事の役割をチューニングすると、満足度やモチベーションを高められるのではないかと思います。

どこかで“無理”しないとブレイクスルーは起きない

ここまで伺った採用や定着の取り組みを、いち人事責任者・担当者が推進するうえで気をつけるべきポイントはありますか?

青田さん

「無理なオーダーに対しては責任を持って無理と言う」は大切なことかもしれません。

避けるべきなのはどう考えてもムリなオーダーに対して軽率に「がんばります」と言ってしまうこと。もちろんその姿勢も必要なのですが、重要なのは「そのオーダーに応えるために経営陣にも協力してほしい事項を伝えること」です。「来年までに何名採用して」と言われて二つ返事でオーケーしたら、経営者は採れる前提で事業計画を考えます。半年後に「やっぱりダメでした」と言われたら困るわけです。無理だと思ったらちゃんと伝える義務、責任があると思ってほしいです。

たとえば採用の方は「優秀な人を、安く、早く採用して」というオーダーを受けがちです。でも、この3つを同時に満たすのは現実的に無理です。頑張っても2つまでが限界です。人材レベル、お金、スピードのいずれかは諦める必要があると伝えなければいけません。

「安く早く採る方法はありますが、人材のレベルは下がりますよ」とか「この職種でこのレベルなら今の給料では無理です」とか。表面的に「できます」と言うよりも、「必要なことを言ってくれた」と信頼も得られると思います。脱イエスマンは重要かもしれませんね。

人材レベル、お金、スピードのトレードオフをまとめた図

リソースの不足に悩む中小企業は少なくないと思います。譲れないものを絞るのは大事ですね。

青田さん

どこかで無理をしないと、ブレイクスルーは起こらないのだと思います。実際にこれまで伸びてきた会社は、どこかで無理をしている。かつてのベンチャー企業であったリクルートも採用の優先順位をとにかく高くして、必要な費用や工数をかけたからこそ今の姿がある。無傷で乗り越えようとせずチャレンジしてみないと突破口は見えないかもしれません。

「あの会社だからできた」で思考を止めず、事例から学ぼう

「SmartHR Agenda#5」ではブレイクスルーを起こした事例を複数紹介する予定です。他社事例を自社の取り組みに活かすうえで必要なマインドを教えてください。

青田さん

セッションに登壇する企業は何かしら特別な取り組みをしているのだと思います。だからといって「あの会社だからできたんだ」と受け止めてしまうと何も得られません。

もちろん自社ですぐ導入しにくいものも多いかと思います。ですが「抽象化して事例から学び取れるものがないか」と念頭に置いて聞くかどうかで、得られる学びはまったく変わってきます。「あの会社だからできたのだ」で思考を止めず、聞いてみてほしいです。

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