「使いやすい」は褒め言葉じゃない?目指すは「誰もが無意識に使えるもの」
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「使いやすいもの」ってどういうものだろう──?
デジタル製品が普及している現代において、多くの企業が、顧客満足度の向上や競合との差別化を図るために、UI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)に注力し、「使いやすさ」を追求しています。多様なUIが生まれるなかで、はたして「本当に使いやすいもの」とは何か、その定義も多様化してきています。
ここでは、SmartHRのプロダクトデザイン本部VP・宮原 功治さんと、UI/UXデザインのパイオニア・グッドパッチでService/Product Design UnitのGMを務める石井 克尚さんの対談をお届けします。「使いやすい」を考えるうえでのヒントや、その哲学について深掘りしました。
- 石井 克尚 さん
株式会社グッドパッチ Service/Product Design Unit General Manager
SIer、事業会社を経て、2014年にグッドパッチに入社。iOS Developerとしていくつかのプロジェクトを担当後、マネージャーとしてエンジニア組織やデザイナー組織のマネジメントを担う。その後、UIデザイナーにジョブを変え再度プレイヤーに復帰。User Interface Design Unitの組織の統括を経て、2024年9月よりService/Product Design Unitを統括するGeneral Managerに就任。
- 宮原 功治さん
株式会社SmartHR 執行役員 兼 VP of Product Design
イベントオーガナイザー経験後、音楽スタートアップを共同創業しデザイン責任者を務める。2016年以降、プロダクトデザイナーとして複数社のプロダクトデザインを請け負い、その後freee株式会社でサービス開発とデザインシステムの立ち上げに従事。2019年6月にSmartHRへ入社後、プロダクトデザイングループの立ち上げと、コンポーネントライブラリ『SmartHR UI』のリニューアルを主導。2021年1月現職に就任、現在はメンバーの活躍支援や環境整備も担う。
デザインの世界に足を踏み入れた “第1歩”
まずは、石井さんがデザインのお仕事に携わるようになったきっかけを教えてください。
石井さん
私がデザインの仕事に携わるようになったのは、グッドパッチに入社してからのことです。それ以前の会社ではソフトウェアのエンジニアを務め、iOSデベロッパー(iOSアプリの開発者)としてグッドパッチに入社しました。UI/UXデザインに強みをもつグッドパッチに入社したのは、優れたデザイナーとともにプロダクトづくりをしたいという思いからでした。
そこからどのようにデザイナー職に転身したのでしょうか?
石井さん
その後、開発組織のマネージャーを務めることになり、開発組織のなかのデザイナーもマネジメントの対象となりました。それをきっかけにプレイヤーとしてデザイナーの仕事をしたいという気持ちが強くなったのです。
宮原さんがデザインのお仕事に携わるようになったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。
宮原さん
原点は小学生のころにHTMLの書き方を覚え、「構造化したものをデザインに落とし込んでいく」楽しさを体験したことです。そこからデザイナーを目指したわけではなく、大学生のころにはクラブイベントのオーガナイザーとして活動していました。活動のなかで、イベント用のフライヤーを制作したり、ウェブサイトをつくったりなど、少しずつウェブやグラフィックの世界に足を踏み入れていきました。
現在は、SmartHRでどのようなポジションに就かれているのでしょうか?
宮原さん
私はSmartHRのプロダクトデザイン統括本部にてVP(統括本部長)を務めています。部のミッションは「とにかくSmartHRの製品を使いやすくすること」。 統括している部署は主に2つで、1つが「プロダクトデザイン本部」、もう1つがアクセシビリティのスペシャリストやテスターの方々、多言語化対応を担うメンバーが在籍している「アクセシビリティ本部」です。
「使いやすい」を哲学し、因数分解してみよう
ここから本題の「使いやすさ」について聞いていきます。「使いやすさ」って何だと思いますか?
石井さん
僕は「期待と結果がいかに一致するか」だと考えています。たとえば、ある製品を使う前と後でネガティブなギャップが生じると、当然「使いやすい」という感情は生まれないですよね。期待と結果を引き算したときに「0(ゼロ)」になること、それこそが「使いやすい」という状態だと思っています。
宮原さん
逆説的ではありますが、「ユーザーから『使いやすい』とも言われない状態」こそがもっとも「使いやすい」ということですよね。「使いやすさ」の根本的な部分は、「学習コストが低いこと」だと考えています。「ストレスがない状態」とも言い換えられます。
石井さん
「学習コストが低いこと」について少し具体的に聞いてみたいです。
宮原さん
自分もふくめて皆さんそうだと思いますが、それまでの経験や学習をもとに道具やサービスを使っているはずです。まったく新しい触り心地や目新しいUIだと、そのぶん「学習コスト」がかかってしまいます。「新しい使用感」というひとつの経験を積み、慣れて自分のものにするまで学習しなければなりません。学習コストをかけずに無意識に近い状態で使えることが「使いやすい」なので、本当に使いやすいものほど「使いやすい」と言われることは少ないと考えています。
石井さん
まさしく、あるメモアプリで「『使いやすい』とも言われない状態」を体験しました。そもそもメモとは、メモをとる対象を考えながら書くもので、ほかのことは一切考えたくないんですよね。UIがどうだとか、ウィンドウをもう少し大きくすれば……など、余計なことを考えずに「書くことだけに集中できる」アプリなのです。先ほどの言葉で表すと、メモへの期待と結果が「=(イコール)」になっているということです。こうしたポイントが、プロダクトづくりにおいて、非常に重要だと考えています。本当に、きわめてシンプルなメモアプリなのですが、デバイス間の同期もスムーズですし、「何も気にせずに使える」点がすごくよいと感じています。
「普通のものをつくる」それがプロダクトデザインのセオリー
石井さんはクライアントから「使いやすさ」を求められるシーンにおいて定義が難しいこともあると思うのですが、苦労したことはありますか?
石井さん
クライアントワークではあるものの、やはりデザインが向くべきは「エンドユーザー」だと考えていますね。クライアントから「わかりやすいものを」という要望をお受けすることがよくあるのですが、それをそのまま受け取ってUIにつくっていくと、ものすごく説明的なインターフェースに陥ってしまうこともあります。
「わかりやすさ」を考えるときは、そのプロダクトを初めて使う新規ユーザーや、100回、200回と繰り返し使い続けているコアユーザーなど、ペルソナを分けることが大切です。説明的なインターフェースは新規ユーザーにとっては使いやすいかもしれませんが、コアユーザーへの配慮が不十分です。前者と後者の塩梅を的確にとっていくことが重要なのです。
宮原さん
そういう意味でも、プロダクトデザインのセオリーはやはり「普通のものをつくること」なのです。「誰が使っても使いづらくないもの」は、すなわち「普通のもの」です。極端ですが、私は「プロダクトデザイナーを絶滅させたい」と考えています(笑)。誰もが「使いやすい普通のもの」をつくれるべきだと考えていますし、特定の専門家に依存せずとも使いやすい製品を供給できる世界を目指したいです。デザインにはエラーがないので、人の介在は不可欠ですが、意思決定をラクにする仕組みをつくったり、知見をなるべく外に出すことを意識するだけでも、プロダクトデザインのあり方は変わってくるのではないでしょうか。
石井さん
非常に共感できます。私たちはよく「守破離」という言葉を使うのですが、「守」でスタンダード、すなわち「普通のもの」のプレゼンスを保てているからこそ、作家性のような尖った「破」の要素が効いてくるのだと思います。SmartHRのプロダクトは「らしさ」を持ちながらもベースとしては「普通のもの」を貫いていると感じます。「新しいスタンダード」のような感覚を覚えますし、そこに心底感動します。
宮原さん
社内で「デジタルプロダクトデザインのお手本になるような組織にしていけたらいいよね」と、たびたび話しています。石井さんがおっしゃった内容は、その点で非常にうれしかったです。貴重な機会をありがとうございました。