意外にも「遅延証明書」の持つ力は法律上無に等しい
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こんにちは。弁護士の星野 宏明です。
このところ慢性的な電車遅延に加え、電車内での痴漢騒動が相次ぎ、それに伴い通勤ラッシュ時間帯における電車遅延が増えているように感じます。
国土交通省が調査した遅延証明書の発行割合によると、東京メトロ半蔵門線で100%、同千代田線で95%、JR山手線(全線)で90%など、ほぼ毎日のように電車遅延が発生していることがわかります(*1)。
このように都心の主要な路線において、電車遅延が頻発している分、「遅延証明書」はビジネスパーソンにとってある種の生命線ともいえますが、この「遅延証明書」は、法律上どのように扱われるのでしょうか?
遅延証明書と勤怠取り扱いの関係
通勤で電車を使用している多くの方は、人身事故や信号機トラブルなどで、思わぬ電車遅延に巻き込まれ、定時の出勤に遅刻してしまった経験があるのではないでしょうか。
このような場合、自分としては十分間に合う時間に自宅を出発したにもかかわらず、運転見合わせなどにより、足止めとなってしまい、どうしようもない状況となります。
また、駅と駅の間で電車が運転見合わせとなると、電車内に長時間閉じ込められてしまい、振替輸送の利用すらできないケースも珍しくありません。
法律上は「ノーワークノーペイの原則」に基づいて考えられる
実際の会社の取扱いでは、人身事故や車両トラブルに起因する電車の運行支障について遅延証明書がある場合は、遅刻扱いとしないことが多いと思います。
一般の感覚でも、遅延証明がある場合は、遅刻扱いとされず、給与の減額はないというのが当然のように思われるかもしれません。
しかし、労働法分野では、「ノーワークノーペイの原則」があり、労働を提供していない時間については、賃金が発生しないのが原則です。
民法の原則からいっても、ある債務が消滅することのリスクは、当該債務者が負うことになっています(民法536条1項)。
労働を提供していない時間については、賃金が発生しない
民法の原則からも電車の遅延という不可抗力によって労働債務を提供できなくなった労働者は、反対給付(賃金)を受けることができないということになります。
したがって、法律上は、労働を提供していない時間については、賃金が発生しないのが原則です。
遅延証明がある場合は、遅刻扱いとされず、給与の減額もないという考えは、法律上では当然のことではありません。
「遅延時に給与控除しない」のは会社任意の規定による
もっとも、会社が就業規則や内部規定で、電車遅延という不可抗力については遅刻扱いとせず、給与控除をしない扱いとすることは問題ありません。
一般的には、法律の原則とは異なり、むしろ遅延分の給与控除をしない会社の方が一般的かもしれませんが、これはあくまで会社側が任意に遅刻扱いしていないにすぎないということは、注意しておきましょう。
法律の原則に則り遅延分の給与を控除する会社はあまり見かけないとはいえ、あって当然ですし、入社したばかりの会社では「遅延証明書があるから」と一方的に油断することなく、会社でどのように定められているのかを確実に把握しておくことをオススメします。
【参照】
*1:遅延対策ワーキング・グループ 報告資料「首都圏11事業者51路線の平成25年11月の平日20日間における遅延証明書の発行状況」 – 国土交通省