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これからの企業は宗教的であれ。流動化する時代の場づくり論

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高度経済成長期前後に確立した日本企業の場づくりは、「団結」がひとつのテーマになっていました。その前提が崩れているのが昨今の労働市場と言えます。在宅勤務の増加やジョブ型雇用の推進などによって働き方の多様化が進み、企業に求められる場づくりの条件に変化が起きている今、企業はどのようにしてその人らしく働くための場をつくっていけばいいのでしょうか。経営論に詳しい経営学者の入山章栄さんに伺います。

入山章栄(いりやま・あきえ)

経営学者。早稲田大学ビジネススクール教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。専門は経営学

在宅勤務の普及などによって、「オフィスに全社員が揃って働く」が前提にならなくなってきました。こうした環境下で、企業が成果をあげていくためにはどのような場づくりをしたら良いのでしょうか。

入山

今はそうした問いに正解がないんですよ。経済成長の中心が製造業だった頃はありました。海外から新しい技術を導入して、歩留まりを上げてたくさんつくる。こうした製造業モデルだと、同じような人が同じ時間に同じ場所に集まって作業するのがいちばん効率が良いんです。同時に、製造においては失敗してはいけないから、可能な限りチャレンジせず、安定的な生産体制の構築を目指していく。それでも問題なかったのは、円が安かったため、輸出競争力も高かったからです。しかし現在は、こうした高度経済成長期の日本企業の場づくりや働き方の仕組みが、完全に裏目に出ています。今はイノベーションを起こすためにチャレンジを推奨して、新しいものを生み出していかなければいけない。そのためには多様性のある環境をつくることが重要です。こうした時代には、「こういう働き方が良い」「こういう組織が良い」という正解はありません。「それぞれの企業による」としか言えないんです。

椅子に座る入山さん

入山さんはご著書で「組織内の知の分布」のメタ知であるトランザクティブ・メモリー・システム(TMS)について紹介されています。TMSが豊かであるほどチームのパフォーマンスが高くなり、TMSを高めるには顔を突き合わせて交流することが効果的だという実証研究もあると書かれています。

入山

今でも、生産性を向上させるために全員出社にしている会社はありますし、僕が取締役を務めている企業もそういう方針です。組織がフラットで、立場や部署の垣根を超えてコミュニケーションできる。そこが企業の魅力であり、価値の源泉となっているので、出社するべきという考え方なんです。とはいえ、それも選択のひとつでしかありません。オフィスに出社しない企業があってもいい。今であれば、オンラインでコミュニケーションを担保することもできますから。そもそも、これまでが画一的すぎたんですよ。これからは、会社のビジョンに基づいて勤務体系や組織体制を決め、それに紐づけてどういう人を採用すべきなのか最適解を探す時代になっていくと思います。

人事戦略にこそ、ビジョンが求められる

会社の事業内容や目指す組織の在り方によって、答えは変わってくるんですね。

入山

僕は、企業経営において最も重要なのは人事戦略だと考えています。どんなに立派なビジョンも綿密な戦略も、人がいなければ実現できないからです。組織は長い年月をかけてコツコツとつくりあげていくもので、最適な人事戦略は企業ごとに大きく変わります。たとえば、マクドナルドとスターバックスは同じ外食産業ですが、企業戦略が異なるため、人事戦略も真逆といっていいほど異なります。マクドナルドはオペレーションやサービスも含めた全店舗の標準化が強みなので、マニュアルがきっちりあり、従業員の業務も限りなく標準化されている。スターバックスは、現場にいる一人ひとりが顧客に対して何ができるかを判断し、行動することを推奨しています。これだと、適した人材も違ってきますよね。だから、人事担当者に求められるのは、経営者目線を持つこと。経営者と議論して、10年後、20年後に目指したい企業像を共有し、そのための戦略を考えられる人でなければ務まりません。こうした戦略を考えるために人事まわりのDXが必要なのだと思います。

業務を効率化することで、本質的な議論の時間を確保する。

入山

人事戦略をつくることを突き詰めて考えている日本の企業はあまりないんです。採用だって、なんとなく大学の偏差値順に面接で感じが良かった人を採る、みたいな企業は少なくないでしょう。本来は、企業戦略や人事戦略について徹底的に議論して、自分の会社は何を目指していて、どういう人材がほしいのかをはっきりさせることが必要です。

本棚に向かって本を選ぶ入山さん

採用の応募者側も、自分がどういった会社で働きたいかをはっきりさせる必要がありますね。

入山

その通りです。ただ漫然と有名な会社に応募して、採用されたら定年まで働くという時代は終わりました。僕は、終身雇用制度が日本企業の最大の問題だと考えています。20歳そこそこで入った会社に、これから先40年の人生を預けるなんて、よく考えたらおかしな話なんです。時代も変わるし、個人のやりたいことやライフステージも変わっていく。合わなくなってきたと思ったら、別の会社で働けばいい。マッチングを繰り返すのが当たり前なんです。企業の採用担当者は採用した人が辞めてしまうことをネガティブに受け取るケースが多いのですが、「またご縁があればうちで働いてください」とアルムナイ・ネットワークを築くほうがベターです。そうすれば、5年後、10年後に「この会社、やっぱり良かったな」と戻ってきてくれるかもしれない。自由に人が流動するのが健全な社会ではないでしょうか。

魅力のない会社は採用が一段と難しい時代になってきますね。

入山

だからこそ、徹底的に議論して自分たちはどのような会社なのかというビジョンを明確化することが大事なんです。そして、採用に困っている企業こそ、その会社ならではの価値観や実現できることを発信すべきです。インターネットを駆使すれば、世界中の人に存在を知ってもらえる時代なんですから。たとえば京都で金属加工業を営むHILLTOPは機械学習を積極的に取り入れて業務を自動化し、社員が新しい装置の開発や作品づくりにチャレンジできる環境を整えたところ、国内のトップ大学や海外からも応募が届くようになったそうです。

人は合理性だけでは動かない。会社の在り方を考えるヒントは「宗教」

特にやりたいことがない人は、会社を選ぶのも、会社に選ばれるのも厳しくなっていくのでしょうか。

入山

一概にそうとは言えませんよ。やりたいことがないという人は当然いるし、僕はそれでも問題ないと思っています。企業にとって大事なのは、動詞で表現できる「ビジョン」と、形容詞で表現できる「バリュー」です。大企業はビジョンとバリューの両方がないと成り立ちませんが、世の中には強烈なビジョンだけあってバリューがないという会社も存在します。イーロン・マスクで有名なテスラはまさにそうですよね。「大衆市場に高性能な電気自動車を導入することで持続可能な輸送手段の台頭を加速する」という目標に向かって邁進している。それを「やりたい」という人が集まるわけです。一方、ビジョンはないけれどバリューがあるという会社もあります。やりたいことがない人は、バリューに共感できる会社に入るといいでしょう。急激な成長もIPOも目指していなくても、おもしろい会社。そういう雰囲気のなかで働きたい人は少なくないと思います。かくいう僕も、バリュー型で、明確な目標がないんですよ。

人は合理性だけで動くものではないですよね。むしろ、好き嫌いやなんとなくの感覚で動く方が、多いのかもしれません。

入山

人は基本的に非合理的なんですよね。これまでは終身雇用制度によって働く場所を変えるハードルは高かったですが、その前提が崩れた社会では「この会社が好きだ」「この人と働きたい」といった感覚で、会社を選ぶことも増えていくでしょう。世界的ベストセラー『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』の著者である歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、人間は物語を創作し、そのなかの一定の役割を担うことで自分の生の意味を見出す動物だと主張しています。その特性によって、人間社会には宗教というものが存在している。この宗教が、今後の会社の在り方を考えるヒントになると思っています。

会社が宗教になる、と?

入山

たとえば、バイオテクノロジー企業のユーグレナは「人と地球を健康にする」という教義を掲げた宗教のような存在と解釈することもできます。そしてユーグレナの思想が好きだという人が、株を買い、製品を買い、働きたいと応募する。スープストックトーキョーを運営するスマイルズやグループウェアの開発・販売などを行うサイボウズなどもそうですね。経営者のビジョンやバリューに惹かれる人たちが社員や顧客になる。そんな宗教的な会社がこれから伸びていくだろうというのが、僕の見立てです。

入山さん

文:崎谷実穂
撮影:小池大介

※この記事は、本特集の冊子版であるJIKKEN MAG「well-workingの第一歩」内の企画を掲載したものです。冊子のPDFデータは以下からダウンロードいただけます。ぜひ他の企画も読んでみてくださいね。

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