1. 人事・労務
  2. 労務管理

約60%が健康診断での異常所見アリ。求められる仕事と治療の両立支援【社労士が解説】

公開日
目次

働き方の多様化が進む今、「オフィスか、家か」「仕事か、プライベートか」といった二元論で考えを巡らしても、一律の答えは出てきません。タイミングに応じてどちらの選択肢も取れるようにする。そんな柔軟性のある発想が個人にも企業にも求められています。そこでこの特集「働く&」では、「A or B」ではなく「A and B」を実現するための両立支援制度にフォーカス。

今回は、病気治療と仕事の両立のため、人事・労務ご担当者がどのようなことに取り組むとよいか、専門家に解説いただきました。

お役立ち資料

働く& 〜両立を考える〜

こんにちは。社会保険労務士の宮原です。

少子高齢化の進展が加速する我が国において、人手不足の問題が深刻化しています。労働力を、使えば減ってしまう資源ではなく、適切な投資をすればより大きな成果をあげる資本とする「人的資本投資」という言葉がトレンドになっています。「従業員は使い捨ての駒だ」と考える企業は今後衰退の一途を辿るでしょう。従業員の心身の健康保持・増進は企業発展の礎であると考えられており、人的資本投資の推進に伴い、健康経営の取り組みも盛んになっています。

しかし、従業員がなんらかの疾病に罹患する可能性は避けて通れません。疾病や事故のリスクが高まる高年齢従業員の増加も大きな課題です。また、昨今はメンタルヘルス不調を抱える従業員も増えています。

医学の進歩により、これまでは就業継続が困難であった疾病も仕事との両立が可能になりつつありますが、職場の無理解により離職を選ぶ従業員も少なくありません。従業員が疾病に罹患しても安心して治療と仕事を両立できる環境をつくることは、企業の重要な役割になります。

企業発展を支える従業員の健康確保と就業継続について、考えてみましょう。

疾病を抱える従業員の現状

1.メンタルヘルスを理由とした休業と従業員が抱えるストレス

厚生労働省が公表した「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」によると、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業したまたは退職した従業員がいた事業所の割合は13.3%(令和3年調査10.1%)となっています。

また同調査において、仕事や職業生活に関する強いストレスを抱えていると回答した従業員は82.2%(令和3年調査53.3%)にのぼり、ストレスを感じる事柄の内容は「仕事の量」「仕事の失敗、責任の発生等」「仕事の質」が多いようです。

全国健康保険協会が令和4年度に支給した傷病手当金の傷病別支給件数は、新型コロナウイルス感染症についで精神および行動の障害が多く、18.11%を占めています。

※(参考)健康保険 現金給付受給者状況調査報告 - 全国健康保険協会

また、業務上の事由により精神障害に罹患した従業員の労働災害請求件数等も増加の一途を辿っています。

精神障害の請求、決定及び支給決定件数の推移グラフ

(出典)※ 「令和4年度 精神障害に関する事案の労災補償状況」 - 厚生労働省

これらの調査や統計結果を見るとわかるように、働く人が抱えるストレスは深刻化しており、職業生活にも影響を及ぼしています。

2.疾病リスクを抱える従業員は増加傾向

一般定期健康診断の有所見率(※1)は平成27年には53.6%に対し、令和2年には58.5%と、年々増加しています。(※2)これは高年齢従業員が増加した影響もありますが、同時に生活習慣病のリスクを抱える従業員の増加を示しています。

(※1)有所見率・・・有所見率=有所見者数/受診者数×100 有所見者数については、医師の診断が異常なし、要精密検査、要治療等のうち、異常なし以外の者を 有所見者とする。 - 厚生労働省

(※2)(出典)「産業保健とは」 - 独立行政法人従業員健康安全機構

いまや国民の2人に1人が罹患するといわれているがんも、働く世代に大きな影響を与えています。東京都民の推計がん患者数のなかでは、34%が25歳〜64歳に当てはまり、働き盛りの世代とがんが無関係とは言い切れません。

東京都民の推計がん患者数の折れ線グラフ。

(出典)※ 「がんになった従業員の治療と仕事の両立支援サポートブック」- 東京都

仕事と治療の両立支援において注意すべきこと

ここで、仕事と治療の両立支援のために人事担当が注意すべきことについてご紹介します。

1.従業員の安全と健康を確保する

就労の継続によって、疾病の憎悪や再発など従業員の安全や健康が害されることのないように配慮しましょう。繁忙期だからといって無理を強いるようなことはあってはなりません。

2.従業員自身が主体となって取り組む

従業員自身も、仕事との両立のために積極的に治療を受けることが大切です。従業員には自己保健義務が課されており、治療の継続だけでなく疾病の憎悪防止のために適切な生活習慣を守るなどの取り組みが必要です。

3.従業員本人の申出によりスタートする

従業員が仕事と治療の両立を目指し、会社側に支援を求めるところから取り組みがスタートします。ただし、前提として申出できる相談体制づくりや両立支援制度の周知は必須です。

4.疾病を抱えながら仕事に就く際の特徴を踏まえて対応する

育児・介護と仕事との両立とは異なり、疾病の症状や投薬の副作用による業務遂行能力の一時的低下もあります。従業員の健康状態も踏まえて対応しましょう。

5.従業員の個別特性に応じて配慮する

疾病の経過や治療法は個人ごとに異なるため、個別特性に応じて対応しましょう。

6.対象者や対応方法を明確化する

仕事と治療の両立支援制度の対象者や対応方法を明確に定め、周知しておきましょう。

7.個人情報を保護する

従業員の健康に関する情報は要配慮個人情報であり、取り扱いや第三者への情報提供等について慎重に検討しましょう。

8.関係者の適切な連携体制を構築する

会社内の担当者だけでなく、主治医や医療スタッフ、地域の支援機関などとネットワークを構築し、連携して支援しましょう。

仕事と治療の両立支援の進め方

仕事と治療の両立支援の進め方を図で表現したもの

(出典)※ 「治療と仕事の両立支援ナビ」 - 厚生労働省

1.両立支援を必要とする従業員からの情報提供

両立支援体制をスタートする前に、まずは従業員自身の申し出が必要になります。

従業員は、厚生労働省から発行されているシートを活用し、両立支援に必要な情報を収集して会社に提供しましょう。

なお、主治医は従業員がどのような業務に従事しているのかを把握できていないことがほとんどです。勤務情報や業務の特性を主治医に情報提供すれば、より正確な意見を収集できるでしょう。

情報提供の際には、下記の様式例が参考になります。

2.就業継続の可否等を産業医等から意見聴取

従業員から提出された情報にもとづいて、会社側は就業継続や両立支援の可否を検討します。産業医や産業保健スタッフが配置されている場合には意見を聴取し、小規模事業所の場合は社内担当者がより詳細に主治医に情報提供を求め、地域産業保健センターに相談します。

産業保健総合支援センターは、人事担当者の方に対して、産業保健に関する検収、専門的な相談対応などの支援をしていますので、ぜひご活用ください。

(参考)※ 産業保健総合支援センター さんぽセンターはじめてガイド - 独立行政法人労働者健康安全機構

3.会社が就業可否を判断、休業措置や支援プランを検討

産業医などの意見や従業員の希望を踏まえ、最終的に会社が就業可否を判断します。疾病に罹患しているからといって安易に就業を禁止するのも、職場が繁忙であるからといって病前と同様の働き方を求めるのも、どちらも適切ではありません。目先のことではなく長く働き続けることを目標に、十分な話し合いのうえで労働時間の短縮等の措置を講じましょう。

具体的な措置や配慮の内容、支援のスケジュールを表にまとめ、両立支援プランとして従業員と共有することをおすすめします。両立支援プランには就業上の措置を実施する時期や期間、フォローアップの方法や関係者の連携体制について記載します。

プランはあくまでもプランであるため、策定したスケジュールどおりに進むとは限りません。適宜見直すことも大切です。

(参考)※ 両立支援プラン/職場復帰支援プランの作成例(Wordファイル) - 厚生労働省

治療後の経過が悪い、障害が残る場合は?

治療を継続しても症状が改善せず、悪化する場合もあります。業務遂行が困難となった場合は従業員の意向も確認しつつ、主治医や産業医等に意見を求めましょう。

従業員が焦りの気持ちから「なんとか勤務を継続したい」と希望するかもしれません。しかし、就業継続により著しい健康悪化を引き起こす可能性がある場合は、安全配慮義務を有する立場として会社側が従業員に就業禁止の措置を取らざるを得ないこともあります。健康悪化を引き起こした状態のまま無理に就業継続するより、一度立ち止まってしっかりと治療に専念すれば結果的に回復が早くなるかもしれません。

一時的な病状悪化ではなく、固定した障害が残ることが判明した場合にも、主治医や産業医等に意見を求めましょう。作業転換等の措置や、同僚等の理解や協力を仰げば対応可能なのか、会社として持続可能な支援体制を従業員と話し合う必要があります。

活用できる制度や相談先について

1.医療費等

高額療養費制度

同一月に支払った医療費の自己負担額が一定金額を超えた場合に、超過分が払い戻される制度です。事前に限度額適用認定証を取得していれば、支払い自体が自己負担限度額以内に抑えられるため、医療費が高額になる見込みがある場合は早急な限度額適用認定証の取得をおすすめします。

治療中の従業員から相談があった場合、このような制度をご案内するとよいでしょう。

2.生活支援

傷病手当金

傷病のために欠勤し、給与が減額された場合の所得保障の制度です。全国健康保険協会または健康保険組合が申請窓口となり、支給開始日から通算して1年6か月に達する間、1日当たり被保険者の標準報酬月額の30分の1の3分の2相当額の支払いを受けられます。支給を受けるにはいくつかの要件があります。

3.就業支援

ハローワーク

長期療養者就職支援事業の実施や難病患者就職サポーターの配置など、労働者と会社をつなぐサポートをしています。

4.相談機関

精神保健福祉センター

 メンタルヘルスに関する相談や知識の普及活動などを実施しています。

治療就労両立支援センター

 休業からの職場復帰や仕事と治療の両立支援を実施しています。

社会保険労務士会

 総合労働相談所を設置し、休業や職場復帰などの相談に応じています。

仕事と治療を両立できる職場づくりに取り組みましょう

疾病に罹患したとき、誰もが不安になるものです。治療の見通しや経済的な問題、「職場の仲間に迷惑をかけてしまう」「家族に心配をかけてしまう」という気持ち、キャリアが中断してしまうことへの焦りなどで、さらに心身の状態が悪化する場合もあります。

たとえば、がんはいまや不治の病ではありませんが、がんと診断された方のうち一定数は治療開始前に思い詰めて離職しています。

仕事を失うかもしれないと不安になっている従業員に対して、会社ができることは多岐に渡ります。貴重な戦力である従業員が安心して働き続けられるよう、職場内における理解の醸成も大切です。

そして疾病だけでなく育児や介護、その他のさまざまな事情を抱える人がそれぞれの可能な範囲で力を発揮し、共に企業の発展を目指す職場づくりに取り組みましょう。

お役立ち資料

休職・離職を防ぐために「組織」と「個人」両軸での対策が必要な理由

人気の記事