エイチ・ツー・オー リテイリング社のデジタル戦略から紐解く 「人事DX」を加速させるリーダーの役割とは
- 公開日
この記事でわかること
- 組織を素早くデジタル化するための秘訣
- 生産性向上を支える「評価基準」の必要性
- 業務のデジタル化に向けて求められるリーダーの姿勢
AIの実用化が進む昨今、人事DXの可能性はますます広がっています。しかし、組織のデジタル化は技術だけで進むものではありません。複数の部門や経営陣と足並みをそろえてデジタル化に取り組むために、リーダーは何をすればいいのでしょうか。SmartHRではそんな経営者・人事担当者の皆さまのお悩みにお応えして、ユニークなスピーカーを招いた少人数制のオフライン交流会を定期的に開催しています。
今回のスピーカーは、関西を中心に百貨店やスーパーを手がけるエイチ・ツー・オー リテイリング社の小山徹氏。第一部の講演に続き、第二部の対談では具体的な人事DXの進め方から関係者とのやり取りまで、さらに深く伺いました。
第一部(講演)のレポート『できることから一歩ずつ。エイチ・ツー・オー リテイリング社が取り組む「デジタル戦略の今と未来」』はこちら
- 登壇者小山 徹氏
エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 執行役員 IT・デジタル推進室長
日本IBM、ファイザーを経てPwCへ。流通業界を中心に数多くのコンサルティング経験を有する。 2014年、三越伊勢丹HDS役員 兼 三越伊勢丹システム・ソリューションズ代表取締役社長として構造改革を推進。2017年にはPwC Japanグループ 小売・流通セクター統括パートナーに就任する。その後複数企業のアドバイザーを経て、2021年4月よりエイチ・ツー・オー リテイリング 執行役員IT・デジタル推進室長(CIO/CDO)に就任。2022年4月には着任後1年で経産省DX認定企業に選定されるなど、グループ全体のデジタル化を推進している。
- モデレーター倉橋 隆文
株式会社SmartHR 取締役COO(最高執行責任者)
2008年、外資系コンサルティングファームマッキンゼー&カンパニーに入社し、大手クライアントの経営課題解決に従事。その後、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。2012年より楽天株式会社にて社長室や海外子会社社長を務め、事業成長を推進。2017年7月、SmartHRに参画し2018年1月、現職に就任。
導入してすぐ効果がわかる。SmartHRで実現した人事DXのクイックウィン
倉橋
タレントマネジメントを優先される会社も多いなかで、エイチ・ツー・オー リテイリングではなぜフロントから着手されたのでしょうか。また、社内でその議論はありましたか?
小山さん
アナログだった組織をデジタル化するのに手っ取り早いのは、従業員が使うもの、見るものから変えて、その効果を体感してもらうことです。じつは人事部門からは「紙が多くて大変だからデジタル化してほしい」というニーズは以前からあったんです。ですが、それだけでは経営陣の理解が得られませんでした。
紙で手続きしている時間が、貴重な業務の時間を奪っている。そのために多くの従業員を雇わなければいけないし、リモートワークの妨げにもなっている。フロント改革から着手したのは、こうした従業員サイドからのニーズを共有することで、デジタル化の必要性が経営陣にも伝わり、GOが出やすくなると考えたからです。
もう1つの理由は、クイックウィンを実現できるからです。導入してすぐに効果が目に見えれば「デジタル化っていいよね」という空気が社内に醸成され、そこからデジタル化がどんどん進んでいくだろうと考えました。そのためには、やはり従業員が使うフロント系システムから着手するのが最適だったのです。
倉橋
クイックウィンを優先していただけるのは、我々としてもありがたいです。SmartHRの機能のなかでもWeb給与明細から導入されたのはなぜでしょうか?
小山さん
給与明細はどの従業員でも必要なデータが同じなので、まだ裏側のテーブルが整いきっていない状態でも導入しやすかったのはあります。すぐに標準化できて、従業員がデジタル化の効果を体感できる点で、クイックスタートにふさわしい機能でした。
もちろん裏側のテーブルは会社ごとにバラバラだったので、SmartHRとこれらのシステムをすべてつなげるとなると、大変な作業量になります。だから、何らかのアーキテクチャを入れる必要がありました。クイックスタートといえども、システムに関する知見がある人材がいなければできない改革だったと思います。
倉橋
SmartHRの導入実現は、開発者の皆さんのご尽力の賜物だったんですね。各社ごとのデータにSmartHRを連携するとき、どのような点を工夫して作業量を削減されたのでしょうか?
小山さん
人事のマスターデータがそこまで重くなかったので、SmartHRとの間にツールを入れて違いを吸収するだけですばやく導入できました。裏側のテーブルはたしかにバラバラだったのですが、人事側では給与システムのためのマスターデータが各社ごとにあっただけだったんです。
もし当社が以前から人事管理やタレントマネジメントにしっかり取り組んでいたとしたら、マスターデータがさらに重く複雑になっていたでしょう。SmartHRも導入できなかったかもしれません。そう考えると、人事改革が途上だったのは不幸中の幸いでした。
倉橋
今をときめくAIサービスのなかにも、初期の段階ではシステムが未整備で裏側でつぎはぎしていた時期があったと聞きました。その後少しずつ改善していくうちにAI技術が追いついてきて、今ではほぼ自動化を実現しているそうです。そういう形で「まずはじめる」のは、大切なことですよね。
小山さん
おっしゃる通りだと思います。完成しなくてもいい、まずは動かしてみよう。システム担当者はよくこう言いますが、人事のデジタル化も同じことだと思います。極端な話、インターフェースで失敗したとしても直せばいいだけです。それなら環境が整っていなくてもまずは前に進んでみようというのが、基本的な考え方でした。
日本企業に必要なのは「俯瞰的な評価基準」
倉橋
まずは前に進んでみる。簡単なようですが「言うは易し」で、デジタル化を決めたものの途中でつまづいてしまう企業は多いものです。その壁を乗り越えるには、どうすればいいのでしょうか?
小山さん
トップが声をあげても、いっこうにデジタル化が進まないケースはよくありますよね。デジタル化には大きなコストがかかることもあり、当社でも経営陣の理解を得るまでには壁もありました。そのなかでもやはり、危機感があるかどうかは重要な要素ではないでしょうか。
当社の場合、コロナ禍の当初百貨店事業をはじめとする小売業が緊急事態宣言による休業などにより軒並み不調で、赤字転落が目前という危機的状況でした。リアルの店舗が使えない今、デジタルにシフトしなければ道はない。そういう強い危機感が経営側にあったからこそ、デジタル化が比較的スムーズに進んだのはあると思います。
倉橋
デジタル化を進めるためには、業務効率や労働生産性を高めようという意識が必要だと思います。しかし、日本企業の労働生産性の低さは世界でも際立つほど深刻で、改善の見通しも立っていません。それはなぜなのでしょうか?
小山さん
日本企業の労働生産性の低さが改善しないのは、評価の仕方が間違っているからだと思っています。これまでの評価基準に沿って評価しているだけで、俯瞰的な評価ができていない。自分の担当業務に対してどのくらい貢献したか、未知の分野にどれほどチャレンジしたかという重要な観点が見落とされているのです。
そのような評価の仕方では、従業員も労働生産性を上げよう、そのために業務を効率化しようという気になるはずがありません。何も考えず既存のやり方で仕事をしていたほうが、よほど評価されるからです。
倉橋
業務効率や労働生産性の向上につながる要素に焦点をあてた評価基準が必要なんですね。評価基準に限らず、業務効率化を実現するには既存のやり方を大幅に変えなければなりません。しかし事情によって、どうしても変えられない部分も出てくるかと思います。そういう場合の対処法はありますか?
小山さん
業務効率化といっても、もちろん変えられない部分はあります。当社の場合、歴史のある百貨店事業では接客の仕方からバックオフィスの業務フローまで、何十年も前から脈々と続いてきたものがある。それは時代が変わっても簡単には変えられないし、変えてはいけないところだとも思います。しかし、お客様から見える表は変えられなくても、裏側は変えられるかもしれない。それで生産性が上がるなら、やってみよう。そういう柔軟な発想が大事だと思います。
倉橋
変えられない部分があるからと諦めてしまうのではなく、それに替わる方法はないかと前向きに模索することが大事なんですね。一方で、そういった柔軟な発想はなかなか出てこないのが常です。新しいアイディアが上がってこないとき、どうすればいいですか?
小山さん
内部だけで大きな発想の転換を起こすのは難しいものです。そんなとき頼りになるのが、自社とは異なる文化や風土のなかで仕事をしてきた外部からの社員です。内部の社員が、まったく価値観の違う外部出身の社員とともに業務に取り組む。そうすればハレーションが起きるかもしれませんが、既存のやり方を見直すきっかけにもなると思うんです。 当社でも外部からの社員を登用する制度ができて以来、さまざまな会社が外部社員と一緒にデジタル改革を進めています。
倉橋
私の周囲でも、外部出身の方がデジタル改革を推進している企業はたくさんあります。それも、非常にうまくいっている印象です。外部からの社員がリーダーになると反発を招きそうなイメージもありますが、案外そうではないんですね。
小山さん
そうだと思います。僕も外部出身ですが、事業の執行責任を負う立場として、事業を変えることは目的ではなく、あくまでも収益を上げるための手段です。だから内部の人の話を聞くし、着実に目標を達成したいからこそ強行突破しようとはしません。エイチ・ツー・オー リテイリングは複数のグループ会社をもっているから、現実から理想までの道のりはなおさら長く、険しくなる。何回かホップしながらゴールまで行こうというくらいの気長さで、デジタル改革に向き合っています。
経営に貢献する「攻めの人事」、鍵はデータの標準化
倉橋
高い理想があるからこそ、一歩一歩着実に進んでいくことが大事なんですね。エイチ・ツー・オー リテイリングさまにおける人事デジタル改革の理想、つまり最終的なゴールはどこにあるのでしょうか?
小山さん
人事部門はマネジメント層から言われたことに応えるという業務の性質上、受身にならざるを得ない面はあるでしょう。でも私は、経営や事業に貢献する「攻めの人事」もあると思っています。そのためにはデータを可視化・標準化して、いざというときに武器として使えるようにしておかなければなりません。
この会社、この事業にはこんなスキルをもつ従業員がいる。だからグループ全体で見たときに、こんなことができそうだ。会社の枠組みを超えて従業員のタレントを見られる人事部門だからこそ、こうした提案ができるはずです。将来的にはたとえば標準化したデータをAIに読み込ませて企画に合う人材を自動で提案してもらう、そんな自動化も検討していきたいです。
倉橋
SmartHRでもAIの研究を積極的に進めているところです。組織として業務の自動化に取り組むとき、どのようなことに気をつければいいのでしょうか?
小山さん
本来なら自動化したい業務を人がやらなければならないのは、やはり不幸だと思うんです。そういう事態を減らすには、データを収集して標準化し、企業として保管するものと事業として保管するものを分別しなければなりません。事業の価値、企業の価値を上げるという共通の目的のもとに、複数の部門が共同で目の前の課題に向き合っていけるかどうか。自動化が進むかどうかは、そこに尽きると思っています。
倉橋
日本企業がAIによる業務の自動化に取り組む際の課題と、具体的な改善策を教えてください。
小山さん
多くの日本企業では、自動化できる業務とそうでない業務の判別ができていないケースがほとんどだと思います。まずはAIの知見をもつ外部の会社に協力してもらいながら、どの業務が自動化できるのか、自動化したときの前提条件は何なのかを洗い出していくのがよいでしょう。
すべてのプロセスを可視化すれば、自動化できる業務の多さに気づくはずです。理由もなく従来のアナログなやり方にこだわったり、部門間でケンカしたりしている場合ではありません。今はもう、自動化できる業務はしなければ生き残れない時代です。各部門が経営目線をもってデジタル化に取り組み、それぞれが本来やるべき業務に集中すべきだと思います。
倉橋
業務のデジタル化や自動化に対して、経営層や人事担当者、部門責任者といったリーダーはどのような姿勢で取り組めばいいのでしょうか?
小山さん
自動化はまだ、少し先の未来に叶えたい「理想」です。こうした理想を追いながらも、目の前で山積みになっている紙の書類をどうしようかという現実を一緒に考えていかなければなりません。
今後新しい従業員が自社を選んでくれること、すでにいる能力が高い従業員が自社に在籍し続けてくれること。それを実現しようと思ったら、人事部門もデジタル化をしない選択肢はありません。私たちにはすでにSmartHRという仕組みがあるので、それをどう活用できるのかを考え、1つひとつ実行に移しているところです。100点満点までいかず70点でもいいから、前に進んでみる。そうしないと道はないですから。
倉橋
本当におっしゃる通りですね。変化の激しい今、企業活動において停滞は命取りになりかねないと思います。業務のデジタル化や自動化、ひいては業務効率や労働生産性の向上に向き合うリーダーに、メッセージをお願いします。
小山さん
リーダーの一番の役割は、責任を取ることです。デジタル化をはじめとする未知の分野への挑戦には、失敗がつきものです。関係者の反発にあい、思うように計画が進まないこともあります。それでもリーダーは、自己責任で目標を達成しなければならないのです。今ある予算、人員の範囲を超えてでもです。
日本企業では、予算内におさめることが目的になっているケースがよくあります。でも、その結果改革が進まず中長期的なPLが悪化したり、優秀な従業員が去ってしまったりしたら、本末転倒です。予算を超えようと、今ここでするべき投資があるならする。人員や知見が足りないなら、外部から借りてきてでもやる。経営陣にそう決断させつつプロジェクトの責任を負うのが、部門責任者の仕事だと思います。
日本企業が次のステップにいくために必要なのは「攻め」の人事、「攻め」のデジタル改革。私も自分自身に言い聞かせながら、壁を1つひとつ乗り越えていきたいと思っています。
当イベントでは、この対談後に登壇者である小山さんのほか、エイチ・ツー・オー リテイリングの社員の皆さん、参加者の皆さん、SmartHR社員による交流会を開きました。それぞれの会社の状況や次の打ち手について意見交換がなされ、大変な盛り上がりとなりました。
SmartHRでは引き続き、ユーザーさんをお迎えしたイベントを実施してまいります。
第一部(講演)のレポート『できることから一歩ずつ。エイチ・ツー・オー リテイリング社が取り組む「デジタル戦略の今と未来」』はこちら