人事労務業務のテレワーク移行におけるよくある課題と対策とは?社労士が解説
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こんにちは。社会保険労務士の飯田弘和です。
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大の影響もあり、テレワークを検討する会社が増えています。
テレワークを導入するのであれば、働き方に関するルールの設定やICT環境の整備、セキュリティ対策などを徹底した上で実施すべきです。本来であれば、実施にあたって、まずは一部の部署・一部の従業員を対象に試行導入して問題点をあぶり出し、その後に本格導入するといったスケジュールを組みます。
しかし今、このような状況下でテレワーク導入を急がれている会社が多いことから、導入に向けての労務管理上の押さえるべきポイントをQ&A方式で示していきたいと思います。
今回は、テレワークの中でも、在宅勤務での人事労務業務について解説します。
【Q1】テレワーク導入の手続きは?
Q1:テレワーク導入にあたって必要な手続きを知りたいです。
A1:テレワーク導入にあたり、法的に義務付けられた手続き等はありません。
ただし、テレワーク勤務者用の始業・終業時刻を通常勤務者とは別に設ける場合や、手当等が変わる場合、従業員が通信費等の費用負担をする場合等には、就業規則の変更が必要になります。
また、人事労務部門のテレワーク移行については、各種労務関係の手続きについて電子申請が導入されていることが必須でしょう。加えて、テレワークの基本方針やルールの作成、従業員への周知や必要に応じた研修等も明確にしておきましょう。
【Q2】全従業員をテレワーク対象にすべき?
Q2:全従業員をテレワークの対象者としなければならないのでしょうか?
A2:「業務のどこまでの範囲をテレワークの対象にするか」という問題があります。
今はまだテレワーク移行が難しい業務もあるはずです。そのため、どの業務をテレワークの対象にし、どの業務をテレワークの対象外とするか、まずはそこを明確にしておかないと、テレワーク導入後に業務が滞ってしまう可能性があります。
また、テレワーク可能な業務であっても、そこに従事するすべての従業員にテレワークを行わせるかは十分に検討すべきです。
たとえば、入社数ヶ月の従業員が、上司等の直接の指示やアドバイスを受けられない中でテレワークを行うのは難しいでしょうし、担える業務もかなり限られたものになるでしょう。
担当業務へスキルをある程度有するメンバーでなければ、業務がスムーズに進んでいきません。遠隔での指示や助言は、職場での業務よりはるかに労力や時間を要する場合が多いです。本人の成長スピードにも影響するでしょう。
さらには、在宅勤務者にあっては、自宅が仕事に集中できる環境であることはもちろん、働きやすさの面以外にも、セキュリティを確保できる環境が求められます。
仕事の合間に家事を行い、家事の合間に仕事を行うといった働き方では、仕事の効率も質も低下します。
家族等が仕事中に業務作業を行っている部屋に出入りできるようでは、情報流出の危険性が高まります。
上記を勘案して、会社がテレワーク対象者を個別に選別・指名できるようにしておくのがよいでしょう。
人事労務だけでなく、全社のテレワーク移行時に気をつけたいポイントについては以下の記事をあわせてチェックしてください。
【Q3】テレワークの労働時間管理は?
Q3:テレワークでも、会社は労働時間の管理を行わなければならないのでしょうか。
A3:テレワークの勤務者にも、労働基準法は適用されます。
したがって、事業主には、労働時間の把握義務がありますし、残業代や深夜労働の割増賃金を支払う必要があります。
では、どのようにして労働時間を管理していけばよいでしょう。
「事業場外みなし労働時間制」の利用
ひとつの方法としては、「事業場外みなし労働時間制」を利用することが挙げられます。これは、事業場外で業務を行い、事業主が労働時間を把握することが難しい場合に、所定労働時間働いたものとみなす制度です。外勤の営業職などに適用している会社も多いのではないでしょうか。
在宅勤務に事業場外みなし労働時間制を利用するには、以下の4つの要件を満たさなければなりません。
- 労働時間の算定が難しいこと。
- 業務が自宅で行われること。
- 使用者の指示で、パソコンが常時通信可能な状態になっていないこと。
※単に回線が接続されているだけで、労働者がPCから離れることが自由である場合などは「通信可能な状態」には該当しません。 - 作業が随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。
※業務の目的・目標・期限などの基本的事項を指示することは「具体的な指示」には該当しません。
この4つの条件を満たせば、在宅勤務者の実労働時間に関わらず、所定労働時間働いたこととみなすことができます。
ただし、所定労働時間を超えて働くことが必要な業務については、その業務を行うのに「通常必要とされる時間」働いたものとみなします。
「事業場外みなし労働時間制」を利用しない場合
しかし、最近では通信機器の発達により、PCのログ等から労働時間の算定が容易にできるようになりました。そうなると、「1. 労働時間の算定が難しいこと」に該当しない可能性があります。
1. に該当するには、「労働時間の算定をしない」のではなく「労働時間の算定ができない」ことが必要です
「事業場外みなし労働時間制」の適用が否定されれば、遡って実労働時間の算定をし直し、未払いの残業代等があれば支払う必要があります。これは事業所にとって、潜在的なリスクです。
そういったリスクを考えるのであれば、PCのログやクラウド勤怠管理ソフトから、しっかり労働時間を管理していくほうが良いと考えます。
「事業場外みなし労働時間制」の他に「裁量労働制」を利用するという方法もありますが、裁量労働制の利用要件は厳しく、限られた業務にしか利用できません。また、労使協定書や労使委員会の決議書等の労働基準監督署への届け出義務もあります。
本件の詳細は厚生労働省による「情報通信技術を利用した事業場外勤務の 適切な導入及び実施のためのガイドライン」をご一読ください。
【Q4】テレワーク時の始業・終業時間の管理は?
Q4:始業・終業時間の管理をどのように行うべきでしょう。
A4:一般的には、通常業務と同様の始業・終業時間とすべきです。
なお、在宅勤務者用の始業・終業時刻を別途定める場合には、就業規則に記載する必要があります。
始業時や終業時には、会社に連絡を入れるようなルールにしておくのがよいでしょう。連絡方法がメールなのか電話なのかチャットなのかは事業所ごとに定めるとしても、連絡を入れることで、在宅勤務者が仕事とプライベートの区別を意識できます。
在宅勤務でも割増賃金の支払は必要
また、在宅勤務であっても、時間外労働や深夜労働については割増賃金の支払が必要となります。在宅勤務では、深夜に家族が眠ってから業務(作業)を進めたり、ついつい長時間の業務になったりしやすいです。ですから、原則残業を禁止し、所定労働時間内の業務作業としている事業所も多くあります。
残業代支払いのコストの面からも、労働者の健康管理の面からも、原則残業等を禁止することが理想的です。
どうしても残業等が必要な場合には、事前に申請するような仕組みを整備しておくとよいです。労働者の都合で始業・終業時刻を所定の時刻よりも繰り上げたり・繰り下げたりする場合にも、申請を義務付けましょう。
残業の妥当性があるかないか、業務効率等を見直せる要素がないかなどを把握する目的でも、その日の業務の振り返りなどを実施すると効果的です。
テレワークでは、事業主の目の届かない場所での業務となります。そういった環境下でも、従業員がより生産性高く働けるようにするために、組織にとってフィットするルール作りを追究してみてください。
【Q5】テレワーク時のセキュリティ上の注意点は?
Q5:セキュリティに関して、どのような点に注意が必要でしょうか。
A5:ハード面については、事業所が整備すべきです。セキュリティについては専門的な知識が必要となるので、社内の情報システム部門や社外の専門家等のアドバイスを受けながら整えていくことを推奨します。
社内でできることとして、在宅勤務者がアクセスできる社内情報・業務情報をどこまでにするかを定め、在宅勤務者自らに「利用する情報資産の管理責任があること」を理解してもらうための教育や啓発活動を実施するとよいでしょう。
不適切な利用がないか、PCやスマートフォンなどの利用端末の利用状況や利用環境をチェックする仕組みづくりも合わせて必要です。いざという時の連絡体制も整えておきましょう。
きちんとしたセキュリティルールの作成と、ルールを破ったときのペナルティについても、懲戒処分規定とひも付けて定めておくことが重要です。
特に、人事労務業務に関しては、従業員の個人情報を相当数扱うことになるため、より徹底した管理が必要です。
【Q6】テレワーク時の通信費や電気代などは会社が負担すべき?
Q6:在宅勤務における通信費等の費用は会社が負担すべきでしょうか。
A6:必ずしも、会社が費用の全額を負担する必要はありません。
ただし、会社が負担する費用と労働者が負担する費用とを明確にしておく必要があります。
主な費用としては、以下のようなものが考えられます。
- 通信費
- 文具・備品代
- 会社宛ての宅配便費用
- 水道光熱費
このような費用を会社が負担する場合、実費での負担をする方法と、定額で手当として支給する方法が考えられますが、定額で手当として支給する場合には、その手当は割増賃金の算定基礎に算入しなければなりませんので注意が必要です。
また、在宅勤務するにあたって、新たに通信回線を引く必要がある場合、その工事費等の問題も出てくるので、事前にどこまで支払うかを定めておくとよいでしょう。
【Q7 】テレワーク期間中に通勤手当を支払う必要はある?
Q7:通勤手当は支払わなくても構わないでしょうか。
A7:賃金規定等で通勤手当の支給要件が明確にされており、在宅勤務がその要件に合わないようであれば、通勤手当を不支給としたり減額することも可能です。
支給要件が明確でないのなら、この際に明確にしておきましょう。
別途、テレワーク手当等を設けるのであれば、その支給要件等を明確にして、就業規則や賃金規定に記載する必要があります。
【Q8】人事評価はどのように行えばいい?
Q8:在宅勤務者の人事評価はどのように行えばよいでしょう。
A8:労働者によっては、在宅勤務をすることで人事評価で低く査定されるのではないかと懸念する人もいます。
また、評価者によっては、在宅勤務者を低く評価するようなバイアスが掛かった人もいます。
ですから、評価者への教育・研修等を行うとともに、在宅勤務者であっても通常の労働者と同様の基準で評価を行うことが望ましいでしょう。
電話やメールWeb会議ツール等を利用することで、日々の業務成果や進捗状況の把握は可能ですし、そうであれば、従来の評価制度が活用できるでしょう。
通常勤務と在宅勤務で人事評価の基準が異なっていると、被評価者は戸惑いますし混乱を招く場合があります。
【Q9】在宅勤務中のケガは労災扱いになる?
Q9:在宅勤務中に自宅でケガをした場合、労災扱いとなるのでしょうか。
A9:たとえ自宅でのケガであっても、そのケガの原因が業務に起因しており、業務中のケガであれば労災となります。
たとえば、在宅での業務中に椅子から転倒してケガをした場合、労災と認められます。
ただし、自宅における私的行為が原因のケガや業務を離れているときに起きたケガ等の場合には、労災とは認められません。
【Q10】テレワーク時の書類管理はどうしたらいい?
Q10:テレワーク時の書類の発送や管理・受け取りはどうすればよいでしょうか?
A10:今の日本の社会インフラが、すべてテレワークに対応しているわけではありません。
未だに日本では、書類文化やハンコ文化が根強く残っているため、書面でのやり取り・郵送でのやり取りでなければならないものもあります。
完全テレワークを実現するためには、テレワークではできない業務をアウトソースするといった対応が考えられます。しかし、そうなるとアウトソース先とのセキュリティの問題等も出てきます。
今はまだ、すべての業務を100%在宅で行うのは難しく、必要に応じ、細心の注意のもと出社する必要があるでしょう。
しかし、e-Govの活用やSmartHRなどのHRテクノロジーを導入することでオンライン上で進められる労務手続きも多くあります。バックオフィス担当者の安全と健康を守るためにも、可能な範囲でテクノロジーを活用することをオススメします。
【Q11】機密書類は自宅に持ち帰ってもいいの?
Q11:労務に関する機密書類を自宅に持ち帰ってもよいのでしょうか。
A11:できる限り持ち帰らないほうが良いでしょう。機密書類を自宅に持ち帰るということは、それだけ紛失や盗難、情報漏えいのリスクが高まります。
同様の理由で、会社で使用しているパソコン等を、在宅勤務用として持ち帰らないほうが無難です。可能な会社は、在宅勤務用の専用端末を貸与し、ローカルではなくインターネット経由で社内システムやクラウドサービスにアクセスするようにすることが好ましく、持ち帰りによる機密データの紛失や漏洩のリスクを軽減するのが得策でしょう。
この場合には、在宅勤務を行う方式として、デスクトップ方式やセキュアブラウザ方式等、テレワーク端末内に電子データが残らないような方式を選択すべきです。
しかし、現実的にテレワーク用のPCの貸与が難しい会社も多いかと思います。その場合は、上記のようなルール整備だけでなく、紛失時にリモートでPCのデータをワイプできるようにするなどして、紛失時のリスク対策も進めておきましょう。
【Q12】労務業務のテレワーク移行時に便利なツールって?
Q12:労務のテレワーク移行時に便利なツールやサービスにはどのようなものがありますか。
A12:一般的に広く利用されている中では、ZoomやSlackは便利ですね。
Web会議やWebミーティングには、多くの会社でZoomを使っているようです。(セキュリティの脆弱性が話題になっていたので、常に最新の状態にアップデートしましょう)
また、Slack等のコミュニケーションツールも、テレワークでは必要でしょう。
会社にかかってきた電話をテレワーク先で受けられるようにするため、クラウドPBXの導入や、アプリ等を使ってスマホで送受信できるようにしておくのも有効です。
また、人事・総務系のクラウドサービスもかなり充実してきています。テレワークが徐々に広がりをみせ、テレワークに活用できるようなサービスが次々と現れています。
今ある会社のシステムや作業方法と相性の良いサービスを導入していくのが良いでしょう。
おわりに
新型コロナウイルス感染症に気をつけながら、通常業務だけでなく、急なテレワーク移行を並行して進めていくのは決して簡単なことではありません。
しかし、今のタイミングでテレワークについての議論を進めておくことで、今後企業として柔軟な働き方を実現していく上で、必ず資産となるはずです。
HRテクノロジーの力を利用できるところでは利用しつつ、この難局を乗り切っていきましょう。