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【2019年4月解禁】人事労務部門が待ちわびた「労働条件通知書の電子化」とは?

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こんにちは、特定社会保険労務士の榊 裕葵です。

2018年8月27日に開催された、厚生労働省の第146回労働政策審議会労働条件分科会で、画期的な規制緩和の方針が示されました(*1,2)。

それは、従来は紙での交付に限定されていた「労働条件通知書」の電磁的方法(メール、PDFファイル等)による交付の解禁です。

本稿では、この度の規制緩和についての解説と、これからの入社手続きフローに関する考察をお届けします。

そもそも「労働条件通知書」とは

労働条件通知書は、労働基準法第15条(労働条件の明示)で定められた書面です。

会社が労働者を新たに雇い入れる際、必ず労働条件通知書を交付することが義務付けられています。

労働条件通知書には、絶対的明示事項として、少なくとも以下を記載しなければならないことになっています。

  • 労働契約の期間
  • 就業場所
  • 業務内容
  • 始業/終業時刻
  • 休憩時間
  • 休日/休暇
  • 賃金の計算方法/締日支払日
  • 解雇を含む退職に関する事項

あらかじめ労働条件を書面で明示することで、雇入れ後に労働条件が一方的に不利益に変更されることから労働者を守ろうとしているのが法の趣旨です。

「労働条件通知書」の交付方法はどう変わる?

労働基準法第15条をもう少し細かく説明しますと、同条では、主要な労働条件について「厚生労働省令で定める方法」により明示しなければならない、と定めています。

2019年4月から規制緩和されると、これまでの交付方法と、どのように変わるのでしょうか。

これまでの「労働条件通知書」交付方法

労働基準法第15条について、これまでの厚生労働省令では、労働条件の明示は「書面を交付」して行なわなければならないと定めていました。これが、「労働条件通知書」という書面の交付が必要になる法的根拠です。

労働条件通知書を書面で交付しなければならないことが、昨今、実務上においては大きな非効率の原因となっていました。

というのも、実務上、労働条件通知書は、雇用契約書で兼用されることが多く、雇用契約書に労働条件通知書の絶対的明示事項と同内容が含まれていれば、兼用すること自体は合法です。

そして、HRテクノロジーが発達する前は、雇用契約書も書面でやり取りされるのが当然でしたらから実務上何の問題もありませんでした。

しかし、現在ではクラウド上で電子署名を取り交わして契約書を締結する技術が実用化され、雇用契約書についても、電磁的方法で労働者と取り交わす会社がどんどん増えてきています。

ところが、電磁的な方法で雇用契約書を取り交わしても、「書面」で労働条件通知書を交付したことにはならないので、労働基準法第15条のルールを守るためだけに、別途、労働者に紙の労働条件通知書を交付せざるを得ないという非効率が生じていたのです。

人事労務部門にはこのような二度手間が発生していました。

これからの「労働条件通知書」交付方法

このような状況の中、2019年4月から電磁的方法による労働条件通知書の交付が認められます。

2018年9月7日に交付された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律の施行に伴う厚生労働省関係省令の整備等に関する省令」によると、以下のように記載されています。

法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。

一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において「電子メール等」という。)の送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)

これにより、先述のようなクラウド上での電子署名による雇用契約書の取り交わしをもって、労働条件通知書の交付の法的要件も満たしたと考えることができるようになります。

国も、労働条件通知書の交付が紙ではなくPDFで行われたからといって、労働者の権利が阻害されることはないと認識してくれたのでしょう。

ただし、1点だけ注意点を申し上げると、電磁的方法による交付は、労働者の同意が必要であり、労働者が紙での交付を望む場合は、紙での交付が必要となります。

労働条件通知書の規制緩和で進む「入社手続き」のペーパーレス化

2019年4月1日は、HRテクノロジーにとって記念すべき日であると私は考えています。“HRテクノロジー記念日”と言っても大げさではないかもしれません。

というのも、労働条件通知書の電磁的方法が認めらることにより、この日から「入社手続きの完全ペーパーレス化(※)」を実現できるようになるからです。
(※ 電磁的方法による労働条件通知書の交付に労働者が同意する場合)

扶養控除等(異動)申告書の提出は、既に、税法や国税庁の通達で電磁的方法による方法が認められていますし、社会保険や雇用保険の資格取得に必要となるマイナンバーや雇用保険被保険者番号などもクラウド上のシステムで回収することに法的問題はありませんでした。

労働条件通知書の交付だけが、唯一、物理的な紙のやり取りが必要な入社時のタスクとして残っていたのです。これまで唯一残っていた労働条件通知書のペーパーレス化をもって、入社手続きはクラウド上のやりとりだけで合法的に完結することになりました。

これを機に、クラウド上で入社時に必要な手続を一気に完結させる仕組みを構築することができれば、人事労務部門の効率化に大いに貢献するはずです。

労働条件通知書交付を含めた「クラウド入社手続き」の具体的フローを考察

とはいえ、ゼロから自社でシステムやフローを構築するのは大変な作業です。

「SmartHR」をはじめとした、クラウド人事労務ソフトの活用が、多くの企業にとっては現実的な選択肢になるでしょう。

クラウド人事労務ソフトを活用した入社手続きにおいて、具体的に以下のようなフローで完結できるようになると考えられます。

  1. 労働条件の電磁的通知とともに、電子署名で雇用契約に合意
  2. 入社手続きに必要な従業員情報をクラウド上で新入社員から回収
  3. 回収した情報に基づき、社会保険・雇用保険の資格取得の申請書を自動作成
  4. 作成した資格取得の申請書をシームレスに電子申請

このように、クラウド人事労務ソフトによって入社手続きがスムーズに行われることで、人事労務部門の大幅な負担軽減につながります。

また、飲食・小売業等をはじめ、有期雇用の従業員が多い企業においては、雇用契約の更新時も大きく効率化されると考えられます。

まとめ

労働人口の減少が叫ばれ、人材難の時代に入っています。

そんな中、人事労務部門が手続きなどの事務作業に追われていては、働き方改革や生産性向上は望むべくもなく、「採用競争力の低下、ひいては企業競争力の低下に直結してしまう」、くらいの危機感を持たなければならないと考えています。

しかし、人事労務部門が、煩雑な事務作業から解放されれば、働きやすさや働きがいを創出すべく、働き方改革の推進やそれに伴う制度・就業規則の見直しなど、付加価値の高い業務と向き合い、注力できるようになります。

これらの取り組みは、早期離職防止やモチベーションの維持向上、採用ブランディングにも繋げることができるでしょう。

「労働条件通知書の電磁的交付が認められるようになった」ということ自体は、労働法全体の中では、とても小さな変化点かもしれません。

しかし、これによって労働条件の通知や雇用契約締結も含めた、入社手続きフローがクラウド上で完結できる時代が到来するのは、とてつもなく大きなインパクトを持った出来事です。

2019年4月1日の“HRテクノロジー記念日”に備え、今この瞬間から、自社の入社手続き業務をどのように効率化していくか、是非とも前向きに検討を始めてはいかがでしょうか。

【参考】
*1:第146回労働政策審議会労働条件分科会  資料No.4 「事業主が行う特定有期雇用労働者の特性に応じた雇用管理に関する措置に関する基本的な指針の一部を改正する件案要綱」(諮問)
*2: 第146回労働政策審議会労働条件分科会 「(追加資料) 報告文案」

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