柔軟な労働時間制として注目の「フルフレックスタイム制」導入ポイント【社労士が解説】
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こんにちは。社会保険労務士法人名南経営の大津です。新型コロナの感染拡大により、リモートワークが普及するなど、日本人の働き方は大きく変化しました。こうした背景から、労働時間制度についても、より柔軟な働き方を実現できる仕組みを検討する企業が増加しています。
そこで今回は、最近、ベンチャー企業などで導入が増えている「フルフレックスタイム制+固定残業制+リモートワーク」という非常に自由度の高い働き方について、その概要と導入の際のポイントを取り上げます。
柔軟な働き方の必要性
ここ数年進められている「働き方改革」ですが、当初は労働時間の絶対的上限規制や同一労働同一賃金など法改正への対応が中心で、「実際の働き方の改革」はあまり進まなかったという印象をお持ちの方が多いのではないでしょうか。
しかし、新型コロナの感染拡大という外部環境の変化により、日本人の働き方は大きく揺さぶられ、図らずも働き方改革が進むことになりました。リモートワークの普及がその象徴となりますが、現実にはこの2年半で多くの企業と国民が、これまでの働き方や生き方の「常識」について、振り返り、疑問を持ったことが最大の変化だったのではないでしょうか。
これにより、「毎日満員の通勤電車に乗って会社に行くこと」「決まった時間のなかで働くこと」「会社の辞令で全国どこにでも転勤すること」「一つの会社の業務だけに専念すること」といった、これまでの常識が崩れ、柔軟かつ多様な働き方へのチャレンジが始まっています。
政府もこうした動きへの対応を進めており、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022においては「多様な働き方の推進」として、ジョブ型の雇⽤形態、裁量労働制、副業・兼業、選択的週休3⽇制度、良質なテレワーク促進、フリーランスが安⼼して働ける環境の整備などの方針を掲げています。
フルフレックスタイム制の事例
こうした多様な働き方が求められる環境のなか、ベンチャー企業などを中心に導入が進められているのが、「フルフレックス」や「スーパーフレックス」などの名称で呼ばれている自由度が高いフレックスタイム制です。
そもそもフレックスタイム制とは、業務などの状況に合わせて、始業・終業時刻を従業員が自ら決め、柔軟に働く仕組みです。
フレックスタイム制の基礎については以下の過去記事をご覧ください。
一般的に、フレックスタイム制を導入する際には、必ず勤務しなければならない「コアタイム」や、いつ勤務してもよい時間帯である「フレキシブルタイム」を定めることが通常です。しかし、フルフレックスタイム制はこれらを設定せず、文字通り24時間、本人の都合のよい時間に働くことを認めるという極めて自由度が高い労働時間制度です。
この制度を導入するためには、対象者や制度の内容などを定めた労使協定を締結する必要がありますが、手続き的にはそれほど煩雑なものではありません。それだけに今後、多くの企業で導入に向けての検討が行われることになるでしょう。
意外に使いにくい裁量労働制
柔軟な働き方を実現するための制度としては、裁量労働制があります。これは、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務において、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使であらかじめ定めた時間(通常は8時間~9時間としている例が多い)働いたものとみなす制度です。
労働時間に縛られない柔軟な働き方を実現するための最有力候補である裁量労働制ですが、実際に活用しようとすると意外に使いにくいところがあります。
まずは対象となる業務などに制限があるため、全従業員を対象にできません。そして、休日については通常、別途労働時間管理を行うことになるため、平日の労働時間を短くし、その分、休日出勤をする社員がいる場合は、仮に実労働時間が同じだとしても、休日出勤を行った者の方が総労働時間が長くなり、給与支給額が増えるという不合理な結果となります。
このような課題が存在することから、最近は裁量労働制が適用できるようなケースであっても、あえてフレックスタイム制を活用し、柔軟な働き方の実現を目指す事例が増えています。
制度設計における注意点
このフルフレックスタイム制を設計する際には、いくつかの注意点があります。
注意点1:深夜労働の規制
フルフレックスタイム制の設計においてまず課題となるのが、フレキシブルタイムを設けない場合の深夜労働の問題でしょう。実際の導入事例を見ると、「夜の方が集中でき、仕事がはかどる」といって深夜に仕事をしようとする社員が出てくることがよくあります。こうした働き方については以下の問題点が指摘されます。
(1)深夜労働の心身への負荷の大きさ
(2)昼勤の社員とのコミュニケーション
(3)深夜割増賃金の支払
こうした問題から、やはり深夜労働をできるだけ抑制するような制度設計が望まれます。よって実務的には、最低限のフレキシブルタイムを設定し、午後10時から午前5時までの深夜時間帯については、勤務を禁止するか、少なくとも上長の決裁が必要としておくことがよいでしょう。
また、残業や不規則な勤務が多い社員などについては、定期的に健康状態をヒアリングするなど、健康確保のための措置も講じておきましょう。
注意点2:適用除外ルールの設定
フルフレックスタイム制やリモートワークのような柔軟な働き方を成功させるためには、社員個人の自立や高いレベルでの業務管理能力が求められます。柔軟な働き方を認めた結果、業務のレベルが低下し、期待されるアウトプットが出なくなったというのでは本末転倒です。
一人ひとりの社員の業務状況を継続的にモニタリングし、必要に応じて面談を実施するとともに、場合によっては制度の適用を取りやめ、通常勤務に戻すことができるような仕組みにしておくことが重要です。
固定残業制のポイントとポジティブな活用例
フルフレックスタイム制を採用する企業においては、同時に固定残業制を導入することが多くあります。固定残業制とは、固定給の中であらかじめ月間30時間分などの時間外割増賃金を支給する仕組みです。
そのうえで、実際にその時間数を超える時間外労働があれば、その超過分にかかる時間外割増賃金は追加で精算支給することになります。
固定残業制というと、とかくブラック企業が採用しているというイメージがつきまといますが、これも運用によってはポジティブな仕組みにもなります。
そうしたポジティブな活用の事例として有名なのが、トヨタ自動車が2017年に導入し、話題となった「フリータイム&ロケーション・フォー・イノベーション制度」でしょう。
これは、入社10年目くらいとなる主任級以上を対象に、約45時間分の固定残業代を支給したうえで、1日2時間以上勤務すればよいというフレックスタイム制を導入するという仕組みです。つまり、所定労働時間+45時間の「時間予算」を社員に与え、その中で個人の仕事への裁量を高めて、イノベーティブな仕事を志向させるというものです。
考え方としては裁量労働制に近いものとなりますが、裁量労働制の課題を踏まえ、このような制度設計を行っているのでしょう。これは「疑似裁量労働制」と言ってもよい制度であり、これから柔軟な働き方の実現を考える企業にとっては大いに参考になるでしょう。
まとめ
今回は最近、ベンチャー企業などで導入が増えている「フルフレックスタイム制+固定残業制+リモートワーク」という柔軟な働き方について取り上げました。
新型コロナの感染拡大によって普及したリモートワークにより、多くの企業や従業員のなかで、朝9時からオフィスで働くという固定的な働き方への疑問が起こりました。これを契機として、より柔軟な働き方を導入することで生産性を上げ、同時に会社の魅力も高めようとする取り組みが増加しています。
こうした柔軟な働き方を実現する際には、直接的には過重労働対策などが重要になりますが、同時に会社との適切な距離感をいかに保つのか、そして業務の成果をどのように評価するのかという新たな課題への対応も重要になります。
今後、こうした柔軟な働き方を積極的に取り入れる企業と、そうではない企業の二極化が進むことが予想されますが、その対応度合いは、求職者にとっての企業選びのポイントになることは確実です。深刻な採用難のなか、人材確保の観点からも柔軟な発想で働き方を改革していくことが求められています。