リテンションマネジメントのカギを握る「コミュニケーションの活性化」|青山学院大学・山本寛教授インタビュー #3
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少子高齢化が進む現在、2030年問題といわれる生産年齢人口の減少に対して、人材確保のために、優秀な人材に長く活躍してもらうための「リテンションマネジメント」に注目が集まっています。
青山学院大学経営学部・山本 寛 教授に「リテンションマネジメント」についてお話しいただいたインタビュー連載企画の第3弾は、「リテンションマネジメントの具体的施策」についてご紹介します。
青山学院大学経営学部教授
働く人のキャリアと組織のマネジメントが専門。著作は『連鎖退職』、『なぜ、御社は若手が辞めるのか』、『「中だるみ社員」の罠』(以上、日経BP社)、『自分のキャリアを磨く方法』(創成社)、『人材定着のマネジメント』(中央経済社)など。2023年2月に『働く人の専門性と専門性意識』(創成社)を出版。研究室ホームページ/http://yamamoto-lab.jp/
転職市場の活性化で変化するリテンションマネジメント
転職希望者は増加しているというデータもあります。リテンションマネジメントに今後どのような影響が考えられるでしょうか?
山本教
総務省の「労働力調査」によると、2016年以降は転職を希望する人が増加し続けています。非正規雇用者の転職希望者は減少しているのですが、正規雇用者の増加幅が非正規雇用の減少幅を大きく上回っているため、全体の転職希望者は増加している背景があります。
転職が増えている要因も見てみましょう。2021年に厚生労働省が発表した「転職者実態調査」によると、転職後の勤め先の満足度は、満足が53.4%、不満が11.4%で、差が42ポイントと、圧倒的に満足した人が多いようです。
転職に満足している理由は、「仕事内容・職種」が圧倒的に多く、転職時に納得できる仕事内容・職種を選んでいることがわかります。このことから、現在は「人材獲得競争の時代」といえるでしょう。
リテンションがうまくいっていれば、退職率は低くなります。また、退職率の低さは、組織業績の高さに関係していることが私の研究からわかりました。ただ、因果関係ではないので、必ずしも退職率が低いと業績が上がるとはいえませんが、関連があることはわかりました。
リテンションの指標は「勤続期間の長期化」と「定着率向上」
リテンションの効果を測定するためには、何を指標とするべきなのでしょうか?
山本教授
リテンションの指標は「平均勤続期間の長期化」と「定着率の向上」の2つとなります。どちらも働き方改革のKPIなので、働き方改革とリテンションマネジメントを連動させる必要はここにあると思います。
これまでリテンションマネジメントの対象は、高業績人材と高業績を上げることが予想される人材に絞られていました。しかし、近年は人手不足が顕著であるため、非正規を含む全従業員に範囲が拡大されています。
また、リテンションマネジメントの施策も変化しています。旧来の主な施策は「福利厚生」と「能力開発」でした。しかし、転職希望者の増加などを背景として、現在はほとんどの人的資源管理に拡大しなければ、リテンションマネジメントが成立しない時代になりました。
「人材定着」に対する経営者の意識変革が必要
すべての退職希望者を留めるのは難しいでしょう。リテンションが可能となるのは、どのような場合でしょうか?
山本教授
リテンションマネジメントで阻止できる退職は、範囲が狭いこともわかっています。退職のなかでも、もちろん自発的退職であり、逆機能的退職です。
「機能的退職」は会社にとって役に立つ退職で、「逆機能的退職」は、会社にとって役に立たない人の退職です。逆機能的退職のなかでも、「コントロールできる退職」と「できない退職」があります。昔は、「親の介護が必要で、自分以外に家族がいないから辞める」「配偶者の転勤で辞める」と言われたら、ほぼ引き留め不可能でした。
退職希望者が増加基調にあるなかで、企業はリテンションについてどのような認識を持っているのでしょうか?
山本教授
リテンションの人事課題は、採用・育成に次いで3番目になっています。とにかく問題は、経営者の意識が意外なまでに低いことです。人を採用できて育成できればよいと考えるものの、在籍している人材を残すことに、それほど関心をもっていないのです。
リテンションの重要性についての調査では、3/4の企業がコロナ禍前よりも人材定着の重要性は高まっていると答えました。近年、キャリア開発支援の重要性が高まっていますが、キャリア開発支援の目的についての調査では、リテンションが目的である「優秀な人材の定着」が1位となりました。
また、30歳未満の若手に対するリテンションマネジメント施策については、正規で72.0%、非正規社員に対しても57.1%の企業でリテンションマネジメントを実施しています。
企業はどのような施策を実施しているのでしょうか?
山本教授
最も多い施策は、コミュニケーションの「意志疎通の向上」でした。続いて「本人の能力・適性に合った配置」。3番目の「採用前の詳細な説明・情報提供」は、入社後に何が生じるかについて、採用前にできるだけ事前に細かく説明するものです。4番目は昔から実施されてきた「教育訓練・研修」で、5番目は、最近の働き方改革の対応として実施が増えている「労働時間の短縮、有給休暇の取得奨励」です。
正規・非正規別で施策の内容に大きな差はありません。非正規従業員に対しても、リテンションマネジメントを重視していることがわかります。株式会社ファーストリテイリングが、何千人規模で非正規従業員を正社員に登用しましたが、その目的はリテンションのためだそうですね。
実施した効果はいかがでしょう?
山本教授
効果的な施策は「コミュニケーション」と「待遇改善」の2つです。待遇改善はすべての階層、すべての企業で対応できない可能性もあるため、多くの企業で実施できるのがコミュニケーションの改善になるでしょう。
コミュニケーション施策のポイントは上司・部下など「縦のコミュニケーション」ですね。1on1ミーティングをうまくやれば、離職兆候を察知できる可能性もあります。優秀人材ほど「経営トップが何を考えているか」「会社はどういう方向を目指しているのかを知りたい」という意欲が強いといわれています。オンラインを含めて、経営層の考えを伝える職場懇談会などの場を用意するとよいでしょう。
「コミュニケーションの活性化」がリテンションマネジメントの核になる
山本教授が調査した具体例をお聞かせください。
山本教授
今までにあった事例では、土日に全従業員を集めて、ラフな格好で「内容は問わないので、会社に望むことを出してほしい」とやるパターンが多いです。ほかにも職場懇談会をして、多くの部署の若手からさまざまな提案をもらうこともできるでしょう。なかでも若手層が提案した内容を大切にすることがポイントになります。
提案内容の実施の進捗などのプロセスまで話せば、「この会社は実際の実行まではできていないけれど、若手の意見をくみ取るような努力はしている」「アクションプランを立てて実行している」と伝わります。これが、若手の優秀人材にはとくに必要です。
縦のコミュニケーション以外にはどのような施策が有効でしょうか?
山本教授
部署内や同僚との「横のコミュニケーション」には、ピアボーナスがよいのではないでしょうか。また「斜めのコミュニケーション」は、OJTリーダーが若手社員に対して、あえて別の部署の人に話を聞くのもありますし、社内部活動なども効果的です。社内イベントは、オンラインほど参加者は多くなる傾向にありますが、モチベーションは対面のほうがよいですね。
従業員の人数が少ない企業で効果的なのが「ファミリーデイ」です。社長が自分の家族を呼んで、自分の家族の前でデレデレしている様子を見せる。普段は厳しい表情の社長も、家族の前では温かみがある人間であると従業員が知るだけで、親近感は増すでしょう。
コミュニケーションがリテンションマネジメントのカギを握ることがよくわかりました。
山本教授
コミュニケーションが活性化すると、以前から在籍している人材は、会社自体が変わったと感じ取ります。ポイントは長く活躍したくなる文化を醸成できているかどうかです。人が育つ風土や人が長くいる風土は、人が替わっても続かないといけません。経営層は、うまくいかなかったときの対応策なども検討して、人が替わっても、文化が変わらない仕組みをつくる重要性はあると思いますね。