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一人ひとりに寄り添ったデータマネジメントが、従業員の「キャリア自律」や「ウェルビーイング」につながっていく

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目次

全世界で約37万人の従業員を擁する日立グループ。イノベーションを生む人と組織をつくるべく、HRテクノロジーを活用した人材戦略に積極的に取り組んでいる。その包括的な取り組みをリードするのが、株式会社日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 Chief Compliance Officer 兼 人財統括本部 シニアエバンジェリスト 兼 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長の髙本 真樹氏だ。

今回は、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」を開発する株式会社SmartHR プロダクトマーケティングマネージャー 北原 詩緒里氏がインタビュアーを務め、人材マネジメントの考え方やデータ活用の重要性などを伺った。

※HRプロと株式会社SmartHRが共同で制作した資料、『日立製作所髙本氏から学ぶ「個」に寄り添ったデータ活用の重要性』から抜粋。許諾を得て転載しています。

髙本 真樹氏

株式会社日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 Chief Compliance Officer 兼 人財統括本部シニアエバンジェリスト 兼 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長

入社後、主として人事畑を歩み途中、都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などの事業ラインも経験、2012年に情報・通信システム社人事総務本部プラットフォーム部門担当本部長として人事部門に戻り、現在は人財統括本部のシニアエバンジェリストとしてヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長も兼任しながらデータドリブン型のHRスタイルへの移行・確立を推進している。

インタビュアー北原 詩緒里氏

株式会社SmartHR プロダクトマーケティングマネージャー

2012年新卒で、IT ベンチャー企業に入社。営業や人事の経験を経て、新規事業の立ち上げに従事。人事として採用、研修・教育、評価、社内活性化・エンゲージメント向上の施策企画、配置異動検討等を経験。2021 年に SmartHR へ入社し、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」の機能企画・開発を担当。人事での深い経験を生かし、蓄積された人事データの活用を実現する人材マネジメント機能の企画・開発に注力する。

「ジョブ型人財マネジメント」導入の背景は、ビジネス環境の変化とグローバル化の進展

北原氏

本日は髙本様に、人材マネジメントの考え方や、データ活用の重要性を中心にお話を伺いたいと思います。まず人材マネジメントに関連して、日立製作所様は、昨年よりジョブ型人財マネジメントを導入されましたが、まずはその背景をお聞かせいただけますでしょうか?

髙本氏

発端は、リーマンショック後の経営危機です。日本企業の多くがそうだったと思いますが、日立も2009年に大規模な経常損失を計上しました。その要因はもちろん事業的な問題もありましたが、ビジネス環境が大きく変化する中で、人事制度や組織の仕組みがそこにフィットしなくなってしまったことがあります。その弊害が、結果としてリーマンショック後に最悪の形で表れてしまいました。これは、当時の経営陣や人事部門としての反省です。

そこで明確に経営層から打ち出された経営方針が、社会イノベーション事業とグローバル化の推進です。めざす方向がこれまでのビジネスとは大きく異なることになりますから、当然必要な人材像も変わりますし、それに合わせて人材育成や評価の仕方、活用方法など人事の総ての仕組みを変えていかねばなりません。

たとえば2014年、日立は鉄道事業の本社拠点を東京からロンドンに移管しました。これは、鉄道事業がヨーロッパで注目されており、マーケットの近くで迅速な意思決定をする必要があったからです。それはすなわち、世界中の人材を適所適材で配置し直し、活用することが必要になったということを示します。

ダイバーシティ推進や、タイム&ロケーションフリーワーク(※)の環境を創っていかなければ、グローバルで戦う集団になれないということで、人事も変わっていかねばなりませんでした。

※:時間や場所に捉われない働き方を通じた、より成果を出しやすい働き方の実現に向けた日立製作所の取り組み(例:在宅勤務・サテライトオフィス勤務の運用柔軟化・簡素化、働き方に応じたITツール提供の拡充など)

髙本氏

北原氏

旧来の組織体制や人事制度に限界が来ていたこと、そしてビジネス環境の変化とグローバル化の急速な進展から、人事や組織もグローバルに合わせていかなければならなかったということですね。

髙本氏

その通りです。実際にこの20年くらいの国内・グローバルの売上比率をみると、2000年頃までは国内が7割を占めていました。しかし現在では、事業の入れ替えをかなり大胆に行い、売上も従業員数もグローバルが半分以上を占めています。

日立は日本で生まれた企業ですが、日本のルールで世界をコントロールすることはもう事実上無理なんです。そうなると、働き方も人事制度も当然ながら従来のメンバーシップ型をベースにした中身では難しくなります。どちらが正しいかという話ではなく、グローバルで働く社員たちの共通理解を形成せざるを得ないという状況から、取り組んできた様々な人事改革施策のうちのひとつが、ジョブ型人財マネジメントへの移行だったということです。

「人事は戦略部門」と位置づけ、経営と連動しているからこそ実現できる数々の人事変革

北原氏

コロナ禍を背景に導入を急いだということではなく、かなり前からジョブ型人財マネジメントをはじめとする人事変革の構想があったのですね。

髙本氏

そうですね。リーマンショック直後はさすがに動けませんでしたが、包括的な変革を始めたのは2012年頃です。そしてジョブ型人財マネジメント導入について2017年から既に労働組合と議論を始めていましたが、その後、コロナ禍の影響もあって昨年2021年からのスタートとなりました。

北原氏

入念に土台を整えながらジョブ型人財マネジメント導入への準備をしていらっしゃったんですね。2012年からの人事改革は、どのようなことに取り組まれたのでしょうか?

髙本氏

まず、「サクセッションプラン」の確立です。日本だけではなくグローバル人材データベースを用意し、世界中から候補者をピックアップできるようにしました。現在は一定数の母集団を経営陣がメンターになりながら育てています。次に、世界中のポストを洗い出して、グレードで格付けし、組織をスマートかつフラットにする取り組みを進めました。さらに評価制度も、MBO(※)からGlobal Performance Managementという、仕事を進めるプロセスも評価するものにしました。

※MBO(Management By Objective):個々の社員が自分で設定した目標の達成度によって評価する人事制度。

これにより、新しいチャレンジも評価できる仕組みが整ったのです。そして翌年には「Hitachi University」というeラーニングのシステムを導入、同じタイミングで外部のグローバル人材プラットフォームシステムを導入しました。現在グローバル約37万人中25万人の社員のデータがこのデータベースに入っています。

これは副次的な効果ですが、外部システムにデータを入れるには、レポートラインを明確にせねばなりません。結果的に組織がクリアになったことは非常によかったです。こうして環境が整ったため、いよいよジョブ型人財マネジメントへの移行を始めました。

北原氏

これだけ組織を大きく変えるとなると、経営のコミットメントが不可欠かと思います。かなり人事が重要な部門だと位置付けられているのですね。

髙本氏

日立はもともと人事部門が大切にされてきた会社だと思いますが、リーマンショック後は「人事は戦略部門」と位置づけられ、経営と連動してお互いに議論を重ねながら方向性を出していきました。実は今年まで、日立は経営の会議体は1つで、その中でビジネスも人事も議論をしていました。しかし今春から新たに会議体を3つに分け、「投資と回収」、「ビジネスリスク」、そして「人と組織」それぞれを集中して議論するようになりました。

北原氏

「人と組織」が独立した1つの会議体になり、“人事は戦略部門”という会社の姿勢がより明確に示されたのですね。まさに、人的資本経営の考え方を体現していらっしゃいますが、なぜ日立製作所様では人を大切にする思想が根付いているのでしょうか。

髙本氏

これは創業当時からですね。日立は1910年の創業と同時に、徒弟養成所という現場の技能者を養成する学校も設立しています。また昭和30年代には教育綱領という人財育成の考え方の礎が定められ、そこでは「人材育成は事業の最高責任者である工場長の責任である」と明文化されていたんです。

当社ではこのように「企業は人なり」という姿勢が、創業時から培われていました。人をコストではなくアセットだと捉え、投資をしていく流れは人的資本主義時代の到来を受けてこれからもさらに大きくなるはずと考えています。

データマネジメント、キャリアの「WHY」と「HOW」が従業員のキャリア自律を促す

北原氏

日立製作所様は人材データの収集・分析においてITテクノロジーをかなり活用していらっしゃいますが、それを先導するのは、髙本様がセンタ長を務めるヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタなのでしょうか。

髙本氏

そうですね。デジタルシステム&サービスセクターにはデータアナリティクスやAIのエンジニアが多数います。昨今はHRテクノロジーやWorkテクノロジーがどんどん発展していることから、そのフロンティア部隊として2017年にヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ(以下、HCMC)を立ち上げました。本社の動きを捉えつつも、技術を持つ部門が先陣を切って取り組みを行い、成果が出ればそれを全社に展開していくという活動をしています。

北原氏

最近では、どのような取り組みをしていらっしゃるのでしょうか?

髙本氏

ジョブ型人財マネジメントを推進するには、同時に従業員のキャリア自律も不可欠です。それがなければ、与えられた仕事をこなすだけで、成長が見込めません。そしてキャリア自律のためには、キャリアの棚卸しをしつつ、自分自身の理解も深めてもらう必要があります。そこで「セルフイメージ明確度アセスメント」というものをHCMCで開発しています。

しかし、一方で「自律は、自律的には起こらない」という逆説があります。キャリア自律のためには、どうしても周囲のサポートも必要なんです。そのため、アセスメントの結果を上司と共有し、自分のキャリアの棚卸しを上司とすることで、自律を促しています。ただこれは現在、日立の全社員対象ではなく、デジタルシステム&サービスセクターで先行してトライアルをしているものです。

北原氏

データマネジメントを通してキャリア自律を支援するのですね。どのような仕組みになっているのでしょうか?

北原氏

髙本氏

これまでは、今どのような仕事をしているか、次はどういう仕事をしたいのかという「WHAT」だけでキャリアを語っていました。しかし、キャリア自律のためには、「WHAT」だけではなく、働く上で大切にしたい価値観である「何の為に働くのか」という「WHY」や、「どのようになりたい姿になるか」の「HOW」も重要です。それがなければ、自分に合わない仕事が来た時や、想定外のトラブルが起こった時に、土台がぐらついてしまうんです。

ですから、このアセスメントでは一人ひとりの「WHY」と「HOW」を浮き彫りにしていきます。

そして本人のキャリアの成熟度を4段階(1)価値や目指したいものを探している探索期、(2)それが選べている選択期、(3)それを腹落ちしている確信期、(4)実際に活動している実行期で判定しています。さらに、「WHY」と「HOW」それぞれの因子を特定し、ワークを行うことで自己理解を深めていきます。

北原氏

ご自身のキャリア観や人生観の深層まで踏み込んで理解し、改めて自分のキャリアを自律的に選び取る支援をするツールなのですね。こちらのデータで見えてきた傾向などはありますか?

髙本氏

200人ほどトライアルを行い分析したところ、世代別でかなり傾向が異なることが分かりました。ここから得られる示唆は何かというと、すべての世代に同じキャリア施策を打っても大きな効果は見込めないということです。人事は多忙なので、これまでマスの施策を打つことが多かったんですが、実際にデータで傾向を分析して、それぞれのセグメントに対して打ち手を考えていくことで、最初は手間が掛かりますがより大きな効果が期待できます。

データドリブンのこころは、一人ひとりに寄り添っていくことです。自律を促すのであれば、「自律をしろ」と命じるのではなく、本人が気付きを得やすいデータを用意し環境整備をする必要が会社側にあると考えています。

記名式サーベイは、「会社が社員に真剣に寄り添う」というメッセージを含んだデータ活用の一つ

北原氏

「セルフイメージ明確度アセスメント」の結果を、本人だけではなく上司と共有するということに、抵抗を示す人もいるのではないでしょうか?

髙本氏

賛否はありました。しかし、今は上司と部下で1on1をする会社が多いですよね。その時に話すネタがないと、お互い不毛な時間になってしまいます。そこでこういったデータをもとに「このキャリアを目指すなら、この因子を高めた方がいい。では、どのように高めていくか一緒に考えよう」と、具体的にコミュニケーションを取ることができるんです。本人の成長に寄り添うことで価値が増幅されるのなら、やらない手はないですよね。

また、生産性の意識の高さを図る「生産性サーベイ」や配置・配属のフィットなどを測る「配置配属サーベイ」を私たちのセクターではほぼ全部署で毎年行っています。こちらもすべて一人ひとりにフィードバックされるとともに、上司にも自分の結果が共有されることに事前に同意を得て回答をしてもらっています。こちらの回答率は毎回90%を超えています。

北原氏

90%以上というのは、かなり高い回答率ですね。エンゲージメントサーベイは無記名で行っている企業が多いですが、無記名でもそこまで高い回答率はあまり聞いたことがありません。

髙本氏

無記名のサーベイは、回答は求められても結果が返ってこなかったり、経営陣や人事部門もスコアの変化に一喜一憂はするけれど、なぜ変化したのかまで上手く分析ができなかったりします。私たちのサーベイは、すべて一人ひとりにフィードバックをするので、社員にとっては自分自身のためでもあるんです。だから真剣に回答をしてくれますし、真剣だからこそまた従業員の赤裸々な声を聞けて人事の施策に活かすことができるのです。

髙本氏

北原氏

問題点を探り当てて改善をしていくために、あえて記名をしてもらうサーベイでもあるのですね。

髙本氏

もっと申し上げると記名式サーベイは、「会社が社員に真剣に寄り添う」というメッセージなんです。個人情報を開示してもらうからには、こちらも必死になって分析をする。そして施策に反映させ、社員が回答して良かったと思えるようなサイクルをつくる。このプロセスを飛ばしてしまうと、二度と社員は真剣に回答してくれなくなります。だから毎回が真剣勝負です。

データ活用の先にある従業員の「自律的なキャリア選択」と「ウェルビーイングの実現」

北原氏

ジョブ型人財マネジメントの導入、そして人材データの活用と、かなり先進的なお話を伺えましたが、実際に成果としてはいかがでしょうか?

髙本氏

ジョブ型人財マネジメントは導入したばかりですし、「セルフイメージ明確度アセスメント」はトライアルの段階なので、明確な成果はこれからです。ただ、人事部門でもDXが進展することで、データドリブンの世界観が社内に認知されるようになってきたと感じています。特に日立はエンジニアが多いので、数字で語ると説得力がありますし、腹落ちもしてもらえます。

北原氏

数字にすべてを語ってもらう方が遥かに説得力がありますね。

髙本氏

データ活用によるジョブ型人財マネジメントやキャリア自律の取り組みを通じて思うのは、「会社に選ばれ仕事を与えられる時代」から、「自分で会社も仕事も選び取れる時代」になってきているということです。一人ひとりに寄り添ったデータマネジメントは、結果的に社員一人ひとりのウェルビーイングを高め、幸せの実現にも繋がると信じています。

北原氏

データ活用に関連する施策については、何から始めるべきか迷っている人事の方も多いと感じています。最後に、ぜひ髙本様よりアドバイスをお願いします。

髙本氏

まず、実現したい会社の未来図や事業目的を明確化することです。そこからバックキャスティングして、どのような人材が必要になるのかを考え、施策に反映していきます。そうしなければ、社員が腹落ちしてくれません。

日立の場合は、イノベーションを生む人材や組織をつくることが実現したい姿です。そのためには、会社は社員がワクワクするような仕事ができる「場」を提供し、社員はその場を活かすための努力をするという緊張感のあるフラットな関係をこれから築いていく必要があります。だからこそジョブ型人財マネジメントを導入するのです。そしてジョブ型人財マネジメントには自律的なキャリア意識の醸成も必要ですから、先ほどお話ししたような取り組みをしているんです。

先の見通しが立ちにくいVUCAの時代ではありますが、その中でも経営陣は必死で考えています。人事もそこに寄り添い、会社の未来図のために必要な人材像や企業文化などについて必死で議論をすることが大切です。日本の労働人口は減少し、市場は成熟しているのですから、生産性を高めてイノベーションを起こすしかありません。そしてイノベーションは人が起こすものですから、一人ひとりの人材が未来の価値を生む大事な資本であることを経営にも理解してもらい、必要な投資も約束してもらうべきだと思います。

その代わり、人に関わることは人事が責任を持って旗振りをして進めていくことが重要です。用意周到に全体の施策を有機的に結び付け、連動させて効果をより高めていく。社員に対しては変わる意味を伝え、腹落ちしてもらい、変わるための支援をする。そのデータも収集して、分析結果を見せ、効果を分かってもらいながら進めていく。そうすることが、長い目で見た事業成長と社員のウェルビーイングの実現という成果につながっていくのだと思います。

北原氏

日立製作所様が丁寧に変革への準備を進めていらっしゃったこと、そして経営が人に投資をするという意識をしっかりと持っていらっしゃることに感銘を受けました。髙本様、本日はありがとうございました。

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