世界の潮流と人事の変化【“人的資本経営”の最前線を知る#1 セミナーレポート】


2022年7月26日、人的資本経営をテーマとしたセミナー「“人的資本経営”の最前線を知る#1 世界の潮流と人事の変化」を開催いたしました。

「人的資本経営」の重要性が日本でも取り上げられるようになりました。ISO30414をはじめとする人的資本に関する情報開示のガイドラインのリリース、DXの加速による人事業務のデジタル化の進行など、人的資本を活かす仕組みも常に進化を続けています。

本講演では、常に経営視点で「人事」を捉え、「人で勝つ」ために人の活力を何よりも大切にして来られた八木洋介氏をゲストにお迎えし、変化の激しい時代において人事が持つべき視点についてお話いただきました。

【登壇者】

㈱people first 代表取締役 元(株)LIXILグループ執行役副社長

八木 洋介 氏

1980年京都大学経済学部卒業後、日本鋼管株式会社に入社。National Steelに出向し、CEOを補佐。1999年にGEに入社し、複数のビジネスで人事責任者などを歴任。2012年に株式会社LIXILグループ 執行役副社長に就任。Grohe、 American Standard、Permasteelisaの取締役を歴任。2017年株式会社people firstを設立し、代表取締役。株式会社TBSホールディングス社外取締役、GEヘルスケア・ジャパン監査役。そのほか、複数社のアドバイザーを務めている。著書に「戦略人事のビジョン」。活発に講演活動を行い、雑誌などに記事多数。

【モデレーター】

People Trees合同会社 Co-Founder&COO 最高執行責任者

中谷 真紀子 氏

戦略なき人的資本経営は本質的ではない

八木さん:昨今、「ヒューマンキャピタル」「人的資本」という言葉がよく使われますが、私が今日使うのは「人」という言葉です。「人」を大切にして勝っていく、「人」を経営のど真ん中に置いていく、そういう時代になっていると思います。

人が差別化の源泉である、ということが大いに叫ばれている。だからこそ人に投資する、その投資の考え方を開示していく、それが人的資本開示というわけです。それを前提にお話していきます。

人的情報開示はストーリーと一緒に

八木さん:まず、人的資本に関する情報開示のガイドラインとして「ISO30414」があります。ISO30414には11の項目があります。

人的資本に関する情報開示をすることは、人事戦略の透明性を高く開示して、企業の価値を高めていく、という考え方だと思っています。

一方で、人事は差別化の源泉でもあると思います。単純に情報を開示するのではなく、その企業がどういう経営哲学を持っているのか、どういう戦略があるのか、どんな事業特性、組織特性を持っているのか、市場環境はどうなっているか……そういったものを踏まえた企業のストーリーとして開示していくのが大事です。

定着率が何%が正しいのかは、その企業が置かれた環境、事業、カルチャーによって変わりますよね。戦略の裏側にある思想抜きで情報を開示しても、企業の評価がなかなか上がらないということです。

戦略が重要だが機能していない

八木さん:そこで、最新版「人事白書2022」をみてみましょう。私が一番注目したのは、「戦略人事は重要」と答えた割合が89%にも上るなか、「戦略人事として機能している」と答えた人は30%しかいなかったということです。

つまり、人事が戦略の武器になっていないという現実があります。どうやって人事を戦略化していけばいいのか? そこについてお話していきます。

 

「みんな同じ」では勝てない時代

八木さん:過去は終身雇用、年功序列、企業内組合が三種の神器と呼ばれる時代もありました。戦後、アメリカというモデルを標準化して、一生懸命に働き、質と効率で勝てば良い時代でした。みんなで頑張るわけなので、秩序・管理・ルールがとても大切。同質の集団、協調性、滅私奉公。「みんな一緒」ということが強みになっていた時代でした。

しかし時代は変わり、世界の変化が激しく、VUCAともいわれる先が読めない時代になりました。今までのやり方では対応できないですし、変化に対応するスピードも求められます。

そのようななかで、人的資本開示をはじめとした人事施策の裏には思想、戦略を持つべきだと僕は考えています。いくつかキーワードをあげながら実例をお話していきたいと思います。

キャリア自立

八木さん:キャリアの自立を支援する、という目的で面談や研修を行っている企業も多いと思います。これによって自立が進む社員もいると思います。その後、キャリア自立した社員と従来の人事制度による異動がセットになったときに何が起こるか。

「これをやりたい」という気持ちが高まっているのに、それを実現する機会にチャレンジする場がない、ということが起こりかねない。自立を促すことが離職につながってしまうということです。キャリアの自立を促すなら、自立した社員にどう活躍してもらうか、そのプロセスもセットで検討しないと、キャリア自立は実現しないということなのです。

1on1

八木さん:1on1は、その目的が不明瞭だとなかなかうまくいきません。「業績をあげるために、個人の実力を発揮するにはどうすればよいか」について上司と部下が会話する、ということが目的になるはずですが、「業績をあげる」という点を忘れてはなりません

業績をあげるためのフィードバックなら、本来はタイムリーに行うのが効果的なので、1on1を制度化する必要はないのです。

1on1によって相互理解、モチベーション維持、育成、離職率低下などの効果があり、それらによって業績をあげていくという目的を忘れず、自発的に取り組めるような形にするのが本来のあり方ではないかと思います。

Well-being

八木さん:Well-beingは、Well-doingがセット……つまり、より良く行動しようということがあってはじめて達成されるのではと思うのです。何もしないで幸せを感じることがあっても、長い目でみたら幸せにはならないということは、誰が考えてもわかりますよね。

現在はストレスの多い世の中で、大変なことにチャレンジしていく必要がある。今の状況から何かを達成して、豊かさを実現する、そしてさらに高いところに到達するサイクルを回していく。すなわち、Well-beingとWell-doingのいいサイクルを回すということなのではないかと。

これを私は「Well-living」と呼んでいます。Well-beingは、一生懸命何かをやることを通じて実現していく、と考えるのがよいのではないかと思っています。

働き方改革

八木さん:働き方改革で、社員のWell-beingを実現するために不要な長時間労働をやめよう、という考え方は意味があることだと考えます。しかし、社員もWell-beingになりながら、会社にとってもよいことであったほうが本質的では、と経営者目線では考えています。

右の図のように、労働経済学においてプロフィット(収益)は「数量 × 価格 – コスト」という考え方です。一人あたりのプロフィットは「価格 × 一人あたりのアウトプット – 賃金 – その他コスト」、となります。プロフィットをあげるために価格をあげたらいいかというと、残念ながら数量が落ちてしまいます。そこでイノベーションが必要となる。つまり、働き方改革にはイノベーションも含まれているのです。

ビジネス全体のなかで一番利益を出せる体制のために、適切な人材配置、管理職のリーダーシップ向上、ダイバーシティ、権限移譲、AIやITの活用などの視点で、ポートフォリオを変革していく必要があるのです。そして、おかしなことや無駄なことをやめてエンゲージメントを高めて生産性を上げることが、働き方改革の本質であるはずです。

リモート or 対面?

八木さん:新型コロナの影響で、リモートで仕事をする方が最近増えています。リモートがよいのか、対面がよいのかという議論になりがちですが、これらはorで語るものではなく、組み合わせていくものだと考えています。

リモートにも対面にも、メリット・デメリット双方あります。リモートは、メールやチャットなどのツールが便利ですし、移動がないのでとてもよいですよね。

一方対面は、非言語情報を読み解くのに向いているといえます。オフラインでミーティングをしたときに表情が暗いメンバーがいたら、その場でフォローしやすいです。人間は視覚から90%以上の情報を得ているといわれているので、パソコンの画面からわかる情報だけでは、判断しにくいこともあると思います。

こういった人事施策の歪みがあるなかで、具体的にどのような戦略的課題に向き合い、解決していくべきなのか、次にお話していきます。

 

予測できない外的環境、戦略的な課題

八木さん:世界では、さまざまなパラダイムシフトが起きています。日本の環境だけに目を向けていたら衰退してしまいます。流れに身を任せるのではなく、流れを変えていける、どう主導権を握っていくのか、ということを考えなくてはならない「価値観の時代」になりました。

そんな時代に大切なのが、任せるということだと僕は思います。任せて、現場の適応力をあげていかないと勝てない。任せる経営のためには、価値観の時代のリーダーシップ、会社のパーパス・ビジョンの共有、エンゲージメント、協働、心理的安全性などの要素が大切になってきます。

先ほどもお話しましたが、日本企業は日本的経営、日本的人事、すなわちどの会社に行っても同じことをやりがちです。メンバーシップ型、成果主義、働き方改革とバズワードが生まれるたびに騒がれ同じことをやる。そして今はジョブ型雇用で大騒ぎしている。

繰り返しますが、人事というのは差別化の源泉です。企業には歴史や思想があり、環境もそれぞれ異なる。同じことをやっているのはおかしいのです。

価値観の時代だからこそ、人事にも思想やビジョンが求められます。みんないっしょのバルク型人事ではなく、一人ひとりの個をみていく姿勢も必要です。もちろんイノベーションも必要。

そのほかさまざまなトピックをあげていますが、何よりも大事なのが「差別化」。我々人事というのは、会社を差別化して勝っていくための非常に大きな源泉を握っているということを、意識していかなければならないと思っています。

 

人事戦略を持つために

八木さん:先ほどのような課題を解決するために、どうすればよいのか。

人事こそが変革をドライブする存在に

まず、経営戦略と人事戦略は一体化しなければなりません。本来、ポートフォリオとケイパビリティが一体化したものが戦略というものだと思います。そこをケイパビリティ抜きで考えるのではなく、経営、ファイナンス、そのほかのポジションに人事部門も加わって、一緒に戦略を考えていく必要があります。

そして、これまでのやり方を大きく変えていく必要があります。先ほどもあげた、新しい価値観を持ったリーダーを育て、一人ひとりに着目した施策を行うためピープルアナリティクスを活用していく。チーム一丸となり、エンゲージメントを高めるために、パーパスとビジョンを明確化する。

人事こそが企業の変革のど真ん中にいて、ドライブしていく存在にならなければと思います。

思想を持つ

八木さん:また、自社にあった思想を持つ、ということが大切です。

思想というのは、例えば人事の役割を専門型、つまり採用は採用、育成は育成……と分かれて担当するのか、ホリスティックに全体が協力しながら担当するのか、といった観点。僕が過去携わった企業の多くはホリスティック型でした。人材育成を担当していると、社員の特徴やリーダーシップがよくわかるので、それを異動の業務に活かさない手はない。それがホリスティック型のよさです。

そのほか、性善説なのか性悪説なのか、秩序なのか柔軟なのか、管理なのか信頼なのか。これらについてどのようなバランスをつくっていくのか、自社なりの立ち位置を決めていくということです。そうしないと、異なる背景をもつ他社の施策をそのまま取り入れてしまう、なんてことになりかねない。なので、しっかりとした人事思想をもつことが大切なのです。

仕組みを変える

八木さん:思想に加えて、さまざまな既存の枠組みについても見直すタイミングがきていると思います。

例えば、メンバーシップ型を見直すべき企業は多くあると思います。そのほか、能力主義や年功序列、階層組織など、いままで普通だった枠組みについて、それぞれ自社がどういうやり方をとっていくのかを、改めて考えて答えを出すことが重要です。

人を活かす

八木さん:続いて「人を活かす」ということを考えてみましょう。人が活きるのは、自分のやりたいことができているとき、すなわち自立して自発的にやりたいと思っているときに、いきいきとやれている。

しかし会社は組織で動いています。だからこそ、会社のビジョンに共感して、自分のやりたいことと組織の目的が同じという状態をつくっていく、それによって人が活きるのではないかと思います。

さらに人を活かすには、一人ひとりと向き合い、個性や多様性を尊重し、育成し、任せる、ということです。人にも組織にも個性があり、それらをうまく活かすようにコミュニケーションしていく重要性がいま問われているということなのです。

任せる

八木さん:今日は何回も「任せる」という言葉をお伝えしていますが、改めて「任せる」ということについて考えてみます。

いまリモートが当たり前になったことで、仕事の管理が難しくなり、任せるしかないという状況になりました。このものすごいスピードで世界が変革している時代に、管理思考では負けてしまいます。

これはリモートだけの話ではありません。グローバルに経営するには、現地で判断し、決定して行動していかないと勝てません。必ずしもすべてがわかっているわけではない本社に話をあげるより、現場の適応力を高めていったほうがよい。

個人に任せるためには、「ありたい姿」すなわちパーパスやビジョンを共有することが大切です。そしてリーダーは管理ではなく、未来をみて、大きな決定をする、ということが仕事になってきます。

人事プロセスを整備する

八木さん:先ほども経営戦略と人事戦略は一体化するべき、という話をしました。つまり、人事に関して、社長ときちんと議論するプロセスを持つべきということなのです。

経営トップと管理者、事業部門のトップなどが主体性を持って「人」と「組織」を議論する場をつくることがとても大切です。

現場が人に関するオーナーシップをもつため、そのためには人事と経営層が「こういった組織をつくりたい」という議論をする場を設ける必要があるのです。具体的には資料右側に記載したような内容を話すとよいと思います。

戦略とは「自社らしさ」

八木さん:最後に、ここまでの話をまとめて、戦略とは何かについてお話します。僕は、戦略とは「自社らしさ」だと思っています。会社はそれぞれ異なる事業、思想、哲学、歴史、ビジネス環境を持っている。そういったなかで、自社はどうあるべきかというビジョンを描いて経営する、というのが戦略なのではと思います。

思想、哲学、歴史、風土に影響を受けやすい「人」と「組織」だからこそ、その特徴を活かした形で、自社らしいピープルマネジメントを追求していくのが差別化の鍵なのです。自社らしい人事戦略をもつことで、勝っていく時代なのではと思います。ぜひみなさんも「自社らしさ」について考えてみてください。

Q&A

中谷さん:ここからはセミナー内でいただいたご質問に回答いただきます。

経営戦略と人事戦略を一本化する具体的な流れ

中谷さん:「経営のポートフォリオと人のケーパビリティを一致させる」というお話がありましたが、コンセプトレベルではなく実務レベルで、具体的に落とすとどのようなイメージでしょうか。

八木さん:社長が来年のビジョンを話し、人事を交えて、それを実現できるケイパビリティがあるのか、ないなら育成や採用をどうするか、何人必要なのか、といった議論を行うということです。

中谷さん:例えば、先ほどのスライドでもあったように年2回と決めて機会をつくってみるなどの形式がよいのでしょうか。

八木さん:はい、それに加えて、社長が変わったときに、「任期中に何を実現したいか」ということをまず議論する。その後、毎年実現のために何をしていくかということを議論していくとよいと思います。

どの人事機能にユニークネスを出すか?

中谷さん:「人事機能にユニークネスを出す」というお話に共感しましたというご感想とあわせて、特にどの機能にユニークネスを出すべきでしょうかというご質問がきていますが、育成、評価、採用などの中で特に重要な部分はありますか。

八木さん:一番大事なのは配置だと思います。配置をうまく実現するというのは、組織に適応しない人が離れていくということも含めて、これを最適化していく必要があります。適切ではない人がずっと居座る組織が勝てるほど、今の世の中は甘くないと思います。

また、自立した個人を育てることです。将来に向けて、ビジョンをもった変革に対して前向きな社員をつくる必要がある。変革を起こせる人は、とても希少な人材です。そのような人材をいかに発掘して、育成して、ポジションにつけていくかが一番大事じゃないかと思います。

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