社労士が解説!HRニュース2021年8月振り返りと9月のポイント(最低賃金の引き上げ、保険証の従業員への直接交付など)
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あっという間に8月が終わり、秋の足音が近づいてきました。
まだまだ残暑が厳しいですが、季節の変わり目で体調を崩さないように気を付けてください。
さて、8月に引き続き、9月も人事・労務担当者にとっては比較的落ち着いた時期ではありますが、そろそろ年末調整の段取りを検討し始めるなど、年末の繁忙期に向けた下準備も開始していきたいタイミングです。
今回のニュースレターでは、足元で把握しておきたい情報に加え、2021年の年末調整準備開始にあたって、筆者からお伝えしたいことについても触れています。
2021年8月のトピックの振り返り
(1)最低賃金の引き上げ
先月のニュースレターで触れた通り、コロナ禍の中、厚生労働省の諮問機関「中央最低賃金審議会」が今年度の最低賃金の改定額の目安を28円としていたことが大きな注目を集めていました。これを受けた地方最低賃金審議会の答申が出そろい、47都道府県の最低賃金の改定額および発効予定年月日が決定されました。
詳細は、令和3年度 地域別最低賃金 答申状況をご参照ください。
地方の都道府県でも最低賃金が大幅に引き上げられ、47都道府県全てで最低賃金は800円を上回ることとなりました。
コロナ禍で経営が苦しい中、最低賃金の引き上げ対応をしなければならない企業も少なくはないでしょう。
従業員が休業している場合は、最低賃金引き上げ分も対象になりますので、当面は雇用調整助成金を活用することが可能です。
しかし、雇用調整助成金はいつまでも続くわけではありませんし、そもそも休業等をしていなければ利用できません。
やはり、生産性を向上させて昇給原資を確保することが必要になってきますので、個々の企業が工夫をすることはもちろんですが、最低賃金を引き上げて、生産性を向上させた場合に受給できる「業務改善助成金」なども活用していきたいものです。
業務改善助成金の詳細については、下記をご確認ください。
(2)保険証の従業員への直接交付
新入社員が入社した際、社会保険の資格取得手続を実施すると、保険証は必ず会社宛に郵送されるというのが従来のルールでした。
しかし、コロナ禍でテレワークが増加する中、極端なケースですと、誰もいない本社に保険証が届き、新入社員に保険証を渡すことができないという事態も目下発生しています。
そこで、8月13日付で厚生労働省の省令が改定され、2021年10月1日より、保険証を「保険者が支障がないと認めるときは、被保険者に直接交付することが可能」となりました。
「保険者が支障がないと認めるとき」とは、具体的には、事務負担や費用、住所地情報の把握等を踏まえた円滑な直接交付事務の実現可能性や、関係者(保険者・事業主・被保険者)間での調整状況等を踏まえ、保険者が支障がないと認める状況である場合を指します。
まだ実務上の取扱いが不明確な部分も多いですが、本件の詳細については、下記厚生労働省の通達をあわせてご参照ください。
(参考:健康保険法施行規則及び船員保険法施行規則の一部を改正する省令の施行に関する留意事項等について)
保険者ごとに対応が異なりますので、気になることなどあれば、全国健康保険協会(協会けんぽ)に加入している企業は、協会けんぽの都道府県支部に、関東ITソフトウェア健保など、健康保険組合に加入している企業は、加入先の健康保険組合にご確認ください。
保険証の従業員への直接交付が実現すれば、テレワーク実施時の入社手続が大幅にスムーズになり、従業員の手元に保険証が届くまでのリードタイムの短縮にもつながります。
マイナンバーカードの保険証利用も2021年10月頃から開始される予定となっていますが、スタート当初は対応できる医療機関も一部に留まるので、当面は引き続き保険証が主役となる中、保険証の従業員への直接交付は人事・労務担当者にとって大きな助けとなるでしょう。
(3)ワクハラへの注意
新型コロナワクチンが順次、各自治体で現役世代も接種開始となり、また、職域接種も本格化している中、人事・労務担当者が注意をしておきたいのはワクチンハラスメント(ワクハラ)です。
厚生労働省のホームページでは、次のように呼びかけられています。
新型コロナワクチンの接種は強制ではなく、接種を受ける方の同意がある場合に限り接種が行われます。職場や周りの方などに接種を強制したり、接種を受けていないことを理由に、職場において解雇、退職勧奨、いじめなどの差別的な扱いをすることは許されるものではありません。
特に、事業主・管理者の方におかれては、接種には本人の同意が必要であることや、医学的な事由により接種を受けられない人もいることを念頭に置いて、接種に際し細やかな配慮を行うようお願いいたします。
会社がワクチンの接種を直接・間接を含めて強制したり、ワクチン未接種者に不利益を与えるような対応をすることは許されません。人事・労務担当者は、会社としてそのような方針を打ち出していたとしても、実務運用上、社内でワクハラが発生していないかについても注意を払ってください。
万が一、ワクハラが発生していた際に、被害を受けている従業員が相談できるよう、社内の相談窓口を設けるなどの対応をすることが望ましいでしょう。
一方で、企業には安全配慮義務がありますから、ワクチン未接種者を営業職から内勤に変更するとか、テレワークが可能な職種であればテレワークを命じるといったことは、(職種にもよりますが)合理的な人事権の行使と考えられます。
ワクチン未接種者への対応は非常にデリケートですから、必要に応じ専門家のアドバイスも受けながら慎重に対応を進めてください。
2021年9月のトピック
(1)4月入社者の有給付与や契約更新等
多くの会社において、4月に新入社員を迎え入れていると思います。9月末でちょうど入社6ヶ月となり、ひとつの節目を迎えることとなります。
法的な意味においても、入社6ヶ月で初回の年次有給休暇の付与日を迎えますので、付与漏れが無いようにご注意ください。
また、入社時の契約で試用期間を6ヶ月としたり、6ヶ月の有期契約を結んでいる企業もあるのではないでしょうか? そのような場合は、本採用の辞令の交付や、契約の更新を忘れないようにご対応ください。
本採用日や契約更新日が近づいてから慌てて10月以降の労働条件を決めるのでは遅いため、遅くとも9月上旬までには内容を固めておくことが望ましいでしょう。
とくに、本採用をしない場合や、契約を更新しない場合は、さらに前倒しでの対応が必要です。
本採用拒否は解雇に当たりますので、30日以上前の解雇予告または解雇予告手当が必要です。有期契約を更新しない場合には、雇用継続期間が1年以内かつ更新回数が2回以下であれば雇止めの予告は必要ないとされていますが、本人と雇用契約を円満に解消するためにも、早めに契約更新をしない旨を伝えることが望ましい対応です。
(2)年末調整の方針決定
まだ早いと思うかもしれませんが、そろそろ今年の年末調整について段取りを考え始める時期です。
とくに今年から年末調整をクラウド化しようと考えている会社様は、ソフトの比較検討や社内決裁を通す時間、ソフト導入後のマスタ整備などを考えると、タイムリミットは迫っていると考えたほうが良いでしょう。
年末調整ができるクラウドソフトの選定にあたっては、筆者の実務感覚として、「ワンストップ重視か?」「UI重視か?」で迷われる会社様が少なくないようです。
すなわち、年末調整は最終的には給与計算に連携させ、還付額or徴収額の算出や給与明細への反映を行いますので、クラウド型の給与計算ソフトに付随する年末調整機能を利用すれば「ワンストップ」の年末調整が実現され、人事・労務担当者の工数削減につながります。
一方で、年末調整は、従業員一人ひとりから複雑かつ多様な情報提供が必要となるイベントのため、従業員が使いやすいUIであることが非常に大切です。UIが分かりにくくて、操作方法などの質問が人事・労務担当者に殺到したら、せっかくクラウド年末調整ソフトを導入しても人事・労務担当者は楽にならず、本末転倒です。
ですから、筆者の私見になりますが、年末調整は従業員の協力が不可欠であることを踏まえますと、やはり自社の従業員にとって使いやすいUIを持つソフトを選定することが絶対要件となります。その上で、いかにして自社の給与計算ソフトとの円滑な連携を図っていくかを検討するという流れが良いのではないかと思います。
(3)防災週間
今年は東日本大震災から10年目の節目の年です。
そして、今から約100年前の1923年9月1日、関東大震災が発生しました。関東大震災を教訓として忘れないため、9月1日が防災の日として定められました。また、8月30日から9月5日までの期間は防災週間とされています。
昨今はコロナ禍への対応が最優先になっていますが、我が国は、地震や台風など自然災害も多発します。
テレワークが定着して、自然災害時のオペレーションについても、多くの会社でおのずと備えが強化されたと思います。
しかし、自然災害時には、従業員の安否確認、停電、インターネット不通など、コロナ禍とは異なるリスクへの備えも必要となります。また、東日本大震災以降、オフィスの防災グッズや非常食を備蓄したり、キャビネットなどを耐震強化した企業も多いと思いますが、テレワーク実施中に震災等が発生した場合の備えはどうでしょうか? この機会に、従業員が自宅で安全を確保できるかについて確認をしたり、自宅用の防災グッズや非常食を配布するといった対応も考えられるのではないかと思います。
人事・労務ホットな小話
コロナ禍で世の中が大きく変わっていく中、人事・労務担当者は、アンテナを高くして情報をキャッチし、かつ、キャッチした情報に基づいて、いかに自社にバックオフィスのオペレーションを変えていくか、が重要なミッションになっていると筆者は改めて感じています。
従来、バックオフィスの業務は、どちらかといえば、決められたタスクを毎年粛々と進めていくという印象が強かったです。しかし、現在は、社内で最も進化や変革が求められている部署なのかもしれません。
一例として、今回ご紹介した保険証を従業員に直接交付できるようになった件においても、いちはやく自社で実現できれば、人事・労務担当者の出社回数の削減や、従業員への保険証の早期交付につながります。
小さな改善を含め、バックオフィスの効率化や、withコロナ時代への対応を進めていくことで、従業員が働きやすい会社、求職者を惹きつける会社になっていくのではないかと思います。
まとめ
コロナの変異株が猛威を振るう中、油断ができない状況が続きます。人事労務担当者の皆様自身も充分にご注意いただいた上、従業員の方の健康・安全を守り、困難を乗り越えていっていただきたいと思います。