「ステルス残業」の労使デメリットと残業時間削減の具体的ポイント
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こんにちは。特定社会保険労務士の榊 裕葵です。
働き方改革時代、真っ只中の昨今。各社の課題に基づき、様々な改革施策に取り組まれる企業が増えてきました。
しかし「働き方改革」自体は魔法の言葉でも、魔法の施策でもなく、それを唱えたところで、長時間労働を始めとした各種の課題が瞬く間に解決されるというワケではありません。
そんな折、事業モデルや業務フローの見直しなど無きまま目先の残業時間削減に走った挙句、成果と時間の板挟みになり、「ステルス残業」という目に見えない形で残業が発生するケースもあるようです。
今回は、その「ステルス残業」にフォーカスし、この問題と解決策を考察したいと思います。
ステルス残業は「最悪」・・・、そのデメリットとは?
まず端的に申しあげますと、「ステルス残業」は社員にとっても会社にとっても最悪の残業です。
「ステルス残業」とは、社員がこっそり会社に残ったり、ノートパソコンを自宅に持ち帰ったりして、会社の目につかないところで行う残業です。
いわゆる「サービス残業」の一種ですが、「会社の目の届かないところで行うサービス残業」とイメージすれば分かりやすいかもしれません。
社員にとってのデメリット
社員にとってのデメリットは次の通りです。
- ステルス残業時間分の残業代が出ない
- ステルス残業中に労災にあっても業務災害である立証が困難になる場合がある
- 過労死や過労でうつ病になった場合、ステルス残業部分の労働時間を立証することが困難になる
会社にとってのデメリット
そして、次に会社にとってのデメリットです。
社員が自発的に無償で残業をしてくれるのならば、経営者やマネージャーにとっては良いことしかないように思えるかもしれませんが、一昔前ならばともかく、昨今は会社にとっても決して良いことではなく、むしろ先程申し上げたように最悪の残業といっても過言ではないでしょう。
- 本当の労働時間を把握していなければ、社員の健康管理や業務負荷の把握ができない
- 自宅やカフェにパソコンや書類を持ち出した場合、紛失や情報漏えいのリスクがある
- ステルス残業をすることが当然の社風になると、業務効率化へのモチベーションも下がってしまう
このように、ステルス残業は社員にとっても、会社にとっても「百害あって一利なし」の行為ですので、会社がステルス残業を推奨するのは論外として、容認することもせず、意識をしてステルス残業の発生を防止していかなければなりません。
ステルス残業を発生させないための3つのポイント
それでは具体的に、どのようにステルス残業を防げば良いのでしょうか?
ステルス残業を発生させないためのポイントは3つあります。
1. 事前承認制にし、更に残業を見える化
第1は、残業の「見える化」です。
残業を自己申告制にしたり、上司が不在の場合は事後申請を認めたりという労務管理をしている会社を少なからず見かけます。
しかし、自己申告制では、運用的な面や、社員の心理面も踏まえると、どうしても正確な残業時間を把握することは難しく、逆に言えばステルス残業の温床になってしまいがちです。
ですから、基本的に残業は上司による「事前承認制」とすべきです。上司が出張で不在の場合は、代理の人が承認をするようなルールにしたり、最近はクラウド上で残業承認ができる就業管理ソフトなども登場していますので、そのようなソフトを導入することで、上司が出張先からなどでも残業承認をできるような仕組みを整えることも可能です。
承認を受けていないのに定時後も会社に残っている社員がいたら、すぐに発見できますので、残っている理由を確認したり、帰宅を促すようなこともできます。
2. PC等の無許可持ち出し禁止、起動時間のログ管理も抑止効果アリ
第2に、パソコンや業務ファイルの「無許可持ち出しを禁止」することです。
昨今はワークライフバランスの観点から、多様な働き方を認めていくことが大前提にありますから、ステルス残業を防止するためにパソコンの社外への持ち出しや、テレワークを一律に禁止するのは本末転倒です。
ですから、社外で仕事をする場合には、事前に上司の許可を取り、パソコンや業務ファイルなどを社外へ持ち出す場合は、何を持ち出すかも含めて上司の許可を取るような仕組みにするのです。
そして、社外でパソコンを起動した時間を把握できるようなアプリを導入し、事前に申請された社外での労働時間とパソコンの起動時間にギャップがあった場合には、その理由を確認することで、申請時間以上の労働を行った場合の事実確認をしたり、そのようなアプリで時間管理をしていることをあらかじめ周知することで、社外でのステルス残業を抑止する効果もあります。
また、社外に持ち出すノートパソコン自体には基本的にはデータを置かず、クラウド上や社内サーバーにアクセスする形で仕事を行い、万一パソコンを紛失したり盗難にあった場合でも容易に情報を抜き出されないよう、パスワードや指紋認証などで機密保持や個人情報の保護にも万全を期したいものです。
3. ステルス残業禁止に対する「経営者のコミット」
第3は、ステルス残業を禁止することに、経営トップがコミットすることです。
ここまで説明をしてきたような、残業の事前申告制や、社外へのパソコン等の持ち出しを禁止するといったルールを制定しても、それが単なる「掛け声」のレベルにとどまっていたら、社内の各部署や上司の考え方によって取組みに温度差が生じる可能性があります。
更に、強制消灯後に懐中電灯の明かりでこっそり残業をするとか、仕事に必要な情報を自分の個人メールに送信して家のパソコンで仕事をするとか、不毛な「イタチごっこ」も生じてしまいます。
ですから、ステルス残業の禁止は、冒頭で説明したような社員にとっても会社にとってもデメリットであることを全社共有の認識とするため、経営トップの社長や、最高人事責任者であるCHROから、強力に落とし込んで推進していくべきです。
本当に徹底させるならば、ステルス残業を行った社員や、ステルス残業を見て見ぬふりをした上司には、就業規則違反として始末書を書かせるなどの懲戒処分の対象とすることも考えられるでしょう。
違法な残業に対する労働基準監督署の取締りはかつてないほど厳しくなっていますし、それらの違法な残業によって過労死や健康障害等に繋がっているケースがあることは、説明不要です。
ステルス残業の禁止を含めた、残業に関する労務問題は重要な経営課題として認識していかなければなりません。
残業削減は重要な経営課題
ここでステルス残業の問題をもう少し掘り下げ、そもそも「なぜステルス残業が発生するのか」ということを考えてみましょう。
この点、やはり「仕事を完成させなければならない責任感」と「うちの会社は残業の上限が40時間というルールだから」というような、仕事と時間の板挟みの中で打開策としてステルス残業を選択したり、あるいは、「こんなに時間がかかってしまうのは自分が未熟だからであって、残業代を請求するのが申し訳ない」というような社員の真面目さが起因となり発生しているのではないかと私は思います。
ですが本来は、時間内に終わらないような分量の仕事を与えたり、その社員がこなせるレベルを超えた仕事を与えてしまっている会社に責任があると考えなければなりません。
これまでがむしろ「異常」であり、会社は、社員の「やる気」「真面目さ」「会社愛」といったものに助けられたり、支えられたりしていたのだと思います。
会社により課題は異なる。自社の課題を分析し自社に適した解決の模索を
これからの時代、そのような社員の好意に甘えることは許されず、正しく労働時間管理を行っていかなければなりませんから、会社として取るべき道は、ステルスであるかどうかに関わらず、「残業」そのものを削減していくこと以外には無いのではないでしょうか。
ステルスではない残業であっても、育児や介護などの理由で残業が難しい社員はこれから増えてくるでしょうし、そもそも労働時間が長い会社は就職先として避けられますから、社員の採用や、離職率の低減という点においても、残業の削減は重要経営課題になってきます。
とはいえ、業種や会社の規模によって事情は様々なので、「こうすれば残業を減らせる」ということを一概にこの場で述べることは難しいです。それぞれの会社にマッチした業務効率化の方法は、社内で知恵を絞ったり、その業界に詳しいコンサルタントの支援を受けたりして、見出していかなけばなりません。
バックオフィス業務は効率化の余地が多い
ただ、少なくとも私が申しあげられるのは、どの会社にも共通して存在しているバックオフィス業務に関しては、「手書きの出勤簿をやめて電子タイムカードにしてみる」「給与明細のWEB化で、明細を印刷したり配布したりする手間を削減する」「手書きで書いて役所に郵送していた社会保険や雇用保険に関する書類を、WEB上で作成し電子申請に変えてみる」といったように、IT技術の進化やクラウドソフトの活用で、大幅かつ即効性の高い業務の効率化が実現でき、多くの会社で残業削減に役立っているということを、日々の実務の中で実感しているということです。
残業削減にどこから手を付けて良いか分からない場合、まずはバックオフィスの効率化から始めてみるというのはいかがでしょうか。
まとめ
社員の長時間労働に頼らなければ成り立たない事業は、これからはどんどん厳しくなっていくと思います。
「ステルス残業」がいちど問題化すると、労基署の指導や裁判所の判決により、会社が存亡の危機に陥るほどの多額の残業代を精算しなければならない場合もありますし、今は、良い情報も悪い情報もインターネットですぐに広がりますから「あの会社は長時間労働が蔓延している」という噂が立てば、採用活動にも支障をきたします。労働人口が減少していく時代にあって、大きなデメリットとなってしまいかねません。
また、違法な長時間労働を行ったとして、労働局より社名公表処分を受けるようなことがあれば、企業イメージには重大な影響が生じるでしょう。こうなると採用はおろか事業そのものに大きな打撃を与えます。コンプライアンスを徹底し、このようなリスクは避けなければなりません。
もし、自社でステルス残業が発生しているという事実があれば、まずは一刻も早くそれを解消しましょう。そして、ステルス残業を撲滅したならば、次のステップとしては、残業時間自体の削減を推進していってほしいものです。
長時間労働が前提の事業モデルや業務フローになっているのであれば、これを直ちに是正し、持続可能な成長を遂げられるよう再構築していくべきではないでしょうか。