事業成長に「働き方改革」が待ったなしなワケ【飲食・小売業、人事カイカク #01】
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はじめまして。特定社会保険労務士の羽田未希です。
17年間の飲食業現場経験から、飲食業・小売業などサービス業を中心に、中小企業の人材活用のサポートを行っています。
■当連載について
SmartHR Mag.においては、私のこれまでの経験をもとに、【飲食・小売業、人事カイカク】というテーマの中で、「飲食業・小売業」の人事労務を改革し、バックオフィスから経営を強めていくためのヒントを探り、提供していければと思います。
飲食・小売業の皆さんはもちろん、これから事業展開を考えている皆さまも含め、この業界に携わる経営者・人事労務従事者の方々に役立つ情報を配信してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
第1回となる今回は、プロローグとして「飲食・小売業における人事の現状と課題」というテーマのもと、イマ飲食業・小売業に働き方改革が求められる背景についてお伝えします
毎日のように耳にする「働き方改革」の潮流
毎日のように新聞やテレビなどで取り上げられている「働き方改革」ですが、自社でも取り組まなければいけないと考えている経営者、人事労務担当者の方は多いことでしょう。
政府は、「働き方改革」を単なる労働制度の改革ではなく、「日本の企業文化」、「日本人のライフスタイル」、「日本の働く」に対する考え方そのものを変える社会的改革として、労働参加率の向上、労働生産性を改善することで企業の収益力の向上、個人の所得拡大、国の経済成長につながる日本経済再生のための最大のチャレンジであると位置付けています。
政府が推進する「働き方改革」の基本的な考えを示した「働き方改革実行計画」のなかで、大きな柱として挙げられているものは、以下の通りです。
- 同一労働同一賃金の実現(非正規社員の待遇改善)
- 賃金引上げ、生産性向上
- 長時間労働の是正・副業・兼業解禁(多様で柔軟な働き方)
これに伴い、労働基準法をはじめとする、労働に関する法令は、8本の法律を一括して「働き方改革関連法案」として今後改正が予定されています。
国会での法案成立が前提ですが、施行日は平成31年4月1日、あと1年ほどです。
中小企業については、割増賃金率の見直しは平成34年4月1日、同一労働同一賃金(パートタイム労働法・労働契約法の改正規定の適用)は平成32年4月1日を施行日としています。
なぜ、今「働き方改革」が必要なのか?
働き方改革が求められる背景として、「環境の課題」「働き方の課題」という2つの課題があります。
(1)環境の課題
まず、前提として、「労働力不足」、「採用難」という状況があります。
・25〜44歳層で43万人減、「労働力人口」減少の見通し
平成29年の労働力人口(15歳以上)は、女性や高齢者の就業率が向上したことで、6,720万人(対前年47万人増)と増加しました。しかし、25〜44歳の層では、2,664万人(同43万人減)となり、特に若者層の労働力の確保が難しくなっていることがわかります(総務省:平成29年労働力調査)。
このように中長期的には、少子高齢化で労働力人口は減少していく見通しです。
(※労働力人口とは、15歳以上の人口のうち、「就業者」と「完全失業者(働く意欲のある者)」を合わせたもの)
・「売り手市場」で採用難
また、平成29年平均の有効求人倍率は1.50倍で、今後も採用難、労働者優位の「売り手市場」の状態が続くと予想されます。
(2)働き方の課題
次に「働き方の課題」です。
政府は、これまでの日本の労働制度と働き方に、労働力不足、労働参加率や労働生産性の低迷など、日本の経済成長を阻害する様々な問題があると考えています。
終身雇用の正社員という、日本的で画一的な労働制度のもとで長時間労働が常態化し、正規労働者と非正規労働者の不合理な処遇の差をうむなど、転職や短時間労働が労働者のキャリア形成に不利になっていました。とりわけ、長時間労働は子育てや介護と仕事との両立が困難となり、少子化の原因、女性のキャリア形成や男性の家庭参加を阻んでいます。
課題解決によって目指す方向性
これらの課題を解決するために、「働き方改革」を着実に進めていく必要があると考えられます。
「長時間労働の是正」は、健康の確保、ワークライフバランス改善、女性や高齢者の労働参加率の向上となります。
経営者はどのように労働者に働いてもらうかを考え、単位時間あたりの労働生産性を向上することに注目していくようになります。結果として、効率的で収益力が高い経済活動ができるようになり、その成果を労働者に分配することで賃金の引上げもできるようになります。
「同一労働・同一賃金」は、その名の通り、雇用形態に関わらず同一の労働について同一の賃金を支払うことで、正規と非正規の処遇の格差を埋めます。これにより、非正規労働者のモチベーションアップとなり生産性向上に結びつきます。また、正規雇用での勤務が難しい場合にも、非正規などの柔軟な雇用形態を選択しやすくなります。
更に、「副業・兼業」、「短時間勤務」など多様で柔軟な働き方が選択できるようになれば、労働者はそれぞれライフステージにあわせた働き方ができます。30〜40代の労働者は育児、50〜60代の労働者は親の介護の問題など、時間的な制約を抱えながらも「子育てや介護」と「仕事」の両立ができるのです。
これまでのように、多くの人が1日8時間働ける、さらに残業ができるとは限りません。むしろ、これからは時間的に制限のある労働者の方が多数を占めるようになるでしょう。
高度成長期の日本を支えた、長時間労働ができる「モーレツ社員」を前提にした経営はもう、できないと再認識する必要があるでしょう。
「飲食業・小売業」が抱える4つの人事課題
ここまでは、日本全体のマクロな視点での課題を見てきました。
これらの課題が、「飲食業・小売業の人事の現状」に対して、どのような課題をもたらしているのでしょうか?
大きく分けて4つありますので、具体的に見ていきましょう。
(1)深刻な人材不足、営業時間を圧縮する企業も
人材不足のため、企業によっては「24時間営業の取り止め」や「ランチ営業の縮小」などの営業時間の見直しをしています。ひとりひとりの長時間労働でなんとかカバーしている事業者もあるでしょう。
接客対応が必要なサービス業は、労働力への依存度が高い「労働集約型」の産業です。
人材不足は即売上に影響を及ぼすため、量・質ともに人材を確保することが経営上の重要項目です。
しかしスタッフの人数がそろっていればよいのではなく、高いレベルのサービスが提供できる人材でなければなりません。高いレベルのサービスは店舗型の小売業にとって付加価値であり、これなしではAmazonやZOZOTOWNなどの無店舗小売業には対抗できないでしょう。
(2)非正規労働者への依存度が高い
飲食業・小売業は、パート・アルバイトなどの非正規労働者の労働力に頼っている業界でもあります。
平成29年労働力調査によると、役員を除く雇用者5,518万人に対して、非正規の職員・従業員は2,061万人であり、非正規労働者の割合は全体で37.4%です(*1)。
更に産業別でみると、平成24年就業構造基本調査では、卸売業・小売業41.6%、宿泊業・飲食業60.2%で、非正規労働者の割合が高い業界であることがわかります(*2)。
(3)待遇(給与・労働条件)が厳しい
下図、「業界別平均年収」をご覧ください。
正社員(フルタイム)の平均年収は、飲食業371万円、小売業411万円と、サービス業は総じて低い傾向にあります。参考までに、通信業629万円、銀行業645万円、介護事業358万円となっています(*3)。
一方で、最低賃金が毎年改定され、パート・アルバイトの人件費は上昇の一途をたどっています。
平成29年度の最低賃金(全国)は全国加重平均848円で前年より25円増額されています。政府は、最低賃金(全国)を1,000円とすることを目標にしているため、今後も毎年3%程度の上昇が見込まれます。
(4)離職率が高い
平成26年3月新卒(大卒)の3年離職率は32.2%。
これを業界別でみると、小売業で38.6%、宿泊・飲食サービス業で50.2%と、全体平均と比較し、開きがあります(*4)。
飲食・小売業の事業成長には「働き方改革」待ったなし
飲食業・小売業は、一般的に、長時間労働があり、休日が他の業界と比べて少なく、土日祝に休めないなどのほか、仕事がきついなどの3Kに当てはまりやすく、前述の通り、労働条件も良いとはいえません。
多くの業界が人材不足、採用難という状況であるにもかかわらず、給与・労働条件などの待遇も他の業界と比べて見劣りするため、求職者からみると残念ながら比較的人気のない業界という印象があるかもしれません。
このように、飲食業・小売業にとっては、厳しい現状であり、決して楽ではない経営環境が続くことが予想されます。
しかし、飲食業・小売業は、人々に衣食を提供する重要な産業のひとつであり、人々の生活になくてはならない存在です。すでに、営業時間や給与・労働条件の見直しなど着手されていると思いますが、この業界において、イキイキと働き、そして事業成長を目指すには、本格的な働き方改革が必要になってくるでしょう。
今回は、飲食業・小売業を取り巻く人事の現状や課題について紹介しました。
次回は、飲食業・小売業において、この「働き方改革」にどのように対応していけばよいのか? また、さらに踏み込んだ現状と課題について考察していきたいと思います。
【参照】
*1:労働力調査 (基本集計) 平成29年(2017年)11月分(速報) – 総務省統計局
*2:平成24年就業構造基本調査 結果の概要 – 総務省統計局
*3:平成29年賃金構造基本統計調査 – e-Stat
*4:新規学卒就職者の離職状況(平成26年3月卒業者の状況)を公表します – 厚生労働省