在宅勤務中の負傷が労災認定されるポイントを社労士が解説
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こんにちは。社会保険労務士の吉田です。
新型コロナウイルス感染拡大の抑制を目的に2020年以降、首都圏を中心に多くの企業で在宅勤務(テレワーク)が実施されました。
その後も柔軟な働き方を重視する社会的背景をうけて、在宅勤務には労働者からの需要があり、新しい「働き方」として受け入れられつつあります。
これまでプライベートの空間だった自宅が職場になるため、在宅勤務中の負傷が労災に認定されるのか判断に迷うケースもあるでしょう。
本稿では、労災の概要を振り返るとともに、在宅勤務中の負傷において、労災に認定されるポイントを解説します。
そもそも労働災害補償制度とは?
まず労災保険について解説します。労災保険制度は、労働者の業務上の事由、または通勤による労働者の傷病などに対して必要な保険給付の実施、あわせて被災労働者の社会復帰の促進などを目的とした制度です。
「うちは個人事業で、月に数日アルバイトの子にきてもらっているだけだから、労災とかは関係ないよ」というわけにはいきません。
労災保険は、労働者をひとりでも雇用すれば、業種の規模の如何を問わず、事業主に加入義務が発生します。つまりアルバイトをひとり雇っただけでも労災保険に加入する必要があり、保険料は全額事業主負担となります。
労災の対象者は「すべての労働者」となります。正社員、パート、アルバイト、日雇い労働者など雇用形態や勤務時間に関わらず「すべての労働者」です。
一方、会社の社長や役員、個人事業主などは対象となりません(ただし一定の条件のもと、任意で加入できる特別加入という制度もあります)。
労災保険が適用される労働災害は、大きく分けて「業務災害」と「通勤災害」の2種類あります。
- 「業務災害」:業務が原因で発生した傷病、事故
- 「通勤災害」:通勤中に被った傷病、事故
労災認定の2つの要件
「業務災害」と認められるためには、その傷病、障害、死亡などが「業務上」の事由によるものである必要があります。
業務上の事由とは、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つの条件を満たす必要があります。
- 「業務遂行性」:労働契約にもとづいて事業主の支配下にある状態
- 「業務起因性」:業務と傷病などの間に一定の因果関係があること
在宅勤務中の労災と認められるケース
ケース(1):在宅勤務中にトイレに行こうとして、怪我をした。
事業所で勤務中の労災事故で意外によくあるケースが、「トイレに行く際、床が滑りやすい状態になっていて転倒し骨折した」などです。
この場合、事業所内の事故であり、また勤務時間中の事故として「業務遂行性」が認められます。さらに、トイレに行くという行為は生理現象であり、それが軽易なものであれば業務中であるとみなされるため、「業務起因性」も認められ、問題なく労災認定されます。
同様に、在宅勤務中にトイレに行く際に、タンスなどに指をぶつけて負傷した場合でも問題なく労災認定される可能性が高いでしょう。
ケース(2):勤務中にコーヒーをこぼして火傷した
肌寒い季節、デスクワークに欠かせないのが熱いコーヒーですね。キッチンでコーヒーを淹れデスクに運ぶ際に、こぼして火傷したといったケースはどうでしょうか。前述したトイレと同様に飲水なども生理現象と考えられますので、このようなケースでも労災認定される可能性が高いです。
ケース(3):テレワーク中に、子どもが投げたオモチャが当たり負傷した
実際にこのようなケースで負傷した場合、「さすがにこれは労災は認められないだろうな…」と判断してしまいがちですね。しかしながら、小さいお子さまのいる家庭では、目の届く範囲で子どもを遊ばせながらテレワークに従事せざるを得ないケースも十分に考えられ、子どもの行為による負傷も労災事故として認められる可能性は高いと思われます。
一方、業務中に子どもにせがまれ、ちょっと一緒に遊んでいた際に負傷をしたケースなどは、「業務遂行性」を満たさないため、労災とは認められないでしょう。
在宅勤務中の労災と認められないケース
では、在宅勤務中の労災として認められないケースには、どのようなものがあるのでしょうか。ポイントは「要件を満たしているか」になります。
ケース(1):昼休憩に外出中の負傷
昼休憩中、近くのコンビニにお昼ご飯を買いに行く途中で交通事故にあった場合、仕事場である自宅を離れていますので、事業主の支配下にあるとはいえず、「業務遂行性」を満たさないため、労災とは認められません。
ケース(2):在宅勤務で腰痛が悪化した
テレワークでは、座りっぱなしのデスクワークとなることが多いですね。長時間椅子に座っての業務によって腰痛が発症、または悪化した場合、労災は認められるのでしょうか。
腰痛が労災認定されるためには、厚生労働省が定めた「業務上の腰痛の認定基準」を満たす必要があります。たとえば、腰痛の原因が、
- 仕事中の突発的な出来事によって生じたと明らかに認められること
- 約3か月以上にわたり、20㎏以上の重量物を繰り返し中腰の姿勢で取り扱う業務に従事したこと
などといった要件を満たす必要があります。
本ケースのような「長時間座ってのデスクワーク」という理由のみでは、腰痛が労災認定されることは難しいでしょう。
ケース(3):在宅勤務中に新型コロナウィルスに感染した
在宅勤務中の感染は、感染経路の特定が困難なため、業務との関連性の立証が難しく、労災とは認められにくいです。
在宅勤務のルール整備が労使双方にとって重要
以上、在宅勤務における労災認定のポイントを解説してきました。注意すべき点として、在宅勤務での労災認定は、労災認定がされにくい側面があります。その理由は、事業所での勤務時に比べ「業務遂行性」と「業務起因性」の証明が困難なことや、仕事とプライベートが混在していることから、客観的な線引きが難しい点が挙げられます。
在宅勤務時の万が一の事故に備え、以下のような在宅勤務時におけるルール整備の推進が望ましいでしょう。
勤務内容の記録
在宅勤務時の労災認定をスムーズにするには、勤務内容の客観的な記録が重要です。
仕事に使うパソコンなどの情報通信機器の使用状況や、上司や取り引き先とのメール履歴をできる限り詳細に保存しておくことや、労災の可能性がある事故が発生した際に、災害発生状況を可能な限り詳細に記録してもらうことを労働者に周知し、その方法などをルール化しておきましょう。
業務時間と私的時間の区別
在宅勤務時は、仕事とプライベートが混在しているため、その把握と区別を明確にする必要があります。
家事や育児をするために、いつ仕事を中断し、復帰したのかを、メールや日報など、記録に残る形できちんと把握できるよう、ルール化しておきましょう。
就業場所の特定
「業務遂行性」および「業務起因性」を明確にするために、在宅勤務時の就業場所のルールを定めておくことが重要です。
小さい子どもがいて業務に集中できないため、近所のカフェで仕事をするケースもあり得ます。
会社としてそのような働き方を容認するのか、しないのかも含め、就業規則などで、在宅勤務時の就業場所を規定しておくことも重要です。
従業員が負傷することは企業にとっても、本人にとってもマイナスです。不明瞭になりがちなこのようなポイントをできる限り、ルール整備によって解像度をあげることが企業には求められます。それによって従業員が労働災害に悩むケースの軽減につながり、企業としても労働力低下を遠ざける結果になるでしょう。