社労士が解説!今月のHRニュース2021年3月編(4月の法改正まとめ、同一労働・同一賃金、労働保険の年度更新準備など)
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こんにちは。特定社会保険労務士の榊です。
次第に寒さも和らぎ、春らしい気候になってきましたね。新卒社員の迎え入れをはじめ、新年度の準備のため、人事労務担当者も忙しくなってきているのではないでしょうか。
そのような状況の中、4月1日からの法改正情報や、時期的に対応が必要となる事項などを、まとめて解説します。
※本稿に書かれている情報は2021年3月29日時点でのものです。最新情報については厚生労働省のWebサイトなどを参考にしてください。
2021年3月のトピックの振り返り
(1)4月1日からの法改正の総チェック
バックナンバーでも触れてきましたが、2021年4月1日からは、労働法関係でいくつかの法改正が施行されますので、対応に漏れが無いようにしたいものです。
ここで、今一度、法改正情報を総ざらいしておきましょう。
1.同一労働・同一賃金(中小企業)
この4月1日から、中小企業にもいよいよ同一労働同一賃金が適用開始となります。みなさまの会社では準備の状況はいかがでしょうか?
「「同一労働同一賃金」完了の中小28% 人件費増など苦慮」
人材サービス「エン・ジャパン」の中小企業150社に対するインターネット調査(調査期間は令和2年12月23日~3年1月26日)によると、同一労賃への対応が完了したと回答したのは28%にとどまり、対応が完了していないケースや着手していない中小企業は52%にも上った(2021.3.20 産経新聞)
上記のように、報道によると、社会全体としての中小企業の同一労働・同一賃金への対応はまだまだ未完了の企業が目立ちます。
たしかに、同一労働・同一賃金に違反することに対する刑事罰などは定められていませんし、同一労働・同一賃金自体が抽象的かつ壮大なテーマであるため、対応が後手に回ってしまうのはやむを得ないかもしれません。
しかし、働き方の多様化が進んでいる現在、このテーマにしっかりと向き合うことで人材の確保や活用、ひいては企業としての競争力の強化にもつながっていくことは間違いありません。
2.中途採用比率公表の義務化
2021年4月1日以降、労働施策総合推進法の改正によって、社員数301人以上の企業は全正社員採用数に対する中途採用正社員の割合を、少なくとも年1回、公表日を明示してインターネット等で過去3年分を公表する義務を負います。
公表日は各企業が任意に定めることが可能ですので、必ずしも4月1日に公表する必要があるわけではありません。しかし、公表日をいつにするのか決定や中途採用正社員の割合の算出、公表のためのWebサイト改修など、意思決定や実務作業が少なからず発生しますので、早めに対応の段取りを進めることが望ましいと言えるでしょう。
3.70歳までの就労確保努力義務
4月1日からの高年齢者雇用安定法の改正により、企業規模にかかわらず、各企業には、70歳までの就労確保の努力義務が課されることになります。
厚生労働省のガイドラインでは、就労確保の形として、定年の廃止や70歳までの引き上げ、70歳までの継続雇用制度の導入に加え、業務委託契約の締結や創業支援といった雇用契約に縛られない就労機会の提供も想定されています。
努力義務なので、法的に必ず対応が必要となる話ではありません。しかし、人材不足が進む中、シニア社員の活用は多くの企業にとって重要なテーマとなるはずです。現在は若手社員が主体の企業であっても、将来的にはシニア社員が増加することも想定されます。この機会に、社員の長期的なキャリアプランを再検討したり、社員が長期的に健康に働くための健康管理や福利厚生制度の在り方について考えてみるのもよいのではないでしょうか。
(2)緊急事態宣言の解除と雇用調整助成金
首都圏の1都3県に発令されていた緊急事態宣言が3月21日をもって解除となり、日本全国としても緊急事態宣言が全面解除されたことになります。
これにともない、雇用調整助成金の特例措置の対象期間が、緊急事態宣言の解除の翌月末である4月30日をもって終了となると正式に決定しました。
特例措置の対象期間の終了後は、かさ上げされている雇用調整助成金の支給率や支給額等が段階的に縮小されていきます。
現在は中小企業で解雇等をおこなわなかった場合は、休業手当の10/10(=全額)が支給され、その上限は1人1日あたり15,000円とされています。これが、5月1日以降の休業に対しては、助成率が9/10、助成額の上限が13,500円に縮小され、7月1日以降はさらに縮小となる見通しです。
ただし、5月1日以降であっても売上が前年または前々年比で3割以上減少している事業主には、従来と同等の条件で雇用調整助成金が支給されるなどの例外もあり、支給条件が細分化するため自社に当てはまる支給要件をしっかりと確認するようにしてください。
2021年4月のトピック
(1)健康保険や税法上の被扶養者の確認
4/1付で子が就職したり、配偶者が子の小学校入学を機に扶養を外れて本格的に働くようになったりなど、4月は扶養関係の異動が生じやすい時期です。
従業員から、扶養関係の異動の申告があった場合には、健康保険の扶養追加や削除、および、給与計算時の源泉所得税の計算変更(例:「甲2」を「甲1」に変更)など、健康保険法や税法等で必要となる対応を忘れないようにしてください。
従業員が、自己の扶養関係に異動があったことを会社に届け出るのを忘れていることもありますので、この時期には、会社側から、社内掲示板やメーリングリストなどで、「扶養関係に異動があった方は届け出てください」とアナウンスすると従業員からの届け出漏れを減らせるでしょう。
(2)労働保険の年度更新の準備
気が早いと言われてしまうかもしまいませんが、4月に入ると労働保険の年度更新の準備を意識しはじめたいものです。
年度更新の申告書の提出期限および保険料の納付期限は6月15日~7月10日となっていますが、年度更新の申告書作成のためには、2020年4月~2021年3月までの勤務に対する賃金の集計が必要となります。
上記期間の賃金データを単一の給与計算ソフト内で持っていれば、集計にさほど時間はかかりません。しかし、エクセルシート等で給与計算している場合や、給与計算ソフトを途中で変更して、変更前の期間分の給与情報を新しい給与計算ソフトにまだインポートしていない場合は集計に多くの時間がかかることが懸念されます。
賃金の集計自体への着手はまだ不要ですが、自社の給与データがどのような状況になっているかについては早めに確認しておき、時期が来たら迅速に集計できるよう、集計方法の検討や過去給与データのインポートといった下準備は今のうちからはじめておくとよいでしょう。
(3)キャリアアップ助成金の内容改定
有期契約で採用した契約社員等を、採用後6か月以上経過した時点で就業規則に基づいて正社員に転換した場合に支給対象となるキャリアアップ助成金(正社員化コース)は、厚生労働省系の助成金の中では最も人気のある助成金です。
しかし、キャリアアップ助成金は毎年、大小何らかの制度変更があるため、注意が必要です。
今年度の重要な変更点としては、2021年3月31日までに正社員に転換された場合は、正社員転換時に5%以上の固定的賃金の昇給が必要とされていましたが、2021年4月1日からは3%以上の昇給でよいこととなります。ただし、2021年3月31日までは、5%の中に定期的に支払われる賞与も含めてよいとされていましたが、2021年4月1日以降は3%の中に賞与を含められなくなるのでこの点をご注意ください。
また、キャリアアップ助成金の中には、正社員化コースの他にも諸手当制度等共通化コースなどいくつかのコースがあり、統廃合やコースの新規追加も予定されています。詳細は厚生労働省のリーフレットにてご確認ください。
「キャリアアップ助成金が令和3年度から変わります」(厚生労働省)
(4)小学校休業等対応助成金の労働者への直接給付の検討
雇用調整助成金に関し、事業主が休業手当の支払や雇用調整助成金の申請をおこなわず、その企業で働く労働者に補償が行き届かないケースがあることが大きな社会問題となりました。そこで、政府は「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」を創設し、休業手当の支払を受けられなかった労働者が、国に直接的に給付金申請できるルートを用意しました。
雇用調整助成金と同様、小学校休業等対応助成金に関しても、事業主が申請をおこなわないため、結果として労働者がその恩恵を受けられないという問題が生じていることが問題視され、現在、政府内で、労働局からの小学校休業等対応助成金の活用の働きかけに事業主が応じない場合、労働者が直接申請できるようにするための仕組みの創設が検討されています。
正式に決定した場合は、本連載にてあらためて取り上げる予定ですが、現時点では情報として把握しておいてください。
<参考>
(令和3年3月16日開催 新型コロナに影響を受けた非正規雇用労働者等に対する緊急対策関係閣僚会議 配布資料)
※小学校休業等対応助成金の直接申請に関しては、P4参照
(5)職業紹介事業報告の提出
有料・無料職業紹介事業を営んでいる企業は、職業紹介事業報告書を4月1日から4月30日までの間に、都道府県労働局へ提出する必要があります。職業紹介の実績の有無にかかわらずすべての事業主に提出が義務付けられておりますので、職業紹介の実績が0名であった場合も含め職業紹介事業報告書の提出は必要です。
職業紹介報告書の提出が漏れていた場合、行政処分の対象となり、状況によっては免許が取消されることもありますので、提出忘れが無いようにご注意ください。
なお、労働者派遣事業に関しても、同様に、労働者派遣事業報告書の提出が義務付けられていますが、 こちらは、毎年6月2日から6月30日までが提出期限となっており、もう少し先の話ですので、次回または次々回のHRニュースで詳しく触れたいと思います。
人事労務ホットな小話
4月1日からの法改正は、「同一労働・同一賃金」「中途採用比率の公表」「70歳までの就労機会の確保」となっていますが、表面的に対応をするならば、「通勤手当の水準を正社員とパート社員で合わせておこう」、「中途採用比率の算出ができるようエクセルシートで計算式を組んでおこう」、「就業規則の継続雇用の上限を65歳から70歳に書き換えて労基署へ提出しておこう」といったように、「作業」ベースでも間に合うと思います。
しかし、「正社員もパート社員もお互いが納得して気持ちよく働ける賃金制度は、自社の場合どのような形が理想の姿なのか深掘りして考えてみよう」とか「思ったより中途採用比率が低かったので、社内の多様化・活性化のため、もっと中途採用に力を入れなければならないと経営陣に提案しよう」といったように、戦略的な視点を持って、法改正対応に取り組んでみると、人事労務担当者としての仕事も面白くなってきて、より大きなやりがいも感じられると思います。
改正後の法令に合わせ、就業規則を書き換えることももちろん重要なタスクの1つです。しかし、決してそれがすべてではなく、「その法改正がなぜおこなわれたのか」という背景も踏まえ、自社の労務管理をよりよいものにしていくためのきっかけにつなげていきたいものです。
おわりに
緊急事態宣言が明けたとはいえ、まだまだ新型コロナウイルス対応も予断を許さない中で新年度を迎えることとなり、法改正対応や新入社員の受け入れなど、人事労務担当者は忙しい時期になると思います。
寒暖の差も大きいですので、健康に気を付けて、よい新年度を迎えてください。