2023年注目の人事・労務トレンド8選【社労士が解説】
- 公開日
目次
こんにちは。 社会保険労務士法人名南経営の大津です。2019年の働き方改革関連法以来、毎年、さまざまな労働関係法令が改正されています。2022年もパワハラ防止措置の義務化や育児介護休業法などが改正され、その対応に追われたのではないでしょうか。こうした流れは2023年も続くことになります。
そこで今回は、2023年に人事・労務担当者が注目するべきトピックスについて解説します。
キーワード1:月60時間超割増率引き上げ
労働基準法においては、時間外労働の割増賃金率は通常25%とされています。長時間労働の抑制という観点から、2010年4月以降、大企業においては月60時間超の残業について、その割増率が50%となっています。中小企業ではこれまでその適用が猶予されていましたが、いよいよ2023年4月1日から適用になります。
実務としては賃金規程の改定が必要になり、また給与を円滑に計算できる労働時間集計方法の整備が求められます。これをよい機会と捉え、長時間残業の撲滅に向けた取り組みを進めることが重要です。
キーワード2:賃金請求権時効延長の現実的影響
2020年4月1日の労働基準法改正により、賃金請求権の消滅時効期間が従来の2年から3年(当分の間の措置であり、将来的には5年)に延長されました。対象となる賃金は、改正日以降の支払い賃金であるため、2022年12月末時点では、2020年4月1日以降、2年9か月間の賃金の請求権にとどまります。しかし2023年4月以降は、過去3年間の賃金請求権が発生することになります。これにより残業代などの不払い問題への注目が高まり、トラブルの増加が懸念されています。
対応としては、賃金の不払いが発生しないよう、労働時間把握や集計、割増賃金計算などにおいて問題がないか検証することが求められます。これにともない、賃金台帳などの記録の保存期間も3年となっていますのでご注意ください。
労働時間把握や集計、割増賃金計算などは多くの工数が必要となります。この機に業務工数を見直しみてはいかがでしょうか。人事・労務領域の効率化すべき業務を以下の資料にまとめましたので、ぜひご活用ください。
キーワード3:男女間の賃金格差の公表義務化
2022年7月8日に改正女性活躍推進法が施行され、301人以上の企業で「男女賃金の差異」の情報公表が義務化されました。この公表は事業年度の実績を、その次の事業年度の開始後おおむね3か月以内の対応が求められているので、3月決算の会社であれば2023年6月末を目途に対応しなければなりません。
公表区分としては、正規雇用労働者、非正規雇用労働者、全労働者の3区分が必須とされています。そのうえで、追加的な情報として、職種別などの男女の賃金差異について公表することが認められています。
「休業中の者については、賃金算定の対象労働者から除外して差し支えない」など、さまざまな細かいルールが存在するため、初年度である2023年は、対応の負担が大きくなる可能性もあります。
キーワード4:育児休業取得状況の公表義務化
育児介護休業法については、2022年4月と10月に改正されましたが、常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主については、2023年4月にさらにもう1点改正され、育児休業などの取得状況を年1回公表することが義務づけられます。
具体的な公表内容は、公表日の前事業年度における男性の(1)「育児休業等の取得割合」または(2)「育児休業等と育児目的休暇の割合」とされています。具体的には、自社のホームページなどのほか、厚生労働省が運営するウェブサイト「両立支援のひろば」で公表することが求められています。
キーワード5:給与のデジタル払い
近年、スマートフォンなどによる電子マネーが急速に普及していますが、2023年4月より給与を電子マネーで支払えるようになります。労働基準法施行規則は改正されたものの、その実務は、いまだ見えない部分も多いことから、年明け以降、デジタル払いへの対応有無も含めて検討し、デジタル払いを実施する場合には、賃金規程の改正や給与システム、申請書類などを整備していくことになります。
キーワード6:人的資本の情報開示義務化
話題の人的資本については、2023年に大きな動きがあります。金融庁は2023年3月期以降の有価証券報告書において、人的資本の開示を求めることとなりました。具体的には、サステナビリティ情報の「記載欄」が新設されたうえで、人材の多様性の確保を含む「人材育成の方針」や「社内環境整備の方針」、「当該方針に関する指標の内容などについての記載」が求められます。
また、女性活躍推進法などにもとづき、「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」および「男女間賃金格差」を公表している企業については、これらの指標についても記載が求められます。これは上場企業が対象とされていますが、社会的な関心が高まっていることから、それ以外の企業においても対応を進める事例が増加すると予想されます。
キーワード7:2024年問題対応
働き方改革関連法により、大企業では2019年4月1日から、中小企業では2020年4月1日から労働時間の上限規制が実施されていますが、建設業、自動車運転者、医師についてはその適用が除外されていました。しかし、2024年4月1日からは、新たな上限規制が適用されることになっています。これが2024年問題と呼ばれるものです。
各業種でその特性に応じたルールが適用されます。たとえば自動車運転者の場合には、年間960時間という残業時間の上限が定められます。近年の深刻な人手不足の環境のなかで、この上限規制に対応するためには、さまざまな業務改善や顧客との調整などが必要になります。よって2024年問題は、2023年がその対応のピークとなります。上限規制の適用により、事業が混乱しないよう、当該業種の皆さまは早めの対応を進めていきましょう。
キーワード8:賃上げ
ロシアのウクライナ侵攻による世界的な資源高、それに円安が加わり、物価上昇が続いています。さらに人手不足の状況も相まって、2024年は賃上げの年になると予想されています。
帝国データバンクの調査によれば、「2022年11月の段階で従業員に対して特別手当(インフレ手当)を支給した企業が6.6%あり、検討中なども加えれば26.4%になる」との結果が公表されており、すでに賃上げの対応を進めている企業も少なくありません。
また、来年の春闘においても、連合は定期昇給とベアで5%の賃上げを要求する方針を示しており、企業としてもその対応が求められます。
(出典)2023年春季生活闘争方針(案) – 日本労働組合総連合会(p.5)
具体的には採用競争の激化を受け、「新卒初任給のさらなる引き上げ」、「若手を中心とした賃金カーブの見直し」などが重要なテーマとなっていきます。
2023年は人事・労務担当者の業務が大きく変わる?
人事・労務管理全体の流れとしては、DXやGXの流れを受け、リスキリング、成長分野への人材移動、ジョブ型雇用、賃上げがビッグキーワードとなっていくことは確実です。そこに、コロナ以降で明確なトレンドとして出てきている「副業・兼業」や「フリーランス」などが、存在感を増してくることになると予想されます。
よって、2023年については法改正への対応よりも、実態としての労働環境の変化への対応がより重要性を増していることがわかるのではないでしょうか。「企業は環境適応業」といわれますが、ここからの数年は、大きく変化する労働環境や社員の意識への対応が重要となり、その適否が企業の成長率の差となって表れてくると考えられます。