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「不満型」から「不安型」へ。若手離職時代の定着と育成のカギ

公開日
目次
古屋星斗さん

リクルートワークス研究所 主任研究員。2011年一橋大学大学院社会学研究科修了後、経済産業省に入省。産業人材政策、福島の復興・避難者支援、政府の成長戦略策定などに従事。17年より現職。労働供給制約を見据えた40年の未来予測や、次世代社会におけるキャリア形成を研究。早稲田大学非常勤講師、内閣官房「地域働き方・職場改革等推進会議」構成員、大阪府学校教育審議会審議員。著書に『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日経BP)、『ゆるい職場――若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社)など。

若手の定着と育成は、いま多くの企業が直面する最重要課題です。働き方改革を経て職場環境は改善した一方で、“キャリア不安”を背景にした転職志向が広がるなか、人事はどのように若手の定着と育成を両立させればいいのか――。若手キャリア研究の第一人者である古屋星斗氏に話を聞き、その解を探ります。

法改正で“ゆるく”なった職場環境

著書『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』でも書かれていますが、リクルートワークス研究所の「大手企業における若手育成状況調査報告書(2022年)」によれば、大手企業に入社した20代社員の8割が転職を考えています。実際、厚生労働省の「新規学卒者の離職状況」によると、大手企業大卒就職者の3年未満の離職率は2019年までの10年間でそれまでより5%上昇し25.3%になるなど、企業にとって若手の定着や育成が大きな課題となっています。なぜこうした状況が生じているのでしょうか?

古屋さん

若手社員の定着や育成は、企業規模や知名度を問わず、多くの組織にとって深刻なテーマになっています。とくにこの5〜10年ほどで定着や育成が一段と難しくなったのは、労働法の改正が大きな原因です。

よく申し上げるのですが、若手の価値観が変わったとか、忍耐力がなくなったとか、一方で経営者の価値観が変わったとか、育てる力が弱まったとか、そういう曖昧な理由ではまったくありません

法改正が原因なんですね。

古屋さん

振り返ってみると、2013年に「ブラック企業」が流行語大賞トップテンに入ったのが出発点だと思います。もともとネットスラングに過ぎなかったブラック企業が社会問題として注目され、批判が高まりました。そして、2015年に「青少年の雇用の促進等に関する法律(若者雇用促進法)」が制定されました。

この法律で、新卒採用企業に平均残業時間や有給取得率、研修体制、早期離職率などの開示を求めたことで、優秀な人材を確保したい企業間の競争が促され、職場環境改善へのインセンティブが生まれました。

2019年には「働き方改革関連法」が施行され、日本で初めて時間外労働の上限規制が罰則付きで設けられました。この影響は大きく、若手の残業時間が大幅に減少する傾向が見られるようになりました。また、有給休暇の取得も義務化され、リクルートワークス研究所が実施した「全国就業実態パネル調査2025」を私が分析したところ、入社から3年以内の若手では有給休暇を50%以上取得できた割合が95%近くになります。

加えて、2020年には「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」も施行されるなど、若手を取り巻く労働環境はまさに劇的な転換期を迎え、この変化こそが若手の定着や育成を困難にしています

インタビューに応える古屋さん

若手を転職へ向かわせる“キャリア不安”

労働環境は改善しているのに、なぜ若手は定着しないのでしょうか。

古屋さん

労働時間やハラスメントが減るなど職場が“ゆるく”なり「不満」は軽減したものの、逆に「不安」が高まった。それが、若手の離職率が下がらない主な理由です。

かつては年功序列で、「30代で係長、40代で課長、50代で部長」というように、役職や年収の見通しの“予見可能性”が高かった。ところが現代はジョブ型雇用が広がり、20代の約半数が転職を経験するようになったうえ、副業や兼業の一般化、リスキリングの浸透などで働き方の選択肢が広がり、キャリアを予測するのが難しくなりました。

さらに、若手はキャリアの岐路に立つたびに「十分な経験を積めているか」を強く問われるようになった。その結果、「この会社にいて、社会で通用する人材になれるのか」「転職を考えたときに、望む選択肢をもてるのか」といった不安が生じるようになったのです。

若手は、その職場で働き続けることで自分のキャリアの選択肢を広げられるかどうかを重視しているのですね。

古屋さん

はい。とくにポテンシャルの高い、中核人材予備軍の若手ほどそうです。私はこれを「キャリア安全性」と呼んでいます。かつて年功序列が主流だった社会では、キャリアの安全性はさほど考えなくてよかったのですが、最近は企業がこの“不安”に十分対応できなければ若手は定着しない。つまり、いま起きているのは、「不満型転職」から「不安型転職」へのシフトです。これは一部の“意識高い系”の若者だけの問題というものではなく、社会構造的な問題になっているのです。

古屋さんの著書

キャリア安全性の重要性に言及した古屋さんの著書『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか 〝ゆるい職場〟時代の人材育成の科学』

若手定着のカギは「開かれたコミュニティづくり」

キャリア安全性を高め、若手を定着させるために人事部門はどう取り組めばよいでしょうか?

古屋さん

キャリア安全性と、自己のキャリアへの満足度・仕事の充実感・組織への共感は、相互に作用し合う関係にあります。したがって、若手の満足度・充実感・共感を高められれば、若手定着につながるといえます。

ただし、いくらキャリア安全性が高い職場でも、自分の環境が恵まれているかどうかは比較対象がないとわからないものです。だから、若手を職場内に閉じさせるのではなく、他部署や社外など、外の世界とつながる場を設けることがじつは重要だと思っています。私たちの独自調査でも、社内外を問わない「越境」が若手の定着に寄与することが明らかになっています。

(参考)リクルートワークス研究所「真の『定着』を促すために―静かな退職からの移行を考える

古屋さん

そのため人事部門には、社員が部署内に閉じこもっていないかを見極め、若手がこれまで接点のなかった先輩や同僚と出会えるよう、戦略的なコミュニケーション設計が求められます。いつも仕事をしている先輩や後輩としかコミュニケーションを取っていないと、“クワイエット・クィッティング(静かな退職=表向きは仕事を続けているものの、必要最低限の業務しか行なわない働き方)”になりやすいこともわかっています。

知らぬ間に拡大する「静かな退職」は早めに対策を!

ほかにはどのような手段が考えられるでしょうか。

古屋さん

人事が社員ときちんとコミュニケーションを取ることはとても重要です。とりわけ人事異動では、その意図を伝えずに辞令だけを出すと、若手社員は「自分の評価が低かったから異動させられたのではないか」と受け止め、ストレスを感じてしまうケースもあります。

逆に、人事が「あなたは有望だから」「これまでの経験を踏まえ、次にこういう成長の機会を与えたい」と丁寧に説明すれば、意欲やエンゲージメントを大きく高められることが明らかになっています。丁寧に説明するほうがコミュニケーションコストの観点でも非常にいいのです。

しかし、日本企業特有の「玉突き人事」(後任補充のために行なわれる異動)も依然として多く残っているのが現状です。いまの時代、このような形式的な異動は人材流出を招きやすいため、仕組みそのものを見直す必要があるでしょう。

若手とのコミュニケーションとして、キャリア面談も有効でしょうか。

古屋さん

人事がキャリア面談を通じて、社員それぞれと「どんな仕事が向いていたのか」「この会社でどんな経験が楽しかったのか」といったことを振り返り言語化するのは、若手が仕事の魅力に気づくきっかけになります。

同時に人事施策としては、働きやすさを支える制度の整備も重要です。なかでも、育児や介護といったライフステージに応じた制度は欠かせません。ただし、制度をつくるだけでは不十分です。というのも、制度を熱心に整備している会社ほど、社員に十分に知られていないケースも目立つからです。

周知が行き届かないと、活用にはつながりませんね。

古屋さん

人事は制度をつくったら、しっかり知らせ、次の段階として「実際に使えるものだ」と社員に認識してもらうようにすべきです。その際には、「この制度を使って働きやすくなった社員がいる」という具体的な事例とともに伝えていくのが効果的だと思います。

こうした取り組みを着実に進めるうえで、もっとも手っ取り早いのは「人事部にいる若手社員に直接意見を聞いてみること」です。「どんな制度があれば使ってみたいか」と尋ねるだけでも、現場感覚にもとづいたヒントが得られるはずです。

インタビューに応える古屋さん

伝統的なOJTに代わる次世代の育成法

若手の育成が難しくなっているのも、職場が“ゆるく”なったことが原因でしょうか。

古屋さん

ストレートにいえば、若手が職場の仲間と過ごす時間が短くなったことが大きな要因です。

日本企業の伝統的かつ有効な人材育成の方法として、OJT(On-the-Job Training)が挙げられます。OJTは、職場で一緒に働く時間が長ければ長いほど、知識や経験を伝えられます。

ところが近年、さきほど述べたように法改正により労働時間が短縮され、上司や先輩と一緒に過ごす時間そのものが減少しています。その結果、OJTで伝えられる知識や経験の総量も減り、人材育成が難しくなってきているのです。加えて、よく議論になるものの、かつては飲み会や会食も、上司や先輩、同僚との関係性を深め、お互いのバックグランドを知る重要な場でしたが、そうした機会もかなり減っています。

つまり、30代後半以上の人までは可能だった「職場単位で内製化されたOJT」は、一緒に過ごす時間が減少したことで成立しなくなったのです。

では、若手を育成するために、人事部門はどうすべきでしょうか。

古屋さん

私たちの調査によると、コミュニケーションの頻度が高いほど人材育成がうまくいくことがわかっています。月に1度1時間話すよりも、毎日1分ずつ会話を重ねるほうが効果的であるため、頻度を増やす工夫がまず大切です。

では、組織としてどのように戦略を立てるべきか。私は、企業をコミュニティとして再構築することがカギだと考えています。会社が単に仕事をする場にとどまっていては、人材育成はもちろん、イノベーションも生まれません。要するに、会社を仕事だけの空間にしないよう仕掛けることこそが、これからの人事に求められる大きな組織戦略であり、育成においても定着と同じように、コミュニケーション施策が大切なのです。

具体的にどのような方策が考えられますか?

古屋さん

もともと日本企業は、コミュニティづくりがとても上手でした。たとえば、飲み会や社内運動会、社員旅行、サークル活動などを通じて独自の組織文化を育み、その方法論は世界の経営学にも影響を与えました。アメリカ企業がうまく取り込んでいるほどです。

ところが日本は、バブル崩壊以降の長い景気低迷、いわゆる「失われた30年」のなかで自信を失い、そうした文化や仕組みを手放してしまったのです。

そこで、コミュニティの再構築が必要というわけですね。

古屋さん

はい。ですが、昔ながらのやり方がそのまま通用するわけではありません。かつて1990年代には90%を超えていた社内運動会や社員旅行の実施率が、2019年には20%弱まで落ち込みました※。

当時は「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業が前提で、社内運動会や社員旅行に参加するのは主に男性正社員でした。そのため、土日に行事を開催してもほぼ全員の顔が揃い、そうした行事が成立していたのです。

しかし、共働きや家事分担が当たり前の現在では、その形は現実的ではありません。それでも、サウナ部やトレッキング部といった部活動が人気を集める企業もあり、そうした現代に合わせた工夫が必要です。

さらにいえば、コミュニティづくりは必ずしも一社だけに区切る必要はないと思います。地域や業界単位でソフトボール大会を開いたり、若手同士の交流会を企画するなど、より広い枠組みで場をつくるのも1つの方法です。

(参考)産労総合研究所「2014年社内イベント・社員旅行等に関する調査」「2020年 社内イベント・社員旅行等に関する調査

そうすればさきほどのお話にあった、社員がインナーコミュニケーションの枠に閉じてしまう心配もなくなりますね。

古屋さん

そのとおりです。私が強調したいのは、「モノカルチャー」、つまり閉じられた1つの職場環境だけでは、人は十分に育たず、キャリア不安も解消されにくいということです。

インタビューに応える古屋さん

「気をつけすぎないこと」を、気をつける

若手育成のために、ほかに人事部門にできることはありますか?

古屋さん

現場を離れて受ける研修や教育訓練「OFF-JT(off-the-job training)」の機会が多いほど、管理職自身が「若手を育成できた」という実感をもちやすいという調査結果も出ています。ですから、単純にOFF-JTの場を増やすのも大いに効果的ですが、さらにその際には、個人学習ではなく、チームで学ぶ「コミュニティラーニング」とすることでより学習効果が高まります。

これは、モノカルチャーでは人が育ちにくいという現状とつながっています。OJTは職場内で行なわれるため、指導役はどうしても1〜2人に限られます。もし、その指導役と若手の相性が合わなければ、育成は進みにくい。だからこそ、職場横断でOFF-JTを実施し、複数の指導役と多くの若手を組み合わせるように勧めています。

また、育成がうまい人に若手を横断的に見てもらう仕組みを設けられると有効です。育成が得意な人は決して多くありません。スポーツの世界では、一番うまかった選手が指導者として優れているかどうかは別問題ですよね。しかし企業では営業成績がよかったなど、一番成果を上げた人が指導に当たることがいまだに多い。それでも最近は、育成がうまい人たちに若手の定着や育成に特化して責任をもってもらう「育成専門職」と呼ばれる役職を設ける企業も増えてきています。

若手と接するときに、注意することはありますか?

古屋さん

若手とのコミュニケーションの際は、「気をつけすぎないこと」を、気をつけてください

博報堂生活総合研究所が長期に実施している「生活定点」調査で、興味深い結果が出ています。かつて年代ごとに大きな差があった生活者の意識や好み、価値観などは、この30年で急速に縮まり、いまでは年代による差がほとんど見られなくなりました。それを「消齢化社会」というそうです。つまり現在は、世代を超えたコミュニケーションがもっともしやすい時代で、職場においても世代の違いをあまり気にする必要はない。だから、過度なお客さま扱いやおもてなしはかえって若手に違和感をもたれているのです。

また、若手の育成や定着で成果を上げている企業には、いくつかの共通点がみられます。第一に「試行錯誤を惜しまない姿勢」、第二に「対話型のアプローチ」、第三に「課題を社内で開示できるオープンマインド」です。

さらに、社外の人事担当者とオープンに意見交換をすることもたいへん有意義だと思います。他社の状況は自社にそのまま当てはまらなくても、必ず参考になる点があります。イノベーションは異なる要素の組み合わせから生まれるものです。他社は“競争相手”であると同時に、“共創相手”にもなり得るのです。

若手の育成や定着がうまくいく会社の条件

若手の育成は容易ではありませんが、だからこそ人事を中心に真剣に取り組まないといけないのですね。

古屋さん

若手を育てることは、夢や希望があります。将来の社会を担う人材をどのように育てていくかは、まさにこの国の行方を左右するといっても過言ではありません。楽しく豊かに働ける若者が増えることは、会社にとっても社会にとっても大事なことですよね。

(取材・文/POWER NEWS編集部、写真/横関一浩)

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