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メンタル不調になる前に。人事ができる「モヤモヤを拾う場所」づくり

公開日
目次

多様な考え方や働き方が一般化した現代において、企業で働く人たちに向けたメンタルケアの在り方も変わってきています。法で義務付けられた産業医やハラスメント相談窓口の設置だけでは拾いきれないモヤモヤにどう対応したらいいのか。より個人に寄り添い、現状の仕事だけでなくその人の人生を受け止めるようなカウンセリングが求められています。

今回お話を伺ったのは、働く人のさまざまな悩みに寄り添うオンライン相談窓口「Smart相談室」のCEO 藤田康男さん。2024年6月21日に書籍『社員がメンタル不調になる前に』を上梓した藤田さんに、企業におけるメンタルケアの実態や、カウンセリングを活かした健康経営のポイントを聞きました。

藤田 康男

株式会社Smart相談室 代表取締役・CEO

関西学院大学 総合政策学部、一橋大学大学院 商学研究科 経営学修士コース(MBA)卒業。 医療系事業会社で事業開発、組織マネジメントに従事。その経験から従業員の成長に課題感をもち、2021年2月株式会社Smart相談室を設立。これまでのマネジメント経験から、従業員のメンタル不調に関して課題を感じ、独自の視点から、課題に対するソリューション「Smart相談室」を提供中。働く人の「モヤモヤ」を解消し、「個人の成長」と「組織の成長」を一致させることで社会に貢献したいと考えている。

従業員は「個人」。企業が個人をサポートするために相談窓口が必要

藤田さん

最初に、「Smart相談室」について伺えますか?

藤田さん

メンタルケアからコーチングまで従業員が自由に何でも相談できる、法人向けオンライン対人支援サービスです。産業カウンセラーや国家資格キャリアコンサルタントなどのさまざまな相談員がおり、一人ひとりの悩みにとことん寄り添っています。

この度、書籍『社員がメンタル不調になる前に』を出版されました。上梓に至った経緯を教えてください。

藤田さん

日頃から、Smart相談室の想いや世界観をクライアントに伝えているのですが、「メンタルの調子が悪くなる前に対応することが大事だ」というお話をすると、皆が共感してくれるんです。それなのに市場には調子が悪くなった人のためのサービスが多く、調子が悪くなる前に対応できるサービスは少ないのが現状です「調子が悪くなる前に対応することが大事」という考えに共感してくれる人だけではなく、さらに多くの人にこの考え方を知ってほしいと思い、出版という形を選びました。

書籍「社員がメンタル不調になる前に」の表紙画像

すでに、法で義務付けられた産業医相談やハラスメント窓口などを設置している企業も多いと思います。そのなかで、「Smart相談室」を立ち上げた背景を伺えますか?

藤田さん

起点には僕の原体験があります。これまで業務に取り組むなかで、突然辞めてしまう人や調子が悪くなる人を見てきました。その人たちを救いたかったのです。

これまでも企業内の相談機能はありましたが、人事から促されても、なかなか従業員が相談に行かないこともあります。なので、まずは企業の仕組みとして、気軽に相談できる場を作ることが大事だと思いました。

もうひとつ。従業員は人事から見ると「従業員」ですが、逆の目線で見ると、従業員一人ひとりはあくまで「個人」。それぞれの人生があり、その一部を使って企業で働いているのです。だから、企業も「個人が企業に協力してくれている」と見方を変えると、対応も変わってくるはずだと思ったんです。

規則で縛るのではなく、想いをもとに企業に共感してもらう。そのお返しとして、企業からできることはないかと考える。そういう方法でないと、企業と従業員の関係はうまくいきません。企業として個人をサポートするために提供できる「何でも相談できる場」の手段としてSmart相談室を使ってほしいと考えています。

ハラスメント窓口や弁護士の窓口など、相談窓口があっても、企業がルールとして設置しただけではほとんど使われません。働いてくれている従業員という「個人」へのお返しとして窓口を設置することが大切です。

深刻な悩みは意外と少ない!?“モヤモヤ”段階の相談がメンタル不調を防ぐ

実際にSmart相談室のような「気軽に相談できる場」に寄せられる悩みは、どういったものが多いのでしょうか?

藤田さん

まず、寄せられる質問のなかで、「これは深刻な状況だな」と感じる内容は意外にもごくわずかです。多い悩みとしては、仕事とプライベート、モヤモヤしてよくわからないことの3軸が入り乱れています。企業の問題だと明言できる悩みであればわかりやすいのですが、そういうわけでもないんです。

たとえば「一緒に住んでいる彼氏が皿洗いをしてくれない」とか「姑とうまくいかない」とか。他には「ハラスメントって言われたけど、どうしたらいいのか」とか「マネジメントの仕方がわかりません」といったものもあります。

今まではそのモヤモヤした段階の相談を拾えていなかったのが企業の現状だと思います。

そういったモヤモヤ段階の相談を拾うことはなぜ必要なのでしょうか? 

藤田さん

私たちの多くは、実はメンタル不調に自分で気づけません。悩んでいる本人もモヤモヤと病気の境目がわからず、それが悪い状態なのか判断できないんです。だから、原因云々よりとにかく相談してもらうこと、話をしてもらうことで、早く対策が取れるケースもあります。

前述のようなわずかな悩みを放置してしまうと、従業員個人のメンタル不調の原因になりえます。一方で、モヤモヤには一時的に発生するような悩みや、早めに相談してくれたらなんとかできる悩みが多いので、その時点で適切なサポートがあれば乗り越えられます。だからこそ、気軽に相談できる窓口を設けて、モヤモヤにしっかり対応することが、従業員のメンタル不調対策には効果的です。

藤田さん

わずかな悩みの段階で拾うことが大切なのですね。とはいえ、悩みの内容によっては、相談しても問題自体が解決しないケースもあるかと思います。そういった場合は、どうするとよいのでしょうか。

藤田さん

相談と解決はセットではありません。まずは相談し、相談者自身がモヤモヤを話すことに意味があるんです。相談者が自身の悩みを認識し、モヤモヤをモヤモヤとして受け止められるようになるだけで違ってきます。

解決するのはもちろんよいことです。でも、ずっとモヤモヤしているということは、解決が難しい悩みなのかもしれません、あるいは「解決したい」と思うのに解決しようとしない自分がいるから、モヤモヤしちゃうんです。そういった悩みは、「解決しないまま、いかにつかず離れずやっていくか」「成長に合わせて自分の価値観を合わせていけるか」といった相談者自身が自分の内面を見つめ直す方が大事なんだと思います。

極端にいうと、相談を受ける側が何も言わなくてもよい。「なるほどね、そういう風に思ってるんだ、気持ちわかるよ」と相談を受ける側が受け止める姿勢を見せれば、相談者も自己受容しやすくなります。

実際にSmart相談室のアンケートを見ると、8割以上の方が相談するだけで「だいぶ楽になった」とおっしゃいます。まずは、相談者が自分の今の状況についてきちんと受け止める、理解する、自己受容する場を設けること。それがメンタル不調を防ぐ第一歩だと思います

その繰り返しで相談する行為が当たり前になり、「相談はメンタルにとってよいことなんだ」と従業員自身が思えたら、メンタルの調子も回復に向かい、問題の解決を考えるなど状況を変えられる状態になります。

効果的なメンタルヘルス対策とは?

人事労務の担当者が従業員のメンタル不調に向きあうために必要な心構え

ここからは人事労務担当者の実践についてお伺いします。まず、気軽に相談できる窓口を作るにあたっての心構えはありますか?

藤田さん

「相談がこないのは、相談しづらいからだ」という意識は必要です。従業員はなにかしらのモヤモヤを抱えている可能性が高い。ですから相談が少ない場合は、悪いことが起こっていないのではなく、「相談しにくい」と思われていることを再確認するのが重要かと思います。

また、相談したことが漏れないことも大切です。たとえば「守秘義務があるよ」と言いつつも、窓口に相談した次の日に上司から声をかけられると不信感がつのりますよね。そういった従業員が信頼できる要素を担保したうえで、実際に使った方の気持ちが楽になれば、今度は相談した人が周りの人に勧めてくれるので、相談窓口の利用者が増えていくでしょう。

もし、人事労務の担当者が従業員からの相談を受けた際は、どういう心がけをするとよいでしょうか。

藤田さん

相談を断らず時間を取ること、これが最も大切です。それから、必ず終了時間も決め、その決めた時間だけは相談者のために使うという意識をもってください。つい何かアドバイスをしたくなるかもしれませんが、自分が何かをするのではなく、相談者さんが何かを言う時間、何かをする時間だと意識して相談を聴くとよいですね。

従業員の悩み相談を受けやすい人事労務担当者は負担も大きいと思います。その負担を軽減する方法はあるのでしょうか?

藤田さん

人事労務担当者も1人の「個人」です。従業員がモヤモヤを抱えるように、人事労務の方もモヤモヤを抱える。それを解消することが大事です。

単純ですが、外部の相談窓口に頼ることは有効です。人事労務担当者の業務は担当者以外に言えない情報を多く扱います。社内の人間に相談しづらいモヤモヤが多く発生しがちだからこそ、外部窓口を有効活用しましょう。

そして、そもそも調子が悪くなる従業員を出さないことが大切です。従業員の悩みをモヤモヤの段階で解消することは、もちろん従業員のためでもありますが、巡り巡って人事労務担当者のためにもなるんです。

藤田さん

相談窓口の設置以外に、従業員の変化を事前にキャッチする方法はありますか?

藤田さん

たとえば、従業員が自身の状態を定期的に回答できるサーベイの実施も有効です。同じ事象でも人によって反応が違いますし、同じ人でも時期やそのときの体調によって反応は異なります。ですから、1回ではなく定期的に実施し、定点観測をすることが重要です。一人ひとりのメンタル不調のサインを見るのは大変ですが、やった方がよいいことです。

今日からできるサーベイ活用法

藤田さん

もしくは、従業員が自分の状態を把握できるようにする仕組みを作る方法もあります。たとえば、前述のサーベイや、自由に何度でも受けられるSmart相談室ストレスチェックを利用して、回答する従業員自身が自分の変化に気づく状態を作ることもできます。ラインケアが重視されがちですが、セルフケアの環境整備も重要です。

従業員個人のキャリア開発にも、自社の状況にとらわれず相談できる窓口が必要

メンタル不調前の解消以外にも社外の相談窓口が果たす役割があれば教えてください。

藤田さん

今の世の中は労働市場の流動性も高まっており、「企業が雇用しているのは、その人の人生の一部分だ」というのが実態です。そう考えると、キャリアパスの相談窓口が社内にしかないというのは無理があると思います。たとえば、「10年後に海外行きたい」と思っている人が国内にしか事業展開していない企業で働いていたら、上司に「海外に行きたいです」とは言いづらいですし、企業としてもキャリアアドバイスが困難です。その1企業での経歴だけではなく、人生を長い視野で一緒に考えてくれるような社外の相談窓口がないと、個人のキャリアをサポートしきれません

そういったキャリア相談できる相談窓口は転職を助長してしまわないのでしょうか?企業にとってもメリットはありますか?

藤田さん

Smart相談室の事例でいえば、実際には「転職したい」という相談はほとんど来ません。「転職したい」と心が決まっている人ではなく、その前段階の「私は今後の人生をどうすればよいか?」というモヤモヤを抱えている人から相談が来るため、転職に限らず今の会社でも活躍できる可能性も考えたキャリアカウンセリングとして相談を受けます。

キャリアカウンセリングの結果、従業員自身が「今の企業・部署でがんばろう」と思える、あるいは自社内で異動する可能性を見い出せれば、個人のウェルビーイングを実現できるだけでなく、仕事のパフォーマンスアップも期待できます。相談してもらうことで、個人の成長と企業の成長を合致させられる可能性があるので、キャリア開発視点でも「気軽に相談できる場」は大切です。

人事労務担当者が「個人」として自分の可能性を考えることが、従業員の幸せにもつながる

藤田さん

最後に、従業員のメンタル不調に向き合う人事労務担当者へメッセージをお願いします。

藤田さん

人事労務の方には「人がよい」人が多いと感じます。それに、企業の人事としての自分を演じないといけない立場でもあります。たとえば、体調が悪い従業員がいたとして、本人は復帰したいと言っているけれども、客観的に見て復帰させられる状態ではない。それでも、企業のルール上、これ以上は休ませられないという状況の場合、自分の気持ちと、人事労務の担当者として伝えないといけないことが違いますよね。そういった葛藤を抱えていると思うんです。

ですから、人事労務担当者も会社に寄り添いすぎないバランス感覚をもって、自分のキャリアの展望など、さまざまな可能性を考えてください

視野を広げることで従業員のこともさらに理解できるようになり、人事労務担当者も従業員もそれぞれ「個人」として幸せになれると思います。

書籍『社員がメンタル不調になる前に』では、「モヤモヤ」の正体や、実際のカウンセリング現場での相談事例、人事労務担当者のあるべき姿について、さらに詳しくご紹介しています。ぜひご覧ください。

執筆:兼田 美穂
撮影:春日井 洋一・斉藤 拓海

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