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辞めようとしてた人がスターに? 組織を変えるコミュニケーションの工夫

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現代の企業では、「主体性」「リーダーシップ」「コミュニケーション能力」といった特定の能力をもつ人材が高く評価される傾向にあります。しかし、このような画一的な評価基準は、多様な強みをもつ個人の本来の力を抑制し、組織全体の可能性を狭めかねません。

そんな背景を踏まえ、現代の能力主義が抱える課題と、個人が真に力を発揮できる組織づくりについて、組織開発コンサルタントの勅使川原真衣氏に話を伺います。前編では、現代の能力主義が抱える課題と「機能」で考える組織づくりの重要性について語っていただきました。

後編となる本記事ではより実践的な内容として、組織内の人材配置やコミュニケーションなど、サステナブルでインクルーシブな組織を実現するための具体的な視点を掘り下げていきます

※SmartHRでは、「"働く"を語る水曜日の夜」をコンセプトに、ポッドキャスト番組『WEDNESDAY HOLIDAY(ウェンズデイ・ホリデイ)』を配信しています。本記事は勅使川原氏がご出演された回をもとに制作しています。質問も含め、内容を再編集しています。

勅使川原真衣(てしがわら・まい)

組織開発コンサルタント

1982年、横浜市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て組織開発コンサルタントとして独立。2児の母。2020年から進行乳がん闘病中。著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、22年)は紀伊國屋じんぶん大賞2024で第8位入賞。続く『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社、24年)は新書大賞2025にて第5位、日本の人事部HRアワード2025書籍部門に入賞。その他『職場で傷つく』(大和書房、24年)など著書多数。最新刊は『学歴社会は誰のため』(PHP、25年)。日経ビジネス電子版と論壇誌Voice、読売新聞「本よみうり堂」にて連載中。

「置かれた場所で咲けない」原因は、能力不足とは限らない

前編で「一人ひとりが“ハマる”場所を見つける」ことが組織にとって大事だと指摘されていましたが、具体的な成功事例などはありますか?

勅使川原さん

『職場で傷つく』という自著にも書いたエピソードを紹介させてください。知人が役員をしている会社に「おしゃべり好きで楽しいことが大好き!」という方がいました。その方が配属されていたのが、ひたすらアンケート調査の集計をやる部署だったんです。自分の特性にまったく合っていない仕事なので「あれもダメ、これもできないのか」と怒られ続ける日々で、ついにはストレスで円形脱毛症にまでなってしまいます。

それであるとき退職を決意するのですが、その直前に社内で私の知人である役員と出会ったそうです。彼は先ほど紹介した「組織を能力ではなく機能の組み合わせで考える」という視点(※前編参照)をもっている方なので、その人の話を聞いて「営業に行けばいいのでは?」と感じて、実際に異動を後押ししたんですね。結果、辞める寸前まで追い詰められていたその人は営業でスタープレイヤーになった……という例がありました。

まさに適材適所の例ですね。

勅使川原さん

そうなんです。その人は能力がなかったわけではなく、ただ誰とも話さずに集計するような作業が向いていないだけだった。それなのに「あの人は使えない、簡単なことも満足にできない」という評価になってしまうのは、とても危ない話です。

ある場所で活躍できていないからといって、その人のすべてがダメなんてことはあり得ません。だからこそ、人材の采配を握っている人はそれを理解したうえで、もし元気がなかったり、くすぶっていたりするような従業員がいたら「ここでは少し厳しかったかもしれないけど、ほかの部署ならどうかな?」と打診できるといいと思います。そういう振れ幅というか、判断の余白を常に持つのが大切ですね。

1on1には要注意? コミュニケーションの最適解が「言葉」だとは限らない

昨今、多くの企業で「1on1」が導入され始めています。「一人ひとりが“ハマる”場所を見つける」というアプローチとしても有効そうな手法ですが、勅使川原さんはどのように捉えていますか?

勅使川原さん

個人的な所感として、今多くの企業で取り入れられている「1on1」は、言語化がコミュニケーションの中心となる点で、非常に「言語(左脳)優位な場」だと捉えています。そうした空間では、言語化の得意な人しかうまく話せず、結果として人の特性を見つけ出すよりも、抑え込むような場になってしまうのでは、と懸念しています。

私はよくクライアントに「素早い言葉のキャッチボールが苦手そうな従業員がいたら、週報や日報のような書き言葉ベースでやり取りをする手段を試してみてください」とアドバイスしています。

即時的なコミュニケーションが苦手な人でも、書き言葉であれば自分の意思や違和感を比較的伝えやすいですから。より相手のパーソナリティを知りたいのであれば、テキストベースで交換日記のようなコミュニケーションをとるのもいいのではないでしょうか。

人の特性にあわせて、職場でもより多様な表現手段を活用することが必要だと。

勅使川原さん

話すのが苦手な人は「あの人は引っ込み思案だから」「自己開示をしないよね」「やる気がないのか」といった評価をされがちです。1on1はやり方に気をつけないと、そのような偏った評価を助長する危険性もあります。「人生において何を重視しているか」という個々の志向の違いや、世代間の価値観の違いなども踏まえてコミュニケーションを捉えないと、1on1は溝を深めるだけの場になってしまうかもしれません。

もしチームに言葉でのやり取りが苦手な人が多かったら、写真を何枚か撮って、それを週に1度発表し合うのもいいかもしれませんね。コミュニケーションの要は相互理解であり、言葉はそのための1つの手段にすぎません。言葉に頼りすぎて、そこに答えを求めすぎるのは危ない傾向です。お互いの思考や気持ち、引っかかりを共有するにはどのような手段が適切なのか、どこに着目すればそれがよく見えるのか、人それぞれに検討するべきだと思っています。

人の特性にあわせた1on1の工夫を説明する図解

15分刻みのミーティングばかりでは、いい組織はつくれない

そうした“人それぞれ”も大切にしつつ、チームとして一体感をもって事業に向かっていくためには、どのようなマインドが必要でしょうか?

勅使川原さん

向かうべき方向性やゴールを言語化して、チーム全体で共有することが大事ですね。それをパーパスと呼んでも、ミッションと呼んでもなんでもいいと思います。ここが定まらず、人によって答えがバラつくような状態では、組織としての推進力は生まれません。組織の道しるべであるパーパスがあって、そのうえで組織全体での機能の分担、部署ごとのチームビルディングが考えられるようになります。

昨今の働き方改革の流れのなかで、どの会社でもチームビルディングのための時間は削減される傾向にあると感じています。ただ、いい組織をつくるにはチームビルディングをする時間は不可欠です。

たまに「生産性向上のために会議の時間は15分単位で設定しよう」といった取り組みも聞きますが、チームづくりのコミュニケーションにはまとまった時間が必要になります。何かを決める会議であればいいと思いますが、すべてのコミュニケーションの機会を一律に「なるべく短く」と考えるのは、長い目で見ると組織にとってそこまでプラスにならないのではないかな、と感じます。

能力主義からの脱却――「いてくれて、ありがとう」から始めよう

「能力主義」から少しずつ抜け出すために、会社で働く私たち一人ひとりが明日からできることはありますか?

勅使川原さん

私たちがこれまで経験してきた「働く」という行為は、能力主義と強固に結びついていました。そのからくりがあってこそ、私たちは今なお「能力が低ければ物を申すことはできない」と信じ込まされています。それはある種の「傷つき」なのだと、私は捉えています。

この記事を通して、皆さんにはまず「私たちは能力主義社会に生きているんだ」と知ってほしい。「能力主義によって口を塞がれていたのかもしれない、傷つけられてきたのかもしれない」と自覚することが、そこを抜け出して状況を変えていくための、たしかな一歩目になるはずです。

まずは「自覚すること」が重要なのですね

勅使川原さん

そうですね。そのうえで具体的な行動としては、「謝意から始めること」を意識してみてください。「あの人はあれができる、これができない」などと、良し悪しや欠乏を突きつけるのではなくて、まずは「いてくれてありがとう」から始めること。あなたがいるから私はこうして話ができるし、あなたがいることで私はここで力を発揮できているのかもしれない。相手の存在に感謝しリスペクトをもつことが、能力主義の先にいく組織開発の第一歩だと思っています。

ともあれ、とくにチームのリーダーなどを任されていると、日常的に人を評価するような言葉を使ってしまいがちだと思います。ただ、こういう考え方を少しずつ意識していくと「あ、人に対して良し悪しの評価をしてしまったな」と気づけるようになるはずです。

精神論のように聞こえるかもしれませんが、「存在そのものに対する謝意」を表に出す習慣を身につけていくことが、現状を変えていくための現実的な手立てだと、私は信じています。

音声版『WEDNESDAY HOLIDAY』全編の再生はこちらから

音声版では、今回の記事で取り上げた内容以外にも「能力主義」をめぐるさまざまな話を展開しています。お時間のある時に、こちらもぜひお聴きください。

フリーアナウンサーの堀井美香さんをパーソナリティに迎え、ビジネス・アカデミック・文化芸能などさまざまな世界で活躍するゲストとともに、個人の働き方や、組織やチームのあり方、仕事を通じた社会との関わり方などをゆるやかに語るトークプログラム。毎週水曜日の夕方5時頃に、最新エピソードを配信しています。配信中のエピソードは、各種音声プラットフォームにて、無料でお聴きいただけます。

執筆:西山 武志
グラレコ制作:株式会社LA BOUSSOLE

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