働き方改革を阻む「3つの障壁」とは?【飲食・小売業、人事カイカク #02】
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こんにちは。特定社会保険労務士の羽田未希です。
17年間の飲食業現場経験から、【飲食・小売業、人事カイカク】というテーマの中で、「飲食業・小売業」の人事労務を改革し、バックオフィスから経営を強めていくためのヒントを探り、提供する当連載。
前回は、業界にまつわる社会的背景や環境など、マクロな視点での人事課題でしたが、第2回となる今回はさらに踏み込んで、企業視点で考えてみたいと思います。
これらの業界の企業が働き方改革に取り組む上での障壁は、大きく分けて3つあります。
(1)労使間に潜む「働くルール」に対する認識のギャップ
経営者の方が労働者より立場は強く、労働者を守るために労働に関する法律ができたという歴史的背景があります。よって、基本的な考え方として、労働基準法などの労働に関する法律は「労働者のためにある」といえます。
もしかしたら、経営者の中には、「労働者は労働に関する法律をそんなに知らないはず」と自身・自社にとって都合のよい方向に捉えている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、「ブラック企業」という言葉はすっかり定着し、スマホやパソコン、書籍などでちょっと調べれば、労働者の権利などの情報がどんどん出てきます。
また、スマホには労働者が残業時間を記録するためのアプリがあります。「サービス残業等による未払い残業代を請求しよう」と広告する士業もいます。
今や、労働者に無理強いするような、自社の都合を第一に考える甘い考えやルールは通用しなくなってきています。
学生アルバイトでも進む「ブラックバイト対策」
学生アルバイトも例外ではありません。
アルバイトの求人サイトでも特集が組まれ、「ブラックバイト」の事例も分かりやすく解説されています。
高校や大学では、ブラックバイト対策として、アルバイトをする上での労働条件や労働に関する法律などを啓蒙、周知しています。
東京都社会保険労務士会では、高校生対象の「出前授業」を行い、「雇用契約書、年次有給休暇など労働条件について確認しましょう」「アルバイト先で何かトラブルがあったら身近な大人や役所などにも相談しましょう」と説明しています(*1)。
労働者の間で高まる「労働トラブル」への関心
労働者は、労働基準法や労働契約法など、労働に関する法律に詳しくはないかもしれませんが、このご時世にあって関心が高いと考えたほうがよいでしょう。
場合によっては、経営者よりも詳しく、効果的な対処の仕方や対策を外部の専門家などからアドバイスを受けていることもあります。
従業員が不利益や負担を被るような不正や労働力の搾取は、カンタンに暴かれ、瞬く間に悪評が広まることを認識すべきでしょう。
(2)法令遵守は「当然」だが、簡単ではない
(1)で触れたように、ブラック企業の情報は瞬く間に広まり淘汰されるような時代になりつつも、それでもなお課題が根深いのは、法令遵守は「当然」である一方、それを徹底するのは決して簡単ではないということも、また課題のひとつといえるでしょう。
これは、飲食業・小売業に限ったことではありませんが、労働者を雇用するうえでのルール、労働基準法などの労働に関する法律について十分に理解されていないこと、更には、そもそもの経営戦略が法令遵守を前提とした方針になっていないことなどが原因です。
正社員もパートも法律上は同じ「労働者」である認識が薄い
パートやアルバイトには「年次有給休暇はない」「社会保険や雇用保険は加入しない」などと、聞いたことがありませんか?
そんなことはなく、正社員とパート・アルバイトは、労働条件が違うだけの、労働基準法で保護される同じ「労働者」であり、(勤務日数等に依るものの)基本的には有給も保険も同様の取り扱いとなります。
にもかかわらず、アルバイトは“気軽な労働力”との認識があるために、「正社員は労働者だけど、アルバイトはアルバイト(労働者として保護されるほどではない)」という先入観から、パートやアルバイトには「年次有給休暇はない」「社会保険や雇用保険は加入しない」という誤解が生まれるのでしょう。
このような誤った知識では、労務管理上問題が発生しがちになるのは明らかです。
「有給」が前提になっていないマネジメント設計
また、法令遵守を前提とした経営戦略や人事、現場マネジメントの設計になっていないことが多いと感じます。
例えば、年次有給休暇の取得は、使用者側は「人材不足で休まれては困る」、労働者側は「仕事量が多くて休みたくても休めない、周りに迷惑がかかる」と考えています。
しかし年次有給休暇を取得することが前提にあれば、その分の賃金の確保、人材の確保をしなければなりません。その上で人員や業務を設計することが必要です。
(3)サービス業特有の「長時間労働」・「低い労働生産性」
飲食業や小売業をはじめとしたサービス業では、日本のおもてなしの精神から、丁寧な作業や高いレベルの接客が求められます。
それはサービス業がサービス業たる所以ですが、そうであるがために「長時間労働の問題」や「低い労働生産性」の要因となっています。
差別化ポイントにリソースを割き、定型業務をITツールで効率化するという手段
顧客に不便を掛けずにサービスレベルを落とすことなく、どこまで簡素化できるかがカギを握っているといえるでしょう。また、接客に直接関係のない部分での効率化、IT化など、現場に合わせた対策が必要となります。
その点、限られたリソースの中で、接客力やサービス力で差別化するために、差別化要素とならない定型的業務をITツール等の導入によって効率化する事例が増えてきているのは良い傾向といえるでしょう。
「無理な取り引き」は断るのも手
また、人材確保に対する危機感から、「労働者の労働環境の改善」を経営上の最優先項目として、営業時間の短縮、取引先への取引条件見直し、顧客からの受注を断るという企業も出てきています。
逆に、無理な取り引きは労働環境の悪化や、従業員満足度の低下を招くなど、中長期的な成長を阻害する恐れもあります。
【まとめ】「会社の実情」に合わせた真摯な取り組みが求められる。
このように、変革しつつある市場から取り残されることなく事業成長を図るには、万難を排して働き方改革を推進する必要があります。
例えば、比較的離職率の高いこれらの業界にあって、従業員満足度を高めることで離職率を下げ、更には採用費も削減し、その中で成果を出し続ける革新的な企業の例も出てきています。
「自分の勤める会社はブラック企業かも……」と不審に思ったり、労働条件に不満を抱いたりすると、「売り手市場」という労働者有利の状況においては、優秀な働き手ほど、よりよい条件や働きがいを求め、前述のような革新的な企業に転職をしていくことになるでしょう。
「できない前提」ではなく「どうしたらできるのか」を考える
このような中で、「働き方改革」に取り組まなければならないと認識しているものの、業界特有の難しさから、何をどのように取り組んでいけばよいか分からず、足踏み状態になっていることがあるかもしれません。
しかし、働き方改革の潮流は後退することはなく、待ったなしの状況です。
「長時間労働をなくす」→「業界的にムリ、できるわけがない……」
「“当たり前”のことを“当たり前”に実行できるか」→「でも労働基準法通りにやってたら、経営が成り立たない……」
というような「できない」と決めてしまう思考をやめ、労働者を巻き込んで「どうしたらできるのか」をまずは考えてみませんか?
新聞やテレビのニュースなどで紹介される、大企業の「働き方改革」の取り組みは、大企業だからできる事と感じる方も多いでしょう。しかし、中小企業でも独自に積極的に取り組んでいる例もあります。
働き方改革のカギを握る、経営者と人事の強い意思
「今までできなかったこと」に取り組まなければ、改革への一歩を踏み出すことはできません。そのためのカギを握るのは、経営者と人事の強い意思と関心です。
よりよい労働環境のために、自社の実状を分析。
その中で「できること」と「できないこと」、「やること」と「やらないこと」を整理し、自社の実情に合わせた取り組みを、ひとつずつ着実に行っていきましょう。
次回からは、飲食業・小売業において、「働き方改革」を進めるための土台をしっかりと築くために必要な、人事労務の基礎的な知識を確認していきたいと思います。
【参照】
*1:出前授業いたします! – 東京都社会保険労務士会