なぜ取締役には残業代が出ないの? 「名ばかり取締役」問題の注意点
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このところ、大阪の進学塾で、大半のスタッフを「取締役」に就任させ、残業代を支払わなかったとして訴訟が相次いでおり、話題になっています。登記簿上の取締役は6月時点で約400人とされており、かなりの人数であることがわかります。
取締役にすることで、残業代や休日手当を抑える狙いがあったと推測されます。
ほとんど全員のスタッフを取締役に就任させることは可能なのか? なぜ取締役には残業代が出ないのか? など今回の事案の問題点について、法的に考察します。
メンバーを全員取締役にするのは可能なのか?
まず、気になっている方も多いであろう「メンバーを全員取締役にすることは可能なのか?」という点についてですが、結論からいうと、可能です。
会社法上、取締役の上限人数についての制限はなく、何人の取締役を選任しようと、会社の自由ということになります。
これは、そもそも会社の所有者である株主と経営を分離しようとした株式会社制度の趣旨からいって、経営判断に何らメリットがない著しく多数の取締役が選任されることはそもそも想定されておらず、他方、会社が取締役を多数選任したい理由があるなら、会社法上これを禁止までする理由がない、ということからきています。
過去にも、全員取締役という会社がニュースで話題になったことはありました。
「名ばかり取締役訴訟」の争点
次に、どのような場合に「名ばかり取締役」と言えるのかについて考えてみます。
労働基準法上、残業代は「管理職でない労働者」に対して支払われます。
一方、取締役は、会社から委任を受け、「委任契約」に基づき会社の経営判断を行います。
取締役は、会社から雇用されて使用されている関係にはありません。
会社と取締役の関係は委任契約であり、例えるならば、法律上は病院に受診しにきた患者と医師と同じような関係となります。受任者である取締役(医師)は、委任者である会社(患者)から指揮命令を受けることはなく、受任者の判断で受任事務を遂行することになります。
ですが、形式上は登記されている取締役であっても、下記のような事情があるケースでは、取締役の地位は仮装にすぎません。
・実体として裁量権がない
・実質的に経営にも参画していない
・出退勤管理をされている
・指揮命令されている
この場合「取締役」とは言えず、実体は労働者(労働契約)、言うなれば「名ばかり取締役」であるということになり、訴訟の争点といえるポイントとなっています。
なぜ取締役には「残業代が出ない」のか?
取締役と会社の関係は委任契約であり、時間あたりの労務提供を約束する労働契約ではありません。委任契約の受任者(取締役)は、自己の裁量で受任事務を遂行することが義務であり、「どれくらいの時間労務提供したか」は、関係ありません。
従って、裁量があり会社と委任関係にある取締役には残業代はありません。
もっとも、指揮命令管理がなされている「名ばかり取締役」で実体は労働者(労働契約)であると評価できる場合は、いくら形式的に取締役として登記されていても、残業代の支払義務があります。
今回、問題となった「名ばかり取締役」の事案では、「出退勤管理がなされており会社の指揮命令下にある」と評価されたようです。
本来、労務提供の時間が問題とならないはずの委任契約の取締役において、「出退勤管理がなされる」ことは、実体として労働者であると評価される重要な要素となります。
もし、経営者の方は自社の取締役に対しこの争点に抵触する対応をしていないか、あるいはは自身が取締役である方はこの争点に抵触する対応をされていないか、見直してみてください。
訴訟沙汰に至ってしまってからでは後の祭りですし、何より誰もハッピーではありません。