選ばれる会社になる秘訣は「制度導入のスピード感と恒常的な改善」|ダイドードリンコの人的資本経営
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この記事でわかること
- 従業員を「人的資本」へと導く制度と施策
- 人事施策を検討する際の注意点
目次
従業員の健康リテラシーの向上を図るとともに、「新たな働き方」や「副業制度」などへの取り組みにより、心身ともに健康で一人ひとりが最大限の力を発揮できる「ワーク・ライフ・シナジー」の実現に向けた環境づくりを進めるダイドードリンコ株式会社。従業員が新しいアイディアを出し合い、社員投票を経て決定される表彰制度である「DyDo チャレンジアワード」から生まれた副業制度をはじめ、従業員を巻き込んだ施策でエンゲージメントの向上に成功しています。
本企画では前編・後編の2回にわたり、同社の選ばれる会社になるための各種施策についてご紹介。前編では「具体的な人事施策と実施時のポイント」について、取締役執行役員 人事総務本部の濱中昭一さんに伺いました。
ダイドードリンコ株式会社 取締役 執行役員 人事総務部長
大学卒業後、1987年ダイドードリンコ株式会社に入社。1994年より各営業所の所長を歴任後、2001年に営業管理課長に就任。2002年に人事部が発足した際、人事課長に就任。2011年に人事総務部長、2013年に執行役員人事総務本部長、2017年に取締役執行役員人事総務本部長、2022年に本部制廃止にて現職。
自己管理能力を伸ばす環境整備で生産性向上を目指す
従業員のスキルアップへの投資は、人的資本経営の実践で欠かせないポイントの1つです。仕事とプライベートの双方を充実させて、シナジーを生み出す概念の「ワーク・ライフ・シナジー」のなかで、従業員の方々への投資をどのように位置づけているのでしょうか。
濱中さん
「ワークライフバランス」とよく世間でいわれていますが、仕事と私生活は完全には切り離せないと思っています。ワークとライフ双方の充実によって、相乗効果を狙うのが「ワーク・ライフ・シナジー」の基本的な考え方です。
従業員がスキルアップに取り組むベースになるのは心身の健康です。心身の健康が担保されていなければ、スキルアップのための余力は生まれづらくなります。そのため、当社では従業員の健康増進に力を入れています。飲料メーカーとしてお客様の健康を願う当社にとって、この取り組みは提供価値の向上にもつながると考えています。
ポイントは、ライフの重要な要素である「自己管理能力」をいかに会社がサポートしていくかです。ただ単に「やりなさい」とアナウンスするのではなく、eラーニングをはじめとした各種研修を用意して、必要なスキルを空いた時間で補ってもらうという考え方で制度を運用しています。
スキルアップの土台は健康であり、健康を維持するために自己管理能力の向上をサポートするのですね。
濱中さん
そのとおりです。健康に関しても自己管理能力が重要になります。実際に年齢とともに衰えるほど、自分でどのように回復させるかが大切です。クラブ活動やウォーキングラリーなどの福利厚生制度を導入していますが、参加するかは本人の意思となっています。当社は「自律型プロフェッショナル人材」を人材育成の柱にしているので、本人の意思での自律を求めています。
業務に欠かせない責任感もすべて自分の意思から生まれるものなので、一人ひとりの意志をご自身で養っていただきたい。リモートワークをはじめとした柔軟な働き方へのニーズが高まっているからこそ、今まで以上に高い自己管理能力が必要と感じています。
副業を解禁したのも、自己管理能力を高めるための施策の1つ。時間ができても、勉強もスポーツもしない可能性もありましたが、収入を得られる副業に取り組む従業員は多いのではないかと考えました。
副業で他社を知り、自社へのエンゲージメントを高める
副業が自己管理能力の向上につながる理由をどのようにお考えでしょうか。
濱中さん
同じ組織で長く経験を積んでいくと、新しいチャレンジができる環境かを経験で判断できるようになってしまいます。副業によって他社のカルチャーや制度を知ることで、あらためて当社のよさに気づく従業員もいるでしょうし、他社のよいカルチャーや制度をダイドードリンコにも取り入れるべきと提案してくれる可能性もあります。
人材流出のリスクを考え、副業制度を導入できない会社もあるようですが、副業をきっかけに転職する従業員は今のところいないですよ。
他社を知ることで自社を冷静に分析できる効果もあるのですね。
濱中さん
業務委託だと、会社の内情を十分に把握できないこともあります。当社では、副業先での雇用形態は不問にしているので、活用している人数も多いですね。
副業制度を利用する従業員が少ない会社もあるようですが、業務委託契約のみという制約があるため、利用できない方が多いように見受けられます。そのため一部の優秀な人が副業して、結局転職する人材になってしまうのではないでしょうか。
なるほど。
濱中さん
当社が自社での雇用形態を問わず、副業できる制度にしているのも、多くの従業員に外の世界に触れる機会をつくるためでもあります。組織が成長していくためには、生産性を向上させる従業員一人ひとりの新しい発想が欠かせません。「ダイドードリンコだから」という考え方に固執しすぎないように、さまざまな制度をいち早く用意するのが重要だと感じています。
副業制度の検討〜導入まで1か月。スピード感が施策改善に活きる
副業制度は検討から導入まで、どのくらいのスピード感で実施したのでしょうか。
濱中さん
副業制度は、2021年の「DyDo チャレンジアワード」で社員投票第1位となったのですが、表彰式の翌月には導入しました。副業制度は人事部内でも検討していたので早期導入できた部分もあるのですが、スピード感を大切にしている理由の1つに「DyDo チャレンジアワード」で選ばれたこともあげられます。多くの従業員が選んだ制度の早期導入は、利用の加速にもつながると考えました。
スピード重視の理由はどこにあるのでしょうか。
濱中さん
当社はグループ理念にあるようにチャレンジを重視しており、チャレンジしたうえでの失敗は改善の種と考えています。おそらく時間のかかる会社は、「成功しなければいけない」という観念をおもちなのではないでしょうか。当社は「やってみてうまくいかなかったら改善すればよい」というスタンスですし、行動規範として失敗したチャレンジであっても称え、心理的安全性の確保に努めています。
とくに人事・労務関連の施策は、社内の状況を照らし合わせた実施になりがちです。パイオニアとして早期導入すれば、社外からも注目されてさまざまな情報も集まるため、改善に活かせる利点もあります。
従業員のためになる施策が結果的にエンゲージメント向上につながる
施策実施のスピード感は、従業員のエンゲージメント向上の観点でも重要なのでしょうか?
濱中さん
そこはあまり重視していません。大切なのは、エンゲージメントを気にしながら施策を実行するのではなく、本当に従業員のためになる施策かの検討です。その結果として、エンゲージメント向上につながると考えています。エンゲージメント向上が目的になってしまうケースもお聞きしますが、本末転倒でしょう。
実施した施策が結果的にエンゲージメント低下につながることもありますが、理由さえわかれば対策できるので、あくまでも生産性向上をテーマとして施策を実施しています。
マネージャーの意識変革と多種多様な制度が離職防止に効果的
施策の成功には、浸透策も大きな要素かと思います。運用面を含めてどのような点に注意しているのでしょうか。
濱中さん
たとえばリモートワーク制度は、部署や人によっては使いにくいこともあります。また、上長の思想によっても利用の方針が異なる場合もあるので、マネジメント研修で上長への理解を求めています。
ご自身の経験値をもとに話すマネージャーもいますが、今の時代は、従業員の成長と組織改革の可能性をどのように伸ばせるかが重要です。そのため、マネージャーの意識改革を重視した研修プログラムとしています。
マネージャーのなかには、30分単位で何をしているかなどマイクロマネジメントをする方もいます。リモートワークは、ある程度は個人に委ねる柔軟さが運用のポイントです。短時間での私用外出などの途中抜けを許容できないようであれば、リモートワークの方が良いかを再考すべきだと思っています。
マネージャーの理解を求め、現場の従業員に合わせた手法が必要なのですね。
濱中さん
リモートワークを機に、「いつまでにどういう形で成果物を出してください」という、メンバーへの指導方法が大きく変わったと思っています。
毎日、出社しているときはメンバーの状況を把握できますが、リモートワークでは管理が難しいでしょう。アウトプットの工数や期間を短縮できる前提で「明確にいつまでアウトプットしてもらいたい」と、わかりやすく伝えたうえでの進捗管理が、リモートワークが成功する秘訣の1つではないでしょうか。
まず施策を浸透させるには、まずマネージャーの意識改革をしたうえで、現場で柔軟にやり方を調整してもらうことが大切だと思います。
啓蒙と合わせた各種制度の導入・運用がリテンションに効果あり
リモートワークや副業制度の導入による具体的な効果はありますか。
濱中さん
採用競争力の面でも効果はあります。とくに中途採用に関しては、面接でリモートワークの比率の質問が増えています。リモートワークや副業制度の導入以降、中途採用の応募は増えている実感があります。採用競争力の低下防止の観点からも、さまざまな制度の導入を検討するべきでしょう。
選択できることが大事なのですね。
濱中さん
ただ、権利の取り違えには注意しなければなりません。各種制度は無条件の権利ではなく、あくまでも生産性向上が大前提となって活用できるものです。
フレックス制度を導入して勤務開始時間が10時からでもOKとなったときを例に出しましょう。9時開始の会議を10時開始に変更したという会社があったそうです。9時に集まるというのを業務命令だと思って「フレックス勤務で10時始業なので、9時の会議に出席できません」と言う若手従業員がいたとお聞きしたことがあります。
マネージャーが「フレックス制度はあるけれども、権利ではない」と伝えなければ、規律が保たれずに生産性が低下するケースもあります。勘違いを防止するためにも、常々啓蒙していかなければいけません。
入社年次に応じた研修で自律型人材への成長を促す
その鍵になるのが、一人ひとりの自律だと思います。自律を促すためには、ある程度のサポートが必要なのではないでしょうか。
濱中さん
当社では自律型人材へ成長するための若手研修プログラムで補完しています。また新卒従業員には、横の関係性構築を主眼に入社5年目までフォローアップ研修も実施しています。同期であれば忌憚なく話せる場合も多いため、心理的安全性の担保にもつながると考えているのです。
マネージャーに対してはどのような研修を実施しているのでしょうか。
濱中さん
退職の大きな理由の1つとして、チームの影響も少なくありません。そのためマネジメント研修では、「半径5メートル以内にいる人との関係性の向上をベースとし、以下に成長を支援できるかという組織開発の考え方、知識、スキルの向上」をテーマとしています。成長する場所や機会を会社が用意することは、リテンションに効果的なのは言うまでもありません。
選ばれる会社になるためには、今の時代に即したマネジメント手法の実践が不可欠です。継続的なマネジメント研修の実施で、スキルアップを促しています。
マネジメント研修の効果は表れていますか。
濱中さん
半年に1回、オンラインで課長以上のマネージャーを対象に実施しているのですが、ダイバーシティに柔軟に対応しているマネージャーが増えてきた印象もあります。とくにマネージャーには、変化に対応できる柔軟な考え方が求められます。そのような人材の育成こそ、人的資本経営を進めるベースになるのではないでしょうか。
「各種人事施策の早期実施と継続的な改善が、選ばれる会社になるための第一歩となる」と語る濱中さん。後編ではマネジメント研修をはじめ、同社の研修制度の具体的内容や、同社の人事施策の浸透策についてご紹介します。