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やさしさによる配慮は続かない。多様な人の活躍する組織づくりを考える

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目次

近年、多くの企業で多様な人材の活躍できる環境づくりへの関心が高まっています。障害の有無にかかわらず、すべての従業員が能力を発揮できる環境はどのように実現できるのでしょうか。NPO法人日本ブラインドサッカー協会で人事・総務グループを統括する井口さんと、SmartHRで障害者雇用を担当する新名さんで対談を実施しました。

  • 井口 健司さん 

    NPO 法人日本ブラインドサッカー協会 執行役員(事業推進担当)

    1976年生まれ、東京都府中市出身。 大学卒業後、国立障害者リハビリテーション学院視覚障害学科を経 て、視覚障がい者の歩行訓練やケースワーカーとして障がい者支援施設で勤務。その後、NPO法人日本ブラインドサッカー協会に入職。

  • 新名 咲さん

    株式会社SmartHR 人事統括本部/人材・組織開発本部/エシカルワーク部/ダイバースOps コーディネーターユニット

    株式会社SmartHR ダイバースOpsユニット。特例子会社、就労移行支援事業所、障害者雇用のコンサル会社などを経て、SmartHR初の障害者雇用担当として2023年10月に入社。

障害に限らず多様な仲間と働くのが“当たり前”な環境づくり

「設立当初から視覚障害のある仲間もいるのが当たり前だったんです」と話すのは、日本ブラインドサッカー協会の井口 健司さん。同協会では視覚障害に限らず、多様な特性をもつ人が働きやすい環境や制度づくりを推進してきました。

日本ブラインドサッカー協会の環境づくりの背景にある価値観、直面してきた具体的な課題、乗り越えた方法を伺いながら、多様な人材が共に働くためのヒントを探ります。

日本ブラインドサッカー協会では障害のある人の働きやすい環境・制度づくりとして、どのような取り組みをしてきましたか?

井口さん

日本ブラインドサッカー協会の成り立ちからお話すると、取り組みの特徴がわかりやすいかと思います。

当協会はブラインドサッカーの競技普及・強化活動、競技特性を活かした健常者向けのダイバーシティ教育プログラムを展開しています。ブラインドサッカーとは、いわゆる「見えないサッカー」です。ゴールキーパー以外が全盲の選手で、アイマスクを装着し、音の出るボールを用いてプレーします。

当協会は2002年に設立され、2009年からNPO法人化を見据えて事業推進できる体制を構築しました。2015年にNPO法人化し、現在は約50名の職員が活躍する組織に成長しています。

その過程では事業の性質上、視覚障害への理解が重要でした。その結果、視覚障害のある人が別企業に在籍しながら出向という形でかかわってくれるケースが増えました。

ブラインドサッカー協議の様子を映した写真

©Haruo.Wanibe/JBFA

(フットサルをもとに考案されたスポーツで、感覚を研ぎ澄ませ、声や音、仲間を信じる気持ちを頼りにプレーする5人制サッカー)

ほかにも多様な働き方やかかわり方を必要とする人が集まってきました。私自身も2002年からボランティアとして携わった後、徐々にかかわりを増やし職員になっています。現在もフルタイム職員のほか、本業をもつボランティアの方が多数かかわってくれています。

こうした経緯から、日本ブラインドサッカー協会では障害の有無に限らず、多様な特性や強み、働き方の仲間がいるのが当たり前になりました。「視覚障害者のため」といった意識ではなく、集まった仲間それぞれにあわせた環境づくりを進めてきました。その結果として、自然と障害のある人にとっても働きやすい環境や制度がつくられてきたと捉えています。

インタビューに応える井口さんの写真。椅子に座って、手振りを交えながら説明している

(NPO 法人日本ブラインドサッカー協会 井口 健司さん)

具体的にどういった環境・制度づくりを実施してきたのですか?

井口さん

環境づくりの代表例としては在宅勤務制度が挙げられます。2020年頃のコロナ禍を機に多くの企業で導入が進みましたが、私たちは2012年ごろから推奨してきました。フレックスタイム制も導入しており、職員は、“一定の制限”の中で、始業・終業時刻を自由に決めて頂いています。

また、日本ブラインドサッカー協会では障害の有無にかかわらず、共通の人事制度と評価の仕組みを運用しています。設立当初から、視覚障害のある職員も営業活動や体験会の運営、大会の実行委員長など、さまざまな役割で活躍してきましたから。特別なルールを設ける必要はなく、同様の評価基準で運用できています。

就業規則に合理的配慮を明文化。前提を共有するための仕組み

環境や制度づくりで大切にされてきた考え方はありますか?

井口さん

私たちのビジョンは「視覚障害者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現する」です。

このビジョンのもと、「私たち自身が当たり前に混ざり合っている状況をつくること」を、組織の前提として共有しています。

2017年に制定した就業規則の前文では、以下のように合理的配慮を就業規則よりも優先し、検討されるべきと明記しています。

ダイバーシティ豊かな社会につながるビジョンを掲げる当協会にとって、さまざまな「違い」がある職員がいて、共に協力し、高い成果を達成するために働くことが必要である。この規則はそのための基本的な約束事である。また、「違い」のなかでも、「障害」があるものに対する「合理的配慮」は、本規則の定め全てに優先され、検討され、考慮されるものである。

環境づくりの積み重ねと、ビジョンや就業規則への明文化と両輪で進められてきたのですね。SmartHRでも障害者雇用の実践と共に評価制度も検討中かと思いますが、今のお話についてどう感じますか?

新名さん

「合理的配慮」がすべてに優先され、検討され、考慮されると明記されているのは非常に珍しい例だと思いますし、感銘を受けました。

SmartHRでは、誰もが働きやすい職場をつくるためには、やさしさだけに頼らない「仕組み」が必要だと考えています。日本ブラインドサッカー協会さまのように、ビジョンや就業規則に合理的配慮の重要性が明文化されていることは、日々の意思決定や判断の拠り所になるはず。共通認識となる言葉を整備する取り組みも「仕組み」の1つだと感じました。

新名さんがインタビューに答える様子の写真。朗らかな表情で話をしている

(株式会社SmartHR 新名 咲さん)

多様な「できる・できない」を共有し、共に解決する姿勢をもつ

実際に多様な仲間と働くなかで、これまでどのような課題に直面され、乗り越えてこられましたか?

井口さん

視覚障害を例にお話すると、そもそも「視覚障害」と一言でいっても個々の特性や得意不得意は異なります。そのため、基本的にケースバイケースで対応してきました。

よく直面するのは「何の支援をどこまで会社にやってもらえるのか」という認識のズレです。視覚障害のある人から「ここまでやってもらえるものだと思っていた」と、後から共有されるケースがよくありました。

そこで、新しくかかわる障害のある人には、「私たちもわからないので、困っていることを教えてほしい」「必要な支援は私たちが何とかするから」と伝えるようにしています。

たとえば、視覚障害のある職員から「事務所までの徒歩通勤が難しい」と相談があった際は、日本ブラインドサッカー協会の歩行訓練士*と一緒に通勤を練習してもらいました。

※視覚障害のある人の安全な歩行をサポートする専門職

また、最近ロービジョン(=弱視)の人が入社した際は「仕事に拡大読書器*が必要」と相談がありました。ですので拡大読書機を借りる場所や金額を調べてもらって一緒に働く環境整備を行いました。

※印刷物を拡大して画面に映し出す支援機器

すべての支援を一方的に提供するのではなく、あくまでも本人に課題をぶつけてもらい、共に解決策を考える姿勢を大切にしています。

新名さん

SmartHRでは主に精神障害のある人を採用していますが、採用時に自分の意思や気持ちを伝える力は同様に重視しています。自分の状態を把握する能力を前提に、必要なときに助けを求められる能力はとても大切ですから。

「配慮」という言葉のイメージもあり、「会社がすべての支援を提供しなければ」と考える人もいそうです。

井口さん

まさに、ブラインドサッカーの選手から「一般企業では『視覚障害者だから』と簡単な事務作業しかやらせてもらえない」という話も聞きます。 障害の有無と個人のスキルやスタンスは別であるという考えが必要なのではと思います。日本ブラインドサッカー協会では、障害の有無にかかわらず団体として求める水準の業務を期待します。そのうえで障害を理由に難しいことがあるならば、合理的な配慮の一環で環境を整えます。

新名さんも支援をするうえで意識していることはありますか?

新名さん

採用側としては「合理的かどうか」という一貫した基準をもつことを意識しています。

SmartHRでは、障害者雇用を推進する第一歩として「ダイバースOpsユニット」を新設し、障害のある人を雇用しています。「障害のある人が集まっているなら理解し合える」と思う人もいるかもしれませんが、実際は個人差が大きいですから、集合的な雇用の場では個性がぶつかりやすい面もあるんです。

だからこそ徹底した話し合いのうえで合理性を重視することを意識しています。やさしさではなく、仕事上必要だから配慮する。やさしさによる配慮は継続しませんから

取材時にお話をする井口さん、新名さんの写真

適切な配慮には相互理解やコミュニケーションが重要になりそうです。何か取り組まれていることはありますか?

井口さん

入職するときに「『できること・できないこと』を自分から発信してね」と明確に伝えるようにしています。

また、コロナ禍以前は年に1回、1泊2日のビジョン研修を実施していました。日本ブラインドサッカー協会のビジョンを理解し、一人ひとりが協会にかかわる動機を再認識する機会です。「ブラインドサッカーを通じて視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」というビジョンの多様な解釈を共有しつつ、解釈の根っこにある共通項を見出すような場になっていました。理解してもらうための研修でもあります。

最近では共に活動する視覚障害者の理解促進として、職員に「同行援護従業者*」の資格を取得してもらっています。資格取得をとおして、若干見える人や昼間は見えるけど朝と夜が見えない人など、多様な特性があることを学べます。

※視覚障害者の外出などを支援する「同行援護」の際に必要となる資格

講演や研修など一方向のインプットではない機会を提供しているのですね。SmartHRでも理解促進のために実施していることはありますか?

新名さん

最近ダイバースOpsユニット内で、メンバー自ら障害特性について説明する勉強会が始まりました。「お互いの特性がわからないのが不安だ」という声がきっかけで始まった企画です。初回はADHDのメンバーが自身の特性について説明してくれました。

開催してみると「私も同じ」「ここは私と違う」など、さまざまな気づきが生まれています。今後も継続していく予定ですし、メンバー主体で社内向けの勉強会も企画しているところです。

障害のある人には“やさしく”?従業員に求められるマインドセット

今後、多様性推進のなかで、従業員が多様な特性をもつ人と働く機会も増えてくると思います。その際に従業員側に必要なマインドを教えてください。

井口さん

私たちが上から「こうすべき」とは言えませんが、ブラインドサッカーという競技には理想的なマインドが体現されていると感じています。

ブラインドサッカーは、目が見える人と見えない人が協力して点を競うサッカーです。見える人が相手キーパーの後ろの位置からゴールの場所を伝え、シュートを外せば怒り、悔しがり、決めたら共に喜ぶ。同じ立場でプレーできるのが特徴です。

目が見える・見えないは関係なく、過度なやさしさによる配慮もありません。このピッチで実現している関係性が、私たちの理想とする世界の縮図なんです。こうした関係性があらゆる企業、ひいては社会全体で実現されていけばと考えています。

当協会では、企業向けの体験型研修プログラムを展開しています。プレーしているときは、目の見える人がアイマスクをして、目の見えない人に指示を出します。ブラインドサッカーでは正確な意思疎通ができなければ、得点も防御もできません。これは上司から部下への指示や、従業員同士のコミュニケーションにも通じる学びや気づきを得られる体験だと思います。

企業研修を体験する参加者たち。アイマスクを着用し、輪になってコミュニケーションを図っている

©JBFA

(企業向けのブラインドサッカー研修の様子。ブラインドサッカー流のコミュニケーション論を体感できる)

指示を出す側は正確さが求められ、受ける側もわからないときは率直に伝える必要がある。今日伺ったコミュニケーションの大切さも見えてきますね。新名さんは従業員側に求められるマインドについていかがでしょうか?

新名さん

1人の人間としてかかわり合うことが大切だと思います。障害は個人の一部でしかないはずなのに、実際に向き合うと障害があることだけを意識しすぎてしまう方は少なくないと感じます。

私自身、ほかの社員と同様にコミュニケーションをしていると「厳しすぎるのでは?」と言われたこともあります。ですが、私は一緒に働く仲間として普通にかかわりたい。そうなるとよいなとは思っています。

井口さん

それはあるあるな気がしますね。たとえば大会などでチーム関係者は視覚障害の選手を過度に介助しません。その人が自分でできると知っているからです。ですが、観客からは「なぜ介助をしないのか」と指摘を受けることがあります。

「配慮が必要な人」としてではなく、1人の人間としてかかわるマインドは、どうしたら身につけられるでしょうか?

井口さん

やはり実際にかかわる経験の積み重ねで身についていくものだと思います。

一緒に食事をしたり、飲みに行ったりすると、手引きが必要な場面と1人でできることの境目がわかってくる。言葉で理解する以上に、深く細やかな理解が生まれると思います。

日本ブラインドサッカー協会では新しく入った職員に、食事の際の視覚障害のある職員の隣に座ってもらうなど接点づくりをしていますね。

新名さん

「困っているように見える人」を目の前にすると、手を差し伸べたくなる気持ちは自然なことですよね。ただ、それが過剰になってはいけないのだと思います。

以前、部内で視覚障害のメンバーと初めて食事をした際、少々食べづらい料理が出てきたんです。そしたらあるメンバーは視覚障害の人を助けなければと思ったのか、突然手をとって助けようとしたんです。

でも視覚障害の人からしたらびっくりしますよね。その驚きや周囲の反応が伝わり、その後そのメンバーは何も支援せずに食事をしました。これも言葉ではなく実際に触れあって理解を深めた事例かと思います。

井口さん

お酒好きな視覚障害の人のなかには目が見えなくてもビールをジョッキにちょうどよい量注げる人もいます。野球好きの人にはミットに入るボールの音で球速がわかる人もいます。

できることもできないことも、日々のコミュニケーションをとおして理解していくものですから、決めつけない意識は重要ですよね。

「できないだろう」の意識を捨てることからはじめる

最後に、多様な人の働きやすい組織づくりに取り組む人事担当者に向けて、メッセージをいただけますか?

新名さん

多様性推進は社会的責任として重要ですが、それだけでなく企業として取り組むメリットを明確にすることも重要になると思います。近年、若い世代を中心にDE&Iへの関心が高まっていますし、ESG経営も注目を集めています。多様な人材の活躍できる組織は、それぞれの得手不得手をカバーし合える組織力の向上につながりますし、採用競争にも強くなるはずです。取り組むメリットを企業活動の一環として捉えることで、より継続的な推進が可能になると考えています。

井口さん

今日の対談を通じて、あらためてコミュニケーションの大切さを感じました。障害がある人が「会社に何を期待しているのか」をしっかり聞き出せれば、環境整備の方向性も見えてきます。そのためには信頼関係の構築が不可欠ですし、そこには時間をかける必要があります。

採用時の要望は、入社後に変化することもあり得ます。だからこそ、人事担当者だけではなく組織全体で継続的なコミュニケーションを心がけることが大切です。「こういう障害のある人は、これはできないだろう」という思い込みを捨てることから、突破口が開かれていくのではないでしょうか。

井口さんと新名さんの写真。二人が肩を並べて正面を向いている

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