明確なパーパスで組織が1つに。事例から学ぶ「求心力の高め方」
- 公開日
“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。さまざまなゲストをお招きし、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションを開催しました。
「組織の未来図」をテーマに行われたDAY2では、「パーパスからの自律型組織の構築」と題し、パーパスを軸にメンバーと組織を成長させる方法と、具体的な戦略について議論しました。登壇したのは、株式会社日本M&Aセンターの有賀 誠さん、キャディ株式会社の加藤 勇志郎さんです。
- 登壇者有賀 誠 氏
株式会社日本M&Aセンターホールディングス CHRO / 株式会社日本M&Aセンター 取締役・常務執行役員 人材本部長・人材ファースト管掌
1981年、日本鋼管にてキャリアをスタート、日米で生産管理を経験。1997年、日本ゼネラル・モーターズへ入社、部品部門の独立を遂行し、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。2005年、ユニクロ生産担当執行役員、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長。その後、人事分野に戻り、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。2020年より、急成長を遂げている日本M&Aセンターにて、「人を育てる」組織文化を醸成・強化すべく奮闘中。2020年 日本HR Award受賞。北海道大学法学部卒。ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
- 登壇者加藤 勇志郎 氏
キャディ株式会社 代表取締役CEO
東京大学卒業後、2014年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに新卒入社。2016年にマネージャーに就任。日本・アメリカ・オランダ・中国などで製造業の全社調達改革領域及びIoT/AI領域をリード。大手メーカーの調達改革に従事した結果、同分野への課題意識から、2017年11月にキャディ株式会社を創業。2022年6月には新たに、製造業のDXの実現を支援する、図面データ活用クラウド『CADDi DRAWER』の提供を開始。さらに、アメリカ、ベトナム、タイに拠点を設立し、グローバルなサプライチェーンの構築と事業を推進している。
- ファシリテーター入山 章栄 氏
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関 への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008 年に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013 年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。2019 年より現職。専門は経営学。「Strategic Management Journal」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。著書は「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)、「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(英治出版)「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」(日経BP社) 他。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のレギュラーコメンテーターを務めるなど、メディアでも活発な情報発信を行っている。
- モデレーター佐々木 昂太
株式会社SmartHR 執行役員・VP of Product Marketing
UCLA 数学科卒業後、コンサルティングファームに入社し、DXを基軸とした事業戦略~組織改革、アナリティクス、業務改革等のプロジェクトに従事。2018年よりSmartHR 経営企画として入社し、新規プロダクトの立ち上げから既存プロダクトのグロース、プリセールス組織の立ち上げを経て、現在はPMM組織の責任者を担う。
パーパスの策定で誓った再起
佐々木
日本M&Aセンターさんでパーパスを導入されたきっかけは、どのようなものでしたか?
有賀さん
2年前にコンプライアンス問題を起こしてしまったことがきっかけでした。日本M&Aセンターは、「M&A業務を通じて企業の『存続と発展』に貢献する」をビジョン(理念)とし、中小企業の成長や地方創生に努力してきました。
ですが、コンプライアンス問題からの再起を図るためには、自分たちの存在意義をもう一度見つめなおさなければならないと考えました。理念は堅持しつつも、組織として生まれ変わらなければならない。それも、社員の内から出てくるものを大事にしながら生まれ変わりたい。そうなるとやはり、パーパスが必要でした。
佐々木
そのような経緯があったのですね。具体的には、どのようにパーパスを策定していったのでしょうか?
有賀さん
ビジョン・ミッション・バリュー(以下、VMV)とパーパスの違いを打ち出すために、VMVは「永遠に変わらないもの」、パーパスは「時代や環境とともに変わりうるもの」と定義しました。
そして、社員の声を聞き、価値観やDNAを抽出していきました。30年もの間、2桁成長を続けてこられたのは、これらが求心力となっていたからです。こうした価値観やDNAを引き出すことから新たな目標を生み出したいと考え、全社員に対して「あなたが大事にしているものは何ですか?」と投げかけました。
「愛」「志」「「成長」「お客さま」など、約1,200個の言葉が集まりました。それを指名された若手役員が紡ぎ、数か月の議論を経てできあがったのが「最高のM&Aをより身近に」というパーパスです。
パーパスの策定は若手役員やリーダーが中心となって進め、私が事務局としてサポートしました。社員の率直な意見を出しやすいよう、また次世代へのサクセッションの意味も込め、社長や専務はあえて策定メンバーに入りませんでした。
加藤さん
いまや多くの会社がVMV・パーパスを掲げていますが、大事なのはそれを日々意識できているかどうかです。大きなきっかけから改めてそれらを見直すとなると、社員全員が嫌でも意識するようになるでしょう。社員皆でボトムアップでつくったというストーリーもすばらしいと思います。
価値観の共有が、組織の意思決定スピードを高める
佐々木
スタートアップにおいても、VMVやパーパスは非常に重要だと感じています。スタートアップを経営される加藤さんは、パーパスの策定についてどうお考えでしょうか?
加藤さん
キャディは「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」というミッションのもと創業した会社で、創業から7年目を迎えました。数年単位の短期的なビジョンはない一方で、「もっと大胆に」「卓越しよう」「一丸で成す」「至誠を貫く」という4つの基本的価値感を掲げています。これはミッションを達成するために全員が大前提としてもつべきものです。基本的価値観を共有することで「これはキャディらしいかどうか」を判断しやすくなり、意思決定がスピーディーになったと感じています。
入山さん
私が関わっているスタートアップの企業でも、VMVやパーパスを大事にすることで採用がスムーズになったのを感じています。キャディさんはアメリカでも採用活動をされていますが、ミッションや基本的価値観の効果を感じることはありますか?
加藤さん
アメリカは人種的多様性が高く、バックグラウンドも異なります。なので、「何を大切にするか」を言語化する価値は、日本よりも高いと思っています。採用のときにも、こうした価値観の言語化を重視した経営に共感していただけるかが、1つのフィルターになっていると感じています。
有賀さん
加藤さんのお話しには非常に共感します。日本M&Aセンターのお客さまにもモノづくりの会社が多いのですが、働く人たちの一体感が非常に大切な業界だと感じています。価値観を言語化することは、一体感の醸成にも有効だと感じました。
1つ質問させていただきたいのですが、キャディさんのミッションや基本的価値観は、トップダウンで決められたのでしょうか?
加藤さん
ミッションについては、会社として目指すべきところを全員で考えて、最終的に私が文言を決めるという形をとりました。バリューについては「ミッションを達成する集合体がキャディである」という考え方を根本に置き、そのミッションを達成するための手段という視点で考えました。どのような会社にしたいかという理想から逆算するという意味ではトップダウンでもあり、社員が大事にしていることを話し合い、バリューに落とし込んだという意味ではボトムアップでもあるのかもしれません。
入山さん
個人的には、バリューを除くビジョン・ミッション・パーパスは会社のトップである社長が心から信じることを落とし込んだほうがよいと思っています。そのほうが会社の求心力が増すと考えているからです。しかし日本M&Aセンターさんは、策定の場からあえてトップを外したわけですよね。非常に大胆な印象を受けました。
有賀さん
30年間やってきた会社なので、社員の中にはすでにDNAが存在しています。社員から出てきたものを紡いでいけば、社長や経営陣の想いとズレるはずがないという確信がありました。そこに次世代を育成し、バトンを渡していきたいという想いも加わり、このようなプロセスをとりました。
つくって浸透させるのではなく、最初の段階から一緒につくっていく。その点で、VMVの策定の議論にはサクセッションプランという側面もあります。策定の場でリーダーシップを発揮した人材にこそ会社を引っ張ってほしいという想いです。
明確なパーパスは会社の求心力を高める
加藤さん
人材の獲得競争が激しさを増すなか、求心力をいかに高めるかは企業にとって大きな課題です。待遇がよいかどうか、働く人が好きかどうか、VMVに惹かれるかどうか。さまざまな観点があるなか、日本M&Aセンターさんでは何を求心力の源泉と考えていますか?
有賀さん
我々は「最高のM&Aをより身近に」というパーパスのもとに、「想いをつなぐ」という言葉を入れています。これは会社を譲渡する側と譲り受ける側、2人の経営者の想いをつなぐという意味です。企業と企業をつなぐというのは、いくら電卓を叩いても正解が出ない難題です。「この人なら信頼できる」と思ってもらえるか。最終的にはそこが試されるんですね。人と人の想いをしっかりつなげる、そこをお手伝いするんだという、想いをもつ人と一緒に働きたいという考えを強く打ち出しています。
入山さん
M&Aはいわば人間と人間のぶつかり合いなので、泥臭い面もあると思うんです。日本M&Aセンターさんはそれをわかって「人と人」を大事にしてきたからこそ、30年連続2桁成長を遂げられたのですね。
有賀さん
そうかもしれません。でも、急成長のなかで数字に走りすぎてしまい「とにかく稼いだ人が偉い」という偏った考え方になってしまった社員がいたことも確かだと思います。売上を上げることはもちろん大事ですが、組織の本当の強さではありません。そこに立ち返るためにもパーパスを策定し、人事評価も変えました。
売上を出した社員にはインセンティブで報いる一方で、そればかりで部下の育成や組織づくりが不十分な場合は昇進できない。そういう仕組みを設けました。不満をもって退職した社員もいましたが、それでよかったと考えています。
加藤さん
新たなパーパスの策定によってまとまった退職者が出ることは決して珍しくありません。それはパーパスに合う人が舟に残り、そうでない人は降りていったということ。それだけパーパスの策定が明確になっている証拠です。
スタートアップにおいては企業規模が拡大するなかで、いかに企業哲学にマッチした人を見きわめられるかが成長を加速させます。実は、キャディの最終面接には今でも私自身が参加し、どうしても参加できないときは許可を得て面接を録画させてもらっています。
入山さん
会社をよい方向に変えようとしたときに、どうしても「合わない」と感じる社員が出てくる。歴史のある企業が現状を変えようとする場合、新しいパーパスが反応を生まないとしたら、つくる意味があるか?を問う必要があります。
ただ、組織が一定以上の規模になると、トップみずから一人ひとりを見きわめるのは難しいものです。そこでトップと同じ目線を共有できるパーパスの価値がより大きくなってくるのでしょうね。
有賀さん
私が入社したとき、日本M&Aセンターは500人強の組織でした。そこから現在の約1,200人になるまでの間には、やはり「社長1人では見きれなくなる」というタイミングが出てきました。社長が社員一人ひとりと面接をするのが難しくなってきたんです。そのため、社長・役員・部長のリーダーシップチームで頻繁に合宿やワークショップを行い、マネジメントが同じ価値観を共有できる仕組みをつくっています。
VMV・パーパスを軸に業界全体を変えていく
入山さん
キャディさんは製造業全体のDX化を推進しておられますが、取引先である製造業者さんのなかには変化に慎重な会社も多いのではないかと思います。こうした文化の壁をどう乗り越えているのでしょうか?
加藤さん
業界が変化するとき、その変化の最前線には少数のイノベーターがいるはずです。我々は日頃からお客さまに対しても「こういうことを大事にしています」とパーパスを宣言することで、業界内でイノベーターの素質がある人を表出させたいと考えています。その人たちがキャディといっしょに動き出してくれたら、やがては業界全体が変わっていくと信じています。
有賀さん
我々も同じように、M&A業界を引っ張っていかなければという思いがあります。具体的な取り組みとしては、「M&A学会をつくりましょう」と働きかけたり、競合他社を集めてM&A仲介協会という協会を立ち上げています。こうした取り組みを通して業界のスタンダードをつくり、品質を上げていきたいと考えています。
入山さん
人事はどうしても社内の課題解決に目が向きやすいと思うんです。でも日本M&Aセンターさんやキャディさんは、それだけではない。自社がよくなるとそれをお客さまに波及させ、業界全体までも変える外向きの人事も実践しています。その軸になるのが、明確なVMVやパーパスだというわけですね。