あなたの会社の“変さ値”は?組織を活性化する「変人類学」入門
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文化人類学者/東京学芸大学准教授 1975年生まれ。東京大学、東京外国語大学での研究職を経て、2015年から東京学芸大学多文化共生教育コースで准教授を務める。社会人類学的な知見を基盤に、音楽やアートの手法を用いた社会的ネットワークの構築や、地域開発の可能性に関する研究に勤しむ傍ら、"変人類研究所"の所長として「変」をテーマにした研究や情報を発信している。
主な著作に、『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく:僕はゆらいで、少しだけ自由になった。』(2024年、大和書房)、『そして私も音楽になった:サウンド・アッサンブラージュの人類学』(編著、2024年、うつつ堂)、Jaisalmer: Life and Culture of the Indian Desert (共著、2013, D.K.Printworld)、共編著に『フィールド写真術』(2016年、古今書院)、『人類学者たちのフィールド教育』(2021年、ナカニシヤ出版)、『萌える人類学者』(2021年、東京外国語大学出版会)『インドを旅する55章』(2021年、明石書店)などがある。
「普通」や「常識」といった言葉に、窮屈さを感じたことはないでしょうか。
組織の同質性を重んじるあまり、個々のユニークな才能や視点が埋もれ、イノベーションが生まれにくい風土になってしまう──。こうした組織の硬直化に、課題を感じている人事担当者や経営者の方も少なくないでしょう。
「そもそも、誰もが皆『変人』なんです。」
そう語るのは、文化人類学者の小西公大さんです。小西さんは常識や規範から“ズレる"部分、そして“変化していく"過程を「変」と定義し、その価値を探求する「変人類学」を提唱しています。
一見、ビジネスとは無関係に思える「変」というテーマ。しかしその根底には、組織を活性化させ、イノベーションを生み出すためのヒントが隠されています。
小西さんが提唱する「凡変ミアンラプソディ」や「変人ソムリエ」といったユニークな概念を手がかりに、個人の「変」を組織の力に変えるための視点を探ります。
※ SmartHRでは、「“働く”を語る水曜日の夜」をコンセプトに、ポッドキャスト番組『WEDNESDAY HOLIDAY(ウェンズデイ・ホリデイ)』を配信しています。本記事は小西さんがご出演された回をもとに制作しています。質問も含め、内容を再編集しています。
常識をゆるがす「変人類学」とは何か
先生は「変人類学」を提唱されていますが、これはどのような学問なのでしょうか。
小西さん
変人類学とは、常識に囚われない発想をする人たちの思考力や行動力の源泉を探る学問です。
私は今、教員養成を主とする大学に所属しているのですが、子どもたちをあるべき姿の型にはめていく教育だけでは不十分だと感じています。
型からズレたり、はずれたり、変わった方向に変化したり、といった側面が、これまでの教育ではあまり語られてきませんでした。そうした「変人教育」とでも言うべきものを、今、真剣に考える必要があります。変化し続ける社会を生きていく子どもたちにとって、その変化にどう対応していくかが、とても大切になるからです。
「変」という言葉には、どのような意味が込められているのですか?
小西さん
「変」という言葉には2つの意味を込めています。
1つは、他者や世の中の常識と比較して、どうしても異質になってしまう部分。もう1つは、その異質な部分を大切にすることで自分がどんどん変化し、素敵な世界が見えるようになっていく、という変化の過程そのものです。
「ズレてもいい。変であることは、格好よく素敵なことだ」、そして「変化していくこともまた、素敵なことだ」、この2つの意味が「変」という言葉には込められています。
先生が「変」に興味をもったきっかけは、インドでのフィールドワークにあると伺いました。
小西さん
学問を深めていくと、自分が学んだ論理で世界を解釈し「世界とはこのようなものなのだろう」と思い込んでしまうんです。そうした姿勢を、当時の恩師に叱られたんですね。「異質なものに触れて、一度壊れてきなさい」と言われて、インドへ飛び出してみようと決意しました。
日本にいると、私たちは「みんな同じだ」という同質性に取り憑かれています。しかし、インドへ行くと否応なくマイノリティになる状況に置かれ、世界の見え方が一変する。「言葉を尽くさなければ、理解してもらえない世界があるのだ」と気づかされました。

フィールドワークの地、タール砂漠での一枚(撮影:小西公大)
インドと日本では、「違い」に対する捉え方が根本的に違うのですね。
小西さん
そのとおりです。日本は「私たちは一緒だ」という感覚がすべての出発点になっていますが、インドでは「私たちは皆違う」という感覚がすべての出発点なのです。
インドでは、カーストや宗教、言語といったあらゆる違いが可視化されています。だからこそ、意見や価値観の違いをぶつけ合う議論も、勝敗を決めるのではなく、互いの「ズレ」を面白がるエンターテイメントとして成立する。
日本では「分断は絶対にいけない」とされますが、インドでは、その分断が、逆に他者を理解しようとしたり、「違うからこそ、面白い世界がつくれるのではないか」というワクワクする感覚を生んだりしている側面があるのです。

駅のホームで列車を待つ人びと(撮影:小西公大)
ここまで「変」について伺ってきましたが、その対極にある「普通」という概念を、小西さんはどう捉えていますか?
小西さん
「普通」という言葉は誰もが口にしますが、その実体は非常に曖昧です。学生に「このことに関する『普通』とは何か」と尋ねても、全員が違うことを言います。
「これってこうだよね」「これが正しいことだよね」といった、小さなコミュニティや小さな世界のなかで共有されている規範や考え方、善悪の価値観の総体のことを、哲学では「ノモス」というのですが、私たちは無意識のうちにこの「ノモス」に囚われています。この「ノモス」に閉じこもってしまうと、組織は新しいものを生み出せず、活性化しなくなってしまいます。
社会は、同じことを繰り返す単調なルーティンのなかで「凡(=普通)」に収束し、凝り固まっていく。だからこそ、そこに「変」なものを投入しかき混ぜ、そしてまたゆっくりと「凡」に収束させる。このループが、社会や組織の活力を維持するために不可欠なのです。
「凡」と「変」の循環が、組織を活性化させるのですね。
小西さん
はい。私は、この「凡」と「変」という二つの極の間を行き来する循環を「凡変ミアンラプソディ」と呼んでいます。フレディ・マーキュリーの大ファンなので(笑)。
この「凡変ミアンラプソディ」こそが、これからの企業やコミュニティにとって非常に重要になると考えています。
エネルギーがなくなってきたと感じたら、「変」を投入して、あえて場をざわつかせる。既存のやり方に対して「別にそうでなくてもよいのでは?」と声を上げる人が現れることで、組織は硬直化を防ぎ、変化に対応できるのです。
「変」を組織の力に変えるマネジメント
しかし、「変な人ばかりでは、組織がまとまらないのではないか」という懸念もあります。
小西さん
その懸念はもっともですが、そもそも「組織としてまとまらなければならない」と思い込みすぎているのかもしれません。現代においては、皆で一丸となって同じ方向を向くという考え方自体が、組織の柔軟性を損ない、硬直化させてしまう原因にもなり得ます。
もちろん、会計処理のように、きっちりとやらなければならない業務もあります。そこではルールに則りコツコツと処理できる人が必要です。それ以外の領域で、いかに面白いことを仕掛け、新しいものを生み出していけるか。真面目で堅実な「凡人」と、組織にゆらぎを起こす「変人」。その両方が必要なのです。
なるほど。では、組織を束ねるリーダーには、どのような資質が求められるのでしょうか。
小西さん
リーダーは「変さ値」が高くなければなりません。変人としての偏差値です。
若い人たちが「こんな面白いことをやってみたい」と提案してきたときに、「失敗する」「リスクが高い」と潰してしまうのではなく、「面白そうだ、やってみろ」と挑戦を許容できるかどうか。
リーダー自身が面白がることで、組織の空気は変わります。「この人の下でなら、何か面白いことができそうだ」と思わせるような環境、つまり私が「変人環境(Hen-vironment)」と呼んでいるものをつくれる人であってほしいですね。
その「変人環境」とは、具体的にどのようなものでしょうか。
小西さん
誰もが「これはおかしいのではないか」「もっとこうすれば面白くなるのに」といった視点をもっているはずです。ただ、「そんなことを言い出したら、面倒なことになるからやめておこう」と、ぐっと抑え込んでいるだけ。
「変人環境」とは、そうした違和感や改善案を、誰もが気兼ねなく口にできる風通しのよい空気、つまり心理的安全性が確保された状態です。たとえ突拍子もない意見が出たとしても、上司が「面白いじゃないか」と受け止める。その一言で、場の空気は一変するのです。
特殊な「変人」を新たに連れてくるのではなく、誰もが内に秘めている「変」を引き出す環境が重要ですね。
小西さん
そのとおりです。私は、誰もが「変人遺伝子(変ジーン)」をもっていると考えています。普段は蓋をしてしまっている、その蓋を開けてあげればよい。自分の気持ちに素直になり、「自分軸」を少しずつ取り戻していくことで、「変さ値」はだんだんと上がっていくのです。
あふれ出す「変」を活かす、変人特区と変人ソムリエ
誰もが「変」を秘めている一方で、その「変」がすでにあふれ出てしまっている、いわゆる天才型もいますよね。そうした人たちのマネジメントは、どうすればよいのでしょうか。
小西さん
私はよく、「変人特区」のようなものがあればよいのではないか、と提案しています。突拍子もないけれど、何かをやりたくてワクワクしているような人たちを集め、漠然と「そこで一番面白いことをやれ」と指示を与えて自由に泳がせるのです。
「何年後までに売上いくら」といった目標は設けず、彼らの活動を他の部署が上げた業績でサポートする。大企業であれば、それくらいの「余白」を設ける余裕はあるのではないでしょうか。「あの会社は面白いことを始めた」と、会社のブランディングにもつながるかもしれません。
「変人」ばかりを集めて、化学反応を期待するのですね。
小西さん
そのアプローチも有効です。もう一つ、変人のアイデアを組織に循環させる「変人ソムリエ」の存在が非常に重要です。その面白さを理解し、必要性を周りに説明できる「変人ソムリエ」がいることで、アイデアをかたちにできるのです。
変人の面白さを味わい、翻訳して、組織へ説明する「ソムリエ」ですか。
小西さん
はい。ソムリエ自身も「変さ値」が高くなければ、変人の面白さを受け止め、周りに伝えられません。
これは日本の社会全体にいえることですが、今は全体の「変さ値」が非常に下がっていて、少しでもズレたこと、常識からはずれたことを皆で非難し、排除してしまう。そうではなく、もっと皆が差異を楽しみ、「変」を愛でるべきなのです。
AIの時代は、最適解は簡単に導き出せてしまいます。だからこそ、タイパやコスパばかりを追い求めるのではなく、人間だけがもつ「ズレる」「ゆらぐ」という能力を楽しむ。それはAIでは置き換えできないでしょう。そうした社会の方が、きっと楽しくて豊かだと思いませんか。
ハレーションが起きたこと自体が成果
「変」を組織の力に変えるために、具体的に取り組んでいる企業の事例はありますか?
小西さん
私が関わっている例で言うと、山陰パナソニック株式会社で面白い取り組みを始めています。「Changen(=チェン人、Changeする人)」と呼んでいるのですが、この「チェン人」のグループを社内につくり、常に組織が硬直化しないよう、ゆらぎを起こす仕組みを構築しているのです。
他にも、新入社員に青春18きっぷを渡して5日間自由に旅をさせたり、人類学的なフィールドワークを通じて固定観念をゆさぶったり。常識に囚われずに、新しい価値を創造できる人材育成をしています。時間はかかりますが、組織全体の「変さ値」を高める、非常に興味深い試みです。
ハレーションを恐れず、組織がゆらぐことそのものを楽しむ、と。
小西さん
ハレーションが起きたこと自体が、もはや成果なのです。組織がゆるがされた、不快を生み出せたという事実が重要。「何か面白いことを始めたい者は、この指に止まれ」と呼びかけたとき、普段は静かな人が、意外と手を挙げるかもしれない。内に秘めた「変さ値」を高めたいと思っている人は、たくさんいるはずですから。
企業の未来を左右する、人事の「変さ差値」
やはり個人の「変」を組織に循環させるために、一人ひとりのタレントを把握するのはとても大事ですね。
小西さん
そのとおりです。異質な力を組織にどのように取り入れるかを司っているのが人事です。だからこそ、人事担当者がもっとも「変さ値」を高く保たなければならないのです。
異質さやズレにアンテナを張っている人が人事を担当しなければ、既存の文化に適合できる人材ばかりを採用してしまい、企業は凝り固まってしまいます。そこに風穴を開け、面白い循環を生み出すためには、「人」がもっとも重要です。
変人の才能を発揮できるポジションを考えたり、部署の変さ値に合わせて変人ソムリエを采配したりする人事は、会社の将来を大きく左右する重要な部署です。だからこそ、変さ値の高さが求められます。
組織のゆらぎこそ、イノベーションの種
これからの組織において、人事やマネジメント層は、この「ゆらぎ」とどう向き合っていくべきでしょうか。
小西さん
人事やマネジメントの役割は、何か特別なものを生み出すことではなく、「気づく」ことなのだと思います。誰もがもっている「変ジーン」に気づき、日々の業務で生まれる小さな「ズレ」や違和感を、なくすべき問題としてではなく、新しい可能性の種として捉えること。
AIが最適解を瞬時に提示する時代だからこそ、人間だけがもつ、予測不能な「ズレ」が価値を生みます。ゆらぎを恐れず、摩擦を楽しむ。そこにこそ、人間だからこそ生み出せる豊かさが眠っているのです。
まずは、あなた自身や、あなたの身近にある「変」を愛でることから、始めてみてはいかがでしょうか。たとえば、次の1on1で「最近、仕事で『これはおかしいな』と感じたことは?」と問いかけてみる。
その小さな一歩が、きっと組織を、そして社会を豊かに変える、大きな力になるはずです。

沙漠の大地に生きる人々(写真:小西公大)
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執筆:藤森 融和
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