アルバイト離職数前年比35%減。「共感の働き方改革」がもたらした驚異の成果とは?【スープストックトーキョー取締役・江澤氏】
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2018年2月26日、日本の人事部×SmartHR共催イベント『外食・小売り・サービス業で考える働き方改革』を開催しました。
テーマは「現場を活かす人事 ─ 業界が取り組むべき「人手不足時代」の生き残り人事戦略の最前線 ─」。ゲストスピーカーとして、食べるスープの専門店「スープストックトーキョー」取締役兼ブランディング本部長兼人材開発部部長の江澤身和さんにご登壇いただきました。
前編となる今回は、江澤さんによる基調講演「スープストックトーキョーを取り巻く人事課題と事業戦略」をお届けします。
司会
本セミナーでは、昨年度より非常にトレンドワードになっている「働き方改革」について、飲食・小売・サービスなどの業界において、どのような取り組みによって、現場はもちろん企業としての成長につなげていくのかにフォーカスしていきたいなと思っています。
基調講演におきましては、株式会社スープストックトーキョー 取締役兼ブランディング本部長兼人材開発部長の江澤身和さんよりお話いただきます。
まずはじめに、江澤さんのご紹介をさせていただきます。2005年パートナー(アルバイト)としてスープストックトーキョーに入社し、翌年10月社員登用された後、複数店舗の店長に就任されています。その後、法人営業グループへ異動し、冷凍スープの専門店「家で食べるスープストックトーキョー」のブランド立ち上げと、17店舗の新店舗立ち上げを経験。これまで育成してきたパートナーの方の数は300名以上。そのうち14名が、現在社員にもなられているそうです。現在は、株式会社スープストックトーキョーの取締役兼人材開発部の部長として、新たな育成・仕組み作りに取り組まれています。
これらの経験を持つ江澤さんのお話から、本日のテーマである「〜現場を活かす人事〜 『人手不足時代』の生き残り人事戦略の最前線」についてヒントを探っていければと思います。それでは、これよりご講演をお願いいたします。
江澤さんの躍進的なキャリアステップ
江澤さん
ただいまご紹介にあずかりました、株式会社スープストックトーキョーの江澤と申します。よろしくお願いいたします。
本日は、スープストックトーキョーについて、人事や制度の話をご紹介させていただければと思いますので、よろしくお願いします。
改めて私からも自己紹介させていただきたいと思います。
簡単にここまでの自身の経歴を、先にお話しさせていただきますが、2005年の2月にアルバイトとして入社をしたのがスープストックトーキョーでの始まりになります。それまでも、短大を出てからはフリーターとして、様々な会社でアルバイトをしていたため、その中の1つとして、スープストックトーキョーでアルバイトを始めたというのが、キャリアのスタートです。
アルバイトから内部登用で社員に。そして店長、取締役へ
その後、2006年の10月に内部登用で社員になりまして、翌年1月に初めて店長を担いました。その後、2011年から冷凍スープの専門店「家で食べるスープストックトーキョー」の立ち上げがスタートしまして、2012年10月、エリアマネージャーとして17店舗を立ち上げ、仙台から福岡まで様々な地域において、採用からトレーニングまで担当しておりました。
しかし、スープストックトーキョーの中には人材開発部がなかったため、2015年10月、新しく部署が立ち上がるタイミングで部長を任せていただきました。翌年2月に、スープストックトーキョーが株式会社スマイルズから分社化、そのタイミングで取締役に就任しました。
そして、2017年8月、社内の組織体制が変わるタイミングで「ブランディング本部」が立ち上がりまして、こちらの本部長も兼務しているような流れとなります。
「スープストックトーキョー」という会社のお話をさせていただくと、先ほどのとおり2016年の2月に株式会社スマイルズから分社化しました。
今、従業員の数は社員が185名、アルバイトが1,500名。店舗は68店舗あり、売上が約80億円です。あと、店舗ではありませんが、別事業として、冷凍スープの卸売やEC・通販なども展開しており、売上約80億のうち約20億をこれらの事業が占めています。
SSTの経営理念「世の中の体温を上げる」が全ての軸
江澤さん
本日の講演の重要なポイントは、私たちの企業理念である「世の中の体温をあげる」ということです。
株式会社スマイルズの時も、企業理念として「生活価値の拡充」を掲げていましたが、私たちの仕事を通じて「世の中の体温を少しでもあげることができたらいいよね」という思いが強くありました。2016年に分社化する際に改めて「私たちがやりたいことって何なんだろう? 私たちが大事にしたいことって何なんだろう?」ということを考えた時に立ち返ったのが、この「世の中の体温をあげる」という理念でした。
これからお話しさせていただくもの全て、「理念に当てはまっているのか? 誰かの体温を上げ、笑顔にできているのか?」と、何をやるにしてもひとつの基準となる大切な軸になっています。
SSTの事業戦略「“共感”を高めることで“体温”を上げる」
江澤さん
スープストックトーキョーにとっての人事課題と事業戦略ということで、私たちも様々な課題を抱えながら、今なお取り組んでいる最中です。
その中で、私たち自身が感じていた課題や、そこに対してどのような戦略を立てて取り組んできたのかを、具体的な話も混ぜつつお話しさせていただければと思っています。
3年前の経営課題「社員もお客さまも体温が上がっていない…」
3年前の経営課題として一番にあったのが「社員もお客さまも体温が上がっていない」ということでした。分社化するひとつのきっかけにもなった部分でもありますが、当時のスマイルズは「人手不足」という大きな課題を抱えていたほか、社員が感じる「働きがい」も低い状態でした。
また、私たちの業態は店舗の数を毎年毎年増やしていくというやり方ではない中で、ついつい「客単価」などに目がいってしまい、「私たちのブランドに共感をして来てくれているお客さまが増えているのか?」が、見えているようで実は見えていない状態であることに気づきました。
企業風土づくりや労務管理をしっかりとすることで利益を保つという、経営として当然やるべきことを実行する一方、淡々とそこをやり続けるというのが、ちょっと言い方が悪いのですが「ただの飲食業」になってしまうと感じたのが、私たちの一番の経営課題であると感じました。
その時に考えたのが「何のために私たちはスープ屋さんをやっているんだろう?」ということだったんですね。1人でも多くの方にスープを食べてほしいということも素直に思っていることではありますが、スープの販売自体はあくまでも「世の中の体温をあげる」という理念を体現するための手段のひとつだと考えています。
「客数の向上」と「採用費減」で共感を効果測定
そのスープを通して、ちゃんと世の中の体温をあげることができてるのかどうかが、とても重要だなというところに立ち返り、2016年の分社化のタイミングで、人事制度や報酬、就業規則なども見直しました。
売り上げや利益、出店数といったもので勝負をしていくわけではなく、目標をかなりシンプルに絞りました。大事なのは「共感」を増やすこと。
その「共感」を増やしているのかを測るため、単価ではなく、「お客さまの人数」と「採用費」を重要指標に置きました。
「採用費を減らす」ということをなぜ設定したのかと言うと、仕事が楽しくやりがいがあると、純粋に誰かに紹介したくなると思っているからです。そうすることで共感が集まり、採用広告費をかけずとも自然に人が集まってくるという連鎖が生まれると。
実際に私自身、スープストックトーキョーに入社したのは友人の紹介がきっかけだったこともあり、「人が人に伝えていく」ということを、採用の視点でも営業の視点でも大切にしたいと思い、ひとつの指標として掲げることになりました。
現場課題と人事のジレンマ
江澤さん
次に「現場課題と人事のジレンマ」ですが、大きく分けて3つあります。恐らく皆さんもいろいろと考えるところがあると思います。
(ジレンマ1)アルバイト1,500名の巻き込み
まず1つ目は、現在1,500名いるアルバイト従業員の巻き込みですね。弊社ではパートナーと呼んでいますが、この1,500人を巻き込めなければ、お客さまの体温を上げることはできないと思っています。
この巻き込みが大事なはずなのに、パートナーは、どんな方が働いていて、どんなことにモチベーションを持ってるんだろうということを知ってるようで知らなかったんです。
(ジレンマ2)商品は愛しているのに帰属意識が低い社員
次にその2です。商品のことは愛してるけど、帰属意識が低い社員が多いということ。社員アンケートでは、自分たちが販売している商品のことを誰かに薦めたいと思う方は、ほぼ100%に近いぐらい、自分たちが販売している商品に自信を持ってるんですね。
その一方で、自分たちの仕事を誰かに薦めたいかについては「薦めたくない」という回答が出てくるのは、何でなんだろうという課題がありました。
(ジレンマ3)営業視点の発想からは働き方改革は生まれない
最後の3つ目です。営業視点の発想からは働き方改革は生まれないということで、何かを大きく変えようと思っていた時に営業側の考え方でいってしまうと、どうしても利益などの数字の部分を追っかけてしまう。そしてやっぱり働き方改革というのはなかなか案として出てこない。
「働き方改革できたらいいよね」という気持ちはありながらも、「でも、それをやるとこうだよね、ああだよね」とコストなどがどうしてもチラついてしまいがちです。
ですから、働き方改革においては、営業視点ではなく、人材開発の視点でしっかり切り込んでいかなければならないと感じていました。
現場を活かし体温を上げる様々な取り組み
江澤さん
それらの課題やジレンマを解決すべく、体温を上げるための「現場を活かす人事施策」として、非金銭的施策と金銭的施策のふたつにわけ、多くの施策をこの2年間で取り組みました。
この2年間で、人材開発部をはじめ私たちの中で重きを置いたのが「とにかく試行錯誤してやってみよう」ということです。
実際にやってみて自社に合わなかったらその施策はやめればいいという考え方で、とにかくいろんなことを試してみようと取り組んでいました。この2年間で新しく始まったものや、今まであったものの中からブラッシュアップしたものもありました。
まず金銭的な施策としては「店舗社員のみなし残業無し」や「賞与の引当期間4か月分」のほか「年間の休暇日数を120日にしましょう」、「店長職の待遇を良くしましょう」、「フリーターの時給を改善しましょう」といったように、分かりやすくお金も使いながらやっていく取り組みなどがあります。
しかし、この2年間はどちらかというと意識や意欲を向上させるための非金銭的な施策に取り組みました。その中で、特に効果があったと実感する施策を、いくつか紹介させていただきます。
(1)成果発表会「スープストックトーキョーグランプリ」
まず1つ目が「スープストックトーキョーグランプリ(SSTグランプリ)」というもので、いわゆる成果発表会です。
ただ、ここでの成果発表会において大事にしている軸は、定量的なものを成果とするのではなくて、あくまでも「世の中の体温を上げる」ということをどれだけ体現できているのかを、みんなの前で発表する会にしています。
あともう1つは、1,500人のパートナーが主役になること。なので、社員ではなくてパートナーが発するということを大事にしたものです。
私自身、店長時代に、パートナーさんに何かを伝えたいなという時に、店長としての私が話すよりも、同じパートナーの立場の方がパートナーにお話をするのが一番響いたんですね。店長や社員は「やって当たり前」と思われてしまう中で、「同じパートナーという立場なのにこんなに意識高く取り組んでいるんだ、こんなに考えているんだ」というのは、パートナーにとって刺激となり、伝わるというのを自分自身は1つのお店の中でも強く感じていました。
そのため、この刺激を会社単位で生み出そうとグランプリ形式で実践したのが、この「SSTグランプリ」という施策になります。
(2)SNS機能を持つ社内報「Smash」
次に、社内コミュニケーション活性化の一環として、「Smash」というSNS機能の付いた社内報をはじめました。
現在のアカウント数は約2,300名です。記事コンテンツを更新すると、1記事あたりの閲覧数がおおよそ700PVほどで、多いものだと1,500PVを超えるなど、非常にアクティブです。
この「Smash」はパートナーさんでも社員でも誰でも書き込めるようになっており、それがリアルタイムに更新・共有され、それらの記事に対して、私はもちろん時には社長もコメントを寄せるなど、活発にコミュニケーションをとっています。
(3)アルムナイ施策「バーチャル社員証」
こちらは、いわゆるアルムナイ施策としての「バーチャル社員証」です。「スープストックトーキョー」というブランドの理念や思いに共感してくださる方は、退職後もひとりのファンとして、お店に来てくれる方がとても多いんですね。
サービス業としてアルバイトの方を採用している企業ではどこもそうだと思うんですが、たくさんの方が毎年3月に学校の卒業とともに店舗を卒業していってしまう。でも、その卒業していくメンバーを巻き込むことができたら、もっともっと「スープストックトーキョー」を広めていくきっかけになるのではないかと考えています。
そこで「退職後も我々の仲間ですよ」という思いから、「バーチャル社員証」を発行し、従業員として働いていた時と同様のサービスを受けられる制度となっています。今現在で980名の方が、この「バーチャル社員証」に登録してくれていて、実際にイベントなどの際にお声掛けさせていただいたりしています。
(4)複業で得た経験を本業に還元する「ピボットワーク制度」
そのほか、こちらは今年の4月から始まる施策ですが、「ピボットワーク制度」という、いわゆる複業制度を4月から解禁予定です。
「ピボットワーク」という言葉にある通り、あくまでも軸足は本業であるスープストックトーキョーに置きながら、自分たちのスキルや経験値を上げるために副業に取り組むのもOKですよ、という制度によって、働き方の多様性を広げようということを考えています。
対社外の「体温向上施策」にも注力
ここまでは人事制度というか、対社内のインナー施策を中心に紹介しましたが、それだけでなく「体温を上げる」ため対社外の営業施策も、この2年間でいろいろと実践しました。
例えば「カレーストックトーキョー」は、カレーだけを販売していまして「スープ専門店がスープを売らない日」という1日なんですが、このイベントもただ指示された企画をやるのではなく、「自発的に始める」「自分たちでイベントを作る」ということを営業として意識し、企画されたものです。
「七草粥企画」は、1月7日「七種(ななくさ)の節句」に七草粥を販売する企画ですが、この日は商品だけではなく、「スタッフ一人ひとりがお客さまに一言添えて販売する」ということで、みんなが一歩踏み出すきっかけになるような企画として、営業が立案しました。
また、今年の年始に「年始のご挨拶企画」を実施しました。こちらは68店舗の店長それぞれに、自分のお店に来店してくださるお客さまに向けた年始の挨拶を書いて、それをポスターやリーフレットにして、1月1日~7日の間、店頭に掲載しました。会社から世間に向けた発信は多いんですが、会社だけでなく店長一人ひとり、そして1店舗1店舗に思いがあるということを、このような形にすることで、「このお店の店長は自分なんだ」という自覚を持たせ、自分ごと化させることを意識した施策になっています。
「働き方“開拓”」で生活価値の拡充を
更なる現場改革に必要なこととして、「働き方開拓」というテーマで、この4月から「生活価値拡充休暇」というのを新たに作ろうと思っています。
“改革”ではなくて、“開拓”としているのも我々のこだわりがありまして、制度しかり環境しかり、何から何まで誰かが作ってくれるものではなく、「自分たちで作っていこうよ」ということを、社員一人ひとりにメッセージとして伝えています。
仕事とプライベートのメリハリをしっかりと持つことで、ちゃんといい働き方を、そしていい生き方をみんなでしようというメッセージを持ちながら、公休の数を増やし年間休日休暇を120日にすることに加え、「生活価値拡充休暇」を年間12日支給することで、この“メリハリ”を実現させようと今動いているところです。
分社後2年の成果と今後の課題は?
江澤さん
最後に、分社後2年の成果と今後の課題を紹介します。
いろいろと施策を実践した中で、とにかく色々試行錯誤しようと動いていました。
その中でやっぱり一番大きかったのは、経営のトップでもある社長をしっかり巻き込みきれていることだと思っています。自分たちだけで発信をするのではなくて、会社の軸になる人を巻き込みながら全体に発信していったことが、全ての理念や施策に対して大きな影響があったと感じます。
従業員の“体温”が上がり「採用費」9%削減、「客数」も向上
現状の定量的な改善成果としては、この2年間で採用費を9%減らすことができました。特に従業員目線でも共感を生むことで110%の実績をつくれた「紹介制度」の効果が大きいと考えています。
また、もうひとつ大きかったポイントが、パートナーさんの退職数を35%減らせたことです。新規採用にどれだけ力を入れていても、どんどん辞めていってしまってはあまり意味がないと思うんですが、この離職を減らすことで、採用費削減はもちろん店舗全体のレベルを上げることにもつなげることができたと感じています。
社員の残業時間も、月間の平均で16.5時間ということで、2016年度比で2時間削減できました。私たちはみなし残業をつけていないので、残業に対して全て手当を支給しておりますが、残業代自体も今までよりも半分ほど減らせるまでになっています。
「世の中の体温を上げる」上で、営業視点でも掲げていた「客数」に関しては、既存店で見た時に101.2%ということで、様々な取り組みが巡り巡ってお客さまの共感を生み、結果としてお客様の人数を増やすことにも繋がってきています。
これからの課題は「女性管理職の人数」や「働きがい」
来年度に向けた課題としては、まず「女性管理職の人数」です。私も今、取締役や様々な部署を兼任していますが、女性管理職が5名しかいないというのはまだまだ少なく、ひとつの課題です。
また、「社員の働きがい」も上がりきっておらず、現状71点ということで、まだまだ伸びしろがあり、これからです。
そのほか、年間休暇120日の100%取得をこの4月からで掲げてはいるんですが、具体的にどのようなアプローチで推進しようかという仕組みを考えてはいるものの、どこまでいっても最終的には気合い頼みな部分があり、この点に関してはまだまだ私たちとしても課題意識を持っています。
駆け足で一気にお話しさせていただきましたが、本日お話した「世の中の体温を上げる」という理念。どんな人事施策や営業施策をやるにしても、常にこの理念を軸とし、立ち返りながらやることが、全ての行動に共通する一本柱なのかなと思っています。
(基調講演ここまで)
■編集部より:前編のまとめ
スープストックトーキョーさんでは、「世の中の体温を上げる」という理念を掲げる中で、それを体現するための人材開発がひとつの課題としてあったようです。この解決におけるキーワードは、対外的な営業施策としても、対内的な人事施策としても「共感」がポイントに。
この「共感」を生み出すために必要となったのが、「働き方“開拓”」。特にアルバイトであるパートナー従業員を如何に巻き込めるかがキーポイントになっていたようです。
結果的に、紹介制度を活用した入社が増加すると同時に、採用費と離職率も改善。客数も増加し、内外ともに“体温”を上げることに繋がったようです。まさに「共感の働き方改革」と言えるでしょう。
後編では、今回のお話を踏まえ、株式会社SmartHR代表・宮田がモデレーターとなって深掘りし、「飲食・小売業における働き方改革」についてのヒントを模索します。